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決戦開始

「さてと、開始してもいいのかな。あ、そうそう、精神感応は切っているので安心していいよ。これを発動させるとヌルゲーだからね」


 余裕の発言だが、こちらが有利になるなら幾らでも油断して、舐めてくれて構わないぞ。

 迎田は膝下まである黒のコートに黒のブーツ。腰には金の鎖がベルトのように巻き付いている。手には黒の指ぬきグローブを装着して、武器は一切身に着けていない。


「くっ、悔しいが、カッコいいじゃねえか」


 どうやら、権蔵の中二病センサーに引っかかる格好のようだ。


「いや、ちょっと待ってくれ準備をする」


 仲間の転移者はアイテムボックスから白のマフラーを取り出す。

 俺は三本抜き出すと、ゴルホとサウワに手渡した。

 全員がマフラーを首に巻いていく。サウワと権蔵は口元まで覆うようにマフラーを装着している。ゴルホはギリースーツの上から巻いているので、草に白く太い紐が絡まっているかのようだ。

 このマフラーは仲間の証として全員にプレゼントした物で、思ったより好評だったのが密かな自慢だったりする。


「泣いても笑っても今日が決戦の日だ。何度も言ってきたことだが、勝つぞ。誰一人欠けることなく、何としても生き延びるぞ」


 全員が静かに頷いた。気負いもなく、かといって油断も感じられない。

 自然体でありながら、瞳には力が宿り、俺がとやかく言わなくても、全員の想いは一つだ。

 ゴルホ、サウワは後方に退き、周辺の乱立する木々の間に滑り込み消えていく。

 戦場はこの小屋の建つ、森を切り開いて作られた広場となる。直径500メートルはある円形の平地で戦うことになるのだが、二人は隠蔽スキルを活かし、姿を見せずに攻撃に参加してもらう。


 権蔵がすっと前に進む。その隣には縁野が並んだ。

 二人は前線で戦う役目だ。縁野の透過スキルで相手を翻弄し、隙を見て権蔵が攻撃を加える手筈となっている。

 そして、俺とミトコンドリア、桜が半円状に距離を取り、前衛のフォローに回る。中間距離担当といったところか。


「ほほう、そういう配置でくるのか。ふーん、少しは考えてきたようだな。じゃあ、開始してもいいんだな」


「ああ、約束の時間だ――いくぞ!」


 悠然と構える迎田に権蔵と縁野が勢いよく突っ込んでいく――が、二人はもちろん囮である。

 迎田の足元が浮き上がり、土の中から細い糸で出来た網が飛び出してくる。

網の端が茶巾袋を作るように、迎田を包み込み上空へと引っ張り上げた。


「へええ、いきなり罠なんだ」


 余裕の笑みを浮かべたままの迎田を無視して、更に釣り糸を伸ばし胴体を縛り上げようとするが、網があっさりと千切れ飛び、すっと地面に降り立った。

 強度を考え、躊躇いなく……いや、結構悩んだが貴重な釣り糸を使用したというのに、容易く切断されてしまったか。

 迎田が地面に足を着くと同時に、足元から先端が鋭く尖った根が無数に伸びてくる。

 地面の至る所から数十もの根が迎田を突き刺し、絡みつこうと伸びているが、その全てが届く前に地面へと叩きつけられた。

 手も足も動かしていないように見える。だというのに、根は地面にめり込み微動を続けているだけだ。


「根が、何かに押さえつけられているようで、全く動きません!」


『こっちもー!』


 新たな根が迎田へ襲い掛かるが、全てが届く前に弾かれ、彼の元へ一本も辿り着くことができない。

 何かしらの見えない防壁でもあるのか。それとも俺が目で追えない速度で攻撃を繰り出しているのか。


「戦ってみればわかるだろうよっ!」


「そうね」


 罠と根の攻撃が効かないと判断し、権蔵と縁野が間合いを詰める。

 まず縁野が武器も手にせず、無防備な状態で迎田の前に進み出た。


「確かキミは、あの時、全員を逃がした人か。瞬間移動系のスキルが使えるようだね。厄介だから今の内に殺しておこうかな」


 迎田の腕が一瞬ぶれたのが確認できたのと同時に、縁野の体が上半身と下半身に分断された。横薙ぎの一撃が胴体を捉えたようなのだが、俺には腕が動いた一瞬しか知覚できていない。


「まず一人目――へえ、なかなか、面白いスキルだな」


 切断された筈の縁野がニヤリと笑い、その場に突っ立っている。

 透過により攻撃を無効化したのだが、能力が通用したことに安堵の息を吐いてしまう。

 多くのスキルを有しているだろう迎田なら、透過すら無効化する可能性も考慮していたのだが、初撃は何とかなったか。


「ふぅーん、このスキルいいな。是非、奪いたいところだ」


 半透明の縁野が手刀により切り刻まれていく、ダメージが無いとわかっているのだが、心臓に悪い光景だ。

 攻撃を繰り返し、無駄だと悟ったようで一旦攻撃の手を緩める。縁野も透過中は何もできないので、突っ立っていただけなのだが。


「なるほど、かなり強力なスキルだけど、発動中は相手に一切攻撃を加えられない……ってところかな? 欠点のない強力なスキルなんて、あれが用意しているとは思えないしね」


 あれとは、あの教室にいた女教師もどきを指しているのだろう。その意見には俺も同意するよ。


「となると、キミは無視して他の相手を――」


 迎田が何もしていないというのに縁野の体が縦に両断される。それは、後方から権蔵が放った三日月状の水の塊――水月だった。

 三か月前とは違い威力も速さも桁違いな一撃が、迎田を切り裂こうと唸りを上げ目前に迫る。


「おおっ!」


 それは喜びの感情が混ざった驚きの声だった。

 迎田に命中し、水月が水蒸気となり霧散する。直撃を喰らった筈の迎田は依然として突っ立っているだけで、水に濡れた髪を後ろに撫でつけている。


「やはり、防御系のスキルか……」


 身体能力の高さで防げるほど権蔵の水月は脆くない。根の攻撃もそうだが、防壁のような何かが周辺に発生していると考えるべきか。


「いや、違うぜ土屋さん。あいつは素手で破壊した。植物の攻撃もそうだ。まさに目にも留まらぬ攻撃速度で、全てを叩き落としただけだ」


 憎々しげに前方を睨みつけながら唇を噛みしめている権蔵の額には、第三の目が開いている。

 邪気眼は目と同様に見ることはもちろんできるのだが、レベルを上げたことにより本来の目より動体視力がかなり高くなった。おまけに魔力や気の流れも見ることができ、相手の動きを何とか見切れたのだろう。


「素手でそれか……格闘系のスキルが充実しているのかもしれないな」


 遠距離攻撃がなく、それだけなら、むしろ戦いやすい相手なのだが。


「なら、俺の出番だな!」


 権蔵が『歩法』により一気に間合いを詰め、刃を鞘に納めた状態で左脇へと回り込み、居合切りで首元を切りつけるが、抜き身の真剣を人差し指と親指で挟み込み、あっさりと止めてみせた。


「良い攻撃だ。剣術系のスキルもいいね。まあ、俺は格闘一本だから、浮気はしないけどね」


 それが本当なら何とかなりそうだが、真実を話しているという保証は何もない。

 春矢のように万能キャラを目指す者もいれば、一つを極めようとする者もいるだろう。だが、確信が取れない今、相手の発言を鵜呑みするのは無謀すぎる。

 俺が考えを巡らしている最中も、攻撃は続いていた。


 刃の軌道が銀の線となり迎田の表面を走るが、指先で刃の腹を押して、軌道を逸らし、弾き、いなしている。

 目にも留まらぬ速さで移動を繰り返し、相手の死角から斬撃を放っているというのに、その全てが軽くあしらわれてしまう。


「おや、キミも瞬間移動系のスキルを所有しているのか?」


「ちげえよっ!」


 迎田は自ら攻撃を繰り出すことなく防御に徹している。残像を残しながら、その場から瞬時に別の場所へ、それこそ転移したかのような動きを見せる権蔵の動きに感心しているようだ。

 あれは、もちろん転移スキルではない。権蔵が苦労の末、使用条件を満たし発動できるようになった『縮地』スキルだ。

 目で捉えることが不可能な動きだというのに、迎田は対応している。目で捉えているというよりは、純粋に自分に向かってきた攻撃に対して、自然に体が動いているかのようだ。

 権蔵は腕に装着した『天手力男神の籠手』の能力である怪力を発動させているにも関わらず、力負けしている。


 他の仲間もぼーっと見ているわけではない。

 権蔵に当たらないように木々の根が低い位置から迎田を狙い、森の木々に仕込んでおいた丸太発射装置という名の、巨大な弓をサウワが発動させている。

 ゴルホも離れた距離から土を操れるようになったので、土を凝縮させた礫を銃弾のように螺旋の回転を加え発射している。

 二人の攻防が速すぎて『気』を限界まで高め、目に集めることにより視力を強化しなければ、動きを追うことができない。


 二人の高レベルな戦闘を目視できるようになったことで、俺は更に驚愕することとなった。信じられないことだが、権蔵の言う通り、迎田は攻撃の全てを拳と脚で対応しているのだ。

 根は全て足で蹴り飛ばされた瞬間に木屑となり、土の礫も無数の丸太も片腕で粉砕している。そして、権蔵の攻撃はもう片方の腕で難なく対応していた。

 それだけでも驚異的な出来事なのだが、迎田の顔に浮かぶ表情を見て愕然となる。


 この状況で――笑っている。口元に薄い笑みを浮かべて、まだまだ余裕があると言わんばかりの態度だ。

 やはり、これだけ鍛え上げても、普通に戦っては勝ち目が全くないのか。

 まあ……予想通りだが。


「皆! Aだ!」


 予め決めておいた略称を口にする。次の行動をいちいち指図していては間に合わず、相手にばれてしまうので、こうやってアルファベットに当てはめることにした。

 権蔵、縁野がその場から飛び退き、仲間からの援護射撃も止む。それを確認する時間も惜しいと、糸を操ることに集中する。

 地面から土を押しのけ浮き出てきた無数の網が迎田を囲い、捕縛しようと覆い被さっていく。

 網にその身を完全に包まれる直前、網の動きが止まり、俺の制御下にある筈の網が尋常ではない力で押しのけられていくのが、糸を通して両腕に伝わってくる。

 このままでは、俺まで跳ね飛ばされてしまう!

 やむなく糸を切断すると、網が遥か上空へと吹き飛ばされた。


「まだ、土の中に罠を仕込んでいるとはね。まあ、こういうのは俺には通用しないよ。あ、何を使ったか知りたいかい? これはね『反重力』スキルだよ。触れた物の重力を重くしたり、軽くしたり思うがまま。あ、レベル上げると、今見たように触れた物を逆方向に重力を発生させて、吹き飛ばすことすら可能になる。凄いだろ。まあ、例によって欠点もあるんだけどね」


 強キャラ定番の能力の一つだろそれ。という言葉が喉元まで出かけたが、ぐっと呑み込んだ。

 しかし、ベラベラと手の内を明かしてくれる。俺たちを完全に見下しているな。

そういうキャラは肉体が貧弱という欠点があったりするのだが、迎田の場合、格闘系の能力もある。他の攻撃系スキルに興味を持たないのも納得だ。

 今は封印しているらしいが『精神感応』まで所有している。これだけ揃えば、身体能力の差がかなり開いていない限り、相手を完封できるだろう。

 そりゃ、自慢したくもなるよな。ここまでの力を得たのだ、誰かに見せびらかし称賛されたいだろうよ。

 となると、効き目があるのは魔法系の能力ということになるのか。


「作戦C!」


 魔法攻撃メインに切り替える指示を出す。

 権蔵は距離を取り、水月を放ち相手を牽制する。

 戦場の周囲を取り囲む森の中から闇の弾丸と鞭が現れ、桜とミトコンドリアは根を使う攻撃から闇の霧を操る攻撃へと変更した。

 魔法系のスキルが闇しかないというのが不安要素ではあるが、今はあるもので勝負を懸けるしかない。


 相手が余裕を見せ防御に徹している今に叩き込むしか術はない。相手が攻撃に移れば、その瞬間に俺たちは壊滅するだろう。

 実力差は見ての通り圧倒的で、これが僅差であれば焦って攻撃を仕掛けてくるだろうが、今はそんな様子も素振りもない。

 やれるうちに、全てを出しきる!


 数で勝負するのではなく、威力を高める為に闇の霧を濃縮させ、三本の槍を作り上げた桜が相手の上空に槍を解き放った。

 居場所を特定されないように、木々の間を走り回っているサウワから闇の弾丸が放たれ、ミトコンドリアは闇の霧をギザギザのついた20もの円盤状に変化させ、それを丸ノコのように回転させると、迎田へと投げつけている。


「物理攻撃から魔法へのシフトチェンジか。わかっているね」


 笑みを絶やすことなく、攻撃を見据えて呟くと、顔に向かって飛んできた闇属性の魔法だけを腕でガードして、後は避けることすらせずに、その身で受け止めている。

 何十発もの闇属性の魔法が炸裂していく。目を凝らしても何か特別な動きをしている様子はない。幻影や防壁スキルかと訝しんでいるが、普通に命中しているようにしか見えない。

 何十発もの魔法攻撃が炸裂する度に砂埃が舞い、視界が不明瞭になっていくが、気で迎田の姿は捉えている。

 砂埃が風に流され、視界が元に戻ると、避けもせずに全弾を喰らった迎田は、戦闘開始位置から一歩も動かず佇んでいた。

 ダメージがあるようには見えない。服を手で払いながら、こちらを眺めて肩を竦めている。


「ああ、ごめん。期待させてしまったかな? 魔法攻撃なら有効なのではないかと言う着眼点は悪くないと思うよ。だけどさ、普通対策するよね。まあ、魔法への耐久力も素で高いけど、それに付け加えてこのコート、実は魔法防御力が異様に高いんだよ」


 そうだよな。俺たちが権蔵の刀や籠手、ミスリル農具といったスキルポイントを消費して得られるアイテムを所有しているのだ。迎田が持っていても何ら不思議なことではない。


「さて、キミたちの攻撃手段は出尽くしたかな。なら、そろそろこちらから――」


「まだだ!」


 後方に控えていた俺がすっと前に出ると、十本の指から伸びた糸にいつもの丸太を絡ませ、全方向から迎田を強襲する。


「やれやれ、ワンパターンだね」


 丸太が瞬く間に全て破壊されるが――それは予定通り。丸太は始めからどうでもいい!

 丸太を結んでいた糸で二本だけ色の違う黒い糸をそのまま操り、迎田の両腕に絡ませていく。


「へえ、これで俺の腕を封じた! とか言わないよね。糸如き、簡単に切断……なにっ?」


 余裕の態度で避けようともしなかった迎田の両腕に糸を巻き付け、手錠をされた囚人のようにまとめて縛っておいた。

 釣り糸を使い全力で気を通したところで、迎田のステータスであれば引き千切ることは容易かっただろう。

 だが、その糸はただの糸じゃない。


「何だこの糸は! 千切れん、千切れんぞっ!」


 全身の力を込め両腕を解き放とうとしているようだが、その糸はびくともせず、相手を縛り上げている。俺は既に糸の操作を切っているので、糸に気も通っていない。

 流石だな――『魔王のローブ』から取れた糸の強度は。

 この糸は『魔王のローブ』をアイテムボックスで眠っていた『逆錬金の釜』に放り込んで得られた、『破魔の糸』だ。

 防御力が異常に高く、魔法を遮断し、状態異常をも防ぐ、化け物じみた性能のローブの材料である糸だけあって、その強度は尋常ではない。権蔵が本気で何度切り付けても切断どころか、傷一つ与えられず、落ち込ませたのは良い思い出だ。

 まあ、迎田にわざわざ説明してやる義理は無いので黙っているが。


 本当は全身に巻きつけたかったのだが、この破魔の糸、この短期間操っただけでも全身の疲労感が凄まじく、腕に巻き付けるのが精一杯だった。

 強力すぎる糸だが、操るとなると全身の生命力と精神力を根こそぎ持って行かれるので、長時間の使用が不可能となっている。


「こんなものを隠し持っていたとはな。だが、二度と同じ手は喰らわんぞ。腕が封じられたところで、この脚と『反重力』があれば敵では……何!? お前らの心――」


「ゴルホ!」


 相手の言葉を遮り叫ぶと、森の中から小さな草の塊がすっと現れる。

 そして草から生えた手が地面に手を突くと、一帯の地面が崩壊し奈落の底が足下に大口を開けた。


「なら、その脚も封じさせてもらうだけだ!」


 小屋も、俺も、仲間たちも、サウワを除いた全員が、底の見えない暗闇へと吸い込まれていく。


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