特徴
「では、皆の衆、暫しの別れだ。達者で暮らすのだぞ!」
オーガマスターは村にある門の前で、集まった村人へ別れの言葉を掛けている。
「マスター、今生の別れじゃないのですから、大袈裟ですよ」
「そうだよ。それ、ジダイゲキが好きだったお婆ちゃんの真似でしょ」
オーガマスターはリオウ、オウカのカップルに同時に突っ込まれていた。
村に残るオーガは200以上。今回のベヒモス討伐に参加するオーガはオーガマスター、リオウ、オウカを除いて65名。念の為に40の戦士を村へ残して、俺たちはベヒモスの眠る北の森へと向かう。
65名の内訳は、オーガマスター率いる精鋭部隊20。
オウカとその配下が20。
リオウたち棍や槍、弓といった中距離、遠距離担当の部隊が15名となっている。
残りの10名は荷物の運送。食事や寝床の確保、その他雑用を担当する部隊だ。桜もここの担当となった。
行軍の速度は速足程度で、桜でも問題なくついてこられる。片腕を失い、戦闘から縁遠くなった桜だったが、ステータスは強化されているので、雑用係のオーガたちの邪魔になることは無いだろう。
オーガと言えば、この種族中々変わった特徴がある。戦闘前に味方の能力を把握しておきたかったので情報を集め、その身体能力を計らせてもらったのだが興味深い結果となった。
まず、オーガと言えばその巨体だろう。平均身長は女性で170ちょい。男性で2メートルを超える。身体能力は6歳児にもなると人間の大人に匹敵する力があり、成人すると人間の2倍から3倍の身体能力を有する。
俺はスキルレベルを上げているので、身体能力で一般のオーガに負けることは無いが、ステータスレベル3の桜とほぼ同等の力があると考えていいだろう。
体の特徴と言えばもう一つ、頭に角がある。
この角の本数は基本二本なのだが、稀に一本や三本以上のオーガが産まれることがある。
昔は、一本角のオーガは出来損ないと呼ばれ格下に見られていた。現に生まれつき、他のオーガと比べて痩せ細っており、力も劣る者が殆どだった。
だが、毎年村で行われる格闘大会で、転移者であるオウカの祖母が鍛え上げた一本角のオーガが成年の部で優勝してからは、オーガたちの見る目が変わったそうだ。
今では一本角のオーガは成長力があり、大器晩成だというのが村の認識らしい。
逆に角の多いオーガは生まれつき能力が高く、角が多ければ多いほどスキルを多く所有している。今までの最高は八本角のオーガ。そのオーガとは――
「皆の者、明日にはベヒモスの眠る大地へ到達するぞ! 覚悟を決めておくのだな!」
軍隊の先頭に立ち檄を飛ばしている、オーガマスターである。
それを聞かされたとき、オーガマスターの頭をまじまじと観察したのだが、どう見ても立派な一本の角と、対になる場所に折れたもう一本の角があるだけだった。
その疑問を口にすると、大口を開けて笑い、俺たちに後頭部を向けて髪をかき上げた。
「飛び出しておる二本の角とは別に、こうやって後頭部に瘤のような小さな角が生えておるのだ。でこぼこしていて頭を洗う際に面倒でたまらんがな!」
長い髪に覆われ全く分からなかったが、確かに小さな瘤のような角が幾つも生えている。
オウカも角が多いらしく、全部で五本の角があるそうだ。
リオウはというと実は一本角で、彼こそがオウカの祖母に鍛えられ成年の部で優勝したオーガだった。言われて気づいたのだが、確かにリオウは額の中心部より少し上に一本の角が飛び出ているだけだ。
転移者である日本人と血が交わると、一本角や三本以上の角持ちが生まれる可能性が高いらしく、若いオーガで二本以外の角の持ち主は珍しくない。
他にもオーガには変わったところがあり、魔法系や〇〇使いといったスキルを所有する者がいないというところだろう。
産まれつき手に入るスキルは五感の強化や肉体系ばかりで、魔法関係のスキルとは相性が悪いらしい。なので、彼らの遠距離攻撃は投げ槍や弓といった手段しかない。
それでも、優れた身体能力を活かし、この島で生き延びることが可能だったのだが、祖母である転移者と出会う前は、総数50にも満たないこの島では小規模な種族だった。
当時の事を親や祖父母から嫌と言うほど聞かされていたオウカが、俺たちに説明した内容はこうだ。
「精神系の能力に対する弱さと、正面から戦うことしか知らなかったオーガの欠点をつかれて、爺ちゃんたちはすっごくやばかったみたいよ。でね、他の転移者に襲われているところを祖母に助けられ、ここまで繁栄したんだって」
お婆さんの活躍を語る時のオウカは、自分の力を自慢する時よりも誇らしげで嬉しそうに話す。
本当にお婆さんの事が好きなのだろう。
「でね、助けてもらった後に、このままじゃ、あんたたちは滅ぶよ! と婆ちゃんに怒られて、『気』のスキルを無理やり覚えさせられたの!」
驚いたことに、オーガたちはほぼ全員『気』のスキルが使える。
どうやら、文字を覚える前から気を扱う鍛錬をさせられるのが、オーガの村では常識らしく、オーガの必修事項だそうだ。
魔法のスキルは幾ら教えても発動しなかったオーガたちだったが、元々『気』とは相性が良かったのだろう。オーガたちは『気』を覚えることにより、精神系のスキルに対する耐性と、更なる肉体の強化を得ることとなった。
オウカは『気』を操るのが人より長けているそうで、その能力はオーガマスターをも上回る……本人の談だが。
それを聞いた権蔵が目を輝かせ「師匠、是非、俺にご教授を!」とオウカに頼み込んでいた。前々から俺の『気』スキルが便利そうだと目を付けていたらしい。
オウカも満更じゃないようで、この戦いが終わったら本格的に教えてもらう約束を取りつけている。
もし、権蔵が『気』を手に入れたら、更なる戦力アップが期待できる。それこそ、俺も手の届かない高みに、立つ日がくるかもしれない。
「今回の戦いで活躍して、有名になって今度こそ、モテてやる……」
俺の前方で歩きながら、ぶつぶつと欲望を口にしている姿を見る限り、そんな未来はやってこない気がするが。
オーガについては結構理解できたのだが、問題は対戦相手であるベヒモスだ。
全長10メートルで、鋭い牙の生えた牛のような顔に巨大な角が二本頭に付いている。
そして、体は鎧の様な皮膚で覆われていて、その強度は鋼鉄製の武器をオーガの怪力で叩きつけても、ひび一つ入らない頑丈さらしい。
尻尾も巨大で硬く、先端にはとげ状の骨が外部に剥き出しになっていて、尻尾の一撃にも注意が必要だ。
そして、最も注意しなければならないのが、ベヒモスが土を操れるというポイント。
地震を起こし、地面から槍状の岩を飛び立たせ、時には岩盤で体を覆い防御力を高める。
火を吐いたりはせず、肉体の力で攻撃すると聞いていたのだが、どうやらベヒモスが土を操れるというのは、オーガの中では一般常識で説明を忘れていたそうだ……知らずに戦っていたら、どうなっていたことやら。
これを聞いたゴルホは、人工の草に包まれた中からボソッと呟いていた。
「出番ない」
ベヒモスの能力は土魔法か土使いだろう。それもかなり高レベルな。となると、戦闘でゴルホの出番は少なくなりそうだ。落とし穴を掘っても、即座に埋められそうだし、土系の罠はやるだけ無駄になるだろう。
手持ちのアイテムやオーガたちの実力、そして仲間の能力を活かして、どうやって被害を最小限に抑えて勝利するか。そこが問題となる。
そして、今回は戦いの勝ち方にも気を付けなければならない。
罠や攻撃を加えることにより、参加者にも経験値が入るが、やはり止めを刺した者が最も経験値を得ることになる。
事前の話し合いでは、止めを刺すのはオウカの役目となっている。
オーガマスターが倒し、強くなった方がいいのでは。という意見もあったのだが、それは当人が即座に否定した。
「わしに力の伸びしろはもうない。レベルが上がったとしても、能力の成長は微々たるものだ。ならば、これから更に強くなるであろうオウカが倒し、わしに実力が近づけばオークキングとの戦いも楽になる」
オーガマスターの決定により、オウカが止めを刺すこととなった。
だが、それは余裕があればの話であり、基本的には誰が止めを刺しても良いことになっている。漁夫の利を狙いたい気持ちもあるが、これからの友好関係を考えると、何かアクシデントでもない限りは、オウカにやってもらった方がいいだろう。
「ところで土屋さんよ。何か策は思いついたんだろ?」
考える振りをしながら視線はオウカの尻を追っていた権蔵が、俺の隣に並んでいる。
「昨日まではあったんだが、土壇場になって土を操れることを知って、策の練り直しをしているところだよ」
もっとも単純な罠として落とし穴を掘って、穴の下に先を尖らせた杭や槍を並べておく。それを考えてはいたのだが、ゴルホの精神力消費量が膨大になるのと、土を操れる相手にこれは無駄だと諦めるしかなかった。
穴に大量の水を流し込む、というのも考えはしたのだが土を操られ、水を何処かに流されたらそれでおしまいになる。
土系の罠が使えないとなると、屋外ではかなり不利になってしまう。俺の糸を張ったところで、あの巨体と頑丈さだ。足止めにすらならないだろう。
オーガたちは正面から戦い粉砕するつもりのようだが、それだと多くの死者を覚悟しなければならない。本気で困ったなこれは。
土を操ることができ、体も強固。厄介な敵と戦ってばかりだな。
それでも、確実性は無いが幾つか思いつく手段はあるのだが。卑怯な戦いを好まないオーガたちが従ってくれるかという懸念もある。
俺たちはあくまで助っ人という立場なのだ。しゃしゃり出すぎても良い印象は与えられないだろう。
「リオウ。ベヒモスの現状について教えてもらってもいいかい?」
近くにいたリオウに大声で問いかけると。こちらに速足でやってきた。
オウカとの腕試しが終わった当初はリオウにも睨まれていたのだが、今は彼と仲がいい。
リオウはあの戦いの意味を感じ取ってくれたらしく、戦いが終わり暫くしてから俺に礼を言ったのだ。
「最近、オウカに自惚れが見え隠れしていた。だが、余程悔しかったのだろう。最近、さぼり気味だった練習をずっとしている。これは貴方のおかげだ、礼を」
それからは、俺に対しても普通に接し、むしろオウカの機嫌を取り俺との仲を取り持とうとしているぐらいだ。
そんなリオウなので、こちらの質問にも快く答えてくれる。
「まだ眠り続けているベヒモスは体の周囲を強固な岩盤で覆っている。オーガマスターが一撃を加えれば、その岩盤は破壊できるだろうが、それによりベヒモスが目覚めるのは確実。手を出さなければ、あと数週間は眠り続けている」
ベヒモスは以前もこうやって傷を癒したことがあるようで、その時は覆う岩盤の色で相手の回復状態と出てくるタイミングを計っていたそうだ。
どれだけ騒音を立て暴れまわっても、岩盤を傷つけられない限り目覚めることは無いらしいので、現場に着いてから色々やれそうだ。
「そうか、ありがとう。何か状況に変化があったら教えてくれ」
「わかった」
立ち去るリオウの背から視線を逸らし、また俺は思考の海へと潜っていった。
森で一晩を明かし、早朝に俺たちはベヒモスの眠る土地へと向かう。あと一時間もしない距離にベヒモスがいるそうだ。
出発直前に知らされた偵察からの情報によると、相も変わらず岩盤に囲まれたまま眠りこけているらしい。
今回の戦いは戦闘に入れば、俺の出番は殆どないだろう。斧で少々の傷は負わせられるかもしれないが、強固な皮膚を貫けるのは、オーガマスターかオウカの怪力しかないと考えている。
それに、聞くと実際に戦い感じるのでは情報量も全く違う。策を考えはするが、実戦では臨機応変にいくしかない。
俺が考え事をしている間に、北の森に足を踏み入れたようで、周辺の木が立派に成長した大木ばかりになっている。
「久しぶりの北の森だぜ」
「ああ、そうだな」
懐かしい光景に目を細めている権蔵へ、軽く相槌を打っておく。
少し前に来たばかりだというのに、以前よりも森に命の気配を感じられる。誰も余計な手出しをしなければ、この森は自然あふれる豊かな森になるのだろうな。
のんびり森林浴でもしたいが、そんな場合じゃない。今はベヒモスに集中しなければ。
かなり、ベヒモスに近づいてきたようで、雑用担当の部隊はここで待機となるようだ。桜が不安そうな表情で俺たちを見ていたので「大丈夫。それにまだ、戦闘にならない筈だよ」と声を掛けておいた。
「くれぐれも体に気を付けてくださいね。紅さん」
本当は一緒に戦いたいのだろうが、自分の能力を知っているだけに、何もできない歯がゆさに身悶えし、今にも泣きそうな表情を浮かべて俺の手を取っている。
「桜が待っていてくれるから、皆頑張れるんだよ」
そう言って視線を俺の隣に向ける。そこには、何度も頷くゴルホとサウワ。それに親指を立てて突き出したポーズの権蔵がいた。
「うん、美味しいご飯つくって待って――」
「逃げろおおおおおおっ! ベヒモスが向かってくるぞっ!」
桜の言葉をかき消したのは、叫びながら懸命に逃げてくるオーガの偵察兵と、その背後から地響きを上げて迫る巨大な怪獣――ベヒモスだった。