意思
「この先に、ダークゴブリン23、バッタ族42、反応がある」
『捜索』スキルを発動させているので間違いないだろう。
「本当に凄いな、そのギフトは」
ジョブブに感心してもらえるのは嬉しいが、スキルの大陸での呼び名に違和感がある。
贄の島ではスキルと呼んでいる能力を、大陸ではギフトと呼ぶそうだ。神様から弱き者に贈与された力。故に贈り物。
「こちらでは捜索スキ……じゃない、ギフトはレアなのかもしれないな」
「少なくとも俺は目にしたことも聞いたこともないな」
「私もそうです」
転移者に与えられた力というのは、この世界ではかなり異質なものかも知れない。アイテムボックスの事もそうだが、スキルについても人前で明かすのは避けた方がいいか。
「二人のギフトは、脚力、跳躍力で間違いないよな?」
「おう、そうだ。バッタ族が生まれながらに得ているギフトだな」
「はい、間違いないです。私はそれに加えて隠蔽も有しています」
『隠蔽』のスキルはそう珍しくないものらしく、俺が隠蔽スキルを持っていることは公表しても問題ないそうだ。重要なことだから、覚えておかないと。
あとスキル――ギフトについて重要なこととして挙げられるのは、サウワとゴルホも口にしていたのだが、ギフトにはレベルという概念が無いらしい。
ギフトを所有している人によって能力に差があるのは知られていることなのだが、それは使い込むうちに体に馴染み、効力が上がる程度の認識だそうだ。
贄の島時代に学んだ知識と合わせると、転移者と現地人の差は次のようになっている。
ステータスを自ら操作し、ポイントを振り分けて上げることが可能。
スキルレベルは使いこむことによって上げられるが、スキルポイントを割り振って急激に成長させることも可能。
魔道具と呼ばれる魔法の能力が付与されたアイテムや武具は存在するが、スキルポイントを消費して得たアイテムは、この異世界に存在しない物も多い。
ぱっと思いついたのは、こんなところか。
たぶん、現地人もレベルを見ることが叶わないだけで、実際はレベルが存在していると俺は考えている。
魔物だって同じ種族でも強さにバラつきがあるのだ、戦いをこなした者が強くなるというのはバッタ族だって同じらしい。
敵を倒して経験値が入り、レベルが上がる。そして、俺たちは自分で能力を割り振るが、現地人は自動的にポイントがステータスに割り振られているのではないだろうか。
まあ、それを調べる術は無いので、ただの憶測だが。
「土屋、これからどうする?」
ジョブブの呼びかけに、ピクリと体が反応してしまった。
っと、思考の海に深く潜りすぎていた。今は、そんなことに頭を割いている場面じゃなかったな。
「隠蔽技能を持つ、俺とブールルはもう少し近づいてもいけそうだが、ジョブブは念の為にここで待機しておいてくれ」
「おいおい、ここまで一緒にきておいて、それはな――」
「言うことを聞くことが条件だった筈だぞ」
この場で言い合いをする気もないので、何本もの糸を操り俺の周辺に漂わせる。
「わ、わかった! もう、ぐるぐる巻きにするのはやめてくれっ」
両手を顔の前で何度も振り、怯えたように上半身を仰け反らしている。
救出に向かう作戦を相談した際に、俺の実力を皆に手っ取り早く知ってもらう方法として、ジョブブを糸でミイラ状態にしたことを思い出したようだ。
黙り込んだジョブブに何かあったら呼ぶからと説得すると、渋々納得したのでそこに放置して、更に先へと進む。
物音を立てないように細心の注意を払い、腰をかがめながらゆっくりと歩を進めると、視線の先に動く物体が見えた。
「そこで、止まって」
手を横に伸ばしてブールルを止めると、目を凝らす。
目に意識を集中して物体を観察すると、殆ど動かない黒い何かはダークゴブリンで間違いない。その先に見える、緑っぽい点はバッタ族か。
まだ距離があるので耳を澄ましても、相手の声が聞こえてくることはない。風下に俺たちはいるので、もし大声を上げたとしても、この感じなら相手に届くことは無いだろう。
「糸で見張りの心を探って、キミたちの仲間に予め作戦を伝えておくよ。助けに入った際に襲われたらシャレにならないからな」
ブールルが黙って頷いたのを確認すると、細い糸を二本地面に這わせて進ませる。
糸に気を通すことにより、ある程度の触感が得られるので、大体の場所がわかれば糸を伸ばし対象物に触れさせることは、そう難しいことではない。
かなりの距離まで伸ばすと、糸の先から地面や草木とは違う感触が伝わってきた。
これは革……ゴブリンの履いている靴か。このままでも、考えは読めるだろうが、感度を上げる為に少し上に糸を伸ばして、足首辺りに触れさせておくか。
かなり細い糸なのでゴブリンにしてみれば、草が擦れるよりも僅かな感覚しかない筈だ。
よっし、糸は確実に皮膚に触れている。ならここで、大陸に降り立ってから初の『精神感応』を発動させて、心を読み取ろう。
『――――』
あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。
「――さん! 土屋さん!」
つちや?
なんだ、この大きなバッタは。
「どうしたんですか、急に大声を上げて!?」
バッタが喋っている。
不思議なこともあるもんだな。
「ど、どうしたんですか、土屋さん! 私の声が聞こえていますか?」
だから、つちやって誰だよ……つち、や……土屋……俺は……土屋!?
え、あ、え!?
俺の名前は……土屋紅。
ああ、うんそうだ。何で今それを忘れていた……一瞬完全に記憶が飛んでいたぞ。
「だ、大丈夫だ。今、意識が一瞬遠のいて」
「びっくりしましたよ。急に身動き一つしなくなったと思ったら、頭を抱えて大声を上げるのですから」
大声を出していたのか。自覚が無い。さっき、俺は精神感応を発動――
「ああああっ!?」
極寒の地に裸一つで放り出されたような寒さが体の芯まで浸透し、思わず口から悲鳴が漏れてしまう。
何だ、何だ、何だ、この寒気はっ!?
そ、そうか、思い出したぞ……精神感応を発動させた途端に伝わってきた、例えようのない、凍てついた深い闇のような何かが、俺を呑み込もうとしたことを。
あれは一体なんだったのか。糸の先端にいるダークゴブリンの意識ではないと断言できる。糸の先からではなく、糸全体と俺自身も足元から侵食されていくような感覚。
ゴブリンとは比べ物にならない強大なナニかの意識を、俺は無意識の内に感じ取ってしまったのだろうか。
だが、この周辺に別の気を感じることはない――いや、待て。ちょっと待て。何で、今まで気が付かなかった。周辺の気が読み取りにくくなっている。
近くにいるブールルは流石にわかるが、少し離れた後方にいるジョブブの気は何とか感じられる程度だ。今までなら、この程度の距離ならハッキリと感じられた。
かなり先にいるダークゴブリンとバッタ族の女性の気に関してはおぼろげで、いるのはわかるが正確な数を読み取ることは不可能だ。
『捜索』スキルは通常に発動している。
『糸使い』も問題ない。
『気』は自らに纏っても、糸や物に通しても発動はできている。ただ、相手の気を読み取ることだけが、不可能とは言わないが曖昧になっているようだ。
そして、一番の問題が『精神感応』。これが、何かの意思を読み取ってしまったと考えるべきか。危険な行為だとはわかっているが、確かめる為にもう一度発動させてみるべきだろうか……。
「本当にどうしたのですか」
「ああ、すまない。少し待ってくれないか」
心配してくれているブールルに説明するべきなのだろうが、今は心にそんな余裕がない。
考えられることは、足元に漂っている黒い靄の影響か。
この靄は何者かが発生させていて『精神感応』を発動させた場合、靄の発生源である何かの意識を読み取ってしまう。
ただの勘だが、間違っては無いのではないかという自信がある。
だが、憶測で動くのは何かと危険だ。確かめる方法はやはり――
「ブールル。万が一、俺が暴れたりした場合は、殴りつけてでも正気に戻してくれ」
「は、はい。良くわかりませんが、お望みであるのなら」
「すまない。詳しい話は後で必ず」
彼を傷つけないように、自ら糸を体に巻き付け縛っておく。
さっきは全開で『精神感応』を発動させたが、今回はレベル1程度の威力に絞ろう。
まずは、相手に声を飛ばすことだけを意識する――体に不調は見当たらない。対象の相手を絞っていないのでブールルにも声は届いてないが、発動しているのは感覚で理解できる。
なら、大丈夫か?
糸をブールルに伸ばして触れさせると、声を飛ばす。
『ブールル聞こえるかい?』
「え、頭に、土屋さんの声がっ……ああ、これもギフトの一つですね」
『こっちは大丈夫か。すまない、これが作戦を立てた時に話した力だよ』
送るだけなら問題はないのか。
じゃあ、本番だ。相手の考えを読み取る前に、糸はブールルから離しておこう。何が起こるかわからないからな。
能力を制御して、最小の威力で精神感応の読み取る能力を発動させる。
『――ガ――シャカ――』
微かに響いてきた声に、全身が総毛立つ。
男性とも女性とも判断できない、機械音のような声。途切れ途切れで全く意味がわからないが、その言葉に込められた感情の渦に、俺はただ息を呑むだけだった。
深淵の底から這いあがってくる無数の腕が蠢き、恨み、嫉み、不安、怨嗟、憎悪、自棄、破壊衝動、焦燥、負の感情を撒き散らしているイメージが脳内に浮かぶ。
その声と姿は徐々に大きくなり、俺に迫ってくる。
駄目だ、意識がぼーっと……これ以上は駄目だ!
「はあっ、はぁーっ、はああっ……何だあれは」
心臓が爆発するのではないかと思うぐらいに、激しく鼓動を鳴らしている。
全身が冷汗で濡れて、シャツが肌に貼り付いて気持ち悪い。
あれを表現する言葉が俺には見当たらない。頭に思い浮かんだ表現は――闇。
深い深い闇の底に溜まる、どす黒い何か。
「本当に大丈夫ですか。作戦は取り止めにして――」
「いや、大丈夫。すまなかった」
おそらくは足元に漂う黒い靄が原因だ。この靄が何かは不明だが、これに触れた状態で『精神感応』を発動させて相手の心を読もうとすると、ナニかの意思が入り込んでくる。
アレが何であるか……今は考えないでおこう。
物の優先順位は、バッタ族の女性を助けることだ。それを履き違えてはいけない。
今回の事でわかったのは『精神感応』で声を届けることは今までと同じく可能だが、聞くとああなってしまう。使い勝手が悪くなってしまったが、使えなくなるよりかはマシだろう。
「よし、作戦を決行しようか」
鼓動が落ち着いてきたのを確認して、意識を集中する。そうすることにより、さっきの感覚を早く忘れたいという思いもあった。