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引っ越し

「ここがオーガの村なのですね! おおっ、村というより町みたいですよ!」


 オーガの村に足を踏みいれた桜が辺りを見回し、子供のようにはしゃいでいる。

 この島に来て初めて触れる文明に、テンションが一気に上がったようだ。


「うちの村より立派」


「確かに」


 サウワも一見冷静に見えるが、瞳が忙しなくキョロキョロと動き回り、好奇心を隠しきれていない。

 ゴルホは何を考えているかさっぱりわからない……村の中ではギリースーツを脱ぎなさい。


『んーー、疲れたぁ。やっと着いたー。本当、苦労したわ』


 ドリアードのミトコンドリアが、全身をほぐすように柔軟体操を始めている。

 そんなミトコンドリアの背後には苦しそうに肩を上下させ、荒い呼吸を繰り返すオーガの精鋭たち20名がいた。

 そのオーガたちのとげとげしい視線は全てミトコンドリアに向き「お前がいうな!」と目が語っている。

 彼らがミトコンドリアの言動に怒りを覚えるのには正当な理由がある。彼らの背後には巨大な大八車の荷台に横倒しで寝かされた、ミトコンドリアの本体である大木があった。


 今、何をしていたかというと、オーガの村に俺たちが辿り着いてから10日もかけて、拠点からの引っ越しを、無事に終えることができた。

 オーガの村から俺たちの拠点に戻るのは比較的容易で、3日間の安全な旅路だった。

 この村の地理に詳しいオーガの道案内がいたので、敵と遭遇することが殆どなく平穏無事そのもの。おまけに護衛も兼ねていたオーガの猛者が20人近く同行していたので、危険を感じることは全くない。

 そんな調子で拠点に戻り、ミトコンドリアを通じて戻ることを伝えていたので混乱もなく、準備万端だった仲間を連れて戻る際に、大仕事が残っていた。


 ミトコンドリアの本体を地面から引っこ抜き、急遽作り上げた超巨大な大八車の荷台に、急成長しすぎたミトコンドリアの大木を乗せる。

 それを、総勢20名のオーガにより人力で引っ張ってきた。

 行きは3日、戻るのに7日かかった原因は、全てこの大木のせいである。

 道を確保する為に、木々を切り倒して道を確保しながら、その騒音に反応し現れた魔物たちを、俺たちで撃退する。

 そんなハードすぎる引っ越しが、今ようやく終了した。

 本当は本体を置いていこうかと思ったのだが、暴れ泣き叫び、連れて行かないと契約を解除すると駄々をこねたので、無理やり何とか運んでもらった。

 オーガの方々には無理をさせてしまって、本当に申し訳なく思う。


「あー、やっと帰ってきたんだ! お帰り権蔵! そして……お友達の皆さん!」


 大きく手を振り駆け寄ってきたのは、オウカだった。

 権蔵を見て満面の笑みを浮かべ、その背後に立つ桜たちへも同様に笑顔を向ける。

 そして、俺に視線を合わせると――顔中のパーツを中心に寄せて、何とも言えない表情へと変化した。たぶん、というか確実に俺を嫌っている。

 あの戦いの後、オウカは俺と言葉を交わすどころか視線すら合わせようとせず、ずっと避けられていた。


 理由は明白だ。野外で身内や彼氏だけとはいえ露出させられたのだ、怒って当然だろう。

 俺としては慢心して油断したことで、痛い目に遭い続けていた自分のように、同じ過ちを犯させたくはない、という考えがあった。

 老婆心ながら、どれだけ力があろうと、出し抜かれることがあるということを、その身を持って知って欲しかったのだが。

 ちなみにオウカとの戦いの一部始終を居残り組の仲間にも説明すると、様々な反応が返ってきた。


「勝つ為に手段を選ばない。当たり前」


 これはゴルホの意見だったか。


『何で裸になったぐらいで負けを認めたの?』


 ミトコンドリアには羞恥心が無いようで、全く理解できていなかった。


「土屋お兄ちゃん、それは最低。そういうのは、権蔵の役目」


 サウワが珍しく俺を批難してきた。それを聞いていた権蔵が「何で俺ならいいんだよ」と呟いていたが、それはどうでもいいか。

 そして、桜はというと。


「土屋さん、デリカシーというか女性への対応が酷過ぎです。ちょっと座ってください」


 いつもは共通語と日本語の勉強をする為の椅子に座らされ、女心と正しい女性への配慮の仕方について講義を受ける羽目になった。何故か、隣で真剣に話を聞く権蔵がいたが。

 そんなこんながありながらも、俺たちはこの島に来て初めて、日夜、魔物たちの脅威に怯えずにすむ拠点を手に入れた。


「でも、こんなに大勢で移り住んでご迷惑では……」


 桜がオウカへ恐縮して話しかけている。


「いいのいいの! 空き家もあるし、何なら皆で住める新しい家でも建てようか? 新しい住民大歓迎だよ!」


「そうなのですか。ありがとうございます。新しい家はご遠慮しますが、これからよろしくお願いしますね」


「うん、わかった! あと、その口調やめて欲しいかな。もっと気楽にいこうよ。今日から同じ村の住民だし、友達になってくれると嬉しいなー」


「こちらこそです。よろしくね、オウカさん」


「オウカでいいよ! その代わり、桜って呼んでもいい?」


「もちろん。よろしくオウカ」


「ありがとう、桜! あと、皆も仲良くしてね!」


 明るくフレンドリーに接してくれるオウカのおかげで、仲間たちも直ぐに村人たちと打ち解けられそうだ。

 村の住民も笑顔を浮かべ、片言の日本語で「ヨウコソ」「ヨクキタネ」と挨拶をしてくれている。


「土屋さん……異世界に来て、今が一番嬉しいです」


 潤んだ瞳でオーガの村を見回しながら、桜さんが俺の隣で優しく微笑んだ。


「ああ、そうだな」


 俺も桜へ笑みを返し、同意した。

 この場所に桜や仲間と一緒にいられることが、本当に嬉しい。そう、桜に伝えたかったのだが、心の底から幸せそうに笑う桜に見とれてしまい、口を噤んでしまう。

 そんな俺の視線に桜が気づいたようで、期せずして見つめ合うような形になってしまった。

 少し、桜の頬が赤らんできている。ここで照れられると俺まで意識してしま――


「いい雰囲気なんぞに、させてたまるかああああっ!」


 失恋を経験した権蔵が俺と桜の間に割り込んできた。


「二人ともイチャイチャするのは夜にしろ……それもダメだ! グループ内での恋愛は禁止です!」


 お前はクラスのお堅い委員長か。

 権蔵だけかと思ったら、権蔵の前にサウワもいつの間にか割り込んでいた。

 サウワの冷たい目がじっと俺を見つめている。


「ど、どうしたんだ、サウワ」


「あと、五年待って」


 そう言うと、サウワは俺に背を向けて、オウカの近くに歩み寄ると、じっとその大きすぎる胸を凝視していた。

 女の子の考えることはよくわからないな。


「んでよ。話を強引に変えるが、あの女いないな。やっぱ、来てないか」


「そうだな。縁野はリーダーの元に帰ったようだが」


 俺たちが桜たちのいる拠点へ旅立つ日、縁野に同行するか訊ねると、素っ気ない答えが返ってきた。


「行かないわよ。私はリーダーの元に帰るわ」


「なら、リーダーへ伝言を頼めるか。あんたに俺たちが殺されかけた。その責任をどうとるのか。縁野の処分をどうするのか。その明確な答えが出たら、この村に使者をよこしてくれと」


 俺が当人を目の前にして言い切ると、頬をピクリと痙攣させたが、特に異論を口にすることもなく小さく頷いた。

 そのまま別れたのだが、リーダーからの使者も来ていないようだ。

 今後の対応によっては、島の北西に陣取る転移者グループとの付き合いを考えなければならない。俺たちを殺しに来た縁野を、そのまま何の処罰も与えず、謝罪の言葉もないのなら、敵対行為とみなして関わりを絶つつもりだ。

 今はオーガという強力な味方ができた。無理して北西のグループと付き合う必要はない。


「じゃあ、みんな家に案内するよ! 権蔵、早くおいでよ! ……土屋は来なくてもいいけど」


 ああいう目を、虫けらを見るような目と言うのだろうな。

 オウカは最後だけ吐き捨てるように言うと、俺たちを先導する。

 ミトコンドリアの本体を乗せた大八車は、いつの間にかオーガの村人が何十人も追加で手伝ってくれているので、楽々と運ばれている。

 その大木の上にすくっと立ち『ほらほら、もっと力を込めてー』と指示を出しているミトコンドリアを糸で雁字搦めにして、丸太に括りつけておいた。





 到着した新たな我が家は屋敷――というよりは、二階建ての寮といった感じだった。ミトコンドリアの本体は、屋敷が木陰にならないような場所に配置しておいた。

 一階に食堂、風呂、トイレ、炊事場、全員が余裕で寛げる大きさの居間がある。

 二階には、各自の個室があり一部屋、六畳近いスペースがあった。

 机椅子ベッド完備で、各々が好きな部屋を早い者勝ちで奪い合っている。

 ただ、西側の角部屋は既に住民が居座っているので、荷物を自分の部屋に置くと、初顔合わせの者も連れて先住民の扉の前に集合した。


「移動中に説明したけど、ここには雷豪寺春矢と羅塩涙ちゃんが先に住んでいる。取り敢えず、引っ越しの挨拶をしておこう。今日から一緒に住むことになるから」


 扉をノックし、中から返事があったので、そっと扉を開け中へと入っていく。

 部屋にはベッドに横たわる春矢と、その隣で椅子に座り読書をしていたのだろう。本を閉じ立ち上がった、るいがいた。


「初めまして。羅塩涙です。るいと呼んでください」


 頭を下げ丁寧に挨拶する。るいは姿形が少女なのだが、立ち居振る舞いがしっかりしているので、もっと年上の印象を抱いてしまう。

 仲間が全員挨拶をすると、桜が積極的に話しかけ、るいと歳の近いサウワも会話に加え、話が弾んでいるようだ。

 男性陣はこの場にいても邪魔なだけだろうと、そっと扉から出ていった。


「これで全員集合だな」


「ああ、決行日に間に合ってよかったよ」


「ベヒモス討伐、明後日?」


 ゴルホの問いかけに「そうだよ」と返事をする。

 討伐日が決まっていたので、その日にちに間に合わないようなら、桜たちを連れてくるのは後回しにする予定だったのだが、12日も猶予があるなら、余裕でいけるだろうと出発を決断したのだが。

 まさか、ここまでギリギリになるとは、思ってもみなかったよ。

 ミトコンドリアは余裕ができてから運ぶ予定だったというのに、とんだ手間をしょい込むことになった。

 その当人はというと、庭の隅に植え替えてもらい満足したらしく、木の根元で呑気に居眠りをしている。


 苦労はしたが……主にオーガの精鋭部隊がだが。そのおかげでドリアードの本体がここにあることになり、その力を利用できるようになった。

 もし、オーガの村に何者かが襲ってきても、ミトコンドリアの力を借りれば、対応が楽になる筈だ。オーガは味方だと言い聞かせているので、たぶん大丈夫だろう。


「ベヒモス討伐楽しみ」


 草の塊と化しているゴルホが、嬉しそうに話しかけてくる。ギリースーツを着こんでいるので、表情が全くわからないが。

 最近ではギリースーツを着ている時間の方が長いので、着込んでいない状態のゴルホを見ると、一瞬誰なのかと疑問に思う時がある。


「ゴルホ、本当に行くのか?」


「当たり前。サウワも曲げない」


 簡潔でわかりやすい返答をありがとう。

 ベヒモス討伐を打ち明けてから、ゴルホもサウワも参加を申し出て、俺が何を言おうとその意思を曲げることが無かった。

 ミトコンドリアにも討伐中に一度は呼ぶようにと念を押されている。正直、召喚した後の疲労感が酷いので、できるだけ呼びたくはない。

 そんなゴルホたちを説得しようと桜に助力を願ったのだが、驚いたことに桜まで参戦を願い出たのだ。


「私も、その討伐に付いて行かせてください。戦闘に参加させろなんて無謀なことは言いません。ですが、荷物運びや料理といったことで手助けぐらいはできると思います!」


 全員で予め相談していたようで、少しでも俺の手助けをしたいと、強く懇願されてしまう。

 オーガマスターに確認を取ると、オーガからも雑用係として数名同行させるので構わないとの許しを得て、全員が参加する運びとなった。

 ゴルホの土魔法で拠点や罠作成に力を貸してもらい、サウワは偵察と雑用係の護衛。桜は料理や雑用の手伝い。

 俺と権蔵は戦闘部隊の一員。

 各自の役割を決め、あとは討伐の日を待つのみとなる。


 本当は安全地帯で仲間全員待っていてもらいたいのだが、俺の仲間たちは、ただ守られ待つだけの存在にはなりたくないようだ。

 お互いに助け合い、背中を預けられる、そんな存在になりたい。

それが全員の望みらしい。


「土屋さんを犠牲にしてまで守られたくありません。死ぬも生きるも自分の責任。だから、私たちが傷つくのも死ぬのも怖がらないでください。あ、でも、自分の実力は把握していますから、無茶はしませんよ。約束です」


 戦いに巻き込まれ腕を無くし、それでも明るさと笑みを絶やさない桜にそう言われては、俺は何も言い返すことができなかった。

 ベヒモス戦まであと二日。自分の持ちうる全ての能力とアイテムを再確認しておくか。

 全力を尽くし、そして、全員で帰還する。

 その後に待つ、オークとの決戦も残されている。絶対に生き延びて、あのオークキングに一矢報いる。その為にも、この戦いで戦力を出来るだけ減らさずに勝利を収めたい。


 ベヒモスという巨大な魔物――いや、怪獣みたいなものか。

 昔のことだが、怪獣と戦う光の巨人が暴れるテレビ番組をよく見ていて、何度も疑問に思ったことがあった。あれぐらいの怪獣なら、罠にはめたら人間でも倒せないか? と。

 今回はベヒモスという怪獣と戦ってくれる正義の味方はいない。だったら、子供の頃の疑問を解決する絶好のチャンスじゃないか。

 物資と味方陣営の能力を確認して、幾つか策を練らせてもらおう。


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