願い
「皆、無事か!」
糸でオークの首を捕らえる時間も惜しいので、お馴染みの丸太を糸で操り前方に見える敵を優先的に倒していく。
全てを相手取る必要も時間もないので、オーガの村で大量に買い占めておいた糸を木々の間に張っては、そのまま放置している。
武器で切りつければ直ぐに切れる耐久度だが、足止めには充分だろう。
「おう、今のところ問題なしっ」
居合による抜刀術により、近寄る敵が瞬時に切り伏せられていく。
権蔵の目は真剣そのもので、攻撃に集中することにより、雑念を追い払っているのだろう。
「前に、まだまだ敵が沢山いるよ」
存在感が全くない草の塊が前方に現れた。
かなり前まで進み状況を確かめにいっていたゴルホが、いつの間にか戻ってきている。
「ゴルホ先まで行き過ぎ」
サウワも途中まで付いていったようなのだが、ゴルホの隠蔽技能には届かないようで、無理せずに直ぐに戻ってきた。
サウワとゴルホの二人だけなら、この包囲網を突破できそうなので、先に逃げるように言い聞かせたのだが、決して首を縦に振らなかった。
こんな会話を交わしながらも、サウワは手にしたミスリルの鎌をオークの首に滑らせ、喉笛を掻っ切っていく。
ゴルホは近寄ろうとするオークの足元に地面を操作して凹凸を作り出し、躓かせてから、オーガから譲り受けた槍で止めを刺していくスタイルだ。
「桜、ついてこられるかい」
「大丈夫です! 私の事は気にしないでください!」
顔は緊張で強張っているが、息に乱れもなく走り方も安定している。体力的にもまだ余裕がありそうだ。
それよりも問題は後方に続くオーガたちか。
60近くのオーガがいたというのに、逃避行中に半数近くが命を散らしている。
何名かのオーガは後方から追いかけてきたオークを足止めする為に、その場に残り時間を稼いでくれた。
彼らの命を無駄にしない為にも、俺たちは生き延びなければならない。
「もう、何匹倒したのかも、わからないぜっ、と」
木の上に潜んでいたオークの射手を権蔵が水月で叩き落とす。
それでも数が多すぎるので、俺が丸太を飛ばすが全ての射手を葬るには数が足りなすぎる。
矢が一斉に放たれ、雨のように降り注ぐ。縄を渦巻き状に上空へ伸ばし、簡易の盾にした。気を通しているので縄を貫かれることは無く、全てを防ぐことができたのだが――後方を振り返ると、10近くのオーガが大地に倒れていた。
思わず足が止まり、駆け付けそうになるが。
「行け! 我らはもう走れない! せめてここで人垣となり時間を稼ぐ!」
体に無数の矢を受け、それでも雄々しく立ち上がったオーガたちが吠えた。
もう走れないことを理解しての行動だろう。勇ましく気高い魂を持つオーガたちに俺は「すまない!」と返すことしかできなかった。
傷薬を彼らにかけておいたが、完全に治癒できたとは思えない。表面の傷は塞がったが、流れた血を取り戻すことは不可能であり、傷つけられ切断された神経が完全に修復するには、もっと大量の傷薬と時間が必要となる。
傷薬をスキルポイントで補充し、何度も注いでいては足止めの意味がない。
振り返ることなく片手を上げるオーガの猛者たちに出来ることといえば、木々の上に潜む射手たちを丸太で撃ち落とすしかなかった。
傷ついたオーガたちを切り捨て、俺たちは走り続ける。もう、どれぐらいの時間を走り続けているのか。時計を見ればわかることなのだが、その動きですら億劫になるほどの疲労感がある。
「土屋さん! 方向はこっちでいいのか?」
「ああ、オークやハイオークの包囲網が一番薄いのはこの方角で間違いない!」
前方の敵を斧で薙ぎ倒しながら、そう答えた。
『捜索』スキルを発動させ、オーク、ハイオークの位置は既に探ってある。この方角が敵の密集率が低く、もう少し走り込めばこの包囲網から抜け出せる筈だ。
他の魔物や伏兵がいないか、リストにある全ての魔物は検索済みとなっている。ゴブリン族の反応もなく、ハーピーが数体いるようだが、この程度なら何も問題はない。
何か罠を配置している可能性が無いとは言い切れないが、オークたちが密集している場所に突っ込むよりは、逃げ延びる可能性が高い。それが相手の目論見だったとしても、他の選択肢がないのだ。
「あと少しで、森の切れ目に到達する! そこから先は小さな草原があり、また森があるが、オークたちが配置されていない! 頑張れ、みんな!」
もう返事を返す元気もないのだろう。全員がほんの少し頭を下に揺らした。
ゴルホは土使いの能力を使い過ぎで、もう精神力が尽きかけているようだ。ギリースーツで表情は見えないが、走る速度が少し落ち、体が時折左右に揺れている。
サウワ、権蔵、桜も疲労の色が濃い。後方からついてくる数少ないオーガの生き残りも同様だ。まだ、脚を止めるわけにはいかないが、ある程度引き離したら、何処かで休憩しなければならない。
密集する木々の間から漏れる光が、段々と強くなっていく。
もう少しで一時的だが森が終わるようだ。ここを越えれば、身を隠す場所もない草原に入り。再び森に入った際には、少し斜めに方向を変え、追っ手を撒くしかない。
「よっし、森から出るぞ!」
木々の間をすり抜け、飛び出した先には膝下まで雑草が伸びた平原が広がっている。
森にぽっかりと開いた直径1kmもない空き地みたいな平原なのだが、そこに魔物の影はない。
「一気に平原を突っ切るぞ! もう少し耐えてくれ!」
敵に包囲されていないという希望的な状況が、疲労感を少し忘れさせてくれたようで、仲間やオーガの足の運びが軽くなっている。
「ゴルホ、すまないが土に罠の気配がないか、調べてもらえるか」
「……うん」
もう、精神力が限界に近いのは理解しているが、ここで落とし穴でも作られていたら一網打尽になってしまう。ここは無理でもやってもらわないといけない。
「だ……い丈夫。土は普通」
大きく横に傾いたゴルホの手を取り、ゴルホを肩に担ぎあげた。
「走れ……る」
「いいから、少しでも体力を回復しておいてくれ。まだ、ゴルホの力が必要になるから」
身体能力の上がった今の俺なら、ゴルホを担ぐぐらい何の問題もない。
土使いの能力は、また必要になる場面がきっとある。今は少しでも回復してもらわないとな。
平原の中心部まで達したところで俺は――膝の力が抜けそうになる。
「すまない……みんな。やはり、罠だった」
精神力の消耗を少しでも和らげるために『捜索』を一旦、解除して『気』を最大威力で一時的に発動させ、俺は絶望した。
肉体精神の疲労により『気』を抑えていたのだが、それが裏目に出たようだ……違うか。『気』を最低限の放出にしていたからこそ、今、倒れずに済んでいる。
この場に出る前に調べていたところで相手の潜む場所は距離があり、存在に気づけなかっただろう。それに、後方に戻るわけにもいかず、脇に逸れたところで、オークの群れとご対面が待っているだけ。
どちらにしろ、術はなかったのだ。
「どういうことですか、土屋さん!」
立ち止まった俺の周りに仲間とオーガが集まる。
その顔には不安と言う文字が具現化した表情があった。
「周囲を完全に囲まれている。その数も敵が何であるかも不明だ」
その言葉を肯定するかのように、平原を取り囲む木の陰から、何百、何千もの魔物が歩み出てきた。
「二足歩行の犬か?」
権蔵にはその魔物が何であるかがわからないようで、見たまんまの感想が口から漏れている。
革鎧でもなく、半袖半ズボンと言う簡素な衣服を身に着け、手には岩を削っただけの短剣なような物を手にしている。
「コボルトか?」
犬型の魔物として有名なのはコボルトだろう。本来はゴブリンと同一視されていたりするようだが、犬の姿をした魔物という認識が一番広まっていると思う。
「犬の姿をしているところからわかるように、鼻が利き、犬のように素早く走ることができる魔物――だと思うが、ゴルホ、サウワ間違いないかい」
「あってる」
「うん、間違いない。土屋お兄ちゃん」
逃亡者を追い詰める存在としては、これ程最適な魔物もいないな。
ここまで絶望的な状況だと、もう焦る気も慌てることもないのか。冷静過ぎる自分がいる。
「でも、なんで、コボルトがこんなところに……あ、オークと敵対していて、加勢にきてくれたのかも!」
そんな希望的観測を口にした桜だったが、その表情は無理して作られた笑顔で、自分の言葉に無茶があることを理解しながらも、僅かな希望にしがみ付こうとしているかのようだ。
「ないだろうな。あの、殺気は全て俺たちに向けられている」
前に進み出てきているコボルトの中で、一番近くまで迫っていた個体の足に糸を巻き付け、心を探る。
『ヤラネバ、オークキングニ、ワレラガコロサレル! コロセ! コロセ!』
生き延びる為に必死な心の声が押し寄せてくる。どうやら、コボルトたちはオークの配下となった種族のようで、オークの庇護下に入り、島の北東で生き延びているようだ。
奴らも好んで戦いに参加しているわけではなく、自分たちが生き延びる為に必死なだけ。
だが、敵に回るのであれば容赦する必要はない。それは、向こうも理解している筈だ。
「どうする、土屋さん! このまま立ち止まっていたらオークたちに追いつかれちまうぞ!」
後方から押し寄せるオークの群れ。周囲にはコボルトの大群。
仲間は肉体精神共に限界が間近。
俺の精神力は――まだ、残っているか。
草原に右手を着き、意識を集中して心に呼びかける。
『ミトコンドリア、来てくれ!』
手を添えた地面から緑の光が溢れ、光の粒子が人型に収束していく。
翡翠のような緑の輝きが周囲に満ち、俺以外の仲間とオーガが眩しさに瞼を閉じる。
『ミトコンドリア、呼ばれて飛び出て、即参上!』
今の状況には場違いすぎる、元気に満ち溢れた声が心に響いてきた。
召喚だけで一気に精神力が持っていかれる。一瞬意識が飛びかけたが、気を失うわけにはいかない。
「おお、まだミトコンドリアがいたか!」
「お願いね、ミトちゃん!」
権蔵と桜とサウワの表情に光が射す。絶望の底にほんの少しだけ射し込んだ光に、希望が湧いたのだろう。
「登場台詞はいいから、周囲の敵を何とかしてくれ」
『うわ、みんな、ボロボロだね! うひょー、わんさかいるなー。流石に全部やれる自信は無いよ?』
「出来る範囲で構わない。できれば、逃げ道ができるように倒して欲しい」
突如光と共に現れたミトコンドリアに警戒してコボルトたちの歩みが止まっている。
全てを倒せるなんて微塵も思っていない。どうにか、逃げ出せればいい。
『でも、土屋』
そこで、言葉を区切ると残りは俺にだけ伝えてきた。
『精神力かなり消費するよ? 今の土屋だと命……なくなっちゃうかも』
『わかってる。限界だと思ったら、こっちから切断するから、気にするな』
こうやって会話をしている間も微量ながら精神力が漏れ出ている、これでミトコンドリアが力を振るえば、どれだけもつのか。
だが、今は後のことを考えている場合じゃない。わずかな可能性に賭けるしかない。
『じゃあ、いっくぞー!』
ミトコンドリアが両手を天に掲げると、平原の周囲に立ち並ぶ木々が騒めき、その根が地面から飛び出すと、平原に足を踏み入れていたコボルトの体を貫いていく。
後ろから不意打ちを食らい、コボルトたちの統率が乱れる。俺たちを襲うだけで済むと考えていたところに、木々が敵に回るという事態に理解が追い付いていないのだろう。
それでも、木の範囲から逃れていたコボルトたちは、こちらに襲い掛かってくる。
「うっしゃー、迎撃するぞ!」
自分を鼓舞するように大声を張り上げ、権蔵が刀を振るう。
サウワがギリギリでコボルトの攻撃を避け、ミスリルの鎌が光の軌跡を描く。
ゴルホは精神力が殆ど尽きているのだろう。土を操ることを一切せずに、気配を殺し、相手に認識されない状態からの突きで、何とか対応している。
だが、コボルトは鼻が利くので、姿が見えなくても臭いで感知しているようで、ゴルホは苦戦しているようだ。
俺も何かしたいのだが、ミトコンドリアが力を使う度に、心臓が締め付けられ全身に鈍い痛みが走り、体を碌に動かすことができない。
「土屋さん、土屋さん! 顔が真っ青ですよ! このままじゃ!」
桜が俺の前に立ち、愛用の包丁を手に誰もここを通さないと踏ん張っている。
まさか、桜に庇われる日がくるとは……何とかしたいが、意識を保つことで精一杯だ。指先を動かすことすら、ままならない。
仲間とオーガが俺を取り囲むようにして庇っているが、ミトコンドリアが取りこぼした数はかなりのもので、ギリギリのラインで耐えているに過ぎない。
『ごめん、土屋! でも、これ以上は!』
ミトコンドリアを責める気はない。今も、俺の体を気遣い、精神消費量を抑えて戦ってくれているのだろう。
「ごふっ、ごほっごほっ!」
喉から何か熱い塊が飛び出し、足元の雑草を赤く染めた。
くそっ、体の内部にまで影響が出てきたか。
「口から血が! も、もう、ミトちゃんをしまってください! これ以上は土屋さんが、死んじゃいます!」
桜が戦闘中にもかかわらず、俺に飛び付くと抱きしめてきた。
俺はそれを押し返す力もなく、朦朧とする意識に悲痛な声が割り込んでくる。
『もうやめてください! 何で、何で私には力が無いの! みんなが、こんなに苦しんでいるのに何もできない! 何もしてあげられない! オウカの敵を討つことも、みんなを助けることも! 私はどうなってもいい、だから力が、力が欲しい! 守れるだけの力が!』
これは桜の心の声か……『精神感応』の力が微量だが発動されてしまっているようだ。もう、制御すらままならないのか。
いいんだよ、桜。キミは役立たずなんかじゃない。キミがいるから、みんな力を出せるんだ。決して、足手まといじゃない。
その言葉を伝える余力すら俺には残っていない。命が削られていくのがわかる。
このままでは、近いうちに俺は気を失う……だろう。
「何か、何か、この状況で使える物はっ!」
桜が自分のアイテムボックスから、中身を取り出しては周囲にばらまいている。
この状況を覆すような、都合のいいアイテムなんて存在しない。そんなことは、桜も重々承知しているだろう。
だが、じっとしていられない。無駄だとわかっていても、何かをせずにはいられない。その気持ちは痛いほどわかる。
霞がかった視界に仲間の姿が見える。
ミトコンドリアも仲間の傍に集まり、力を殆ど振るわずに草を操り、敵の足止めや邪魔に集中している。
ああ……サウワの体中に傷が。ダメだぞ、女の子がそんなに傷だらけになったら。
ゴルホ、大好きなギリースーツがボロボロだ。もっと大切にしないと。
権蔵。強くなったな……そのまま誰よりも強く高みに……。
「しっかり、しっかりしてください! ダメ! 死なないで、紅さん!」
桜。泣かないでくれ、もういい……もういいんだ……せめて、みんなは逃げて……くれ。
ボロボロと涙を流し、アイテムボックスの中身も無くなったのだろう。最後に取り出したモノを握り締めたまま、桜が膝を突く。
『汝の願いはそれか?』
唐突に重厚な声が脳に響く。
幻聴かとも思ったのだが、それは明確な声として頭に入り込んできた。
不思議なことに、さっきまではおぼろげだった意識が少し楽になっている気がする。
『汝の願いはそれでよいのだな』
それは桜の頭にだけ響いている声のようだ。『精神感応』により俺にも伝わってくるが、これは桜に向けられた声だ。
「だ、誰ですか!?」
桜はその声に反応して辺りを見回しているが、そこには傷だらけで戦う仲間の背しかない。
『汝の手を見ろ。それが我だ』
桜は自分が握りしめているモノをまじまじと見つめている。
そこには最後に取り出したアイテム――聖樹が落とした木片があった。一メートルほどのただの木片から声が響いている。
『我は願いの木。強い願いを叶える。汝の願いは――皆を守る力。それで良いのだな』
声に感情はなく、淡々と語りかけている。というのに、何故だかその言葉には説得力があり、その言葉が真実だと心が告げていた。
「はい! 私は力が欲しい! 皆を守れる力がっ!」
桜に迷いはなかった。それが何か完全に理解はしていないというのに、即決した桜の目には強い意志が宿っている。
その怪しい誘いを止めようにも、俺の手脚は動かず、喉は呼吸を繰り返すだけの器官と化している。どうすることもできない。
『力に代償が必要だとしても、構わぬのだな』
その問いかけの怪しさに死力を振り絞り、桜に掴まれた手を握り返す。
気づいてくれ! 代償が必要な力なんて碌でもない! せめて、その代償が何なのか問いかけてくれ!
俺が握り返したことに気づいた桜が、俺の目を見つめ優しく微笑んだ。
美しく咲く花びらが散る儚さを連想させる笑顔に、胸が締め付けられる。
「構いません! 力をください!」
桜は強い想いを込め、はっきりと断言した。
『願いは成就された! 我の力を貸そう、桜!』
木片から赤と黒と金色の光が溢れ出し、螺旋を描きながら木片の表面を彩る。細い糸のような三色の光が斜めに走り、木片の全てが三色に染まる。
木片がすっと浮かび上がり、三つの光が激しさを増し、上空へと伸びる。
爆風が吹き荒れるが――俺や仲間たちは吹き飛ばされることなく、コボルトのみが宙を舞い、周辺を囲う木々の根元や幹に叩きつけられた。
仲間も異変に気づき、一斉に振り返ると、俺と同じく木片を凝視している。
三色の光が竜巻のように上空に伸びていたのだが、その光が急速に収まり収束すると、木片が桜の元に近づいていく。
誰も動くことができず黙って見守っている中、木片は桜の失われた左腕の場所へと移動する。
そして、目も眩むような光に視界が白く染まると、光が消滅した。
いつものジャージ姿の左袖は力なく垂れ下がっていただけなのだが、今は袖の中に確かな物体があった。袖口からは真っ白な手が飛び出している。
「桜……その手……」
「へっ、えっ!? 腕が生えた!? な、何で!?」
桜が左腕を掲げて袖をまくり、右手でペタペタと触っている。
「か、感触もある。普通に動く……これって……え、願いの義手?」
虚空に向かい呟く桜が、慌てて周囲に散らばった物から生徒手帳を探し出し拾い上げた。
開いた生徒手帳を思わず、オーガも含めた全員が覗き込む。
桜が開いたページのある部分を指さし「こ、これですか! 土屋さん、土屋さん、見てください!」と開いたページを眼前に押し付けてきた。
そこはスキル欄とアイテム欄で、見覚えのない文字が書き込まれている。
『願いの義手』
(数十万もの時を生き、神に近づいた聖樹から取れた木材で作られた義手。その義手は木でありながら神や悪魔に近く、どのような理にも縛られない。義手の力により新たなスキルが与えられる。ただし、この力は義手の力による為、他者に奪われることもなく与えることも叶わない)
『精神力増加』10『植物使い』7『植物再生』7『闇の霧』7『吸収』7『治癒』7
その内容に言葉も出ない。
何だこの馬鹿げた能力は。これ程の力を桜は得たというのか?
これが本当というのなら、その代償は……。
「皆さん、回復します! 『治癒』」
義手から注がれる白く温かい光が体の芯に沁み込んでいく。
過剰な精神力消耗による、全身の痛みが薄れていくのがわかる。傷だらけだった仲間とオーガたちの傷が見る見るうちに塞がっていった。
「うおおおっ! 何かよくわからねえが、すげえじゃねえか、桜姉さん!」
「腕が生えた、凄い! 桜!」
「カッコいい、桜」
無邪気に喜ぶ仲間と違い、俺は素直に喜ぶことができないでいる。
『桜の腕から、聖樹様の力を感じる。そっか、うん、ボクも手伝うよ!』
ミトコンドリアが義手に顔を近づけ、何度も頷くとすくっと顔を上げた。その表情は喜びに満ち溢れていた。
周辺の木々の根と枝が伸び、まだ体勢を整えきれていないコボルトたちに襲い掛かる。あれはミトコンドリアの振るった力のようだが、俺の体には全く負担がかかっていない。
『大丈夫だよ、土屋! 聖樹様の力借りているから!』
「うん、一緒に頑張ろう、ミトちゃん!」
俺たちが逃げてきた方向から飛び出してきたオークたちに、桜が手の平を向けると地面の中から飛び出してきた無数の根が、オークたちを串刺しにしていく。
コボルトが根に貫かれ、枝が首に巻き付き、窒息どころか首をねじ切られていく。
オークたちも次々と撃退されていく光景を、ぼーっと眺めながら、胸騒ぎが収まらないでいた。