力と策略
顔が風圧により歪み、頬が波打つ。
全身が下から強風が吹き上げてくるような感覚に包まれる。スカイダイビングをしたら、きっとこんな感覚なのだろう。
三か月もの月日をかけ、ゴルホが限界まで掘り続けた大穴の大きさは尋常ではない。俺たちが戦っていた戦場の全てが、大穴の上に被せられた硬い土の層だった。
巨大な落とし穴を相手にイメージさせないように、あえて罠を地中に隠し、桜やミトコンドリアにも根を地面から出させることにより、普通の地面であるように認識させていた。
そして、この穴、深さもとんでもないことになっている。下に目を向けるが、深い闇が見えるのみで底が全く見えない。
地面が抜ける瞬間、俺たちはあえて、その場から逃げることはしなかった。その動きにより相手に行動を悟られないようにする為にだ。
「何故だ、お前ら穴に落ちる前に心を読んだというのに、何も考えが読めなか――」
真っ逆さまに落ちている最中に迎田が見苦しく喚き、自分の失言に気づいたようで慌てて口を噤んでいるが、もう遅い。
精神感応を封じると宣言していたが、両手を縛られ自分が少し不利になった途端に発動させていたようだ。
――それは、予想の範疇だった。
まあ、そうくると思っていたので対策をしておいて、正解だったようだ。
仲間全員が身に着けているマフラーに数本編み込んでいる『破魔の糸』が、その能力を遮断しているからな。状態異常を完全に防ぐ能力は伊達じゃない。
魔王のローブを着こむことは誰もできないが、その一部である数本の糸であれば、俺たちでも身に着けることができた。糸にはローブの能力が宿っているので、魔法を無効化できるのだがそれは糸一本分なので、殆どが素通りしてしまい意味がない。
だが、精神関係の防衛能力は触れた者の内面を保護する能力なので、糸に触れているだけでもある程度の効力を発揮できる。
『精神感応』の本領は相手に触れた場合なのだが、レベルを上げれば触れずにも心を読むことが可能になる。しかし、その威力は落ちてしまうので、『破魔の糸』でも防ぐことが可能になっているようだ。
「考え事をして余裕のようだが、共に転落死でもするつもりか!」
「そんなわけがない」
落下しながらも指から伸びた糸を意識する。
全員の腰に命綱代わりに巻き付けておいた糸を操り、仲間の落下を食い止めていく。俺だけは迎田と一緒に落ちているが。
「お前は何故、落下を止めない。このまま、共に底へ落ちても、俺は生き残る自信がある」
身体能力と頑丈さを考慮すれば、墜落した場合、確かに迎田は生き延びる可能性がある。それに、あのスキルを使えばこの状況を打破できるだろう。
「驚かせてもらった褒美として、ここまで付き合ったがもういいだろう『反重力』」
まあ、そうくるよな。
自分にかかる重力を弱めたのだろう。迎田の落下速度が激減する。
俺より少し先に落ちていたというのに、追い越してしまい見上げた先に迎田がいて、鼻で笑いながら俺を見下していた。
糸を操作して自分の落下速度を遅くするように調整をする。
「まあまあ、面白かったよ」
「まだ余興が終わったところだ。思う存分、楽しんでくれっ!」
余裕の笑みを浮かべる相手に、俺も同様に笑みを返して拳を振り上げた。
「負け惜しみを」
「迎田ああああああああっ!」
頭上から降ってきた縁野が名を叫び、頭から迎田へと突っ込んでいく姿が段々と大きくなっている。
「特攻か! だが、透過では何もできないだろう。目くらましのつもりか」
確かに、透過は相手の攻撃を無効化できるが、自分から相手に攻撃を加えることもできない。
迎田は余裕の態度で迎え撃つというより、ゆっくりと下降しているだけで空中では動けないようだ。『反重力』スキルがそこまで万能ではないのだろう。
「そうね、でも!」
迎田は彼女がそのまま透過で通り過ぎ、何か背後から不意打ちをしてくるとでも考えていたのだろう。その証拠に縁野に対しては何の対応もする気が無いようで、構えもせず無防備な状態で眺めている。
落下しながら縁野は余裕の笑みを浮かべると、背中に隠してあったミスリルの鎌を取り出し、顔の前に構え――そのまま頭からぶちかました。
予想外の行動と落下速度の乗った一撃に面食らったのだろう、まともに攻撃を正面から受け反重力が解け、再び落下していく。
ミスリルの刃は体を捻り咄嗟に躱したようだが、ぶつかった二人がもつれ合いながら、穴の底へと急降下している。
俺も自分に絡ませている糸を調節して、後を追うように穴の底へと落ちていく。
「ふざけるなよっ!」
どんっ、という鈍い音が穴の中に反響し、縁野の背から血に濡れた迎田の腕が飛び出す。
怒りで血が頭に登った迎田は『反重力』で体を制御することなく、反撃を選んだのか。
「お前の、瞬間移動と透明化、いただくぞっ!」
奪取は心臓を握り潰さなければ発動できない。容易く胸を貫いた手をぐっと握りしめると――縁野と迎田が爆炎に包まれた。
「はっ、ざまあみろ……屋城君……」
吹き上げる炎の中から、微かに流れてくる縁野の声を聞き、俺は唇を噛みしめる。
彼女が考えた作戦とはいえ、決断を下したのは俺だ。目を逸らしてはいけない。
心臓部分だけを透過させ、その部分に火の魔石と油を詰め込んだ、布袋を仕込んでおく。生肉でコーティングして出来るだけ心臓の触感に近づけ、相手に誤解させたまま握り潰させる。
そんなことをすれば、心臓は機能を発揮できず、体内に血が溢れ死ぬことになる。それを理解した上で、縁野は踏み出したのだ。
「くそがああっ! 雑魚どもが甘く見るな!」
炎に包まれ咆哮を上げると、迎田を中心として強烈な閃光が広がり、爆風が吹き荒れ、炎が掻き消され縁野の体が四散する。
死に場所をずっと求めていたのだろう。炎に包まれて落ちていく顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
縁野……後は任せてくれ。その命、無駄にはしない!
怒りを呑み込み俺は冷静さを維持しなければならない。まだ、作戦の途中だ。感傷的になるのは後で幾らでもやればいい。
相手を観察しろ……今の一撃。両腕の糸は巻き付いたままだというのにこの威力。何かしらのスキルを発動したようだが。体に触れることすら危険を伴うというのなら、触れなければいいだけの話だ。
「甘く見ているのはお前の方だ!」
「負け惜し……何いいいいいっ!」
縁野も俺もこの程度でお前を殺せるなんて微塵も考えていない。
特攻も自爆による炎も全て、これを隠すための布石に過ぎない!
縁野の後を追うようにやってきたのは、桜が願いの義手で掴み全力で投げ込んだ、赤黒いオーラを全体に纏った神話の槍――ゲイボルグだった。
「そんな攻撃受け止めてくれるっ!」
糸で封じられたままの腕を前へと突き出し、受け止めようとするが、その手をゲイボルグの穂先が易々と貫く。
「硬化が通用しなあああっ! うごあああああああっ!」
鮮血を周辺に撒き散らしながら、手のひらから、手首、腕、二の腕まで穂先が達したところで絶叫を上げると、全身を半回転させ、強引に軌道を逸らした。
ギリギリのところで抜かれたゲイボルグが、穴の底へと投げ捨てられてしまう。
「まだ、足りないか」
今の一撃で仕留められなかったのは痛いが、相手もかなりの損傷を負っている。両腕はズタズタに引き裂かれ、もう使い物にならない筈だ。
千載一遇のチャンスを逃したように見えるが、心に焦りはない。
穴の奥底へ、漆黒の闇へと自ら飛び込んでいるというのに、おかしなぐらい落ち着いている。
迎田の怒りのゲージが吹っ切れたのだろう、狂気を孕んだ瞳が俺を射抜くが――俺の秘めた滾る怒りの炎に比べれば、お前の憤怒などマッチの火レベルだ。
「くそがっ! くそがあああっ! てめえら、ぶち殺す! 四肢を引き千切り、豚の餌にしてくれる!」
本性を表し感情のままに叫ぶ迎田へ、俺は笑みを返してやる。
憎々しげに顔を歪める迎田と向かい合う形で、落下し続けていた。
未だに底へは到達しない。毎日毎日、ゴルホが土使いで掘り続けてようやく到達したゲイボルグ。その掘削期間は脅威の一か月。そこから横幅も広げていったのだが、穴の深さには、まだまだ余裕がある。
迎田の両手を結んでいた『破魔の糸』はゲイボルグにより切断されてしまったが、相手の両腕はもう使い物にならないので問題ないだろう。
このまま地面に墜落して相手が死ぬかどうかは正直微妙なところだと考えている。だが、彼を切り裂くための武器、ゲイボルグは深い闇の底へと沈んでいった。
それに、硬化という言葉を口にしていたということは、生半可な攻撃では通用しないということだろう。
「ぐおおおおおっ!」
痛みをこらえ獣じみた咆哮を上げる迎田の落下速度が落ちた。
痛みのせいで集中できないのか、前と比べるとかなり落下速度がある。だが、このまま地面に落ちても問題ない程度には調整されている。
破魔の糸を伸ばし括りつけ、もう一度動きを封じれば、更なる攻撃を加えやすいが……操り巻き付けるには、生命力も精神力も足りない。
「穴の底へと到達した時、お前たちの命日となる!」
悪役っぽいせりふを吐いている自覚はないようだな。
強がりを言っているのではなく、本当にそれを実行できるだけの力が残っているのだろう。血を撒き散らしていた腕からも、出血が治まってきている。怪我の治りが早くなるスキルでも持っていそうだ。
これが魔法特化キャラなら、既に俺は消し炭となっているのだろうが、遠距離攻撃の手段がないので助かっているに過ぎない。
足場さえあれば、蹴りの一つで血に塗れた肉塊に変わる自分の姿が容易に想像できる。
穴の底に閉じ込めるという手段も思い浮かびはしたが、穴の側面を蹴りつけ登るぐらいは、容易くやってくれそうだ。
取り敢えず、無駄な足掻きとはわかっているが、アイテムボックスから取り出した先端を尖らせた丸太を数本、落ちながら投げつけるが、全てが足技により粉砕される。
「無駄だ! 無駄なんだよ!」
大怪我を負わしたとはいえ、このままでは仲間が全滅する未来しか見えてこない……こうなったら、気絶覚悟で破魔の糸を巻き付けるか。
念には念を入れておきたい。今の状態では、まだ不安がある。何かを仕掛けた際に避けられるか防がれる可能性が高い。
全身を巻き付け動けなくすれば、上手くいく筈だ。
迷う、必要は……ない!
全ての力を注ぎ、気絶して穴の底へ叩きつけられるとしても、俺の命と引き換えに皆の命が救われるなら、充分どころかボロ儲けだ!
意を決し、腕に巻き付けていた破魔の糸を操作しようとした――その時。
「ぐおおおっ! 何だ今の衝撃は!? 体がっ! キサマ何をした!」
鈍い衝撃音が穴を満たし、音の響いてきた方向へ目を向けると、既に体へ破魔の糸が巻きつけられた迎田がいた。
俺は何もしていない。だというのに、肩下から足首まで糸を巻き付けられた迎田がそこにいる。
「くそ、くそっ! 千切れん! はっ、お前、誰だ! いつの間に!」
落下しながら糸が巻き突いた状態で暴れてもがく姿は滑稽だが、それよりも現状が理解できないのは俺も同じだ。
「ミッション成功」
聞き慣れた声が迎田の近くから響いてくる。
目を凝らし意識を集中すると、そこには背中に岩の塊を背負い、白いマフラーを巻き付けた草の塊があった。
「ゴルホ!」
土使いで土の塊を自分の背に向けて発射し猛スピードで落下して、俺たちに追いついてきたのか!
作戦にはなかった行動だが、正直助かった。
「よくやった! 早く離れるんだ!」
あいつは縁野を吹き飛ばしたスキルがある。いつまでも近くにいるのは危険だ。
「ごめん……」
弱々しい声が落下する際の風に紛れ、辛うじて俺の耳に届くが、その言葉を聞いた途端、全身を襲う寒気に身が震える。
衝突した衝撃で体が想像以上のダメージを受けたのか!?
「雑魚が調子に乗るなよっ!」
侮蔑を露わにし吐き捨てる迎田の言葉に従うように、体の上からゴルホの体がずれ、穴の底へと吸い込まれていく。よく見ると草の塊の一部が大きく陥没して赤く染まっていた。
「接近してただで済むと思ったのかっ。体が少しでも動けば、キサマらなんぞ、物の数ではない!」
口に溜まった異物を吐き出すように、言い捨てる迎田の額が赤く濡れている。あれは、ゴルホの血かっ。
体の自由が奪われた状態で、体を折り曲げただけの足場もない空間での頭突き。
それだけの攻撃でゴルホがやられたというのか。
転移者と違い、現地人であるゴルホ。自分のステータスをいじれない弱みが出てしまった。レベルが同等だとしても、どうしても身体能力に差が出てしまう。俺たちなら、その一撃に耐えられたかもしれない。
「ゴルホ!」
咄嗟に飛ばした糸がゴルホの胴体に巻き付き、その落下速度を和らげる。
このまま俺の元に引き寄せれば!
『今までありがとう……お願い……サウワを頼みます』
糸を伝い聞こえてきた心の声に俺はハッとなり、ギリースーツを着こんだままのゴルホへ視線を向ける。
ゴルホはギリースーツの頭に被さっている部分を少し上げ、露わになった口元に笑みの形を作ると、背に備え付けていたシャベルを取り外し、糸を――切断した。
新たに糸を伸ばそうとしたが、落下する草の塊から剥き出しの手が俺に向けられているのが見え……糸の動きが止まる。
ゴルホが足手まといにはなりたくない、自分の事は放っておいてくれと、言っているかのように俺には見えてしまったからだ。
半年にも満たない時間だが、共に過ごし助け合った大切な――家族だ。言葉にしなくても、精神感応で読まなくても、気持ちが伝わってきた。
「わかったよ、ゴルホ」
まだ迎田を倒したわけじゃない、俺がやるべきことは、こいつが死ぬところを見届けることだ。
唇を噛みしめ、握りしめた拳から血がにじみ出るが、感情を抑え込むには足りなかった。その痛みすら生温い。
冷静になれ……今はまだ感傷的になるんじゃない。
ゴルホは俺に託してくれた。サウワの未来と、この戦いの勝利を。
なら、俺のすべきことは一つだろ! 脳細胞が焼き切れるぐらい頭をフル回転させろ!
腕時計にちらっと視線を向け、落下してからの時間を計る。以前、試した時間と比べると、もう少しで地面へと到達するのだが、『反重力』で速度を落としているので、まだ少し地面にまで時間がある。
「くそがっ! 解けないぞっ!」
破魔の糸は切断されることなく、相手を雁字搦めにしている。
何度か体が閃光に包まれ、迎田を中心として爆発が起こっているが、破魔の糸は健在だ。
縁野を吹き飛ばしたスキルは、見た感じ自分を中心として爆発を起こし、周囲へとダメージを与えるスキルのようだ。爆発系スキルだろうか。
能力の制限としては自分、もしくは触れた物を爆発させるといったところだろう。自在に相手を爆破させられるなら、俺が今こうやって考察していられない。
糸から逃れることに集中している迎田に何度か丸太を投げつけたのだが、こちらには目もくれず、丸太が何発も命中する。
しかし、気で強化したにも関わらず丸太が粉砕されるのみで、硬化系スキルの強度は相当なもののようだ。
やはり、ゲイボルグ並の威力がなければ、その防御を打ち砕けない。
頼みの綱のゲイボルグは、あのまま下へと落ちていれば、穴の底に到達し、更に地中深く潜ることになっているだろう。ゴルホがいない今、掘り出すことは不可能となっている。
「だから、無駄だと言っている! 鉄壁の防御に、近寄る者は粉々にする能力! そもそも、近寄ることすら封じることが可能な反重力! 動きを封じたところで、俺を倒す術など存在しない!」
まさにその通りなのだが、わざわざ説明してくれる声に焦りが含まれているのがわかる。
どれだけ己の能力に自信があろうと、肉体の動きを大半封じられた状態で平静を装えるほど、胆が据わっていないか。
「その割には、焦っているように見えるが」
「はっ! それはお前の希望的観測だろ!」
いや、実際焦っている。俺がそっと繋いでおいた細い糸に気づかず、心の声も駄々漏れだ。
『くそっ、反重力中はまともに動けない。この糸がうざすぎる……こいつさえいなければ、肉体変化で糸から逃れられるが……その間は別のスキル発動は不可。その隙を見逃すとは思えない』
そういうことか。何故、体を小さくするなりして束縛から逃れようとしないのか。ずっとそれが引っ掛かっていたのだが、納得がいった。
「地面に着けば、お前らなんぞ一掃してくれる!」
芋虫状態の姿で何を言っているのかと馬鹿にしたいが、実際何とかされそうな実力差がある。
「確かに、その体を貫くための武器は地中深く埋まり、その爆発するスキルと反重力スキルにより近づくことすらできない。糸が解かれたら一巻の終わりだろうな。手の打ちようがないよ」
口ではそう言いながらも、顔には余裕が見え隠れする、相手を挑発するような表情を浮かべる。
「何だその態度は! この状況で、何か手があるというのか! お前が俺に勝てるわけがないだろ!」
「さあ、どうだろうな」
俺はアイテムボックスに糸を潜り込ませ、中から大量の武器を取り出した。
斧、槍、剣、棍棒、鍬、矢、種類にはこだわらず、オーガの村で買い漁った武器の数々を糸に絡ませ俺の周辺に浮かばせる。
「はっ、そんな武器で俺を貫けると思うな……あ、あ、あ?」
大量の武器に気を取られていた迎田の腹部から――槍の穂先が覗いている。
赤黒いオーラを纏った槍、ゲイボルグが背後から迎田を貫いていた。
「何故だ、何故だあああああああっ!」
遥か下へと落ちていったゲイボルグが何故ここにあるのか。
「お前が糸で操ったのか!」
違う。
「まさか、もう一本あったのか!」
違う。
「私が受け止めて、刺したのよ」
ゲイボルグの石突付近を握りしめ胸を貫いたのは、桜だった。
願いの義手はどんな理にも縛られない。ゲイボルグの使用制限であるレベルも無視して、掴むことができる。だからこその、一手だった。
「いつの間に後ろに回り込んだ!?」
驚愕するのも無理はない。桜は上からゲイボルグを投げつけた。
だというのに、背後に回り込み槍を突き刺したのだから。
「桜こっちへ!」
「はいっ!」
相手の爆発系スキルを警戒して、桜が槍を迎田の腹へ残したまま、俺の元へ一瞬にして転移する。
使用レベルに達していない迎田は槍を引き抜くどころか触れることすらできない。ゲイボルグの能力により、その命を徐々に奪われていくしかない。
「なっ! キサマも転移系のスキルを所持していたのか!」
「惜しいが違うな」
転移スキルを縁野から『譲渡』されたのだ。桜が所有していた『譲渡』スキルの力で、自分の『譲渡』スキルを縁野に渡し、縁野から『転移』スキルを受け取った。
ただし、『譲渡』スキルは人に渡すことが可能だが、一度渡した『譲渡』は二度と戻ってこない。それが可能なら、いらないスキルの交換が何度もできてしまう。
「わからないまま、疑問を抱いたまま、死んでいけ迎田!」
体を結んでいた破魔の糸はゲイボルグの一撃により切断されてしまったが、もう、必要ないだろう。口から血を溢れさせ、胴体に穴が開き、ゲイボルグが突き刺さったままの迎田に、もう手はない。
「ぐぅ……ぐはははは、ごほっ! まだだ! 切り札と言うのは最後まで取っておくものだろ! お前らは……仲間のスキルによって、死ね! 『狂化』」
狂化だとっ。蓬莱さんから奪ったスキルか!
迎田の目が赤く染まり、莫大な力がその体に満ちていくのが、肌で感じられる。
目の前で贄の島最強の生物が産まれる瞬間を、俺と桜は抱き合いながら、ただ黙って見つめるしかなかった。