就活女子の異世界放浪記 2
黒髪で清潔感のある髪型。保護欲が疼きそうになる気弱そうな美少年顔。あれだ、友達に無理やり押し付けられた乙女ゲーのショタ担当に、こんなキャラいたな。
友達の一押しキャラらしく「この、無理して強気な振りして、おどおどしながら顔色窺っているのが萌えるのよっ!」と熱く語られたっけ。
実際、この少年も今まで見たことないような整った顔で、ちらちらとこっちの様子を見てくる態度に嗜虐心が目覚めそうになるわ。初めて友達の言っていることが心で理解できてしまった。
「あ、あの大丈夫ですか?」
舌足らずな話し方が容姿と相まって、友人なら涎を流しながら飛びかかりそうだけど……どうも、何て言うか。胡散臭いのよね。
「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
「ど、どういたしまして」
はにかみながら微笑む表情に、何故か違和感がある。
うーん、あれだ、整形したばかりの親戚が浮かべていた表情にそっくりだ。作り物っぽいというか、自分の顔になれていないというか、そんな感じ。
それに、眉間の辺りがピリピリする。昔からそうだけど、嫌な予感がする時はこうなるのよね。それが今は前よりも強い刺激がある。たぶん、スキル『第六感』の効果だとおもうけど。
「ええと、同じ転移者なら組みませんか。僕もある程度はスキルあるから役に立てると思います」
私は一人でも生きていけそうだけど、この子は見るからに頼りなさそうよね。
同じ転移者で組むというのは悪い提案じゃないけど、根拠はないというのに心が警戒を解こうとしない。
この子は無防備に歩み寄ってくるけど、あの照れたような目から注がれる視線に、ねっとりした欲望を感じる。まあ、ミニスカートがまくれ上がっていて、中が見えそうだから男として気になるのはわかるけど。
うーん、気にし過ぎな気もするけど、でも、私の直感は当たるのよね。
「ちょっと、止まってくれる」
「は、はい。何ですか?」
今、驚いた瞬間に素の表情になった。あのバカが部屋でエロい動画を見ていて、私が部屋に飛び込んだときの慌てように似ている……ちょっと違うか。
何か人に言えない事をしているか悪巧みを考えていて、それがバレたときの感じ。いや、そんな可愛いもんじゃないわね。瞳の奥に濁った光が見えたのは気のせいじゃない筈。
「すっごい失礼な事を聞いてもいい?」
「え、あ、はい。何でしょうか」
「それ、自前の顔?」
あら、わかりやすいわね。顔から表情が消えた……嘘っぽい表情よりも、こっちの方が魅力的ね。小悪党って感じがして。
「あら、大人しそうな少年が浮かべていい表情じゃないわよ。含み笑いなんて」
「ふーん、お姉さん、頭が弱くて尻の軽そうな女かと思ったら、そうじゃないんだね」
ほう、私にそんな口を利くとは、いい根性している。物理的に黙らせてやろうかしら。
「で、あんたは何がしたいの。油断させて近づいて、寝首でも掻くつもりだった?」
「あれ、お姉さんも知っていたの? 転移者を殺すと大量の経験値が得られることを」
「当ったり前じゃないの」
えっ、そんなルールあったの!? バレないように普通に返したけど、急に変なこと言いだすからビビったわ。
時代劇だとこういう場面でお馴染みの展開を口にしただけなんだけど、まさか、そんなシステムになっていたとは。
それに、この子は自ら人を殺したと告白しているわよね。やれやれ、初っ端から相当な危険人物と遭遇するとは。ステータスの運の数値って意味ないんじゃないの。
「てことは、お姉さんも誰かを殺して力を得たわけだ。でも、僕には敵わないよ。もう、三人殺してレベル上がっているし、それだけじゃなくて……スキルも奪ったからね」
しかし、こいつは小者臭が凄いわ。自分の能力をベラベラと良く喋ること。こうやって身勝手に自分の話題を口にする奴って大概、もてない男なのよね。
この美少年の顔とは程遠い地顔してそう。
「知っているかい。奪取スキルって」
「あー、相手の力を奪い取るクズスキルのこと?」
あの小説サイトにも似たような能力を持つ主役の話が幾つもあったけど、私もあのバカも、その類いの作品を毛嫌いしていたな。
「クズだと……この強力なスキルが理解できないなんて、間抜け――」
「だってさ、相手が実戦や訓練で育て上げたスキルを奪うわけでしょ。自分は苦労せずに、楽して生きたいって考えが見え見えのスキルじゃないの。そんなの絶賛する人間なんて中身が透けて見えるわ。はっ」
小馬鹿にした感じに見えるよう鼻で笑うと、面白いぐらいに反応しているわね。
あらま、そんなに顔を赤くさせて、図星を指されて頭に来たのかしら。
まあ……ちなみに、ここだけの話。私も探したんだけどね、そのスキル!
便利で強そうだし。でも、ポイントが異様に高かったから、やめたのよね。それに、あのスキルを見ていると眉間が締め付けられるような感じがした。つまり、何かしらのデメリットがあるということだと思う。
実際に強いなら綺麗事言っていられる世界でもなさそうだし。異世界で生きていく為には悪くない選択肢なのかもしれない。まあ、相手の平常心を奪う為に思いっきり罵倒してやったけど。
「ふぅぅん。お姉さんは見た目も悪くないから、仲間にしてやろうかと思っていたけど、もういいや。力尽くで楽しんだ後に、そのスキルも奪ってやるよ」
舌なめずりするところなんて、完全に小悪党の仕草なんだけどわかっているのかしらね。
右半身を前に出して空手のような構えね。うーん、隙のない構えに見えるけど、これも何か違和感あるわ。型通り過ぎるというか、不自然に整い過ぎている。
「ねえ、あんた、何か格闘系のスキル取った?」
「へええ、お姉さん本当に鋭いね。スキル選択で格闘系を幾つか選んでいるよ。立ち技だけじゃなくて、投げにも対応している僕に弱点は無いよ」
成程ね。この子は日本にいた頃、格闘技はおろか、喧嘩すらしたことなさそう。手に入れた力に酔っているだけのガキか。
スキルで力を得たかもしれないけど、実戦経験のないスキルがどれ程の力を発揮できるのやら。
「おっと、魔法系で倒そうと考えているのならやめた方がいい。魔法に対する耐性も半端ないよ」
「あっそ」
余程、接近戦に自信があるようね。魔法に対して予め釘を刺したのは、その点に関して少し不安があるからかな。
よっし、その鼻っ柱をお姉さんがバキバキに折ってあげましょう。そもそも、人殺しを放っておく気も端からないし。
「って、おいおい、お姉さん人の話を聞いていた? そんな無防備に間合いを詰めてくるなんて、死にたいのかな」
はいはい、好きなこと言ってなさい。あんたなんかに構えなんて必要なわけないでしょ。
何よ、その予備動作。腰だめに構えて、今から右正拳を放ちます。と断言しているようなもんじゃないの。
こちらを舐めているのか、借り物の実力を過信しているのか。どっちにしろ、油断している者に勝利は無いわよ。
「ふん、バカには何を言っても無駄かっ!」
鋭く吐き出された呼気。一瞬にして間合いを詰めて、胴体への正拳突き。教科書に載せたいぐらいの理想的な突きね。
まあ、天地がひっくり返った状態で、驚愕に目を限界まで見開いた顔を見られて満足したわ。そこまで威力のあるわかりやすい一撃、合気の要領で力を利用して投げたら、こんなもんよ。
おおっ、凄い音。ぶつかった大木が折れているわ。ピクリとも動かないけど……あれま、あっさり死んだのかしら。
「く、くそっ……いったい、何しやがった。特殊なスキルかっ!」
へええ、頑丈頑丈。レベルが高いってのも嘘じゃないみたい。
自分が投げられたことも理解してないなんて、哀れを通り越して滑稽ね。
「どうかしらね。あれ、もう限界でちゅか? 眠いならおねんねちて、いいでちゅよぉ」
頭を下に向けた状態で木の根元にいる子に、赤ちゃんを相手にしているような優しい声で話しかけたら、ますます怒っているわ。
まったく、挑発に耐性なさすぎでしょ。
「ふざけるな! そんなスキルなんて、発動させずに葬ればいいことだ」
立ち上がると、その場でぴょんぴょんと跳ねている。これはボクサーのフットワークでも見せつけてくれるのかしら。
勢いよく突っ込むのじゃなく、アウトボクサーのように距離をある程度とって、パンチで倒すと。うん、さっきよりはましな考えね。
「その妙なスキルはもう通用しないぜっ」
凄い凄い。左ジャブの連打ね。ということは、利き腕は右か。
しっかし、スキルを警戒してなのか、まだ私を舐めているのか、ジャブが私の体に触れる寸前で止められている。避けるまでもないわ。
「へっ、この速さにびびって動くこともできないようだな」
必要が無いからよ。
まあ、フットワークの軽さも突きの速さも、超一流ね。この実力ならプロボクサーで世界を取るのも楽そう。
ほんと――数値的には凄く強いのでしょう、ねっ!
「うわっ! くそ、砂をっ」
足下の砂を蹴り上げて目潰しをすると、狼狽えている少年の無防備な横面に拳を叩きつけた。うん、良い感触。
「ぶべらあああああっ!」
変な声を上げて少年がぶっ飛んでいる。人って縦に回転しながら空を飛べるのね。
普通なら立ち上がるの待ってあげるのでしょうけど、私はそんなに優しくないわよ。殺人鬼を放置する気は、これっぽっちもない。
「オー、凄いわね」
凄まじい勢いで少年が回転しながら飛んでいるというのに、全力で追いかけたら、その少年に追いつきそうだ。こっちは元いた方向だから浜辺か。
運よく? 木々にぶつかることもなく吹き飛ばされた少年が浜辺を豪快転がり、砂を巻き上げている。もう一回転したら海に着水できる位置で、止まっている。
頬を押さえ、頭を振っているってことは、結構ダメージはいったのかしら。うーん、ほんと頑丈。何か丈夫になる系統のスキル持ってそう。
なら、ここであの技を出すべきね!
「く、くそぅ、あのアマァァ! ぶち殺してや――」
砂浜に尻を付けた状態で何かほざいている少年に、頭上から襲い掛かるように飛び込むと、両手を合わせ『気』を集め、顔を上げた少年の顔面に放つ!
「覇王撃滅砲っ!」
相手に触れたと思った瞬間に全力で手の平から気を放出する。イメージは某格ゲー!
咄嗟に手でガードされたようだけど、気を放つことには成功したみたいね。手から金色に近い色の何かが飛び出し、相手の体を包み込むと砂塵を巻き上げ、相手が地面へとめり込んでいくのが良く見える。
ふおおおっ、とうとう長年の夢、気による攻撃をマスターしたわ!
「うおおおおぉぉぉぉぉぉ……」
手からほんのり煙のような物が立ち昇っているのは、気の跡カスかな。
浜辺に空いた大穴はかなり奥まで深さがあるようで、相手の姿は闇に消えて全然見えないんですけど。自分でやっておいてなんだけど、想像を超えた威力に若干引くわ。
あ、海水が穴に少しずつ流れ込んでる。生きていても溺れ死にそうね。
って、放置すると、生き延びていて後で厄介な存在になるってパターンが定番。となると、何処かに……あ、いい感じの石あるじゃないの。
ボーリングの球ぐらいの大きさあったら充分よね。まあ、四個もあったら足りるでしょ。
普通に石をぶつけた程度ではあんまりダメージいかないかしら。
んー、日本では無理だったけど、今なら気を物に通して強化すること可能じゃないかしら。師匠は少しの間ならできたし。確か、こんな感じで体の延長に物があるようなイメージで……おおっ、できるじゃないの。私ってば天才!
よっし、じゃあ、これを振りかぶって――
「美少女投手が第一球投げました!」
「……ごふぅっ!」
穴に耳を澄ますと石が命中した鈍い音と、少年の呻き声らしき音が微かに聞こえてくる。うむ、大成功。
よっし、一応全部投げておこう!
三球目あたりから相手の声は全く聞こえなくなったが、油断大敵。全部ぶつけておこうかな。
「ふぃぃ、いい仕事したわ」
穴の奥から微かに感じていた相手の気は完全に消滅した。水も大量に流れ込んでいるので、気を失っただけだとしても水死は確実。
今、ふと気が付いた……違うわ。必死だったから考えないようにしていたけど、これって殺人よね。だというのに、何だろう罪悪感が殆どない。まあ、相手が殺人犯で、私も殺そうとしていた相手だからかしら。
高揚感があるわけでもなく、ただ虚しいだけ。でもまあ、いつまでもここには居たくないかな。もう一度意識を集中して――気は完全に消えている。気絶でも少しは気が感じられるけど、完全にゼロね。うっし、討伐完了。
「相手が悪人だったとしても……ごめんなさい。成仏してください」
私には手を合わせて祈ることしかできない。
近い将来、罪の意識に苛まれる日がくるかもしれないが、今は酷いようだがそんなことに気を取られている場合じゃないわ。
はぁ、さっきまでは楽しい異世界生活かと心が弾んでいたのに、一気にブルーになったわね。どんな世界でも、生き抜くには辛いことも沢山あるって事か。
「人生やっぱり温くないわね」
あー、美味しい物をお腹いっぱい食べたい。就活から解放されたのはいいけど、やっぱり日本での生活の方が幸せだったのかな。
「あのバカどうしているかしら」
顔を合わせたら文句の言い合いになることが多かったけど、それでも今はアイツの顔が見たい。バカでどうしようもない中二病の弟――権蔵を。
「ごほっ、おええええっ……くそっ、くそっ! 僕がこんな目にあわされるなんて!」
『隠蔽』のスキルで存在を完全に消してなかったら、確実に殺されていた……。
あの女、許さない……絶対に僕がこの手で殺してやる!
作り上げたこの顔をボロボロにしやがって。水面に映る顔は化け物みたいじゃないか――元の顔よりも酷いな。
僕はこの世界で栄光を手に入れる。その為にはあの女が邪魔だ!
「どれだけかかろうと、どんな手段を使ってでもアイツを殺してみせるっ!」
今度会ったときには、死んでも迎田滅の名と存在を忘れられないように、魂に刻み込んでやる。必ずだ!