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約束

 桜とミトコンドリアの活躍により、敵が一切傍に近づかなくなっている。

 傷は癒えたが、体力を限界近くまで消耗していた俺たちは、その場に座り込んだまま戦場を見守っていた。

 張り詰めていた緊張の糸が切れてしまい、疲労が一気に押し寄せてきたせいで、誰も立ち上がることすらできない。


「近寄らせませんよ!」


 桜の表情が今まで見たことのない自信に満ち溢れた顔になっている。

 今まで守られるだけの存在だったのが、こうやって仲間を守れることが本当に嬉しいのだろう。

 活き活きと力を振るう姿を頼もしく思う反面、強すぎる力に不安になる。

 さっきからずっと、代償という言葉が頭にこびり付いて離れない。


『さすが、聖樹様の力! ミトコンドリアも、いつもより強いんだからねっ』


 一人と一体の縦横無尽な活躍により、コボルトとオークが命を奪われる。一方的な殺戮が続き、このまま全ての敵を撃退するのではないかと思わせる程の活躍を見せつけている。

 そんな慢心や油断が命取りになるのは重々承知だ。手足の感触を確かめ、何とか動けるようになったのを確認する。

 周囲に目配せをすると、全員が立ち上がり手足を振って見せた。動ける程度には回復しているようだ。


「桜、ミトコンドリア! ありがとう、もう充分だ! あの方向の敵を蹴散らしてくれ! そこから逃げよう!」


 まだ罠がある可能性を考慮し、適度に敵が密集している地点を進むことに決める。

 一人と一体……もう、二人でいいな。二人の力を合わせれば、この程度の敵なら問題なく倒せるだろう。

 南西の敵を木々の根が蹴散らしていく。走り出した俺たちが追われないように、背後に巨大な黒い壁がそそり立つ。

 あれは、聖樹が使っていた黒い霧が密集したものか。


 コボルトやオークも命懸けで戦っている。逃がすわけにはいかないと黒い壁に飛び込んだのだろう。何体かが壁を突き抜けて現れるが、よろよろと数歩進むと顔面から地面に倒れていく。その体は骨と皮だけとなり干からびた状態となっている。

 生命力を吸収する黒い霧が密集した状態の威力に、背筋に冷たい汗が流れた。


「桜、体の方は大丈夫なのか?」


 殿を務めている桜へ声を掛けると、左腕の義手を曲げ力瘤を作るようなポーズを取り「はい、問題ありません!」と元気な声が返ってくる。

 血色も良く無理しているような感じは全くない。


「体に異変があったら、すぐに言うように」


「心配しすぎですよ、紅さん。私は絶好調ですから!」


 その言葉に嘘は無いと思う。悲壮感はなく、表情も明るい。良いことなのだが……この事について考えるのは後にしよう。

 今更、追及したところでどうにもならない。

 生き延びる為に全力を尽くす。初心を忘れずに、逃げ切ることに集中しろ。

 巨大な壁に挑むのは無謀だと敵側も悟ったようで、大きく迂回して壁の両端から魔物が続々と湧いてくる。

 その動きだけでもかなりの時間のロスとなる。それに、結構な数が殺され屍をさらしていることにより、相手の戦意はかなり落ちてきたな。

 足取りに力が無い。追う速度も取り敢えず追っているという感じで、本気で差を詰めようという必死さが皆無だ。


「ミトコンドリア、進行先の敵に集中して蹴散らしてくれ! 桜は後ろの敵が迫ってきた場合にのみ、攻撃を加えてくれ!」


 出来るだけ桜に力を使わせない方針でいこう。

 もちろん、そんな余裕がある間だけだが。

 再び木々が乱立する森へ飛び込むが、木が多いということはドリアードであるミトコンドリアの独壇場ということだ。

 俺たちが敵を捕捉するより早く、オークやコボルトが狩られていく。


 走る道も雑草が集まり平らな道となり、まっすぐ走っているというのに一切、木や枝に衝突することが無い。木が避けているかのようだ。という表現があるが、今は本当に木が避けている。地面から根を引っこ抜き、その根で移動して道を開ける木々の姿は中々シュールだ。

 桜が力を得てから一人の脱落者も出していない。オーガたちも傷が癒え、体力も少しは回復しているので、足取りもしっかりしている。

 このまま進み、森を抜け海岸付近に出て、少し遠回りになるが敵を避けつつ、オーガの村に戻るしかない。オークキングが襲ってくることを考慮して、村を捨て何処かに潜むしか手はないだろう。


 黒い霧による方向感覚の混乱も、今のオークキングには効く気がしない。

 敵による攻撃に晒されなくなり、今後に頭を悩ます余裕も出てきた。

 このまま何処かに潜伏し、息を潜め、力を蓄え……て、届くのか?

 レベルが幾つかは不明だが、100なんて生易しいレベルではないだろう。もっと、遥か高みに立つオークキングに勝つ方法が存在するのか?

 桜が力を手に入れた。だが、この程度で届くのか?

 考えは読まれ、動きを目で追うことすらできないだろう。

 不意討ちでどうこうなる相手ではない。どんなに罠を張ろうと、鼻で笑いあしらわれる。そんな未来しか見えない。


 なら軍門に下るか……下手に出て従う意思を示せば、おそらくだが殺されないだろう。殺された仲間やオウカたちには悪いが、これが一番生存率の高い選択だ。

 考えるまでもない、答えは始めから出ている。それしか、生き延びる事ができないのだから。

 ……駄目だ。確かに生き延びれはするだろう。人としての尊厳を捨て、従順な僕となれば。契約のスキルを交わされ、歯向かうこともできず生き続ける。

 そんなものは、死ぬよりも辛い生き方だ。


 殺されたくもない。下僕になる気もない。だが、倒せる気もしない。

 幾つか打開策が浮かんでは消えていく。どう足掻いても手駒が足りない。せめて、オーガマスターが生き延び、合流してくれるならまだ勝ち目があるのだが。


「紅さん! そろそろ森を抜けますよ!」


 桜の声を聞き、我に返る。

 先頭のミトコンドリアが森の境目から飛び出し、次々と森から抜け出ていく。

 視界に広がるのは見渡す限りの海で、白い砂浜には――一人の男が佇んでいた。

 ジーパンに黒のロングコート。身長は170半ばだろう。黒髪にこれと言って特徴のない平凡な顔。クラスの一人はいそうな、そんな男だった。年齢は二十歳前後といった感じか。

 顔に見覚えは全くない。

 こんな場面で、新たな転移者との遭遇だというのか。


「おい、あんた! 転移者か! 早く逃げろ、暫くしたら魔物の群れがやってくるぞ!」


 権蔵が口に手を当て、男に警戒を促す。

 顔はこちらに向いていたが目線は海を眺めていた。その瞳がすっとこちらに向けられる。

 その瞳は空虚で、感情が全く感じられなかった。


「ああ、俺かい? 大丈夫だよ、魔物はもう追ってこない。結構な数がやられてしまったし、鬼ごっこはもう終わりだからね」


 男の話す言葉は日本語だった。

 ああ、そうか。やっぱり、そうだよな。

 人に絶望を与えるには、期待をさせて光が見えた瞬間に闇へ突き落す。これが一番堪える。

 今、逃げ切れたという安堵感があり。もしかして、またオークキングが待ち伏せしているのでは、という疑いが晴れた、今。

 絶望を与えるには絶好のタイミングだろう。


「それがオークキングである、あんたの本当の姿かい?」


 俺の問いかけに答えることは無かったが、口角が吊り上がり、半眼で相手を見下した目は見慣れたオークキングの表情だった。


「お見事だよ、糸使い。久しぶりに変化を解いたのだけど、若干気恥ずかしいな。もう、あの姿が本当の姿のようなものだからね」


 海の水を覗き込み、水面に映る自分の姿を眺め苦笑いを浮かべている。


「しかし、あの包囲網を抜けるとは。正直驚いているよ」


 こちらも生き延びられるとは思ってもいなかった。


「オーガマスターはどうなった」


 正直に全てを明かしてくれるかは不明だが、圧倒的な力を手に入れた今、俺たちに隠し事や嘘を吐く必要もないだろう。


「いやー、見事だったよ。まさか、あの場面で狂化に目覚めるとはね。ご老人を侮っていたことは謝らないといけないな。まあ、転移者じゃないとスキルポイントを振れないから、目覚めたばかりの力なんてレベルが低いし、何とかなったんだけどさ」


 オークキング時より口調が砕けた感じに変化している。姿に口調が引っ張られているのか。

 アイツが言うように、そこが現地の人や魔物と転移者との違いだろう。スキルを覚えることは現地人でも可能だ。だが、その覚えたスキルを俺たち転移者はポイントを消費することにより、一気に上げることが可能となっている。

 狂化を覚えたとはいえ、そのスキルレベルは低く、オークキングである男には届かなかった。


「だけど……流石だよ、オーガマスター。狂化で理性がぶっ飛んでいる筈なのに、俺が止めを刺そうとしたら、何をしたと思う? 自分の首を自力で引き千切ったのさ。自害した相手からは経験値を一切得ることができない。それを知っていたんだね、ご老人は」


 そう言って、男は背中に手を回していた手を前に出すと、その手はオーガマスターの髪を掴んでいた。

 手から下がるオーガマスターの生首は、首から下の生々しい骨が見えるが、その顔は満足したと言わんばかりに笑っていた。

 壮絶な死に様だったのだな。オーガの頂点に立ち、彼らを引っ張ってきた男の一生は尊敬に値する。

 オーガマスターの生首を確認したオーガの生き残りが、嗚咽を漏らし、涙を拭っている。


「まあ、死ねばそこで終わりだけどさ」


 オークキングである男は無造作に腕を振るい、その生首を沖へ投げ飛ばした。

水平線の向こうにまで届くような勢いで頭が飛んでいき、水面を何度か跳ねた後に、水没していった。

 オーガの何体かが激昂し、飛び出そうとしたのだが、糸を絡ませ俺が押し留めた。


「オーガマスターの最後の言葉を忘れたのか。生き延びろと言った筈だ」


 その一言に頭が冷えたようで、怒りに顔面を赤く染めながらも、踏みとどまってくれたようだ。


「まあ、今来ても来なくても、ここでみんな死ぬけどね」


 首に冷たいモノを感じ、絶望と焦燥感が全身を支配する。

 今……俺は……死んだのか?

 男が一歩踏み出しただけで、自分の首が飛ばされたかのような錯覚に陥った。

 首を撫でるが、確かにそこに俺の首はある。

 立ち向かうことすら無謀なレベルなのか。ここで俺が提案できる打開策は……。


「殺される前に一つ教えてくれ。あんたの名前は?」


 苦し紛れの一言だったのだが、男は目を見開ききょとんとした様子で、俺を見ている。初めて人間らしい感情を晒したな。


「あはははははっ! 名前を聞かれたのなんて何十年ぶりだろう! 俺の名前は迎田むこうだめつだよ」


 本当に嬉しかったようで、無防備な笑みを浮かべ答えた。


「なら、迎田と呼ばせてもらう。迎田、一つ取引をしないか。俺たちを殺したら、もうこの島でお前に歯向かえる存在はいなくなるだろう。つまらなくはないか? 何にも怯えず、歯ごたえのない人生。想像して見ればわかるだろ」


「まあ、確かにな。だがな、一つ新たな目標ができてね。この島を占領した後に、島に来る船を乗っ取り大陸に渡ろうかと考えている。どうだ、楽しそうだろ。そこで、人間としてチートを得た主人公のように振舞い、人生を楽しむのさ!」


 よくある話だ。他人が足下にも及ばない力を手に入れた男のハーレムストーリー。確かに、迎田であれば実行可能だろう。


「なら、一年後……いや、もう残り10か月ぐらいか。なら、半年後に勝負を挑みたい!」


 俺の発言を予想もしなかったのだろう。何とも言えない表情を浮かべている。眉根を寄せ、唇をキュッと結んでいる。

 ちなみに、仲間とオーガたちは驚愕の表情で言葉を失っている。


「面白い提案だが、勝てると思っているのかい? って、へえ、頭を覗かせてくれないんだ。俺の『精神感応』を防ぐなんて、相当だね」


 今回の戦いで得たポイントで、精神ステータスレベルを上げられるだけ上げたからな。雑魚とはいえ、百体以上倒した経験値は相当なものだ。それに、ベヒモスの経験値も結構入ってきた。


「半年後の楽しみか……ふむ、面白いな。その提案受けてやるよ」


 乗ってきたか!


「ただし、タダってわけにはいかないな。条件を二つださせてもらう。まず、期間は三か月後だ。それまでに俺はこの島を手中に収める。もう一つの条件はそうだな……この場から動かず、精神感応も切ろう。この状態でお前らがここから逃げることができれば、その提案を受けよう。楽しむにも力を示してもらわないとな」


 まあ、それぐらいの条件を突きつけてくるか。

 生存率が少しは上がった。それでも俺たちの首元には死神の鎌が突きつけられた状態だ。この条件でも逃げ切る自信は正直……今はない。

 桜とミトコンドリアを除いた仲間の体力、精神力は限界に近い。こちらが全力を出せない状態で、どうすればいい。


「わかった、だが10分、相談する時間が欲しい。それと、俺たちが殺されるまで、絶対にオーガの村を襲わないと約束してくれ」


「構わんぞ。オーガの村など、今更どうでもいいしな。精神感応も今から切ろう。じゃあ、10分好きに使ってくれ。ただし、お前らもその場から逃げるなよ」


 ここまではいい。10分でどうやってこの場から離れるか。


「どうすんだよ。何か考えがあるんだよな!」


 権蔵の意見に同意するように、全員が俺の顔を覗き込んできた。

 皆が期待に目を輝かせている。この状況で非常に切り出しにくいのだが。


「すまない、まだ何も思い浮かばない」


 その言葉に全員が肩を落とす。そんなに都合よく名案が次から次へと生まれるなら、苦労はしないぞ。


「ただ、相手に読み取られないように意識的に考えず、しなかったことはある」


 再び、全員の顔が――近い、近い。鼻息が当たっている。


『ここからは精神感応で伝えるよ。可能性の話なのだが、一つ捜索しようと思う。これで反応があれば、何とかなると思う』


 可能性はわずかながら、あると考えている。オークキングである迎田が、人である姿を晒す前に話していた内容に偽りがないのであれば、だが。

 『捜索』の対象を一つに絞ることにより、索敵能力を上げ、捜索範囲を広げる。

 自分を中心に波紋のように捜索の波が広がっていく。100メートル、200、300、400、500――いたっ。微かにだが反応がある。

 精神力を限界まで上げ、対象を絞ったからこそ、俺はそれに気づくことができた。


 よっし、方針は決まった。

 精神感応で作戦を全て伝えることはやめておく。迎田は使わないと言ったが、それを完全に信用できるほど、ここでの生活は甘くない。

 ただ、俺の近くでまとまっていてくれとだけ、伝えておいた。

 手元の時計を確認するとあと少しで約束の10分だ。


「迎田! 時間が来たら、動こうが、何をしようが構わないのだな!」


「ああ、いいぞ。キミらが動いたら、俺も攻撃を開始するさ」


 時計は約束の時間を表示した。


「時間だ! じゃあな、迎田!」


 俺の背後に突如現れた縁野が俺の背に触れ、その場にいた全員が転移した。


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