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強さと勝利

 戦いを始める前に幾つか確認事項がある。


「オーガマスター。この戦い何でもありで間違いありませんね」


「そうだ。二言は無い」


 まずは、一番大事なルールの確認を取れた。


「戦闘範囲は裏庭の芝生の範囲ですか」


「そうだな。目の届かない場所で戦われては、正確な強さを測れんからな」


 木々を利用できない平地というのは、俺の戦闘スタイルと相性が悪いか。

 後は相手の実力と性格が把握できれば、勝率も上がるのだが。


「オウカはこの村でどれぐらいの実力者なのか聞いてもいいかい?」


「あ、聞きたい!? 実はね、二番目なのです! お爺ちゃんには未だに一度も勝てないけど、他の人には負けたことないのが自慢なんだ!」


 自慢げに胸を張ると同時に、大きな胸が上下に揺れた。

 権蔵、未練がましく胸の動きを追うんじゃない。

 しかし、意外だったな。オーガマスターを除けばリオウが一番強く、そのリオウに負けたことによりオウカが惚れたという流れが、脳内で出来上がっていたのだが。


「リオウよりオウカの方が強いのか」


「うん、そうだよ! でも、リオウ凄いんだ! お爺ちゃん以外で、オウカに初めて傷をつけた男なんだよ! 格好いいでしょ!」


 その口ぶりだと、実力は圧倒的にオウカの方が上のように聞こえるのだが。

 そう思い、リオウに視線を向けると。こちらの心意が理解できたのだろう、肯定の意味を込め小さく頷いた。

 これは、慎重を期した方がいいな。相手の情報を少しでも引き出すか。


「ところで、その武器と服装を変えたのは何か意味があるのかい」


 さっきまでは鞘付きの日本刀と革製の鎧を着こんでいたオウカだったが、今は木刀を腰に差し、服装も革鎧からクリーム色の毛糸のセーターに見える服を着こんでいる。下は革製のショートパンツのようだ。


「あ、ごめん。別に手を抜いているわけじゃないんだよ。むしろ、逆! 私って寸止めとか器用なことができないから、本気で手合せする時は木刀を使うことにしているの。これなら、全力で殴っても死ににくいでしょ!」


 さらっと怖いことを口にするな。

 確かに真剣を使われるよりか、生存率は上がりそうだが……木刀の素振りで、粉塵が巻き起こっている威力があれば、木刀でも人ぐらい軽く粉砕できるだろ。


「この服装は、動きやすさを重視しているのと、お婆ちゃんが男の人と戦う時は、これを着ると勝率が上がるって教えてくれたんだ」


 何という余計な知恵を。体にぴったりと貼り付くセーターのような服は、体のラインを際立たせてくれるので、ただでさえ豊満な胸と腰の括れがハッキリと見えてしまい、男の本能を刺激する服装だ。

 俺ぐらいの年齢になると過剰な露出より、こういった格好に色気を感じる。

そこまで、考慮しているとしたら、オウカのお婆さんというのは、男の本性すら利用する、恐ろしい人だったのだろう。


「あ、ごめん、装備が一つ抜けていたわ」


 そう言って細長い革製の紐のような物を取り出すと、それをたすき掛けにした。


「そんなもん、防具にすら――んぐぐぐっ!」


 権蔵は途中で否定の言葉を止め、オウカの胸元を凝視している。

 その熱すぎる視線の先には乳房の間を斜めに走る革の紐があり、それにより胸元が抑えられ、更に胸のボリュームが増したオウカの姿があった。


「わしも婆さんのこの手に何度やられたことかっ」


 オーガマスターが忌々しい過去を思い出したようで、苦虫を噛み潰したような顔になる。

 まあ、確かに男の欲情を煽る格好ではある。


「オウカはこの格好の意味わかっているのか?」


「へっ? いや、何か相手の動きが鈍くなるし、この格好嫌いじゃないからしてるけど」


 狙ってやっている悪女ではなく、本当にこの格好の意味が良くわかっていないようだ。


「恥ずかしくないのかい?」


「何で? 胸元がちょっときついけど、裸になっているわけじゃないし、恥ずかしがる理由が無いよね」


 裸に対する羞恥心はあるのか。

 うーん、確かに男性相手には有効な手なのかもしれない。現に権蔵は前屈みになり、戦闘不能になっている。若さというのは罪だな。


「な、何て恐ろしい策だっ……って、何で土屋さん無反応なんだよ」


「いや、立派だなと思っているぞ」


 滅多に、お目にかかることのない、見事過ぎて現実味のない身体つきだとは思う。


「タンパク過ぎるだろ! 何だその反応! 前から思っていたけど、土屋さん20代にしては枯れ過ぎてないか!」


「失敬な。あまり現実離れした女性の身体つきって、興奮を通り越して怖いんだよ。作り物のような感じがしてな」


 昔からそうなのだが、美し過ぎる人や、出るところが出過ぎている体型を見ると、引いてしまう。

 もっと、わかりやすく言うと、見た目の魅力がありすぎる人が苦手なのだ。

 何故、そんな感情を抱くようになったのか。理由ははっきりしている。

 子供の頃、身内に完璧な美を求めた女性がいた。そして、その女性、外見だけは本当に美しい人だった。道ですれ違えば大半の男が振り返る、魅力的な女性……外見はだが。

 まあ、それも色々と肉体に金を掛け、手を加えた成果なのだが。


 見た目は理想的と言っても過言ではなかった。しかし、内面が最悪で、その被害を受けるのはいつも俺。

 その影響なのだろう。俺は外見が魅力すぎる相手を見ても、こんな冷めた反応をするようになってしまったのだ。


「ダメだこの人……マニアックな格好が好みだったりするし、男として終わっている」


 本当に失礼な事を口にする奴だ。人の好みは千差万別。とやかく言われる筋合いはない。


「何だか良くわからないのだけど、この格好は土屋さんに効果ないのかー」


 残念そうにしているが、本当に意味が分かっていないのだろうかオウカは。


「ほう、土屋はこの攻撃が効かぬのか、侮れんな」


 オーガマスター、感心するポイントがおかしいぞ。

 こっちは、オーガにこういった性的アピールが通用する事実に驚いているよ。


「じゃあ、最後にもう一つだけ質問を。この戦いにおける勝敗の決定は、相手が気を失う、オーガマスターが止めに入る、相手が負けを認める。でよろしいでしょうか」


「ああ、構わん。では、お互いに準備はいいか」


「いつでもいいよー」


「ちょっと、距離を取らせてもらう――よし、いいよ」


 俺は裏庭の敷地境界線ギリギリの場所まで移動しておいた。

 オウカは中心部より少し後ろに下がったところで、木刀を肩に担いでいる。


「では、勝負開始!」


 俺は六本の糸に『気』を送り込み強度と操作性を上げて、アイテムボックスから取り出した丸太を先端に絡ませる。

 最近、お気に入りの攻撃方法である丸太の波状攻撃が、オウカに襲い掛かった。

 頭上から振り下ろされる一本目の丸太。

 更に肩口を狙い左右から挟み込むような軌跡を描く、二本の丸太。

 屈んで避けられないように、左右の足首の高さにも二本の丸太を正面から飛ばしておく。

 残りの一本は後部に回り込ませ、背中の中心部を狙う。

 六方向から微妙に時間をずらした攻撃。逃げ場を完全に塞いだ状態のこれを避ける術はない。


「うわー、こんなの初めて!」


 その攻撃に怖気づくどころか、歓喜の声を上げオウカは木刀を振るった――いや、振るったと思う。

 断言できないのは、俺にはオウカの腕の動きが全く見えなかったからだ。右腕がぶれたように見えたと思った瞬間、右腕だけが視界から消えた。

 彼女の姿は目視できている。右腕を除けば全く体を動かしていない。

 風が鳴る――いや、空気が悲鳴を上げる音が響く度に、破壊音が鳴り、丸太が粉砕されていく。

 その音が六回聞こえた時には、彼女の周辺に砕かれた木片が散らばっていた。


 権蔵の剣術は磨き上げられた技による動きである。だが、オウカの振るう木刀は技ではない。あれは単純な力による暴力だ。力のある者が振り回した力任せの攻撃があれだ。

 身体能力の差に戦意が薄れかけたが、よくよく考えれば、自分より強い相手との戦いは慣れっこだ。今更、驚くような事でもないな。

 冷静さを取り戻し、素早く考察を続けている内に、一つの疑問が浮かび上がった。『気』を通し強化した丸太だというのに、その全てが砕かれている。

 そして、平然とその場に立つオウカの右手に握られている木刀は、ひび一つ入っていない。


「オウカ、その木刀。特別製だったりするかい」


「そんなことないよ。練習で使う、ごく一般的な木刀だよ」


 だというのに、強度を上げた丸太を壊して、傷一つないということは。


「もしかして、気のスキル所有していないか」


 それは疑問というより確信に近い。

 素直に答えてもらえるとは思えないが、同じ『気』スキルを持つ者として、質問せずにはいられなかった。


「何でわかったの! 土屋さんすっごい!」


 まさかの肯定。深く考えずに手の内を明かすなんて……権蔵と相性悪くないのに、おしかったな。


「何で、優しい目で俺を見るんだ……」


 俺の視線に気づいた権蔵が、半眼で睨んできた。


「それに、今の丸太に繋がっていたのって糸かな。へええ、面白いスキルを使うね!」


 あ、この子は戦闘狂だ。今、楽しくて仕方がないと表情が語っている。

 厄介な相手ではあるが、苦手な相手かと言えばそうでもない。こういった性格であれば幾つか対応策が思いつく。


「今度は、こちらからいくよ!」


 オウカが前屈みになり、腰を下ろす。その瞳が俺を見つめた瞬間、背中に冷たいモノが流れ落ちた。

 強者との戦いにおいて磨かれた、俺の勘が危険を告げている!

 咄嗟に俺と彼女とを結ぶ線上に、無数の糸を張り巡らせる。

 このまま進めば相手の、喉、胸、腹、太もも、足首、に当たる位置に『気』を最大まで注ぎ込んだ糸を設置した。


「あ、何これ!」


 だから何で、歓喜の声を上げる!

 糸を避けるわけでもなく、木刀で断ち切るわけでもなく、オウカは真正面から突っ込んでくる。

 気のレベルも6となり、それなりに強度には自信が出てきたところだったのだが、そんなものは簡単に打ち砕かれた。


「ちょっと、邪魔よっ!」


 ぶちっ、ぶちっ、と糸の切れる音が続き、オウカが目の前まで迫っている。

 神経を目に集中し、『気』を発動させ相手の動きを探っていると、残像にも近い一瞬、オウカが手を振り上げるのが見えた。

 考えるより先に右へ体を投げ出し、それだけでは間に合わないと、周辺の木々に絡ませておいた糸で、自分の体を側面に引き寄せる。

 体の横を吹き抜けた爆風により、頬が波打つ。

 相手の一撃を何とか避けた実感が湧く前に、側面から押し寄せてきた砂塵交じりの爆風に体が煽られ、地面を何度も転がった。


「嘘っ! 本気の一撃が避けられるなんて!」


 本気で驚愕している彼女が振り下ろした剣先を中心に、半径5メートル範囲の芝生が抉れ、地面が凹んでいる。


「はああああっ!?」


 あまりの威力に度肝を抜かれ、奇声を上げた権蔵は、開いた口が塞がらないようだ。

 まともに正面から戦っていい相手ではない。今、心からそう思った。

 怪力キャラは足が遅いというのが定番の筈なのだが、彼女の場合は当てはまらないらしい。

 何とか凌げているのは、直線的な動きに助けられているだけだ。

 それに、同じことを続けられる自信は正直ない。

 ――ここで負けたとしても、オーガマスターは実力を認めてくれるだろう。一撃喰らえば即死の可能性がある、ギリギリの戦いを続ける理由は消えた。

 なら、降参すればいいのだが。


「土屋さんって、逃げるのは上手ね!」


 悪気のない、当人はおそらく称賛したつもりの言葉に、珍しくカチンときた。

 負けることはあり得ないと思っている自信に満ち溢れた顔。今も、そんな気はないのだろうが、上から目線で子供を褒める大人のような意見。

 悪意のない言葉というのは意外と腹立たしいものだが、その感情は置いておくとしても、俺はここで勝利を収めた方が今後の為になる。

 自尊心なんて安っぽい感情ではなく、オウカの少々自惚れている心を一度、誰かが砕いてやらないと駄目な気がしてならない。

 これからベヒモス討伐に加え、オークとの全面戦争が待っている。この自惚れが慢心を招き仲間に危機が訪れる可能性がないとは言い切れない。


「次は、どんな攻撃しようかなー」


 今もそうだ。死んでない相手に余裕を見せるなんて、やってはいけないことだ。

 ここは、大人として、今後協力関係を結ぶ相手として、一度その高くなりすぎた鼻を折ってやろう。


「オーガマスター、オウカが負けを認めたら私の勝ちで、間違いないですね?」


「そうだが、この状況で何を考えている」


 俺の発言の意図が掴めないのだろう、オーガマスターは眉根を寄せて首を傾げている。


「え、土屋さん勝つ気なの!?」


 悪意はないとわかっているのだが、やはりイラッとする。

 今ので心は決まった。この技を使うのはかなり躊躇していたのだが、一度痛い目を見てもらうとするか。


「オウカ、キミって風邪をひきにくいタイプかな?」


「え、えっと、まあ、そうかな」


 この状況で意味不明な問いかけに、律儀に返答するところは素直で好感度も高いのだが。


「じゃあ、大丈夫だな!」


 再び、アイテムボックスから丸太を取り出すと、今度は九本同時に操る。

 さっきは六本で対応されたが、三本追加だ!

 それに、三本の糸には丸太でない物を巻き付けさせておいた。

 全方向からの丸太の連撃。に続き、後方から糸を絡ませた拳銃による射撃。

 更に、頭上から振り降ろされた、丸太の陰になる位置にミスリル製の鍬を控えさせた。

 そして、壊されるのを前提に食用油が詰まった一斗缶を側面から叩きつけている。


「うわ、うわっ、楽しいっ!」


 この状況下で丸太だけを見極めて木刀で壊し、未知の武器であろう拳銃からの射撃は躱してみせる。

 そして、油が満載の一斗缶は破損しないように、そっと手の平で受け止められてしまった。

 全ての攻撃を凌いだオウカが満足げに微笑んでいる。


「土屋さんって、やっぱり面白い! 強くないけど、何か、私と違った面白い動きをするわ!」


 これも本人は褒めているつもりなのだろうな。


「でも、もう終わりにしようかなー。そっちの手は出尽くしたみたいだし。目を閉じているのは諦めているってことだよね。じゃあ、一気にいく――」


「ところで、裸で戦うのはオーガの流儀なのかい?」


「何を言っている……のおおおおおおおぉ!?」


 俺の突然の問いかけに、理解できず何とも表現しづらい表情を浮かべたオウカだったが、そこで、肌寒いことに気づいたのだろう。恐る恐る視線を自分の体へと落とす。

 そこには――上半身剥き出しで、堂々と外部に晒された二つの大きすぎる膨らみがあった。


「きゃあああああっ!」


 胸元を両腕で覆い跪くオウカの動きが、気の光で見えた。


「さて、まだ戦うならこの瞼を開けて、正々堂々、オウカを見据えて戦うけど?」


「や、やめて! 私の負けで良いから!」


 敗北宣言を聞き、俺は彼女から背を向けてから瞼を開いた。

 視線の先には呆れ顔のオーガマスターと、表情は変わっていないが額に血管が浮き出ているリオウの姿があった。

 まあ、彼氏なら怒るよな。

 一応、彼女のことを配慮して、身内であるオーガマスターと彼氏であるリオウなら見ても大丈夫と判断したのだが。

 あ、権蔵なら、そこで――


「何だ、急に視界がっ! 何で、顔に布が巻き付いてんだっ!?」


 顔に巻き付かせた布を振り払おうと必死になっている。


「勝ちは勝ちなのだが……それでいいのか、土屋」


 何故か、オーガマスターが疲れたように大きく息を吐いた。


「ええ、もちろん。どれだけ実力の差があっても、やり方次第で勝てるということを、彼女に知ってもらいたかったのですよ」


 それっぽいことを口にしたのだが、あの冷めた目は全く信用していないようだ。


「しかし、いつのまに孫の服を脱がしたのだ」


「脱がしたというか、セーターを解いただけですよ」


 種明かしは簡単なものだ。

 攻撃の最中に、俺が所有している糸の中で最も細い糸を、『気』も流さずに彼女にそっと伸ばし、セーターに触れさせた。

 あとは、糸使いの能力を使い、解いただけだ。糸を自由に使えるということは、糸で編み込まれた服なら支配下に置けるということだ。


「よくわからんが、恐ろしい男だな土屋は……婆さんみたいだ」


「この人に勝ちたかったら、ちゃんとルールで雁字搦めにして戦わないとダメだぜ」


 そう言って、褒めているのか、貶しているのか判断が難しい発言をした権蔵の目元には、きつく縛られた布の跡があった。


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