就活女子の異世界放浪記
「綺麗な浜辺ね……まいったわ。マジで異世界なんてものが存在する何て」
気分とは正反対の澄み渡る空に、遊びに浜辺へ来たのなら大歓迎な降り注ぐ太陽。釣りでもしたくなる、何処までも続く大海原。
「人もいないし、ほんと、友達や、あのバカと遊びに来たのなら最高のシチュエーションなんだけど、私と遊んでくれるのは、こんなのばっかか」
足下で光の粒子になりかかっている、魚に人間の手足が生えた化け物にスタンピングをかましてみたが、気持ちはちっとも晴れない。
あーもう、ぴちぴちすんな!
自分でやっておいて何だが、このキモイ生き物が浜辺の至る所で死にかけている光景は、ホラーと言うよりはコメディーの方が近い。
まったく、就職難だからって異世界転移を紹介されるとは思わなかった。現場は異世界の浜辺です、ってか。
だったら、こんな動きにくいリクルートスーツでこなかったっての。何故か面接で落ちまくるから最終手段として、ちょっとミニで面接官を誘惑してやろうかと思ったけど、無駄に終わったか。
ちっ、パンストもさっきの戦いで破れてるじゃない。かーっ、もう最悪。
でもまあ、試験場の近くで履き替えようと思っていたから、スニーカー履いていたけど、それは助かったわね。
大体、この変な生き物はなに? それに異世界転移って……あのバカの影響で、その類いの小説読んだことあるけど、実際に経験する羽目になるなんて。
あの変な教室には見える範囲にバカの気配はなかったけど、まさかこっちに同じように飛ばされてたりしてないかしら。
昔っから運悪いから、あの子。ちょっとだけ心配ね。
「そういや、あの変態女教師が何か言ってたような。生徒手帳に能力だったっけ」
生徒手帳って何処にあるのかな。スーツのポケットには――ハンカチ以外何もない。となると、この鞄か。
面接用には相応しくないと何度も釘を刺されたけど、この鞄は容量が大きくて便利なのよね。中には……筆記用具、履歴書、財布は入っていると。あと、携帯と、と、おっ、これかな。
「よいしょっと!」
勢いよく引っこ抜き、意味もなく空に掲げてしまったそれは紛れもなく、生徒手帳。
「さてと、中身を拝見しましょうか」
ページをめくると、生真面目な表情で写っている自分の顔がある。服装がセーラー服だけど、まだまだ、いけるじゃないの私。これなら現役女子高生として、やっていけそうね。
っと、今はそんなこと、どうでもいいか。ええと、この先に能力が書いているって話だけど。お、はいはい。あったあった。
名前と性別、年齢、身長は間違いないわ。
というか、どうやって調べたのよ。まあ、あんな教室やら作り出して、異世界に転移させている時点で、そこを突っ込むのは野暮な話かしら。
で、問題はその先よね。レベルは5もあるんだ。初めは1からだと思ったのに意外ね……あ、もしかしてこの魚人を倒した経験値で上がったのかな。
あー、ステータスとスキルのポイントも増えているから、それっぽいわね。能力上げられるらしいけど、それは後にしますか。今は確認確認。
筋力 (17)34
頑強 (17)34
素早さ(15)30
器用 (13)26
柔軟 (15)30
体力 (15)30
知力 ( 8)16
精神力(20)40
運 (20)40
『筋力』2『頑強』2『素早さ』2『器用』2『柔軟』2『体力』2『知力』2『精神力』2『運』2
ステータス関連はこんな感じなのだけど、これが高いのか低いのかも良くわからないのよね。括弧の中身が元々の数値で、スキルレベルを2とったから二倍になる。
まあ、ここまではわかるわよ。でも、一般人の平均となる数値が幾つかってところが問題よね。たぶん、10が平均かな。
知力が8ってことが引っ掛かるけど……昔っから、勉強は人よりちょっとだけ不得意だったから。変なひらめきだけは人一倍あるとは言われてきたけどさ。
あとは……ステータスレベルって何となく平均に上げたけど、たぶん間違ってないわよね。勘で適当にしたけど、昔っからよく当たるのよね私の勘。
んで、問題はスキルか。
『消費軽減』3『気』3『第六感』4『古武術』3『怪力』3『痛覚』3『共通語』1『精神感応』1
これが良くわからないのよね。何となくこのスキルたちが私を呼んでいるような気がしたから選んだけど。共通語、精神感応以外は他のスキルに比べて消費ポイント少なかったし。
まあ、元々、日本での生活でもこんな感じの能力だったから、肌にあったのかしら。
んー、まあ、これだけの力があれば何とか成るでしょ。
「くよくよしたって始まらないわね! まずは探索よ!」
カバンの中にあったお菓子をかじると、少し元気が出てきた気がする。
食欲があるのなら、私は大丈夫。生きているってことだし、体と精神が死にたくないと訴えているってことだから。
「さてと、まずはわかりやすく、海岸沿いを歩いていこうかな。どんな場所かはわからないけど、魚人がいるなら、魚もきっと豊富よね。漁師とかいるかもしれないし」
悩むより行動!
あのバカは「もう少し考えてから動いた方がいいぜ」何て生意気なこと口にしていたけど、こういう場面は即決が大事なのよ。
まずは、異世界の住民を探すとしますか。共通語覚えているのだから何とかなるでしょ。
と、考えていた自分を殴りたいわ。
目の前にいる五匹の魚人に熱い視線を注がれても、全く嬉しくない。
何で第一異世界人と遭遇できないのよ!
魚人ばっかりじゃないの!
初遭遇は不意を突かれて、話すどころか拳で会話しちゃったけど、やっぱり、こいつら話が全く通じない。
それどころか、口をパクパクさせているだけで、声を発することすらできなそうだ。
魚の癖に槍みたいなの持っているし。前のと同じくやる気満々みたいね。瞬きを全くしないから、気持ち悪いのよこいつら。おまけにヌメヌメしてるし。
「魚共! 刺身……は包丁ないから無理だけど、魚人のタタキにされたくなかったら引きなさい!」
一応共通語で話しかけてみたけど、全く通じてないみたいね。相変わらず、口を開閉しているだけだ。表情も何もないので、不気味だっての。
「って、うわっ!」
私が平和的に話しかけてあげたのに、この魚いきなり攻撃してきた。
まあ、そんな単調でスローな突きなんて、私の敵じゃないけどさ!
半円状に取り囲んでくるところは、少しは知能あるみたいだけど、無駄よ無駄。
前方の三体からの攻撃は軽くサイドに跳ねるようにして避けて、左にいた魚人が突き出した槍は――穂先蹴ってやれ。
あっ、軽く蹴ったつもりなのに槍が折れたわね……くっ、怪力レベル上げ過ぎたかしら。こんなのあのバカに見られたら「嫁に行くどころか、恋人なんて夢のまた夢だよな……」ってため息を吐かれそうね。
何だろう、リアルに想像したら腹立ってきた。
って、あんた達も乙女が悩んでいるのだから、攻撃せずに待つぐらいの度量は無いの!
余裕で避けられるとわかっていても、鬱陶しいのよ。
「ちょっと、考え事の邪魔だから静かにしていて」
上段回し蹴り、腹への正拳、首への手刀、腕の関節を決めたままの投げ、足払いからの頸椎踏みつけ。という作業を難なくこなしたが、うん、日本にいた頃より体が軽いわね、やっぱ。
能力2倍は伊達じゃないようね。これなら色々面白いこともできそう。あと『気』もレベル上げておいたから、もしかして夢の遠距離攻撃、波〇拳とか飛ばせるようになるのかな。何だ異世界楽しいじゃないの。
また経験値も入ったみたい。このまま敵を倒しながら人探しを続けようかな。あー、あと食料も確保しないと。やっぱり、スキルで取れる食料系のアイテム手に入れておくべきだったかも。
てっきり、飛ばされるとしても近くに町や村ぐらいはあると考えていたのに。
あと、あのバカに勧められて読んだ異世界物だと、直ぐに魔物に襲われた馬車に出会って、助けて物語が進む筈なんだけど……あ、海岸沿いだからダメなのか。
なら、内陸目指そう!
道らしきものは見当たらないけど、まあ何とかなるでしょ。
魚人は見飽きたから、今度はもう少し可愛げのある動物にでも会いたいわね。
「黒いわんこ……でも可愛くない」
森を暫く進んで遭遇したのが、この大きな黒犬。
近所の金持ちが自慢げに飼っていた土佐犬よりも大きな体の犬だけど、妙な点がある。
まず、目が異様に赤い。充血しすぎじゃないかと心配になるレベルの赤さよね。 それに、何か体毛が黒いというより、全身に黒い煙らしきものが纏わりついているような感じ。
私としては小型犬が好きなのだけど、大型犬も嫌いじゃないわ。
見た目だけで判断してはダメよね。ここは某動物大好き爺さんを見習って、接触を図ってみようかしら。
「ほらほらー、怖くないでちゅよー。ほーら、優しくて可愛いお姉さんですよー」
両手を広げ、私の胸に飛び込んでおいで。と黒犬にアピールしたのだが……何故、後退る。日本でもそうだったけど、どうして、世の中の動物どもは私に懐こうとしないのだろうか。
動物園のライオンや虎ですら、目を合わそうとしなかった。私はこんなにも動物が好きだというのに、動物は何故か私を警戒して近づこうとしない。
あのバカは逆に動物や、人間の子供から老人にまで好かれやすいのが、ムカつく。世の中は何て不公平なのだろう。
あ、でも、この黒犬は逃げないわね。一定の距離をとっているけど、今も顔を逸らさず足を踏ん張っているわ。これは……脈ありかしら!
「グルアアアアッ!」
て思ったら、牙剥き出しで飛び込んできやがった。
「純情な乙女心を弄んだわねっ!」
取り敢えず、カウンター気味に顔面に蹴りを入れてやったら、変な方向に首が曲がった状態で痙攣している。少々やり過ぎたかしら。
「てへっ」
舌を出しながら頭を小突き、首を傾げてみたけど、人がいない状態でやっても虚しいだけだわ。ツッコミキャラがいて完成する流れよね。
あれ、今回は体が消えた跡に宝石みたいなのが落ちているわ。何だろう、赤くて綺麗な石だけど、別に宝石なんて興味ないのよね。装飾品買うぐらいなら、美味しいものでも食べに行くっての。まあ、何処かで売れるかもしれないから、拾っておこうかな。
「んー、この際、魔物の肉でも食べようかと思っていたのに……」
死体が消えていくのは処理に困らなくていいんだけど、食料としては問題よね。
動物とかなら大丈夫なのかしら。
肉が無理となると、ここは自然が豊富だし木の実でも探しますか。あの木の上に赤い実が見えるけど、登ってみるしかないわね。木に登るには靴が邪魔かな。
靴も靴下も鞄に放り込んで……と、やりますか。
両腕を伸ばしても抱えきれないわね、この大木。まあ、しがみ付いて指を木にめり込ませて、うんしょ、うんしょっと。やっぱ、靴脱いで正解だったわ。足も引っかけないと、ちょっと辛かったかも。
結構、高いところまで来たけど、五メートルぐらいかな。お、この赤いリンゴっぽい果実いけそうね。
「いただきます!」
うん、ちょっと酸っぱいけど悪くない味だわ。何個か鞄に入れておこう。こうなると、あの教室でスキルポイントを消費して手に入るアイテムボックスを、取っておけばと後悔するわね。
まあ……過ぎたことを、くよくよしないけど!
無い物は無い。以上!
でも、この鞄持っていて良かったわ。「面接にボストンバッグ何か持って行くなよ。そんな女子、ドン引きされるぞ」って何度も注意されたけど、ほら役に立ったじゃないの。まだまだ、収容スペースあるわよ。
これで、二、三日分の食料は確保できたかな。まあ、同じものばかり食べるのは飽きそうだから、他の食料も探した方が良さそうだけど。
後は、寝床の確保をしておきたいところね。村や町があるなら、それに越したことは無いけど、これだけ魔物がうじゃうじゃしている場所に人が住む可能性は少なそう。
「それよりも何よりも、まず、やらないといけないことがあるわ」
木から降りると、大きく深呼吸をする。精神統一をして、意識を高めないといけない。
体に漲る気の流れを感じ、両手に力を集めるイメージ……イメージ。ゲームやアニメだと、こうやって手首の上ら辺の、手の付け根辺りを合わせて、腰をかがめて溜めるような感じよね。
「気のレベルも上げておいたし、今ならいける気がする! やっぱり、放つときは何とか波っ! とか必要よね。やっぱり、オリジナルの技名が欲しいところよね……よっし、決まったわ」
こう言うのはカッコいい名前を付けるのが大事だって、あのバカも言っていたしね。
何か手の平が熱くなってきているし、本当に出そう。早くしないと漏れちゃいそう。
「覇王撃滅ほ――」
「あ、あの、何しているのですか?」
……今、人の声が聞こえた気がしたけど、気のせいよね。うん、まさか、こんなところを誰かに見られるなんて事、あるわけがないわ。
「その格好、日本人ですよね? 僕も、日本人なのですよ! やっぱり、転移者ですか? ところで、何でそんなポーズしているのですか?」
ぎゃあああああああああああ! こ、こいつの口を封じないといけない! 取り敢えず、記憶を失う程度に殴っておくしかないわ!
そう決意して振り返ると、見るからに気の弱そうな青年がそこに突っ立っていた。