手助け
ジョブブが何を言おうとしているのか予想はつく。たぶん、俺の想像は間違っていないだろう。
「我らの仲間を助け出すのに手を貸してもらえないだろうか!」
的中した。見たところ、彼らは全員雄……は失礼だな。男しかいないようだ。
男は肉体労働に従事させて、女性は違う場所で雑用をさせているというのが定番の流れだろう。
「男はこうやってガレー船に繋がれるか、争いに駆り出されるのが主な扱われ方だ。女は農作業や雑用をやらされている。男が逃げ出さぬよう、人質の意味も兼ねて」
ありがちだが、有効な手段だ。
助かった彼らは、ガレー船もあるのだから、このまま安全な場所へ逃げるという選択も存在している。だが、それは人質である女性たちを見捨てるということ。
「今も我々がこうしている間も、仲間や妹たちはダークゴブリンの全身を嘗め回すような、厭らしい視線に晒されながら、働いていることだろう……お兄ちゃんが助け出してやるからなっ!」
妹思いなのだろうが、若干危険な香りがするな。
拳を握りしめ熱く語るジョブブに対して、ふと頭を過ぎった疑問がある。
相手には答えにくいことかもしれないが、一応聞いておこう。
「その、なんだ、答えにくかったら答えなくていい。ゴブリンたちは、ジョブブたちの仲間である女性に……手を出したりするのか? 性的な意味で」
ゴブリンが人間の女性とそういった行為をするというのは、贄の島で知っている。
姿形は違えど、根っこの部分は同じな筈。たぶん、人間の女性は相手の餌食になるだろうが、昆虫人である彼らの見た目が……まあ、ゴブリンだって容姿はあれだ。ストライクゾーンの可能性だってあるだろう。
「ああ、悔しいことに……奴ら、昆虫臭い我らなど触れたくもないと、村一番の美女と名高い妹をバカにするのだ! ゴブリンどもは美的感覚も醜いようだ!」
「あ、うん。そうだな」
理由は違うと思う。でも、手を出されていないなら、それは良かったと言うべきか。
「お、そうだ。もし、土屋が手を貸してくれるというのなら、断腸の思いだが……我が妹をお前の嫁に――」
「結構です」
即答した。
「おいおい、もしかして、身内贔屓で嘘を言っているとでも思っているのか。うちの妹は器量よしで、村の人気者だぞ。なあ、お前ら」
「ええ! ショミミちゃん、めっちゃ綺麗ですからね!」
「微笑んだ顔が、またいいんだよなぁ」
「ちょっと内気なところもポイント高いよなっ!」
リーダーであるジョブブに気を使ってという感じではなさそうだ。
本当に美人で人気者らしい――彼らの価値観では。
「そんな、何処に出しても恥ずかしくない妹だが、土屋だから、俺は信頼して泣く泣く」
「すまん。既に心に決めた女性がいるんだよ」
嘘でもなく、この場を丸く収めるのにも都合のいい言葉だと思う。
現に、ジョブブも申し訳なさそうに頭を掻いている。
「そうか。それは余計な事を言った。忘れてくれ! 土屋なら、妹を託せると思ったのだが、残念だ。うちの一族では能力のある者は嫁や婿が複数人いることも認められている。その気になったら、言ってくれ」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
その気には一生ならないとは思うが、妹を託してもいいと信頼して言ってくれている気持ちは、本当にありがたい。
「なら……我々に手を貸すのは……」
「ああ、それは手伝わせてもらうよ」
俺の発言が意外だったらしく、驚いた顔……口をあんぐりと開けているので、そうだと思う。ジョブブたちが少し体を仰け反らせている。
贄の島で学んだこととして、信頼のおける相手がいるといないとでは、今後の生活が大きく変わるということだ。
オーガの人々もそうだったが、この土地に住む人を仲間に引き入れるのは、重要事項の一つだろう。
恩を売るという打算もあるが、素直に彼らを助けたいという気持ちもある。あの島で騙し合いを続けてきたが、だからこそ、こういった人として純粋な部分だけは大事にしていきたい。
「土屋、何と言うか……頼んでおいて何だが……お人好し過ぎないか? こちらから出せるものは何もないぞ?」
ジョブブとしては俺が信用できるというのも本心だが、妹を差し出すことにより、願い事を断れないようにするという目論見もあったのだろう。
「いや、俺にも考えがあってのことだ。この大陸の事を殆ど知らないからな。さっきも言ったが、ジョブブたちからは情報提供……というか、この大陸での常識を教えてもらえるかな」
「ふむ、変わり者だな土屋は。この世界では、考えの甘い人間は淘汰されていく。純粋な善意で動くのは、土屋の為にもならんぞ」
「それを親切に教えてくれるジョブブも充分甘いと思うけどな」
「違いない」
そう言って苦笑するジョブブの顔は少し嬉しそうに見えた。まあ、そんな気がしただけで、あの顔に浮かぶ表情は未だに判断が付かないのだが。
「それじゃあ、助けに行くとして、俺には情報が足りなすぎる。どんな場所でどの程度の見張りがいるのか……あと、船三隻がここにあるわけだが、相手の戦船はあと何隻ぐらいある?」
本来は色々と情報収集をしてから作戦を練って行動したいが、相手の戦力と状況によっては速攻で勝負を懸けた方がいい場合がある。
「船は同じようなのが残り五隻。そして、巨大な船が一隻といったところだ。船の漕ぎ手は我々のような奴隷だが、今は港にいる奴隷の数も少ないから、船で追手が直ぐに来ることは無いだろう。仲間が集められている場所はダークゴブリンの城壁都市内部だ。朝から夕方までは城壁から外に出て農地で働かされている。男は農地とは離れた港に送られ、ガレー船のオールを漕ぐか、物資の搬入を手伝わされる。他の国といざこざがあると駆り出されるが、基本こんな毎日だな」
「バッタ族の面子が一緒にいられるのは、夜と朝のみってことかい?」
「いや、寝床も別だ。週に一度だけ会うことができて、仲間の安否を確かめられる」
極力合流を避けているのか。地力はダークゴブリンよりも上らしいから、念には念を入れていると。
今は――時計では正午前か。となると、農地の方に出ている時間だな。
「農地はここから向かうとしたら、どれぐらいかかる?」
「そうだな、結構沖まででているが、帆も張れば一時間ぐらいで海岸には着くか。そこから、更に二時間ほど内陸に進めば、妹たちが働いている畑がある。何度か逃げる算段をして、調べておいたから間違いはないと思う」
時間で考えるなら、都市に戻る前に合流は可能。残りの問題は――
「仲間の女性の数と見張りの数。それと、そこまでの道のりで人目に……ゴブリンに気づかれる可能性は?」
「仲間は四十二名。体調不良でも働かされるから、余程のことが無い限り全員いるだろう。見張りは、前に聞いた話だと二十前後らしい。見張りの目を盗んで逃亡した場合は、仲間を殺すと脅されていると妹が話してくれた」
男女別に分けているのは、その為なのだろうな。
「奴らは基本農作業や雑用は我々や、他の奴隷にさせているから、見張りや周辺警備を担当している兵に見つからない限りは大丈夫だと思う」
港から離れた場所に接岸するにしても、三隻のうち一隻はここに捨てていくか。二隻あれば女性陣を乗せられるだろう。
「無事逃げられたとして、行くあてはあるのか?」
「ああ、それは大丈夫だ。農地から北に進んだ先に、昆虫人たちの国がある。そもそも、そこに移住しようとしていたところを、ゴブリン共に捕まったからな」
行先は決まっていると。逆に考えると誰でも考えつくような逃亡先だ。
ゴブリンも逃げ出したとわかれば、迷わず追手を向けてくるだろう。助けたら終わりという簡単な話ではなさそうだ。
「なら、女性陣を助けて船まで戻り、海沿いに北に進んでから上陸するか。北の昆虫人の国――国の名前は?」
「セグバクトインという。ちなみにゴブリンの国はコーザだな」
聞いておいてなんだが、覚えにくい名前だ。今は昆虫人の国で良いか。
「そうだ、土屋。言い忘れていたが、海から逃げることは不可能だ」
「何故?」
「海には海竜や魔物が無数にいる。この付近はゴブリン国が魔物と契約を結んでいるので襲われることは無いが、もう少し離れると他の魔物のテリトリーとなる」
よく無事だったな、俺の乗ってきた船。
そういや船長が、海の魔物を避ける特殊な魔法が船底に施されているから、贄の島まで無事たどり着けたとか、どうとか言っていたな。適当に聞き流していたが、その効果はかなりのものだったのか。
「となると、助けた後は陸路となるのか」
「そうなる。昆虫の国も内陸にあるから、どっちにしろ陸路となるぞ。だが、安心してくれ。我々は足には自信がある。どんな悪路であろうが、飛び越えて見せよう」
そう言って、自慢げに太股を叩いている。
バッタの能力を受け継いでいるなら、その跳躍力は期待できるか。
「なら、一隻に全員が移って、二隻を海上に放置しよう。相手が船に意識を取られて戦力を割いてくれるのを期待して。一応、バリスタだけは外しておくか」
この武器を放置しておくと何かと面倒なことになりそうだからな。
全員が乗るには少々無理のある船の大きさだが、出来るだけ目につくのは避けておきたい。詳しい情報と細かい打ち合わせは、移動途中にすればいいだろう。
今は時間が最も重要になってくる。
「冒険者となって、活躍する物語は夢のまた夢か……」
どうやら、俺の進む道は相変わらず、茨の生えた谷ばかりの人生のようだ。
「何とか、バレずに陸に上がれたようだ」
放置した二隻が運よく風と海流に乗り、港近くまで流されたのが大きかったようだ。
敵の襲撃に遭ったように見せかける為に、バリスタの矢や槍を無傷に近かったもう一隻の船に撃ちこんでおいた。
あれを見て勘違いしたゴブリンたちが、港の防衛を強化して戦力をそっちに集中するか、海に増援を送ってくれると、何かとありがたいのだが。
大陸に足を踏み入れて感じたことは、足元から伝わってくる妙な魔力だろう。
直接体に害を与えているというわけではないのだが、全身が少し重くなったような疲労感を微妙にだが感じている。
聖樹が放出していた闇を薄くしたような靄が常に地面から吹き出て、薄らと地面や植物の表面に漂っているのを、気を発動させた目が捉えているので、体の違和感は気のせいではないようだ。
今、俺と共に畦道を進んでいるのは、リーダーであるジョブブと、もう一人。
おそらく隠蔽スキルを有していると思われる、情報収集や周囲の探索を担当していたブールルという若者だけである。勿論、俺には顔の区別はつかないが、ジョブブに比べて少し小柄なので、それで判断している。
他の面子は予め決めておいた合流ポイントに潜んでもらっておいた。こういった隠密行動は少人数で行うに限る。本来は自分一人で行こうかと思ったのだが、仲間である証明ができないので隠蔽能力に長けているブールルについて来てもらうことにした。
……のだが、どうしてもジョブブが「俺も一緒に行く!」と言ってきかないので、指示には従うことを条件に、同行を許すことにした……というより、そうしなければ、強引についてきただろう。
「ブールル、方角に間違いはないかい?」
俺は足を止めることなく、アイテムボックスから地図を取り出し確認する。
「はい、こちらの方角をこのペースならあと10分程進めば目的地です。しかし、凄いですね。この魔法の地図も、そのアイテムボックスも」
ジョブブと違って、丁寧な口調で話すブールルの声は感心し、俺を尊敬しているような印象を受ける。
陸に着いて、安全な場所に潜んでから全員の活力を取り戻す為に、アイテムボックスから果実の詰まった箱を取り出し振る舞ったのだが、その時の驚きようといったら……こっちが引いてしまうレベルだった。
常闇の大陸でもアイテムボックスは、彼らが知る限りでは存在していないらしく、小さい子がマジックを見た時の反応のように、大袈裟と言いたくなるぐらいに驚いていたのが印象に残っている。
「皆の驚きようを見て、人前では使わないように心掛けることにしたよ」
「その方がいいです」
「ああ、欲の強い者なら、何としても奪おうとすると思うぞ。我らは土屋に恩があるから、決してそんな真似はしないと誓おう」
その心配はしてないよ。バッタ族の中にはアイテムボックスを欲しがる者もいるだろうが、少なくとも長であるジョブブだけは大丈夫だと確信している。それは、心を読むまでもないことだ。
「土屋、一つ気になることがあるんだが、聞いていいか?」
少し申し訳なさそうに訊ねてくるジョブブ。見たことのないギフトを使い、アイテムボックスを所有している謎の人物。彼らにしてみれば、疑問の塊か。
「何だい?」
「その格好暑くねえか?」
ああ、これか。今俺の着ている服は、贄の島時代から愛用している緑のパーカーだ。防寒にも優れ、寒い時期はかなり重宝した。
だが、今の時期にこの格好は相応しくない。現在の気温でこれを脱がないで行動するのは、ジョブブも指摘するように、見ているだけでも暑苦しいことだろう。
異世界での季節で言うなら、今は春が終わり初夏に差し掛かったところらしい。
奴隷として繋がれていたジョブブたちは短パン一丁という格好だが、今の気候であれば問題なく過ごせるだろう。
「この服には愛着があってね。それに、今はそんなに暑さを感じないんだよ」
ステータスの頑強レベルを上げて以来、寒暖差があまり気にならなくなっている。
「そうか。よく見ると、破れた個所を何か所も補修しているな。大事にしているのが良くわかる」
激しい戦闘も共に経験してきたパーカーは所々が裂け、何度も何度も繕ってきた。
おかげで今は、破れやすい箇所――肘や手首付近は黒い糸を縫い込んで強化している。他にも見えない箇所を補強しているのだが、彼らにそこまで説明する必要はないな。
「そろそろ、農地です。ここからは、小声でお願いします」
ブールルの言葉に頷くと、俺たちは気配を殺して、目的地へと向かった。