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海上

「おい、あの陸地変じゃねえか?」


「あんな地形、見覚えねえな……」


「誰か、魔法具の望遠鏡もってこい!」


 俺の発言を聞き、船員たちが慌ただしく甲板を駆けまわっている。

 ここが本当に常闇の大陸だとしたら、今はかなり距離があるので大丈夫だとは思うが、接岸するのは危険すぎるだろう。直ちにこの場を離れた方がいい。

 船長と相談した方がいいな。あの人なら、俺の意見も聞いて適切な判断ができる筈だ。


「てめえら、うっせいぞ! 狼狽える前に、やることをやりやがれっ!」


 怒声と共に現れたのは、頬から顎にかけて立派なひげを蓄えた、厳つい顔の船長だった。

 粗暴な態度と大声で怒鳴り歩き、船員たちを威圧しながらこちらに向かってくる姿は、その巨体と相まって血に飢えた熊に襲われているのではないかと、錯覚に陥りそうになる。

 だが、この迫力のありすぎる男、実は見た目と態度とは裏腹に、実は小心者で心優しい男だったりするのだ。

 初めて船長と対峙した時に、相手の心を読みながら話をしたのだが、見た目と心の声とのギャップに驚愕したのが忘れられない。

 今も船長の脚に糸を忍ばせて、心の声を聞く準備は既に万端だ。


「おい、土屋! 一体全体これは何の騒ぎだっ!」

(土屋さんが呼んだということは、悪いことの前触れなのでしょうか……不安だわぁ)


 相変わらず言っていることと、心の声の差に思わず吹き出しそうになる。

 初めて心を読んでから、船長と会話する時は心の声を副音声として楽しむのが癖になってしまった。


「あの大陸を確認してみてくれ。おそらく、あんたたちの言う灰色の大陸じゃない筈だ」


「おいおい、馬鹿なことを言うもんじゃねえ。わしらの腕を疑っているのか?」

(えっ、嘘! 方向を間違ってないよね!? 毎日何度も確認したし、うちの船員はみんな優秀だからきっと大丈夫!)


 何で、心の声はオネエなんだ。


「疑ってはいないが。兎も角、確認してくれ。俺も憶測で物を言いたくないから、大陸の事を詳しく知っているあんた達に判断は任すよ」


「おい、望遠鏡をわしによこしな! ふんっ、たく、灰色の大陸じゃなかったら、何処だって言うんだ。まさか、常闇の大陸だなんてほざくつもりじゃねえだ――おいおいおいおい!」

(使おうとしていたのにゴメンね。でも、もしも、常闇の大陸だったら……ううん、そんなことはあり得ない! 私はみんなを信じて――うそ、うそうそうそっ!)


 取り乱す船長の顔と言動が確証となった。当たって欲しくない予感程よく当たる。


「こんな地形見たことねえぞ。それにあの木々も初めて見る形をしてやがる……これはシャレになんねえぞ、おい……噂に聞く常闇の大陸としか思えねえ」

(そんな……このままじゃ、船のみんなを危険に晒してしまうわ)


「やっぱりそうか。船長、今すぐに大陸から離れた方がいいんじゃないか。あの大陸の奴らに見つかったらヤバいんだろ?」


 人を遥かに超越した力を持つと言われているらしい魔族という存在。

 それだけじゃない。魔物が人間になり替わって住んでいる大陸の住民に見つかって穏便に事が運ぶとは思えない。どう考えても最悪な未来を予想してしまう。


「そ、そうだな。てめえら、急いでこの海域から退避――」


「船長ちょっと待ってください。ここがもし常闇の大陸でしたら、今から引き返すにはどう考えても食料が足りません。残りは節約してもあと二か月ほどです。魚を釣って食べれば、飢えは凌げるかもしれませんが、飲み水の方が……」


「そうか。あのボケが出航を急かしたせいで、補給が充分じゃなかったな。くそっ、危険だとわかっていても、接岸するしかねえのかっ!」

(命懸けで抵抗しても、ちゃんと物資の補給をしておくべきだったわ! バカ、私の、バカっ!)


 食料と水の問題があるのか。贄の島から四か月と少し。灰色の大陸まで戻ると考えるなら、倍の八か月はかかると考えるべきだろう。贄の島に寄るとしても四か月……無理がある。

 前から考えていたことだが、ここで話しておくべきか。


「船長。食料の方なら何とかなる」


「あんっ? 何言ってんだ。ここの船員を全て満足させるだけの食料がどこにあるってんだ!」


「あるさ、ここに」


 俺は緑のパーカーの下に隠れている『アイテムボックス』に手を入れ、取り敢えず、俺がすっぽり入れる程の大きさがある木箱を取り出した。


「えっ?」


 周囲にいた船員から驚いた声が漏れる。

 どう考えても、隠し持てる大きさではない箱が突然現れたのだ、当たり前の反応だろう。


「この木箱には食料が満載されている……このようになっ」


 釘が打ち付けられている箱の蓋を強引にこじ開けると、その中に詰まっていた果実を見せつける。

 アイテムボックスに入れた物は腐ることもないので、もぎ取った時と変わらぬ新鮮な果実を見て、誰かの喉が鳴ったのが聞こえた。

 長い時間、航海していると保存食がメインとなり、新鮮な野菜類とは無縁の生活になる。彼らの目にはこの果実が、宝の山に見えているかもしれないな。


「おい、どうやって、その箱を取り出した。手品何て言うんじゃねえぞ。どう考えても、お前が持っていたとは思えねえ」


(うそっ!? 何で、どうやったの!? まさか、時空魔法で異空間に物を収納する魔法があるって話聞いたことがあるけど……それなのっ)


 内心取り乱しているというのに、表情に出さないのは立派だ。

 どうやら、アイテムボックスは大陸には存在せず、同じような効果を持つ魔法は存在しているようだが……時空魔法か。時空魔法の取得条件は理解している。とすれば、かなりレアな魔法ということか。

 アイテムボックスをもし売ったら、とんでもない金額を提示されそうだな。

 ここで、アイテムボックスの存在を明らかにした場合、欲に釣られた船員たちが奪いに来る危険性があったので秘密にしていたのだが……今は、そんなことを言っていられる状況じゃない。


「木箱を取り出せたのは、この魔法具だよ。時空魔法にある収納魔法と同じ効果が付与された鞄がこれだ」


 腰に装着していたアイテムボックスの一つを取り外し、彼らに見せる。


「マジか? あんな小さな鞄に入っていたなんて、あり得ないだろ」


「時空魔法が付与された道具なんて聞いたこともねえぞ」


「でもさ、だったら、何処からあの箱出したんだ?」


 騒めく船員たちを黙らす為に、目の前でアイテムボックスから食料が詰まった木箱を更に二つ追加で出して見せた。

 誰もが我が目を疑いながらも、証拠の箱があるので納得せざるを得なかったようだ。


「まだ、この木箱が何個もここに入っている。ここの船員が一年以上は余裕で飲み食いできるレベルの量だ」


 聖樹が根を張っていた北の森で実っていた果実や食べられそうな植物を掻き集め、アイテムボックスに収納しておいた。その量は、巨大な木箱に二百箱以上。腐らすのは勿体ないと、オーガの面々と協力して集めた食料。他にも肉や魚が満載の箱もある。

 ちなみに果物は、オーガたちとは山分けしたのだが「倒したのはお前だから、権利はお前にある」と、あまり受け取ってもらえなかった。

 人生何があるかわからないのは、島での経験で嫌と言うほど思い知らされたので、保存食があり余っていても損は無いだろうと、持ってきて正解だったな。

 何なら大陸で売りさばこうかと思っていた食料だ。これだけ出しても、まだ充分予備があったりする。


「この食料を提供してもらえるのか……すまん、助かる。土屋には助けられてばかりだ。大陸についたら何でも協力するぞ!」


 そう言って、満面の笑みで俺の肩をバンバン叩く船長なのだが、心の声は(やだもう、土屋さんに本気で惚れちゃいそう……)と危険な発言をしている。暫くは……船長から距離を置いておこう。


「てめえら! 土屋のおかげで食料は確保できた! 旋回しろ! とっとと、こんな場所からは立ち去るぞっ!」


「せ、船長!」


「何でえ、騒がしい! 今の話を聞いて――」


「ち、違いやす! 船が、ガレー船が三隻もこちらに向かってきていやす!」


「何だとぉ!」


 退避するのが遅かったか!

 目を凝らし、連絡係の船員が指差す方向へ目を向けると、確かに何隻もの船がこちらを目指して海上を進んできている。

 まだかなり距離があるので詳細は不明だが、大型船であるこちらよりも二回りは小さいであろう黒塗りの船側面から、オールが何本も飛び出している――ガレー船が三隻見える。

 ただ、商船であるこの船とは違い、相手の船は戦う目的で作られたらしく武装が施されていて、巨大な据え置き式の弓――確かバリスタと呼ぶのだったか、それがずらりと並んでいるのが確認できた。流石に大砲は無いようだが。


「てめえら、速度を上げろ! 追いつかれるぞ!」


「ダメです船長! やつら異様に船足が速くて、追い付かれるのは時間の問題です!」


 船員の言う通り、その差はかなり縮まってきている。

 距離が近づいてきたおかげで、甲板上で忙しなく働いている相手の姿を確認できたのだが。


「ゴブリン……いや、ホブゴブリンか?」


 見た目は贄の島で何度も対面したゴブリン風なのだが、その身体つきが俺の知るゴブリンとは似ても似つかない。

 やせ形で身長もかなり低く、力も大したことが無い。それが、俺に何度も倒されたゴブリンの特徴である。だが、黒い船の上で堂々とした佇まいで、こちらを睨んでいるゴブリン風の奴らには、その特徴が当てはまらない。

 身長にしても俺よりかは低いが170はあるだろう。肌もくすんだ緑というか、黒に近い濃い緑色をしている。

 下半身には簡素ではあるがズボンを穿き、上半身は剥き出しなのだが、筋肉の浮き出た見事な体形をしている。腹筋も六つに割れ貧弱なイメージは何処にもない。

 それどころか、その立ち姿に風格すら感じる。


「ゴブリン、ホブゴブリンの反応は……ないのか」


 『捜索』を発動させ、ゴブリンとホブゴブリンを調べたのだが、全く反応がない。顔つきは似ているが全く別の種族……とは思えないな。ゴブリンの亜種か何かだろう。

 この異世界で俺とゴブリンは何か見えない糸で繋がっているのではないかと、訝しんでしまいそうになるな。


「くそっ! このままじゃ追い付かれちまう……全員、戦闘の準備をしておけ!」


 船長の怒声により、船員たちが武器を持ち出しているが、正直戦力としてはあまり期待できない。

 役人が護衛に雇った冒険者たちが、少しは役に立つかもしれないが。

 しかし、幾つもの修羅場を潜り抜けてきた俺の生存本能が、こちらの戦力では相手に敵わないと告げていた。

 俺一人なら、何とかなるかもしれないが、船員を庇いながら、という条件が加わった場合、勝率は殆どないだろう。それは、徐々に近づいてくる相手の気を肌身で感じ取り、予想から確信へと変わる。


「腹をくくるか」


 彼らは被害者だ。役人に捕まり、無理やり贄の島へと連れてこられただけ。

 そして、俺とかかわったばかりに常闇の大陸へ近づいてしまった。

 もしこの場を一緒に逃げ延びられたとしても、大陸へ俺を誘導した相手が再びちょっかいをかけてくる可能性がある。

 無事に灰色の大陸へ彼らと共に辿り着く可能性は、どれだけあるのか……ここで、俺が彼らから離れることになれば彼らは見逃され、航行は穏やかになるのではないだろうか。


「船長、ここは俺が何とかしてみる。このアイテムボックスは所有権をあんたに移しておいた。その中には食料と飲料。それに魔石が幾つか入っている。ここまで運んでくれた代金として取っておいてくれ」


「はぁっ!? 何言ってんだお前! 何とかできるわけねえだろ! それに、このアイテムボックスだったか。価値がわかっているのか!? 捨て値で売っても、この船と同規模の最新型が幾つ買えるか」


(ダメよ、土屋さん。命を粗末にしちゃダメ! ここはみんなで逃げないとっ! それに、こんな高価な物を受け取れないわっ!)


 本当に最後まで良い人だな船長は。

 名残惜しいが、呑気に会話している時間も残されていないようだ。

 船員たちがゴブリンらしき存在を目視できる距離まで近づいてきている。

 船員たちは武器を構えてはいるが、ゴブリンとは思えぬ相手の体格と存在感にその身を震わせていた。

 さて、相手と何とか接触を図りたいが……魔物と見た目だけで判断して、相手が実は警備兵か何かで不審船と判断して、警備にやってきたという――


「うおおおっ! 撃ってきたぞおぉぉ!」


 可能性は皆無のようだ。バリスタの巨大な矢が甲板や船の右舷に突き刺さっている。

 問答無用の攻撃か。まだ距離があるというのに、強烈な殺気を感じるな。


「船長、ロイル、迷惑を掛けてすまなかった」


 厳つい表情を何とか顔に貼り付けた船長と、銛を抱きかかえ怯えた表情でただ周囲を見回すことしかできないでいるロイルに笑みを向ける。


「な、何で、こんな絶体絶命の危機で笑っていられるんっすか」


「この程度で絶体絶命なんて言っていたら……仲間や死んでいった皆に笑われるよ」


 そう、ちょっと強いゴブリンらしき魔物に三隻の船で追われているだけの状況。贄の島で何度も経験した、死神の鎌が首筋に突きつけられている感覚に比べたら、泣き言を口にすることすら恥ずかしいレベルだ。

 それに相手がゴブリンに属するのであれば、称号『ゴブリンキラー』の影響を受ける筈。ゴブリン族相手なら、そう簡単に負ける気はしない。


「相手をちょっと混乱させるから、その隙に全速力でこの場から離れてくれ。俺の事は気にするな。灰色の大陸よりこっちの方が、呪いやその類いに詳しそうだから丁度よかったよ……じゃあ、世話になった!」


 腰に装着したアイテムボックスの一つに『糸使い』の能力で伸ばした糸を潜らせ、先端にお馴染みの丸太を巻き付けていく。

 島では何かとお世話になった丸太は充分すぎる程に補充してきた。これからも、色々と役立ってもらえそうだ。


「さあ、常闇の大陸――実力を見せてもらおうか」


 俺の周囲を八本の丸太が漂う。

 一番近くまで接近している黒の船に狙いを定めると、糸が繋がったままの丸太を放り投げた。この距離なら充分届く筈だ。


「達者でな」


 丸太に繋がった糸を一本だけ極端に短くして、丸太に引っ張られる形で俺も宙を舞っていく。

 驚いた表情のまま、こちらを見つめている船員たちの顔が徐々に小さくなる。俺は一度だけ手を振ると、気持ちを切り替えて視線を敵へと向ける。

 おおおっ、自分でやっておいて何だが凄まじい風圧を感じる。糸に繋がって引っ張られている格好はちょっと恥ずかしい。丸太の上に移動するか。

 糸を手繰り寄せ、何とか丸太の上に移動すると、頬すれすれを巨大な矢が通り過ぎていった。


 丸太を撃ち落そうとバリスタから矢が射られるが、猛スピードで飛行する物体を落とす技量はないようで、二本の丸太は破壊されたが他の丸太は無事、敵船に着弾していく。

 俺の愛馬となった丸太が甲板へ着弾するより早く、相手の船のマストへ糸を伸ばし、離脱しておいた。

 おーおー、眼下では右往左往の大騒ぎになっているな。

 このまま糸にぶら下がったまま見学するのも乙なものだが、何体か俺に気づいているようだ。槍を構えてマストの下に群がっている。

 じゃあ、あまりお待たせしても悪いし、こちらから、きちんと挨拶しておくか。


「初めまして、ゴブリンらしき者よ。共通語のわかる者はいるか? 一応、敵対する意思はないって言ったら……信じる?」


 その言葉の意味が通じたのか、それとも全く理解されなかったのか、俺には判断が付かなかったが、奴らの答えはシンプルで、とてもわかりやすい。

 目前に無数の槍の穂先が迫ってきていたからだ。


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