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ベヒモス戦

「まだ目覚めない筈だろ!」


 権蔵の叫ぶ声は、この場にいる全員の思いを代弁していた。

 安全を期すために、何度も口を酸っぱくして偵察部隊を常時ベヒモスに張り付いているように俺は指示を出していた。それなのに、この状況だ。

 何故、目覚めたのか疑問は尽きないが、今はそれを追及している場面ではない。


「雑用部隊はこの場から退避しろ! 前衛は、ここで迎え撃つぞ!」


 オーガマスターは、ここで陣を張り戦うつもりか。

 足裏から伝わる振動が徐々に大きくなり、北の森の大木が次々と薙ぎ倒されていく。

 視界には大木が立ち並び、振動がする度に土砂が舞い上がっているので、相手の全身は目視できないが、その一部を見るだけでも巨大さは伝わってくる。


「あ、あれって、全長10メートルじゃないですよね……」


 俺の隣でまだ逃げずに放心状態の桜がぽつりと呟く。

 確かに、あれは全長10メートルですむ大きさじゃない。前足が地面に突いた状態から頭の天辺までの高さ――つまり体高が10メートルはある。

 頭の先から尻尾までなら倍は軽く超えるデカさだ。


「桜、早くここから逃げるんだ! サウワ、桜や非戦闘員の護衛を頼む!」


「わかった」


 驚きのあまり未だに動こうとしない桜の手を取り、サウワが引っ張っていく。

 まずは、あの二人をここから遠ざける為に時間を稼がなければいけない。やり取りをしている間にも、ベヒモスは近づいてきている。

 まだ距離もあり木々が障害物になっているので相手の進行速度はそんなに速くない。見た感じ素早い動きは苦手なようなので、こちらに辿り着くには少し時間が残っているか。

 アイテムボックスからオーガの村で購入した太めの縄を操り、ベヒモスの進路方向に張り巡らせておく。糸と違い太く重いので、細かい作業は不可能で同時に操れるのも三本がいいところだが、木の幹に巻きつけるぐらいの操作であれば問題ない。


『首元に縄を張った! 逃げる際に気を付けて!』


 偵察兵の腕に糸を絡ませると『精神感応』で注意を飛ばしておく。

 それで理解ができたようで、大きく頷くと偵察兵は首元に当たる位置にある縄を確認し、軽く膝を曲げ潜り込みながら逃げている。

 もっと下に配置したいのだが、そうすると偵察兵の走りをかなり邪魔することになる。それに、あの巨体を引っかけるにはこれぐらいの高さが必要だ。


 縄が一本、二本と引き千切られていく。避けようとする瞬間に縄を操り、脚にかかるように操作をしているのだが、引っかかったところで障害にもならないのだろう、脚の動きが一切変わることなく、縄が切断されていく。

 それでも、次々と縄を張るのだが、それが殆ど意味をなさないことをベヒモスは理解したようで、もう避けようともせずに突進を続けている。

 あと数歩で偵察兵を踏みつぶせる距離まで迫ったベヒモスが、突然前のめりに地面へ顔面を打ち付けた。土砂を撒き散らし木々を薙ぎ倒しながら地面を滑り、暫く進んだところでその動きが止まる。


「はあーっ、疲れたが……上手くいったか」


 オーガたちは何が起こったのかわかっていないようで、突然転んだベヒモスを遠巻きに睨んでいる。

 今のは縄を簡単に切断させることにより、この縄は無視しても大丈夫だとベヒモスに思いこませ、最後の縄にだけ全力で『気』を流し込み強度を上げた。

 糸よりもかなり太く長い縄に限界近くまで気を流したので、一気に精神力を消耗したが、それだけの価値はある。


「何やってんだ! 遠距離部隊、攻撃を!」


 未だに動こうとしないリオウの部隊に怒声を飛ばし、攻撃を促す。

 はっとした表情になったリオウが兵に指示を出し、投げ槍と弓、そして投石がベヒモスに降り注ぐ。

 勢いよく無防備な状態で転び脳が揺れ、一時的に脳震とうになったようだ。ベヒモスは四肢を震わせ上手く立ち上がれないでいる。

 そこに攻撃が全弾命中したのだが、全て硬い皮膚に弾かれてしまう。あの様子ではダメージは皆無だろう。


「わしらも行くぞ!」


 主力部隊であるオーガマスター率いる精鋭部隊が飛び出していく。


「私たちも行くわよ!」


 それを見たオウカも一斉に飛び出していった。


「ちょっと、待てっ! くそっ!」


 まだ、接近するのは危険すぎるのだが、闘争本能に火が付いたオーガを止める術はない。

 距離があるので、このままでは彼らが辿り着く前に、ベヒモスが体勢を整えてしまう。


「ゴルホ! 少し危険だけどやってくれるか?」


 口で説明する時間も勿体ないので、ゴルホの胴に糸を回し、何をして欲しいか瞬時に伝える。


「うん、行く」


 動く草の塊と化しているゴルホが地面を滑るように進んでいく。


「権蔵! ……って、オウカに付いて行ったのか」


 オーガの無謀な行動をバカにできない仲間が近くにいたよ。いつもは、俺の指示を待ち迂闊な行動を控えられるようになってきたのだが、オーガの覇気とこの場の空気に酔わされたのだろう。

 乱戦だと味方を巻き込んでしまうので、大規模な罠を発動させられなくなる。

 とはいえ傍観するわけにもいかない。


「俺も行くしかないか」


 アイテムボックスから斧を取り出し、俺もベヒモスへと向かって行く。

 近づくにつれその巨大さに圧倒されそうになる。常識を超えた巨大な生き物というだけで、恐怖を覚えてしまうのは生物としての本能なのだろうか。

 まだ、距離はあるがベヒモスは完全に立ち上がろうとしている。だが、あと一歩のところで、体勢を崩し前足が膝を突くような形となる。

 ゴルホが足裏の土を移動させ、相手のバランスを崩したようだ。

 寝起きと脳震盪により本調子じゃなかったベヒモスは、自分が土を操れるにも関わらず、跪いてしまう。

 そこにオーガたちが己の武器を叩きつけているのだが、鉄を叩くような音が鳴り響くのみで、あの巨体は揺るぎもしない。


「皆の者、どけいっ!」


 オーガマスターの声を聞き、獲物に群がる蟻のように密集していたオーガたちが一斉に飛び退く。

 勢いよく飛び込んできたオーガマスターの手に握られているのは、歪な形状の岩だった。長さは2メートルを超え、先端の太さが直径一メートルはあるだろう。握る部分へ向けて細くなっていて、オーガマスターが握りしめている部分には滑り止めの革が巻き付けられている。

 それはただの岩ではない。ある日空から炎を纏わせながら落ちてきた岩だそうだ。多分隕石なのだろう。

 それが異様に硬く加工することすら不可能だったので、柄の部分に革を巻いただけの武器として扱っているそうだ。


 その隕石を肩に担ぎ、ベヒモスの脇腹目掛け跳び上がり、全力で振り下ろした。

 ベヒモスはその一撃に脅威を感じたのだろう。今まで一切防御していなかったというのに、オーガマスターとの間に巨大な岩盤が現れた。


「温いぞっ!」


 一振り。それだけで岩盤は砕け散り、圧倒的な破壊力により塵と化した。

 岩盤の向こうにいたベヒモスも大人しく待っていたわけではない、体を半回転させるとオーガマスターの側面に尻尾の先端をぶつけてきた。


「ちょこざいな!」


 手にした隕石で尻尾を防ぐが、踏ん張りの利かない空中だったので弾き飛ばされてしまう。

 木々に叩きつけられ、一本、二本、三本と面白いように木々を貫通していき、その数が六に達したところで、ようやく勢いが止まったようだ。

 俺なら確実に死んでいる威力だが――当の本人はその場にすくっと立ち上がり「中々やるわい」と何処か楽しそうに見える。深刻なダメージがあるようには見えない。


「今度は私よ!」


 身長より少し短いぐらいの大太刀を抜身で構えているオウカが声を上げ、ベヒモスの左足へと斬りつける。

 その刃はベヒモスの皮膚に潜り込むが、深々と切り裂くとまではいかなく、肉に達することなく皮膚だけを切り裂いた。

 オウカの怪力でも、それが限界か。これならば、オーガマスターの攻撃をどうにかして当てさせることのみに集中した方が良さそうだ。


 権蔵も中距離からの水月を飛ばしているが、皮膚に浅く傷がつく程度のようだ。

 リオウも何度か攻撃を加えているのだが、鉄の棒では威力が足りていない。

 周囲から一斉に襲い掛かるオーガたちを踏みつぶそうと脚を上げる度に、ゴルホが足下の土を移動させ、ベヒモスが土を戻す際に意識を逸らせる。

 さっきから、何者かが土を移動させているのは理解しているのだろうが、ベヒモスはゴルホの姿を捉えることができない。

 ちなみに、俺もゴルホが何処にいるのか全くわかっていないが。


 俺も何か邪魔しないとな。

 縄の一本をベヒモスの左後ろ脚に絡ませると、オーガたち10名に握らせて引っ張るように、糸を伝い指示を出した。

 自分たちの攻撃が全くダメージを与えていないことを理解していたのだろう。拒絶されるかと思ったのだが、あっさりと承諾し、ベヒモスから少し離れた場所に移動して縄を引っ張っている。

 鬱陶しそうに鼻を鳴らし、縄の先にいるオーガたちを土で攻撃しようとする度に、ゴルホの邪魔とオウカ、リオウ、権蔵の波状攻撃、そしてオーガマスターが飛びかかってくるので、土の操作は防御に手一杯のようだ。


 それでも、決定力のあるオーガマスターが封じこまれているので、こちらが相手にダメージを与えることができていない。

 なら、相手の判断力と動きを鈍らせるしかないか。

 アイテムボックスに糸を潜らせ、幾つもの樽に糸を絡ませる。

 八つの樽が宙に浮き、糸を操作してベヒモスの元へと進んでいく。


『権蔵、どの程度の水量を操れるんだ?』


 混戦中に声を届けるのは難しいので、糸と『精神感応』で権蔵へと問いかける。


『えっ、何だ急に。そうだな、限界でこれぐらいだ』


 権蔵が妖刀村雨を掲げると頭上に、運んでいる樽より一回り大きな水の塊が浮かび上がった。


『よっし、じゃあ、その水にこれを混ぜて、どうにかベヒモスの目にぶつけてくれ』


 そう伝えて、小さな樽を一つ権蔵の前に置いた。その樽に顔を近づけ、鼻をひくつかせた権蔵の顔が渋面になる。


『相変わらず、えぐいこと考えるな』


 心の声に少し恐怖心を感じたが、きっと気のせいだろう。

 残り七つとなった樽は糸を絡ませた状態で地面に置いておく。ずっと浮かしていたら、ベヒモスに警戒されかねない。

 権蔵は樽の蓋を開け、水の塊にその中身の液体を流し込むと赤く染まった。

 あとは、当てられるように手伝わないとな。

 一旦手元の糸を『糸使い』の影響下から外し、別の縄を三本取り出して、カウボーイの投げ縄のように先を円形にして、ベヒモスの足元に移動させる。

 その動きに気づいたようで、ベヒモスが足下の縄を警戒して踏みつぶそうとするが、ギリギリで何とか躱してみせる。


 チクチクと攻撃を続けるオーガと、足を引っ張り続ける縄。それに、最も気を付けなければいけない相手オーガマスター。それに加え、縄が自分の足を捕ろうとしている。

 鬱陶しさが限界に達したのだろう、足裏を地面に着けておけば縄が纏わりつくことが無いと考えたようで、脚を一切動かさなくなった。

 そして、唯一の脅威であるオーガマスターには尻尾と土属性の攻撃で対応している。

 オウカや権蔵、オーガたちの攻撃は無視して、先にオーガマスターを仕留める作戦のようだ。

 俺たちを無視するなら丁度いい。


『権蔵頼む』


 赤く染まった水球には細い水が糸のように繋がっているのだが、それを伸ばしベヒモスの頭上に移動させる。これをそのままぶつけても目を閉じられて終わりだ。

 だが、こちらの攻撃を完全に無視している今なら。

 糸を操作しアイテムボックスからある武器を取り出すと、ベヒモスの近くに運ぶ。一瞬こちらに目を向けるが、それを脅威と感じなかったのだろう完全に無視を決め込んでいる。


 好都合だ。俺は糸を操作しベヒモスの耳の近くで――引き金を絞った。

 マグナム銃が耳をつんざくような音を響かせ、その弾丸はベヒモスの顔面に傷をつけることすらできなかったが、その発射時の爆音に驚いたのだろう。

 ベヒモスは目を見開き、顔を拳銃へと向けた。


『うっし!』


 そのタイミングで二つに分裂した赤い水球が上空からベヒモスの目に飛び込んでいく。


「ドウルグウアアアアアアアアアアアア!」


 今まで声の一つも上げなかったベヒモスが、天に向かい叫びながら前足で両目を擦っている。

 唐辛子の粉入り水球は効き目抜群のようで、尋常ではない痛みに悶え苦しんでいる。

 そこで更に追撃と、叫び声をあげ続けている口に、蓋を開けた七つの樽を放り込み、中身をぶちまけた。

 それを吐き出す余裕もなかったのだろう。喉元が膨らみ、全て飲み込まれたのが確認できる。


 暴れ狂うベヒモスに巻き込まれ何人ものオーガが吹き飛ばされていく。縄を握っていたオーガたちはその力に負け、縄を手放したようなので実害はないようだ。

 あまりに激しく暴れるので、オウカたちも近づけずに遠巻きに眺めているしかない。

 オーガマスターはいつでも一撃を叩き込めるように腰をかがめているが、周囲に漂う仄かな香りに気づいたようで、その視線が俺に向けられた。


「友よ。あの樽の中身もしや、オーガ殺しか?」


「ご名答。純度が異様に高い村の名産使わせてもらいました」


 先の転移者たちが伝えた文化の一つ、酒造り。生産系の能力に長けた転移者が作り上げた酒造りの技術は、今も絶やされずにこの村に生きている。

 ちなみにこの酒、ベヒモス討伐後の祝杯用にもらった酒だったりする。

 火が付くレベルのアルコール度数の高い酒。それを樽七つ分放り込んだのだが、それだけではあの巨体相手に効き目が出るか微妙なところだが――


「土屋さん、何したんだ……」


 権蔵が目を見開き見つめる先には、よろよろと完全に泥酔した飲み屋街のオッサンのような、千鳥足のベヒモスがいた。


効果覿面こうかてきめんだな。いや、酒だけじゃ心配だったから、酒に昏睡薬を大量に混ぜておいただけだよ」


 混ぜたら危険。酒と睡眠薬。

 睡眠薬の効果が過剰に発揮される場合があるので、医者から止められている組み合わせである。

 本来ならまだ眠っている状態で叩き起こされ、眠り足りない時に昏睡薬と酒のコラボ。ベヒモスは何とか立っているが、起きているだけで精一杯といった感じだ。


「良くわからんが、友のおかげで隙だらけのようだ。ワシが渾身の一撃を相手の心臓部分へ叩き込む。それで胸元の皮膚が弾け飛ぶはずだ。後はそこを全力で突け、よいな!」


「わかったよ、お爺ちゃん!」


 とうとう立っていられなくなり、横倒しになり胸元をさらけ出しているベヒモスに、オーガマスターは体の筋肉を膨張させ、足下が陥没する勢いで踏み込み、全身全霊を込めた一撃をベヒモスの心臓部に叩きつけた。

 鼓膜を貫き脳の奥まで浸透する爆音に続き、衝撃波が襲ってくる。どうにか吹き飛ばされまいと前屈みになり、必死で前を見据えていた俺の目に映るのは、宙に少し浮いたベヒモスの巨体だった。


 おいおい、アレが一撃で浮くのかっ!

 その破壊力に言葉も出ない。ベヒモスの胸部を覆っていた皮膚は完全に吹き飛び、肉もかなり抉れている。

 あれで、死んだのではないかと思ったのだが、ベヒモスの命の光はまだ爛々と輝いているのが『気』でわかった。

 ベヒモスの巨体が地面に着くより早く、弾丸のように飛び出していったオウカが、体ごとぶつかるように大太刀をベヒモスの胸部へ潜り込ませた。

 大量の鮮血が吹き出し、それを正面から浴びたオウカは真っ赤に染まっているが、そこで手を止めずに更に奥へと大太刀をめり込ませる。


「グルウオオオオオォォォォ……」


 四肢を小刻みに痙攣させ断末魔を上げると、何かを掴むように空に向け前足を伸ばすが、直ぐに動かなくなる。

 糸を相手の心臓部に伸ばし、その鼓動が止まっているかを確認しておく。ベヒモスは完全に息絶えていた。


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