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取引の行方

 オーガの村にある俺たちの住処である屋敷の庭に、全員が一瞬にして転移する。

 ミトコンドリアの本体である大木を見て、ここは安全だと確信できた。


「はあああぁぁ」


 肺にある空気を全て吐き出すように、大きく息を吐く。


「ど、どうなってやがる!」


「あれっ!? 何、幻なのっ?」


 権蔵も桜も取り乱しているな。急に風景が一変したのだから、当たり前と言えば当たり前だが。


「ここ……見たことある」


「ミトの木があるよ」


 相変わらず、サウワとゴルホの方が落ち着き、冷静に周囲を観察している。

 仲間やオーガは状況が掴めずに、周囲を見回して武器を構えている。幻術か何かと勘違いしてそうなので、説明をしておくか。


「ここは、俺たちの住んでいた屋敷だよ。転移で一気に全員連れてきてもらった」


 俺の背後から、すっと姿を見せた縁野を見て、仲間は理解してくれたようだ。オーガは縁野のことを知らないので、首を傾げているが。


「ええと、仲間のスキルでこの場所まで一気に飛んできた。オーガマスターに留守中の村を託されたオーガがいましたよね。その人に、何があったか伝えてもらえませんか?」


「そ、そうだな。わかった! お前たちのおかげで命拾いをした。今度改めて礼をさせてもらう! では、急ぐので!」


 生き残りのオーガたちが村の奥に向かって走っていく。

 これから、この村でもひと騒動あるだろうが、無責任なようだがオーガたちに解決してもらうしかない。


「転移スキルで逃げたのは理解した。その事に関しては礼を言う。縁野さん助かった、ありがとう!」


 一度殺されかけた相手に権蔵が深々と頭を下げた。

 続いて、桜や仲間たちも縁野に頭を下げ、お礼の言葉を口にする。


「俺からも礼を。あんたのおかげで助かった。本当に感謝している」


「別に善意で助けたわけじゃないわ。それよりも、あの取引内容を忘れてないでしょうね」


 仲間の素直な感謝の言葉に、驚きながらも少しだけ目元を緩ませる縁野だったが、直ぐに表情を引き締めなおすと、俺に確認を取ってきた。


「ああ、覚えている」


「あの、取引って何ですか」


 桜が袖を引っ張り、何故か少しだけ怒ったような表情で訊ねてくる。


「ごめん、皆には説明がいるな」


 話は、『捜索』スキルで縁野を見つけたところまで遡らなければならない。





 10分の作戦タイムを手に入れてから、可能性は低いが一つの発想があった。

 オークキングである迎田が自分の作戦を自慢げに語っている際に、『契約』スキルを島の北西にいる転移者も所有していることを知っていると、口にしていたことが頭に引っかかっていた。

 北の森は通行不可能の迷いの森であり、今までオークキングがそこを通ることは無かった。奪取を持っているならオークたちが所有している『気』を奪えばいいと思ったのだが、よくよく考えると転移者以外に奪取を発動させるには、自分よりレベルが高い相手でなければならない。

 今の状態で奪える可能性があったのは、オーガマスターぐらいだろう。


 オーガたちなら迷いの森を進むことが可能かと言えば、そうでもない。ある程度『気』レベルが高くなければならないからだ。オウカのレベルなら問題なく行けただろうが。

 そんな迎田が手を出したくても出せない状態だった島の北西部への情報を事前に手に入れる術はない。なら、何故、迎田は北西の転移者グループのリーダーのスキルを把握していたのか。

 そもそも、偵察を向かわすにしても『平和』と『魅了』の力により骨抜きにされかねない。

 そうなると、考えられるのが、オークキングである迎田が自ら乗り込んだのではないかと。


 仮定に仮定を重ねただけの憶測に過ぎないが、もしそうなら、二人が会い無事に事が運ぶとは思えない。

 自分以外はどうでもいいとすら考えている迎田が、女の尻に隠れハーレムを作り上げているやつをどうするか。そもそも、あれだけ能力値が高ければ『平和』の影響も受けないだろう。

 そんな二人が遭遇すれば、一方的な殺戮となる。俺たちの元から離れ、自分の拠点に戻った縁野は全てが終わった後に辿り着く。

 ここら辺の話は当人から、糸を伝い聞いた話なのだが。

 全ての人が死に絶えた拠点で、彼女はオークキングの殺害を心に誓った。

 そして、遠くから様子を窺っていた彼女を見つけ出し、糸を伸ばし交渉を持ち込む。一人で対応できる相手ではない、仇を討ちたいなら力を貸してくれと。





「これが事の真相だよ」


 何とか理解してくれたようで、全員が頷いて――ないな。権蔵が首を傾げたまま、しゅっと手を挙げた。


「あれ、転移スキルって使用回数0じゃなかったか? 一か月まだ経ってないだろ、何で発動できたんだ?」


 その疑問に縁野は髪をかき上げ、面倒臭そうに答えた。


「転移レベル上げたのよ。溜めこんでいたポイントを使って」


 以前から何かあった場合を考慮して、ポイントは溜めこんでいたらしい。それに、俺たちと島の西を探索中にもレベルが上がっていたので、転移を上げるポイントは余裕で足りていたそうだ。


「なるほどな……ああ、そっか……はあ。今回の戦いはどうにか終わったが。失った者が多すぎるだろ……」


 権蔵の零した言葉に、全員が思うところがあり俯いてしまう。

 オウカにリオウ、多くのオーガたち。そして、オーガマスター。

 気の良い者ばかりで、本当に気に入っていたのだが、彼らを失ってしまった損失は計り知れない。それは精神的な支えと、戦力的な問題としてもだ。

 この島には憩いの地なんてものは存在しないのかもしれない。やっと手に入れた安心できる拠点もまた手放すことになるだろう。

 三か月後、という約束は取りつけたが、それを相手が守る保証は何処にもない。

 村のオーガたちに迷惑を掛けない為にも、俺たちはここを離れ、何処かに身を潜めて時を待つべきだ。


「あ、そうだ。桜!」


「へえあっ!? な、なんですか」


 急に大声を上げたので、桜は心底驚いたようで、胸元を押さえている。


「その腕! 本当に大丈夫なのか」


 彼女の左腕となった義手。義手とはいえ自在に動き、彼女の力になってくれているのは素直に喜びたい。だが、どうにも嫌な予感がしてならない。

 頭に響いてきた代償という言葉。これ程、大きな力を手に入れた見返りとして求められる物は、いったい何なのか。


「そうだ、そうだ! 何で急に腕が生えて、めっちゃ強くなったんだよ!」


「桜、トカゲ?」


「でも、なんか普通の腕ちがう」


 視線が桜の左腕に集中している。

 問いかけに答えるように、ジャージの袖を捲し上げると、陶器のような白い肌を持つ義手が現れた。

 桜の肌色に比べて少し白いが、そこを除けば普通の腕に見える。形におかしなところはなく、爪もしっかり生えている。


「これはね、願いの義手って言うみたい。ほら、聖樹からドロップしたアイテムで紅さんが持っていた木片があったでしょ。あれに強く願うと形を変えて力を貸してくれるみたい。もう完全に腕になったから、離れないみたいだけど」


 微笑みを絶やさず、桜は「どうかっこいい?」とおどけてポーズを取っている。

 権蔵は羨ましがり、サウワとゴルホは興味津々といった感じで、桜の義手を突いていた。

 俺は黙って糸を桜の足に絡ませると、『精神感応』を発動させる。


『桜。あの代償が何なのか聞いているのか?』


 仲間と会話を続けながら、視線が一瞬だけ俺に向けられた。


『はい、聞いています。安心してください! 命を奪われるとか、そういうのじゃないですから! それに、直ぐにどうこうという話でもないです。オークキングである迎田という人を倒したらちゃんと説明しますから……今は聞かないでください』


 そう言われて納得できる――わけがない。俺はその心を探ろうとするが、あの義手を得たことにより精神力が増大した桜の心の声は、もう何も聞こえない。

 これ以上追及しても頑なに拒まれるだけだろう。桜からいつか話してくれるのを待つしかないのか。


「んで、これからどうすんだ? ひたすら修行は確定だろうけどよ」


「そうだな。猶予である三か月の間に自分たちを鍛え上げる。そして、迎え撃つ。これしか生きる術はない。作戦は、この期間内にどれだけ成長するかによって、随時、変更していこう」


 ただ、相手が約束を守る保証が何処にもないので、いつ相手が気まぐれを起こし、こちらに手を出してきてもいいように、万全の態勢は整えておくべきだろうな。


「暫くすれば、オークキングからの伝令か、直接本人が今後の話し合いに来るだろう。今は絶対に手を出さないように。厳命しておくよ」


 全員が神妙な顔で頷く。今はどう足掻いても勝つ手段が思い浮かばない。

 一か八かの賭け率が悪すぎる。全員の成長と、その能力を十二分に発揮させることができる策が考えられるか。それが全てとなるだろう。


「オークキングと今後の詳細を確認できたら拠点を移そうと思う。ここにいては万が一の際にオーガに迷惑がかかるから」


 思っていたことを口に出すと、誰からも反論の声はなかった。

 何処を新たな拠点とするかだが、ゴブリンの元集落。俺が初めに住んでいた場所。権蔵と蓬莱さんのグループが拠点にしていた場所。もしくは、全く関係のないところ。

 直ぐにでも移り住めることを考えるなら、ゴブリン集落や初めに住んでいた場所が最も適しているのだが、レベル上げの目的があるので島の西に近い方がいいだろう。


「蓬莱さんと権蔵が住んでいた、あの拠点に移り住もうか。家は新たに作ってもいいし、他の拠点から持ってきてもいい。今ならそんなに手間でもないだろう」


 方針が決まれば、あとはやるのみだ。

 縁野が仲間に加わり、戦略の幅も広がる。

 そして、何より桜の戦力アップが何よりも大きいだろう。未だに不安は残るが、今はその力にも頼らなければならない。

 全員の力を合わせたところで、勝率は1%もない。ただし、今現在でだ。

 迎田は強くなりすぎた故に、これ以上は強くなるとしても伸びは微々たるものだろう。


 だが、俺たちは違う。まだまだ、伸びる要素があり、もっと強くなれる。

 あいつが見逃したことを後悔させるだけの存在にまで、この三か月で上り詰めなければならない。

 本当は……こんな危険な戦いに仲間を巻き込みたくはない。男女差別と言われるかもしれないが、せめて桜やサウワは争いに加わらず、平穏な日常を満喫して欲しいと心から望んでいる。

 しかし、この異世界はそれを許してはくれない。

 馬鹿げた力を手に入れ、鼻で笑いながら余裕を持って敵を倒し、ハーレムを築く。そういった主人公が活躍する作品をバカにしていたが、今はそんな主人公たちが心底羨ましいと思うよ。


「それじゃあ、みんな、荷物まとめようか! 掃除もちゃんとするのよ。立つ鳥跡を濁さずって言うでしょ!」


 桜が陣頭指揮を執り、皆に指示を出している。家の事に関しては桜に任しておけば安心だろう。


「イエッサー!」


 権蔵が敬礼し、桜のノリに応えている。


「権蔵のエロ画像を綺麗に掃除する」


「おい、やめろ!」


 いつの間にか権蔵のスマホを手にしていたサウワが、画面を突いて何かを操作している。


「ギリースーツ、修復しないと」


 久しぶりにギリースーツを脱いだゴルホが、裁縫セットを探しに屋敷へ入っていく。


『じゃあ、ミトコンドリアは本気出して疲れたから、おねんねするねー』


 自分の本体へふらふらと左右に揺れながら飛んでいき、幹の中にすっと入り込み消えた。


「あんた達、あんな戦いがあった後だというのに……何で平気なのよ」


 縁野が呆れた表情で、キビキビと動く桜や、追いかけっこを開始した権蔵たちを眺め、ぼやいている。

 平気じゃないさ。皆、無理をしているのがわかる。オーガたちが死に、自分たちも死の縁に足を踏み入れていた。この辛い環境に慣れてきているとはいえ、平気なわけがない。

 だけど、そんな素振りを一切見せず、仲間はいつもと変わらない調子ではしゃいでいる。

 それは、自分の気持ちを誤魔化すためというよりは、仲間を思っての行動。自分たちが明るく振舞うことで、場の空気を良くしようと踏ん張ってくれているのだ。


「よっし、俺は窓拭きでもするか! 権蔵、サウワ遊んでないで、そろそろ、掃除に参加しろー。あと、スマホのロック外すのは右上から左に移動して――」


「やめろおおおおおっ! 消さないで! 俺の愛ちゃんを消さないで!」


 サウワは敏捷さを活かし、権蔵の手からすり抜けている。両者本気になってきているようで、中々高レベルな鬼ごっこと化している。


「ゴルホはちゃんと脱いで補修しなさい! 着たままだとやりにくいでしょ! ああ、そうそう、その前に水洗いをすること!」


 桜がゴルホに注意をして世話を焼く姿は、完全にお母さんだ。

 俺は恵まれているな。

 追い詰められている状況だというのに、そう思える自分を嬉しく思う。

 殺伐とした世界だというのに、俺の周りはこんなにも温かく、一緒にいるだけで心を癒してくれる。

 三か月後、全員が生き残り、この島から脱出する。

 それが叶わないというのなら――俺の命を投げうってでも迎田を殺す。

 誰か欠けなければ得られない勝利というのなら、その一人は俺であって欲しい。

 心から、そう願わずにはいられなかった。


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