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自分が異世界に転移するなら  作者: 昼熊
外伝 転移者
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英雄に憧れた少年 3

 思わず「白々しいことを」と言いそうになったが、顔を変化させていることを思い出し、言葉を呑み込む。


「はい、そうです。それがわかるということは、貴方も?」


 出来るだけ堂々と、以前の自分を思い出させることのない丁寧な口調で答える。


「そ、そうなんです。いきなり、こんな場所に転移させられて、森を彷徨っていたところです。他の転移者がいて良かった……」


 この人は、あの男と最悪な出会いをしたというのに、それでも転移者と会いたいと願っていたのか?

 僕なら警戒して転移者を見つけても近寄りたいとは思わないが。能力的に一人で生き抜けないのか……あの男も生産系だろうと予想していたしな。


「あ、あの、もし良かったら町まででもいいので、一緒に行動しませんか?」


 胸の前で手を組み、忙しなく指を動かして、俯き気味の顔から上目づかいで頼んできた。

 首元までボタンを留めたワイシャツのサイズが少し小さいのだろうか、体のラインがくっきり浮き出ている。

 あの時はそれどころじゃなかったので気が付かなかったが、かなり巨乳のようで一瞬そっちに目がいってしまい、慌てて目を逸らす。

 あのオッサンが欲情した気持ちも、ほんの少しだけわからないでもない。

 罵倒してきた相手と組んでやる義理もないが、相手も気が動転していただけだろう。ここは度量を見せ許してやるべきだな。


「ええ、構いませんよ。こちらこそ、よろしくお願いします」


「ああ、良かった! 初めて会った転移者が貴方のような人で、ついているわ」


 心底嬉しそうに満面の笑みを見せて歩み寄る女性に、僕も微笑みを返す。

 凄いなこの人。本当は初めての相手じゃないのに、その嘘を微塵も感じさせない。

 あの男の事を忘れたい気持ちがあっての発言だろうけど、あの光景を目撃していなかったら、今の言葉を素直に信じていたかも。

 なら、俺も話を合わせておこうか。


「僕なんて川の真上に転移して、この有様ですよ。もう、そろそろ靴も乾きそうですが」


「へええ……じゃあ、まだ一度も戦ったりしていないのかな?」


「はい、レベルも1のままですね。魔物と出会ってまともに戦えるかどうか」


 本当はレベル11だが、それを明かす必要はないだろう。

 まだ半日も過ぎていないのにレベルが10も上だと怪しまれる可能性がある。


「私は生産系なので、戦力になるかどうか。すみません」


「いえ、いいんですよ。一応戦闘系のスキルもありますから、慣れてレベルが上がれば何とか。ちょっと待ってください、上着と靴を履きますので」


 岩の傍まで来た彼女に背を向け、生乾きの靴下に足を通す。

 うっ、若干気持ち悪いが、今はそんなことを気にしている場合じゃないか。この人が信用できると判断できたら、僕の能力もいつか教えないと駄目かな。

 枕代わりにしていた上着とワイシャツは後回しにして、靴を手に取ったところで、砂利を踏み鳴らす音が聞こえた。咄嗟に体を捻るが――腹部に鋭い痛みが走り、冷たい何かが潜り込んだ感触に身が震える。


「な、何をっ!?」


 慌てて身をよじり岩から飛び降りるが、脚の力が抜け河原に片膝を突いてしまう。

 痛みの根源である腹部に目を向けると、右わき腹付近に包丁の柄が生えていた。

 包丁で刺されたのか!? 


「ど、どういうつもりだ」


「あは、はははは! 上手く、上手くいったわ! 男なんてみんな死ねばいいのよ!」


 さっきまでの大人しい雰囲気は吹き飛び、髪を振り乱し喚き散らす女生徒がいる。

 男に引き裂かれた筈のワイシャツが普通の状態に戻っていたので、誰かしらのワイシャツを合法的ではない手段で盗んだのではと警戒していたが、まさかいきなりこう来るとは。


「貴方も甘い顔をして、私の体が目的なんでしょ! 犯される前にやればいいのよ! 貴方が初めての転移者なんて嘘よ!」


 知っているよ。

 脇腹の包丁の柄を掴んだが、引き抜くのはやめておこう。

 こういった時は刃物を抜くと出血が多くなるので、そのままにした方がいいと映画で言っていたな。


「あの男も、次の男も、どいつもこいつもクズばかり……私は強くなるんだ……男なんかに負けない強さを手に入れるの……だから、死んで」


 腰に装着している小さな皮袋に手を入れ、女生徒が刃の長い包丁を取り出した。

 まだあるのか包丁。

 明らかに袋の大きさと包丁の長さが一致しないが、あれはアイテムボックスか。欲しいと思っていたけどポイントの関係上、見送ったアイテムだ。


「無駄な抵抗はやめた方が身の為よ? レベル1で、そんなに大怪我を負って、どうしようというの? それに、もうちゃんと魔法も使えるようになったのよ」


 包丁を持たない左手を横に振ると、強烈な風が正面から吹きつけ咄嗟に防御した腕に裂傷が刻まれる。

 風属性の魔法かっ!


「あの時は動転していて使い方もわからなかったけど、もう手足のように操れるわ! 二人目の男に、これだけは感謝しないとねっ」


 鈍い光を湛えた瞳が俺に向けられている。口が歪み笑みの形を作っているというのに、僕には笑っているようには見えなかった。

 落ち着け……相手は風属性の魔法と刃物を所持している。この怪我も軽くない。圧倒的に不利な状況だが、こちらに勝機がないわけじゃない。

 無傷なら、一気に間合いを詰めて身体能力の差で押し切り、一気に勝負を付けられるが、腹の傷が思ったよりも重傷みたいだ。まともに走ることすら困難な状態。


 だが、相手は僕のレベルを1だと勘違いしている。その油断を突けば、勝てる筈だ。

 問題は遠距離からの風の刃を、この状態で掻い潜り攻撃を与えることができるか。その一点。


「うふふふ、碌に抵抗もできず、弄ばれる気持ちはどう? ねえ、屈辱? ねえ、ねえってば!」


 女生徒が叫ぶ度に見えない刃が僕を切り刻む。

 その威力と吹きつける風に、力が抜け踏ん張りの利かない体では抗うことができず、ふらふらと後方へとよろめいてしまう。


「あら、また水浴びしたいの?」


 どうやら川の中へとまた舞い戻ってしまったようだ。足首まで水に浸かっている。

 動いた拍子に腹にめり込んだ刃が動いたのだろう、あまりの痛みに体がくの字に曲がり、視線が下へと向く。


「あれ、もしかしてお腹痛いのかなぁ」


 楽しそうな声と、砂利を踏みしめて歩み寄る足音が近づいてくる。

 このまま距離を詰めてくれれば、残った力を込め全力で飛び出し、何とか一撃を与え形勢逆転を狙えるが。


「って、これ以上は近づいてあげないわよ。貴方はここで嬲り殺されるの。血が出ても川が洗い流してくれるから安心よっ!」


 風の斬撃が僕の上半身を切り裂いていく。威力的には大したことが無いのだが、見えない攻撃というのがこれ程までに厄介なのかと、実感させてくれる。

 腹部の怪我に続き、顔を庇う腕と上半身の切り傷からの出血で川面が赤く染められていく。頑強で耐久力が上がっているとはいえ、これ以上やられては血を奪われ過ぎて、まともに動くことすら困難になってしまう。


「あれー、貴方頑丈で辛抱強いのね? あの男は直ぐに悲鳴を上げて、逃げたのにぃ」


 ここまでやっても倒れない僕に疑問を抱いたようで、攻撃の手を緩め半眼でこちらを眺めている。

 攻撃が止んだ――今しかない!

 足下の水を全力で蹴り上げ、水飛沫により相手の視界を遮る。

 そのまま腕で顔面をガードしたまま相手に特攻するが、目くらましの水飛沫が強風により一瞬にして吹き飛ばされた。


「風は切りつけるだけじゃないのよ! 惜しかったね、じゃあ、さような――」


 あと一歩進めば相手に手が届く距離で、女生徒はすっと感情の消えた顔で別れの言葉を呟き、風の刃を飛ばす為に手の平をこちらに向けたところで――驚愕に目を見開き、動きが止まる。

 その隙を見逃してやるわけもなく、腹部に刺さった包丁を引き抜くと、相手の腹へ深く突き刺した。

 女生徒は腹に包丁が突き刺さったまま後退ると、倒れることなくこちらを睨む。


「何で、どうして……その顔……」


 憎悪に歪んだ表情で口から血を流し、腹を押さえていた手を外し、血に染まった震える指が僕の顔に向けられる。


「こっちも生きる為に必死でね」


 彼女が異世界に来て初めて出会った男の顔に――似た顔が苦笑いを浮かべていることだろう。

 腕で顔を隠し続け、その間に『身体変化』によりあの男の顔そっくりに作り変えていた。

 相手の意表を突く目的で、相手が一番動揺するであろう男に似せた顔。


「い、いや、寄らないで……い、いや、助けて、助けて……た、す……」


 あれ程までに自信に満ちていた顔に怯えの色が広がり、弱々しく声を漏らしながら彼女は前向きに倒れる。

 その拍子に腹部に突き刺さっている包丁が更に深く入り込んだのだろう。仰向けになった彼女は手を空へと伸ばし、大きな息を吐く音を最後に息絶えた。


「この世界では誰も信じてはいけないということか……」


 顔を元の美少年に戻し、天を仰いだ。

 ああ、いい天気だ。また、血で濡れてしまった。

 僕はもう一度川に入ると、今度はうつ伏せに倒れ込む。

 水が……冷たいな。





「美味しい」


 死んだ彼女のアイテムボックスを譲り受け、幸運にもその中にあった一週間分の食料を取り出し、三人前を食べつくした。

 腹には応急処置で切り刻まれたTシャツを巻き付け、上着を羽織る。

 普通なら結構な大怪我の筈なのだが、痛みはもう殆どない。頑強さと身体能力の向上のおかげなのだろうか。もう既に傷口が塞がりかけているような。

 彼女を倒したことで、またレベルが上がり1000以上のスキルポイントを得た。『奪取』にポイントを振り、彼女から風属性魔法を奪いたいが、それは無理だろう。

 レベル差があるので奪取で能力を奪える可能性は0に等しい。一か八か可能性に賭けるというのもありなのだが……。


「まさか、奪取がこんなに使い勝手の悪いスキルだなんて」


 『説明』2レベルで情報は得ていたが、それでも何かしら使い道があるスキルだと信じていた。だが、結果は目の前に欲しいスキルがあるのに何もできない状況。

 結局このまま死にスキルになるのだろうか。

 嫌だ……僕はこのスキルに願いを込めたんだ!

 奪われる側でなく、奪う側でいたいと!

 何か、何か抜け道は!


 自分の生徒手帳を取り出し、スキルを見直してみるが妙案がそう簡単に浮かぶことは無かった。

 結局、今あるスキルのレベルを上げて、堅実に生きるしか――今あるスキル?

 自分の考えに何か引っ掛かり、もう一度脳内で反芻してみる。


 今あるスキル。今あるスキルは『奪取』『窃盗』『説明』『状態異常耐性』『環境適応』『身体変化』『隠蔽』となっている。


 何度もスキルに目を通していると、ふと頭にある考えが過ぎった。

 『説明』スキル上げたらどうなるんだ?

 2レベルまではとっているが、3レベルまで上げるには更に300ポイントが必要となる。説明の文章を見る限り2レベルまでで充分だと思っていたが、もし、スキルに隠し要素があるというのなら、説明を上げれば……それを知ることができるのでは。


 これは、勘と言うより願望といった方がしっくりくるだろう。でも、僕はどうしても奪取スキルを生かしたかった。英雄になる為には、このスキルの力が無ければ。

 躊躇いながらも僕は『説明』スキルに300ポイントを消費した。


「ぷっ……あははははははははははははははははははははははははっ!」


 さらに増えた説明の文章を読み、僕は腹を抱えて笑い転げる。

 こんなに面白いことがあって我慢できるわけがない!

 そうだよな! そうじゃないと! 人の力を奪うスキルはこうでないと!

 笑いすぎて零れ落ちそうになった涙を指ですくうと、もう一度、『奪取』の追加された説明に目を通した。


『ただし、転移者が相手の場合はレベル差があっても可能となる』


 ひとしきり笑い転げると、僕は立ち上がる。

 もう躊躇う必要はない。転移者からスキルを奪う。死体なら心臓を握り潰し、生者なら殺して心臓を潰せばいい。

 迷わず『奪取』レベルを2に上げる。

 まず、手始めに、この女生徒からだ。


 僕は彼女の死体腹部に突き刺さった包丁を引き抜く。

 そして、そのまま心臓部分の胸元をワイシャツごと引き裂こうとしたのだが……包丁を脇に置きワイシャツのボタンを外していく。

 伸ばした手が邪魔でブラジャーを外せなかったのでブラジャーを切断する。剥き出しになった大きな胸が揺れるが、そんな物には目もくれず谷間に包丁を浅く突き刺した。


 そこから手を潜り込ませ、心臓らしき物体を掴む。

 意外と弾力がありながらもぬるっとした感触に、体毛が一瞬ぞわっと逆立つが、意識を集中して「奪取」と呟き握り潰す。

 予め欲しいスキルを頭に思い浮かべていると、何かが自分の中に潜り込んでいく感覚が伝わってきた。


 すっと手を抜くと川で腕を洗い、ワイシャツのボタンを元に戻しておく。ブラジャーは切ってしまったので戻すことが出来ず、捨てて置くことにする。

 何故か、このまま放置する気になれず、森へ入ると小さな花が咲いている場所を見つけ、そっと横たえた。

 感慨があるわけではない。だが、自分の糧となってくれた相手への最低限の礼儀として、やったまでだ。


 一息つくとスキルを上げていった。『説明』レベルが上がり、新たな説明文が増え、スキルを改めて見直すと、意外な使い道があるスキルを見つけた。

 『隠蔽』は自分の姿を隠すだけではなく、文字を目視できないようにすることも可能となる。

 試しに『隠蔽』を発動させ、生徒手帳の『身体変化』が消えるようにイメージしながら指でなぞると、その文字が消えた。


「へぇー、これで隠したい能力を見えないようにできるのか。相手を騙すときや、身分を偽るときに使えるな」


 他にもスキルを再確認し、一通り能力アップを終えると生徒手帳をしまう。

 やっと、英雄への道を遮っていた大きな扉が開かれる。

 ここからだ。僕の異世界英雄伝が始まるのは、ここから!


「さあ、奪うぞ、何もかも!」


 その決意を胸に僕は歩み出した。

 異世界に自分の名が広まる日も遠くないだろう。

 転移者、雷豪寺 春矢の名が。



如何だったでしょうか。

春矢の行動について疑問に思っていた方々が多かったようなので、このような形で補充させていただきました。

さて、次は誰について書くべきか、悩みどころです。

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