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準備と思惑

 丸太を加工し、小屋を建造する。

 本来ならクレーンやチェーンソーがなければできない作業の筈なのだが、頑丈な斧でサクサクと木を倒すことができ、ミスリルの鎌で丸太の加工が豆腐を切るような気楽さで行える。『木工』スキルの影響も大きいのだろう。

 おまけに糸を使えば丸太を持ち上げるのも容易だ。一人で家を建てることが思ったよりも簡単で、自分が異様な力を手にしていることが改めて実感できた。


 新たな拠点に来て三日目だが、細かい調整を後回しにするのであれば、今日の夜にはこの小屋で寝泊りすることが可能になる、と思う。

 俺がこうやって家を建てている間、縁野を含めた仲間たちは何をしているかというと『気』を覚える訓練中だったりする。

 このメンバーの中で唯一『気』を使えるのは俺で、一応『説明』スキルで習得条件は把握しているのだが定義が曖昧で、以前も何日か教えたのだが、誰も覚える兆しすらなかった。

 だが、今回は長年『気』を習得する訓練を続けてきたオーガという一族がいる。その中で『気』の鍛錬を担当していた人に、教官として来てもらっている。


「今回、皆さんに気を教えることとなったシュールムと申します。まずは、同胞たちを助けていただいたことに、感謝の言葉を」


 小屋の前の空き地でシュールムと名乗った女性のオーガを前に、仲間と縁野が真剣な表情で聞き入っている。

 教官役を買って出てくれたシュールムという女性オーガは、見た感じオウカと同じく人間に近い外見で、角は一本しかない。

 シュールムはオーガの中でもかなり早く『気』を習得したらしく、相手に教えるのも上手いので、覚えが悪い者の担当になることが多いそうだ。

 オウカと仲が良かったので、今回の俺の頼みごとに対して是非にと、快い承諾を貰えた。

 ちなみに見た目は、元気溢れるオウカとは対照的で、おしとやかでおとなしい感じのする美人だ。


「これはこれで、素敵だな……」


 権蔵が懲りずに何かを呟いているのが、俺の耳に届いた。

 オウカのことを諦めた矢先の出来事で、権蔵としては複雑な感情を誤魔化すためにも、新たな相手を求めている節がある。

 好きな人が死んだから、直ぐに別の相手を求める。人としてどうかと思う人もいるだろうが、彼はまだ若い。そういった逃避行動が必要な時もあるだろう。

 そんな権蔵の心中を察し、俺はそっと糸を伸ばすと権蔵の足首に糸を触れさせた。


『ちなみに、シュールムさん。旦那と子供いるから』


 瞳を輝かせ真剣な眼差しを注いでいた権蔵が俯き、体から『気』が減少していくのがわかる。可哀想に。


「では、皆さんには、まず初歩的な『気』を抑える鍛錬を始めてもらいます。土屋さんから予めお話を伺っていたのですが、隠蔽スキルを所有している方がいるそうですが、どなたでしょうか?」


 サウワ、今日は流石にギリースーツを着ていないゴルホ、縁野がすっと手を挙げる。


「よくわからないけど、土屋お兄ちゃんが、サウワにはあるって言ってた」


「ゴルホもそう言われた」


 二人は生徒手帳が無いので本当にスキルを所有しているのか確定ではないのだが、あの気配を殺す能力は隠蔽スキル系であるのは間違いないだろう。


「そうですか。では、三人とも意識してスキルを発動してもらえますか。いつもの、気配を殺して潜む感じで」


 三人が同時に発動させる。

 目で姿を捉えているというのに、三人の存在が希薄になる。目には映っているのだが、まるで絵を見ているかのような感覚に陥ってしまう。

 ゴルホに至っては、動いていない筈なのに本当にそこにいるのか、不安になってしまう。目に見えているのに、いないというか、何と言うか自分の目を信じられずに心がざわつき、疑ってしまいそうになる。


「皆さんお見事です。特にゴルホさんは、完璧ですね。これ程まで見事に気配を殺せる人を今まで見たことがありません」


 シュールムさんが絶賛するのも無理はない。これにギリースーツを着こんだ状態だと、視界からも意識からも消滅するのだから、上級者レベルどころの騒ぎではないのだろう。


「さて、三人の方に隠蔽を使ってもらったのにはわけがあります。この気配を殺すという感覚を掴んでいる人だと『気』を習得しやすいのです。もちろん、隠蔽が使えなくても『気』は習得できますので安心してください」


 話を聞き心配していた権蔵と桜がほっとした表情になる。

 『気』の習得に関しては、シュールムさんに任しておけばいいだろう。俺は『糸使い』の経験値上昇も見込んで、小屋建造の殆どを糸ですることにするか。

 糸使いも本気で上げていかないといけないしな。今では手足よりも状況によっては器用に動かせる糸だが、まだまだレベルが足りていない。三か月後に自分の望む能力を得ていなければ、勝ち目はない。


 とまあ、そんな考え事をしながらも八本の糸は動き続けている。最近では頭で考えるより早く動くようになってきているな。

 糸を操りながら作戦を練る場面も結構ある。思考と動作を別々に行う訓練も結構重要になってくるだろう。


「はい、目を閉じて……心の奥に何か温かい光があるのを感じ取ってください」


 シュールムの熱心な教えを聞きながら、俺は別の事を考えていた。

 縁野の力を借り、シュールムを連れて来る為にオーガの村に一度戻った時のことを――





 シュールムとの交渉を終え、物資の補給もあったので町を回り、縁野との約束の時間まで、まだ余裕があることを確かめる。


「よし、いけるな。なら、彼女たちにも話を通しておくか」


 俺は少しの間しか住むことのなかったオーガでの住処である屋敷に入り、二階へと上がっていく。二階の隅の部屋へ向かい、とんとんと扉を軽くノックした。


「土屋だけど、入っていいかな」


「はい、どうぞ」


 部屋に入ると、瞼を閉じベッドで眠っている春矢と、隣で椅子に腰かけている、るいがいつもと変わらない様子で本を読んでいた。

 春矢はこの街で初めて再会した時よりかは血色も良く、苦しそうな表情も見せずに眠っている。


「桜さんに治癒を掛けていただいてから、かなり調子も良いみたいです」


 オークの村を離れる前に治癒レベルの高い桜なら、少しは回復するかと思いスキルを使ってもらった。効果は顕著に現れ、体の失われた部位は戻らなかったが、精神に大きな影響を与えたようだ。


「唐突だけど、るいちゃん、生徒手帳は所有しているのかな?」


「え、ええと、はい……。一度、オークキングに奪われたのですが、ちらっと見ただけで返してもらいました」


 目を逸らして言い淀む彼女の反応を見て、確信したことが一つあった。


「別にるいちゃんの生徒手帳を見せてくれと言う気はないよ。今も、俺が精神感応を持っているから隠しても無駄だと思って、正直に話してくれたんだよね?」


 はっと目を見開き、こちらを見る瞳には怯えの色がある。何かひた隠しにしたいことがあるのだろう。


「間違っていたらごめん。もしかして身体変化系のスキル所有している?」


 驚きのあまり椅子を跳ね飛ばし立ち上がった、るいがいる。

 全身を小刻みに震わせ、ワンピースの腰に取りつけられたアイテムボックスを両手で押さえて、後退りを始めた。


「な、なんで、わかったのですか……もしかして、心を読んだので――」


「相手のスキルがわからないのに、勝手に心を読んで感知され警戒される気はないよ。キミの言動を見ていると、どうしても見た目と精神年齢が一致しなかった、それだけだよ」


 そう、テレビで良く見かける、子役として活躍している子供だって、ここまで大人びてはいない。口調だけならまだしも、考えや、ちょっとした仕草に隠しきれない、積み重ねられた年月が垣間見えるのだ。


「そう、ですか……やっぱり、ばれますよね」


「実年齢や、もし性別が違ったとしても、俺に興味は無いから。何故、わざわざ、そんなことを指摘したのかと言うと、今、俺たちが置かれている現状は知っているよね?」


「はい、聞いています」


「この会話もオークキングには筒抜けかもしれないが、今は少しでも情報が欲しい。そして、戦力もだ。もし、キミが何か秘めた力を隠しているのなら力になって欲しい。今は少しでも戦力が欲しいんだ」


 その言葉にそっと胸を撫で下ろした彼女は、アイテムボックスから取り出した生徒手帳を開くと、名前や年齢の部分を指で隠し俺に見せた。


「申し訳ありません。私のスキルは身体変化と治癒、共通語だけです……」


 スキル欄にあるのは確かに三つのスキルのみ。

 ステータスもレベルも低く、正直戦力にはならないだろう。


「正直に話してくれてありがとう。あと一つ、春矢の生徒手帳が何処にあるか知っているかい?」


「あ、それは、私が持っています。春矢さんが、闘技場で何があるかわからないから、持っていろって」


 これは運がいい。正直、オークキングが所有しているか破棄したものだと思っていた。

 差し出された春矢の手帳を受け取り、中を確認する。

 レベル65か。ここまで、レベルを上げていたのか――いや、闘技場での戦いでここまでレベルが上がったのかもしれないな。

 ステータスもかなりのものだ。スキルを封じられた闘技場で生き延びる為に上げたのだろう。肉体系の数値ばかりが上がっている。

 スキルは以前見た多くのスキルが更に増えているな。


 『奪取』8『窃盗』6『説明』5『共通語』3『状態異常耐性』6『魔法耐性』6『環境適応』6『時空魔法』5『魔力容量』6『隠蔽』6『風属性魔法』6『魔力』6『魔力変換』6


 レベルは兎も角、このスキルは以前も見たことがある。結構前に見たというのに覚えているのは、かなり印象的だったのとステータスの知力が上がっている影響かもしれない。

 特に奪われたスキルもないようだが。オークキングである迎田の目に留まるスキルがなかったのか、それとも既に持っているスキルか『奪取』スキルの空き容量がないのかもしれないな。

 あの時から新たに追加されているスキルは――


『咆哮』5『回復力』6『消費軽減』7『精密』5『千里眼』5『土属性魔法』5『瞬足』6『氷属性魔法』5『怪力』6『光属性魔法』5『計算』5


 これが、新たに春矢が得たスキルか。

 以前から所有していたが『隠蔽』で隠していただけかもしれないが、ここまで大量のスキルを所有していても勝てない相手なのか。蓬莱さんが追い詰め、傷だらけの状態にもかかわらず、春矢を軽くあしらえる実力。

 蓬莱さんのステータスと『狂化』の能力を踏まえると、迎田のステータス数値は蓬莱さんと戦った時点で平均1000を超えていると考えていいだろう。

 そして、ベヒモスを倒したオウカから得た経験値により、更に強化されている。


 まさに化け物と呼ぶに相応しい存在だ。

 ここまでは、ある程度は予想通りだったのだが、スキル欄に続く文字と数字に俺は目を見張る。


『衰弱』-5『恐怖』-5『錯乱』-3『記憶喪失』-3『痙攣』-3『活力』-5


 これは、マイナスのスキル?

 これは何かしらのスキルの影響で心身に障害をきたし、新たに付与されたと考えるべきなのか。マイナスということは、スキルポイントを注げばこの状態からは解放される可能性がある。

 幸運なことに、スキルポイントはかなり余っている。全部を無くすことは不可能でも、少しは症状がましになる筈だ。


「春矢、春矢! 声が聞こえているなら、ポイントを消費してこのマイナスを無くすんだ!」


 俺の声に反応して瞼が開かれるが、光のない虚ろな瞳は生徒手帳へ向けられてはいるが、その手が動くことは無かった。

 手を握り無理やり生徒手帳に触れさせるが、何も変化はない。


「土屋さん! そんな強引にするのはっ」


 わずかな可能性に心がはやり、春矢の事を考えずに暴走してしまっていたようだ。


「ああ、すまない。春矢もごめん」


 春矢の顔がゆっくりとこちらに向けられるが、その瞳は俺の姿を捉えているのだろうか。

 それから、今後俺たちがどうするかを、るいに説明をして、最後にアイテムボックスから一つの物を取り出した。


「もう少ししたら本格的な寒波が来て、夜がかなり冷え込むそうだから、これ寝る時に着させてあげてくれないか。あと、るいちゃんにも毛糸の手袋だけど、どうぞ。ちなみに、気持ち悪いかもしれないけど手編みだから」


 そう言って、手袋と前をボタンで留めるタイプのセーターを差し出す。糸使いの鍛錬の一つとして、編み棒を使わずに編み物をするというのをやっているのだが、その鍛錬のたまものがこれである。

 仲間たちにはおそろいのマフラーを贈る予定だが、春矢にもおすそ分けをしておく。


「あ、ありがとうございます! 男の人から手編みの物をもらうなんて、思わなかったなぁ」


 手袋をその場でつけてはしゃぐ、るいは本当に嬉しそうだ。ここまで喜んでもらえるなら、贈った甲斐がある。


「これからも余裕があるときに顔を出すようにするよ。春矢が正気を取り戻すかもしれないからね」


「はい……本当は、春矢さんにはもう戦って欲しくないのですが、そんなことを言っている場合ではないですよね」


 彼を治療して正常に戻す努力は続けていくが、こちらも自分たちの事で手一杯なところがある。時間もそんなに割くことができないだろう。


「じゃあ、また。るいちゃん、春矢」


 そう言って俺は立ち去ると、そっと扉を閉じた。

 さあ、切り替えていこう。俺は勝つ為にはどんな手も使わなければならない。

 心身ともに疲れ切った春矢には、休養を取らせてやりたいが回復する見込みがあり、戦力になるのであれば手を尽くさせてもらう。

 同情する心と冷酷な心がせめぎ合っているが、俺はどちらにも身を委ねるつもりはない。

 客観的に判断して、使える道を選ぶのみだ。


「生き残るぞ、必ずみんなでっ」


 力を込め過ぎた指がめり込み、血が流れ落ちる。

 握りしめた拳をゆっくりと開き、俺は屋敷を後にした。


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