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大陸へ

 船上の人となって、四ヶ月が過ぎた。

 マリンブルーの美しい海なのだが、代わり映えのしない光景に飽きてきている。

 何処までも続く大海原――こう表現すると、壮大な感じがして浪漫を感じる人もいるかもしれないが、見慣れてしまえば、塩水が満載されている巨大過ぎる水たまりなだけだ。

 船長の話によると、もうそろそろ陸地が見えてきてもいいらしい。


 行きも大体五ヶ月ぐらいかかったらしく、あまりの距離に何度も引き返そうと雇い主に直訴したのだが、首を縦に振ることは無かったそうだ。

 そもそも、この船を契約した相手というのが国から重要な使命を帯びた役人としか伝えられずに、初めは断ったらしい。だが権力をちらつかされて無理やり雇用契約を結ばれた。と前に酒の席で船長がこぼしていた。


「土屋さん、暇そうっすね」


 甲板に寝転びながら何をするでもなく、ぼーっと空を眺めていた俺の視界に、全身真っ黒に日焼けした少年が割り込んでくる。

 この船の乗組員で一番若い見習い水夫で、歳は13だったか。紺の半ズボンに袖のない白いシャツが光を反射して、結構目にくる。

 目が大きく、何か面白いものはないかと、きょろきょろと忙しなく眼球が動き、落ち着きのない態度が目立つ少年。

 顔は見るからにやんちゃな子供と言った感じで、整った顔をしているというのに、表情がころころ変わるせいで、そんなイメージが一切ない。

 何故か俺を気に入ったらしく、暇を見つけては話しかけてくるようになった。


「ロイルも暇そうだな」


「何言ってんすか。ついさっき仕事を終えて、ようやく休憩を貰ったとこっす」


「そうか……さっき、船員が探していたのは気のせいだったか」


「ま、マジっすか!」


 清掃用のモップを胸に抱え、怯えた表情で辺りを見回している仕草からして――サボりか。


「まあ、それは冗談として」


「土屋さんって、人をからかうのが好きっすよね」


 失敬な。いい反応をする相手にしか興味ないぞ。


「でもまあ、良い人なのは確かっす!」


 褐色の肌とは正反対な真っ白な歯を剥き出しにして、ロイルが笑顔を見せる。

 この船を乗っ取った立場だというのに、ロイルを含めた船員の俺に対する印象は悪くない。むしろ、感謝しているようだ。

 それには、もちろん理由がある。


「まさか、あの嫌味な役人。贄の島から帰ったら口封じにうちらを殺そうとしていたなんて……酷いっすよね!」


 そうなのだ。あの日、船にいた偉そうな男たちと冒険者を叩きのめすと、船員たちは戦う素振りも見せず一斉に降伏した。

 無理やり連れてこられた船員たちにしてみれば、役人たちに義理立てする必要がなく、むやみな争いは望むところではなかったようだ。

 そこで俺は船長と船員数名、捕まってからも威張り散らしている男と冒険者らしき男に『精神感応』を発動させ、事の顛末を知った。


 まず、この船の持ち主である船長は、荷物の搬送を主な仕事にしているまっとうな人たちで、今回は仕事を終えて本拠地である港に帰る途中、補給に寄った港で声を掛けられ、この流れになったようだ。

 断った場合、この国との貿易を一切禁じると脅されては、船乗りとしては従うしかないだろう。念の為に船員の心も読んだが、間違いはなかった。

 冒険者はAランクと偽り、役人どもから仕事を貰ったらしい。本当はBランクの冒険者のようだが、ちゃんと下調べぐらいしろよと雇用主に言いたい。


 ちなみに、大陸では定番の冒険者ギルドは存在していて、そこでランク分けもされている。

 S、A、B、C、D、E、Fに別れているそうで、Fが一番下のランクだというのは言うまでもないだろう。

 どうでもいい疑問なのだが、Aから順番にアルファベットが並ぶのは理解できるが、Sって何なのだろうか。小説を読んでいる時も疑問だったが、スペシャルの頭文字をとっているのか。

 それなら、なんで異世界なのにアルファベットが存在……やめておこう。こういう疑問を考えだしたらきりがない。たぶん、あの女教師もどきが適当に決めたのだろう。共通語も英語に何処か似ているからな。


 思考が変なところにずれてしまった。ええと、何を考えていたのだったか。あ、そうだ。あの威張り散らしていた男の心を読むと、意外な事実が明らかになった。

 まず、一年前、サウワたち現地人をここに運んできたのは、この男であり、あの時の船員は大陸に戻ったと同時に始末したということ。

 そして、今回も同様に誰一人として船員を生かしておく気がないという、中々外道な考えをしていた。

 この男は本当に国の後ろめたい仕事を一手に引き受ける役職らしく、言わば汚れ仕事担当らしい。今回も、詳しい話は聞かされていないが、島を探索し生き残った人間だけを連れてこいとの指示だけを受けている。

 前回は贄の島に子供を放し、糧になってもらうとしか聞いていない。従順なのは結構なのだが、ちゃんと情報の裏を取ってもらわないと心を暴いても意味がない。


 結局わかったことは、船員は善良な労働者。

 冒険者は能力を偽って、仕事を得ただけ。

 国の役人らしき10名の男達は、使命を受けてはいるが詳しい情報は知らされていない。


「つまり、なんにもわからないってことなんだよな……はぁ」


 この馬鹿げた話を裏で操っている存在を見つけられるかと期待していたのだが、重要な情報は一切なかった。


「ど、どうしたんっすか、急に。溜息を吐くと幸せが逃げるって、言うっす」


「ああ、いいんだ。ちょっと、この先の見通しの悪さに軽く絶望していただけだから」


「良くわからないっすけど、大変っすね。あ、そういや目的地は、本当にそこで良いんっすか?」


 本来この船は出航した港に帰る予定だったのだが、役人たちに反旗を翻した彼らが戻るのはまずいだろうと、大陸の遥か北にある海岸に降ろしてもらうことになっている。

 役人たちはどうしたかと言うと、腕の方はからっきしだとわかり、島に放置してきた。自分たちが何をしたのか、その身で学び、死ぬ寸前まで反省してもらおう。余計な事をする可能性もあるので、念の為にサウワに見張るように頼んでいる。


「ちょうど行きたい場所に近いからいいんだよ。それよりも、ロイルたちはこの先どうするつもりだい」


 裏仕事専門とはいえ、国の重要な地位にいる人物を島に置き去りにしたのだ。このまま無事に済むとは思えない。


「それは大丈夫って船長が言ってたっす。もう、金輪際、あの国とは取引もしないし、関わらないそうっす。他にも国は幾らでもあるっすからね。海は何処までも広がっているっす!」


 拳を握りしめ、楽しそうに口元を緩ませているな。あれは口だけではなく、本当に何にも心配していない顔だ。むしろ、この状況を楽しんでいる節がある。


「しっかし、土屋さん苦労されったっすよね。津波にあって流れ着いたのが贄の島だったなんて」


「そうだな」


 転移者であることを伝えるわけにもいかず、そういうことにしておいた。


「贄の島での波瀾万丈な日々……もう、うちも含めて、みんな大感動っすよ」


 あの島で経験した出来事を、大まかではあるが船員たちに語り聞かせることにしたのだが、その反応は俺の想像を超えていた。

 話を盛り上げる為、吟遊詩人風に自動演奏してくれるギターを取り出し、BGM付きで物語として少し脚色を加えて語ると大反響を呼び、酒盛りの際に他にも聞かせてくれ、もう一度あの戦いの話を頼むと、毎日引っ張りだこだ。


「まあ、本当に色々あったからな……」


「うんうん、ご苦労されたっすね」


 話の内容を思い出したようで、ロイルが涙ぐんでいる。感情的になりやすい子だな。


「さて、湿っぽい空気は海風に流してもらうとして、大陸についての一般常識をおさらいしてもらっていいかい?」


「任せてくださいっす! 島育ちの土屋さんにはわからないこと、何でもどんとこいっす!」


 便宜上、海の何処かにある大きな島出身ということにしておいた。ある日、漁に付き合って沖合に出たところ津波にあい、何とか贄の島に辿り着いたという設定だ。

 贄の島にいた他の転移者は、何処かの国の船が難破して、俺と同様に贄の島に流れついた――ということにしている。


「あれっすよね、贄の島を挟んで東に常闇の大陸があるのは有名っすけど、付近に島なんてあったんっすね」


「付近と言うか結構遠い場所だよ。誰も贄の島に近寄ろうとしないから、俺たちの島に気づく人もいなかったみたいだな。正確な場所はもうわからないから、こうやってロイルたちが住んでいた大陸……灰色の大陸に向かっているわけだ」


「そうだったっすね。でも、うちらの船で良かったっすよ。常闇の大陸からの船だったら、贄の島にいた方が幸せだったってことに、なるかもしれないっす!」


 自分で発言しておいて、その内容を想像してしまったのだろう。ロイルは自分の肩を抱き締めるようにして体を震わせている。


「常闇の大陸ってそんなに酷いのかい?」


 他の人にも話は聞いたのだが、贄の島より酷い環境と言うのが未だに信じられない。


「そりゃもう! って噂に過ぎないんっすけど、なんせ常闇の大陸を見た者は全員死んでいるっすから」


 口に出すだけでも不幸になると信じられているらしく、声を潜めロイルが耳元に顔を近づける。

 見た者が死んでいるのに、どうやって情報が伝わったのだろうと突っ込むのは、野暮な話か。


「何でも、魔物が我が物顔で暮らす大陸らしく、人間になり替わって魔族が大陸を支配しているそうっす。住んでいる魔物も、うちらの大陸とは違ってかなり凶悪らしいっすよー。ゴブリンだって、Bランクの冒険者と良い勝負するって噂らしいっす。大陸の間に馬鹿でかい海を挟んでいたから、うちらの世界は侵略されず無事だって話っすよ」


 確かに、魔法の地図で確認したのだが、贄の島を中心に地図を見ると西の果てに、彼らが住む灰色の大陸があり、遥か東に常闇の大陸がある。

 ちなみに灰色の大陸と呼ばれている所以は、大昔、光の神と闇の神が争い、相打ちして大陸の何処かで二神が眠っていると伝えられているからだそうだ。

 そんな昔話はどうでもいいんだが、魔法の地図を見ていて、いつも疑問に思うことをロイルにも訊ねてみるか。


「そうか。そういや、ロイルたちの住む灰色の大陸の西には何があるんだ」


「へ? そんなの決まってるっすよ! 世界の端、境界壁があるっす!」


 この世界の住民は、世界は球体で出来ているのではなく、限られた大きさの四角い世界だと考えている。

 まあ、異世界だし、魔法やスキルなんて存在する世界で物理法則や、常識を語るのも痛い話だがたぶん、この世界は地球と同じように球体だ。

 実際、魔法の地図で灰色の大陸の西に視点をずらすと、彼らが恐れる常闇の大陸と繋がっている。


 なら、何故彼らは常闇の大陸と接点がないのか。

 それは、ロイルの語ったことが答えだ。境界壁と呼ばれる巨大な壁が本当に存在しているから。

 灰色の大陸と常闇の大陸は、そもそも一つの大きな大陸である。だが、それを両断するように巨大な壁が直線状に一本走っているのだ。

 地図で見ると中々シュールなのだが、その壁は海にまで伸びていて、大陸を真っ二つに分けてしまっている。

 話によると壁の高さは雲を突き抜けているらしく、その頂を見た者はいないそうだ。大陸に渡ったら一度は見ておきたい名所だな。

 この話を聞く度に、ファンタジーの世界だなと改めて実感させてくれる。


「おーい、陸が見えたぞおおおぉ!」


 マストの先端部分に取りつけられた見張り台から、船員の大声が響いてきた。

 ようやく、大地に足を付けられるのか。

 甲板に並び望遠鏡を覗き込み、陸の確認をしている船員の後方に立ち肉眼で、その方向に視線をやる。

 視力系のスキルは持ち合わせていないが、身体能力が人並み外れているので、視力も常人の数倍に跳ね上がり、この距離なら望遠鏡無しでも見ることが可能だ。


「あれが異世界の大陸か」


 異世界に在住して一年四か月と少し経ち、初めて俺は島以外の土地に足を踏み入れることになる。

 正直、大陸での生活が楽しみでならない。桜を解放する方法を探し出すという、大きな目標を忘れてはいないが、今の自分の実力なら意外とスムーズに事が運ぶのではないかと楽観視している自分もいる。

 『精神感応』で相手の心を読め『同調』で相手から発言を引き出すことも容易だろう。

 『気』『隠蔽』で機密事項が納まっている施設に入り込むことも、そう難しくない筈だ。探す物さえわかれば『捜索』も利用できる。


 全体的な能力は、あの冒険者たちを見る限りAランク以上なのも間違いない。戦闘の最中に「あいつ、Sランク並じゃねえか?」とぼやいていたのを聞き逃していないので、大陸最高峰レベルの可能性もある。

 今、俺は定番の強力すぎる力を貰って、始めから楽に世の中を渡っていく物語の主人公状態。

 この流れだと弱者を助け回り、美女に囲まれるハーレム展開が待っていそうだが……今、一瞬、桜の目が笑っていない微笑みが脳裏に浮かんだ。ああ、うん、自重しよう。


 よっし、気分を切り替えよう。今から行くべき大陸を目に焼き付け、桜を元に戻す方法をいち早く見つけるんだ。

 そう、あの豊かな自然あふれる美しくも広大な大地……美しい? 何か、緑がくすんでいるような。大陸全体が少し薄暗く見えるのは目の錯覚なのだろうか。

 何て言えばいいのだろうか、大陸の大地から聖樹が使っていた黒い霧の濃度が薄いバージョンが漂っているかのように見える。

 不審に思い周りの船員の様子を確かめているが、特に違和感もないようで大陸が見えたことに歓喜の声を上げているだけだ。


 俺だけが見えているのか……もしや。

 鍛錬もかねて『気』を常時、微量に発動させているのだが、一旦、止めて『気』を使っていない状態でもう一度大陸に視線を向ける。

 ただの大地に見えるな。ということは、今度は『気』の放出量を上げて目に集中してみるか。

 俺が気を放出したことにより、周囲の船員が引きつった表情で俺から離れていく。威圧されているのだろう。

 後でフォローしておくとして、今はこっちの方が重要だ。

 目に気を集め、視力と目に見えない何かを捉えるように意識する。


「やっぱりそうか……」


 俺の目にはくっきりと黒い何かが大地から立ち昇り、大陸全体を覆っているのが目視できてしまった。


「ど、ど、どうしたんっすか、土屋さん」


 怯えながらも、ロイルが俺を気遣って話しかけてきている。

 いつまでも、気を垂れ流しにしては可哀想だな。元に戻しておこう。


「すまない。ちょっと大陸に気になることがあったから、力を使わせてもらった」


 贄の島を生き抜いた自分には特殊な力があることを彼らに話している。実際、あのいけ好かない役人どもを白状させたのも、その力だと明かしているから問題はない。

 ただ、大陸ではスキルでなく別な呼び名をしているそうで、ええと確かギ――


「ああ、そうでしたっすね。で、何かわかったっすか」


「ん、まあ、嫌な予感程的中するよな。悪いけど船長呼んできてもらえないか。あと船の動きを止めて貰いたい。理由は船長が来てから説明する」


 今は説得する時間も惜しいので、周囲の船員も言うことを聞くように『同調』を発動させてもらった。

 慌ただしく船員が動き出すのを眺めながら、俺は大きく息を吐く。


「この大陸……たぶん、常闇の大陸だよな」


 島から西へと向かっていた筈が、いつの間にか東へ向かっていた。何十年も船に乗り続けているベテランの彼らが犯すミスだとは思えない。

 それに、毎日一度は魔法の地図で位置を確認していたにも関わらず、この結果だ。地図上では間違いなく船は西へと進んでいたというのに。

 見えざる何者かの手により、捻じ曲げられたとしか考えられない。そして、そんなことを出来る相手は、俺の知る限りたった一人だ。


「そうかい。島から簡単に抜け出せたから安心していたら、こういう嫌がらせをしてくるわけだ」


 俺は青く澄み渡る空を睨みつけるしかなかった。



お待たせしました。

私生活が忙しくなってきそうなので、今回からは、ある程度まとめて書き溜めて、毎日一話ずつ公開する方法にさせてもらいます。

おそらく、四話~六話ぐらいになると思いますので間が空くかもしれませんが、これからもよろしくお願いします。

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