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オーガの村

「いやあ、婆ちゃんが死んでから、もう何年になるのかな、ほんっと久しぶりの人間だね。ほらほら、私ってかなり人間に近いでしょ。実は人間のお婆ちゃんと、オーガのおじいちゃんの子だからね」


 人間とオーガとのクォーターなのか。

 オーガたちに力を貸した転移者はここで、一生を過ごしオーガとの間に子をなした。確かに、肉体的な相違はあまりないようだから、可能だとは思うが。


「お婆ちゃんが日本語を忘れないように、私たち家族はずっと身内では日本語を使ってきたの。村のみんなも簡単な挨拶ぐらいならできるわよ」


 そう言って、クォーターの彼女がここまで連れてきてくれたオーガたちに視線を飛ばす。


「コニチワ」


 オーガたちが一斉に、片言だが確かに日本語で挨拶をしてくれた。

 なんだろう、グアムで現地の人に挨拶された時の気分になるな。


「他にも人間の血を引いているオーガが一杯いるから、あんまり緊張しないでね」


「他にも?」


 権蔵がオウム返しにそう訊ねる。


「うん、昔、お婆ちゃんが他の転移者を見つけては連れてきたから、元転移者の人がお婆ちゃんを含めて五人住んでいたんだよ」


 彼女は大袈裟な身振り手振りを踏まえて説明してくれる。体を動かすたびに、その大きな胸が豪快に揺れるのを、権蔵は素知らぬ振りをしながらガン見していた。

 視界を共有しているので、権蔵の視線の行方が良くわかるよ……。


「あっ、キミ!」


「へっ!? いや、見てないぞっ! 本当に、見てな――」


 突如大声を上げ、権蔵の肩を掴んだオーガの女に、権蔵は胸を見ていたことがばれたのかと勘違いしたらしく、頭を激しく左右に振りながら否定の言葉を口にした。

 必死だな、権蔵。


「その腰に挿しているの、刀じゃないの!」


「え、あ、おう、そうだぜ」


 胸を見ていたことを咎められなかったことに、権蔵が安堵の息を吐いている。


「うわー、この鞘も飾り気は無いけど、機能美に重視した良さがあるわ!」


「おっ、わかるじゃねえか、オーガの姉ちゃん!」


「私の事はオウカと呼んで。お婆ちゃんがつけてくれたの。素敵な名前でしょ」


「おう、良い名前じゃねえか」


 何故か二人が意気投合しているな。

 縁野の顔は冷静そのものなのだが、所在なさげに後ろに回した手をもぞもぞさせている。

 権蔵とオウカは刀談議に花が咲き、周囲にいるオーガたちの存在が完全に頭から消えているようだ。

 どうやら、オウカの腰に携えている武器も刀のようだが、それはこのオーガの村で作られたモノのようだ。お婆ちゃんではない、助けた転移者の一人が鍛冶スキルを所有していたようで、武器や日用品はその人が製作していた。とのことだ。


「キミ、気に入ったよ! 名前なんて言うの」


「俺か、権蔵って言うんだ。今後ともよろしくな!」


 そう言って固い握手を交わす二人。

 門の前でどれだけ長い間、話し続けるのかと不安になっていたが、どうやら話に区切りがついたようだ。


『これが運命の出会いか……ようやく、俺にも春が……』


 権蔵の願望と妄想が伝わってきたが、スルーしておこう。

 そろそろ、村に入りそうだが俺はどうするべきか。

 今は足元に雑草が生えているので、糸をその中に潜ませて二人の体に巻き付け、こうやって会話と感覚の共有が可能となっているが、村はおそらく土がむき出しで糸が感づかれる可能性が高い。

 糸を解除し、村に忍び込む――これは無謀すぎるか。ゴルホ並の隠蔽能力があれば、それも可能かもしれないが、今の俺では気づかれる確率が高すぎる。

 そもそも、相手の実力がわからないので判断基準が殆どないのが辛いところだ。

 この島で初めて、心から友好関係を築きたいと思える魔物がそこにいる。相手に良い印象を与えたいなら、ここは俺も――


「あ、ごめん! こんなところで長話しちゃったよ。お婆ちゃんにも、あんたはおしゃべりが過ぎるってよく言われていたんだ。それじゃあ、村を案内するよ! あ、そうそう、そこの人も一緒にどう?」


 そう口にしたオウカの視線は――俺を捉えていた。

 気配を察知する系統か視力系のスキルを所有しているのか。気づかれているのならもう、隠れている理由はないな。腹をくくるか。


「すまない。念の為に隠れさせてもらっていた」


 木から飛び降り、オウカたちの元に歩み寄ると頭を下げ謝罪する。


「いいよ、いいよー。この島は弱肉洋食だから、それぐらい警戒しないと!」


 親指を立てた右拳を俺につきつけウインクするオウカに「安い洋食屋みたいだな」というツッコミは入れないでおいた。


「よろしくね!」


 そういって手を突き出してきた彼女の手を取り握手を交わしたその時、俺は相手の心を読むべきかで、迷ってしまった。

 それが僅かだが表情に出ていたのだろう、目の前のオウカが感づいたようで、そんな俺を見て微笑み意外なことを口にした。


「もしかして、お婆ちゃんと同じように、精神感応使えるの?」


 その言葉に心臓が大きく跳ね上がったのを自覚した。

 ミスった……これで相手に警戒心を抱かれたか。


「すまない。だが、心は読んでいない」


「あ、いいんだよ。むしろ、逆、逆。私たちが本当に歓迎していて、裏が無いってことを知ってもらいたいから、心読んじゃっていいよ! あ、私がそういうの防いだり誤魔化しているスキルを所有している心配があるなら、ここのみんなの心読んで調べていいからね」


 彼女はそう言うと、周りのオーガに共通語で説明をしている。すると、驚いたことに、その場にいたオーガたちが全員、手を差し伸べてきた。


「ユウコウノ、アカシ」


 そう言って、不器用ながらも笑うオーガたち全員と俺は握手を交わした。

 彼らの事は信用……いや、信頼しよう。

 ようやく見つけた心休まる場所に気が緩み、俺は思わず涙が零れそうになるのを、ぐっと堪えていた。





 先導して歩きながら、オウカが通りの建物を指差す。


「ここが宿屋だよ。と言っても、旅人なんていないから観光ドリが泣いているけどね」


 それは閑古鳥の事なのだろうなと思いながら、オウカの説明に耳を傾けている。

 門の中に広がる光景は立派なもので、町と呼んでも差支えが無いのではないかと思ってしまったほどだ。

 地面は土がむき出しだが平らにならされている。

 門から真っ直ぐ大通りが伸び、その左右には木造の建物と石造りの建物が、同じ割合で並んでいる。


「ここの石や土が素材の建物は、森永の爺ちゃんが担当して、木の建物は早稲田の婆ちゃんが担当したそうだよ。今は二人に教わった大工のおっちゃんたちが補修や新築を担当しているけどね」


 森永、早稲田というのが、昔に助けられた転移者の名前なのだろう。土使いと木工や建築のスキル所有者といったところか。

 切り出した石をモルタルで繋ぎ合わせた建造物はいかにも重厚で頑丈な感じがする。

 木製の建物は日本家屋風で見ているだけで心が安らぐのは、やはり俺も根っからの日本人だということだろう。

 街にいるオーガたちは、俺たちの姿を見かけると「コニチワ」と笑みを浮かべて挨拶をしてくれる。転移者に対して本当に優しい村のようだ。

 オウカのように日本人と殆ど変わらない顔つきの者もいれば、初めて会った三人のオーガと同様に厳つい顔のオーガもいる。ただ、体格は女性でも170は軽く超えている者ばかりで、男性は殆ど2メートル越えで全員が筋骨隆々だ。


「村がこれだけ発展したのも転移者のおかげだからね。皆、感謝しているんだよ。昔はみんなもっと野蛮だったらしいけど、お婆ちゃんが礼儀作法やワビサビ? を教え込んだらしくて、母さんの世代からみんな優しくなったんだって。いつか、私たちのような転移者が迷い込んだ時は、優しく接してあげてね。というのが、お婆ちゃんの口癖だったよ」


 お婆さんは本当に偉大だな。亡くなったらしいが、生きている時に一度お会いして、お礼が言いたかった。


「すっげえな、オウカの婆ちゃん。こんな立派な村を作って、感謝されているなんてよ。戦うしか脳のない俺とは比べるのも失礼だな」


「うん、自慢の婆ちゃんなんだ!」


 権蔵の素直な称賛を聞き、オウカの顔が綻ぶ。心底嬉しそうにいい笑顔で笑うな。


『くうううっ、可愛いぜ、オウカ!』


 完全に惚れてしまった権蔵の心の声が届く。

 そういや、非常時の相談や意思の疎通を早くする為に、糸を括りつけたままだった。

 まあ、客観的に見てもいい感じのカップルに見える。今後のことも考えるなら、二人が仲良くなることに、何の異論もない。むしろ、仲を取り持ってもいいとさえ考えている。

 ちなみに、縁野は完全に空気と化している。辺りを物珍しそうにキョロキョロと見回す姿は、完全に無口な観光客だ。


「村の名所や買い物するところは後でまた案内するね。今はまず、マスターに挨拶しに行かないと」


「マスター?」


「うん。このオーガの村でトップに立つ偉い人だよ。オーガマスター。昔は、オーガキングって名乗っていたんだけど、ほら、オークキングってのがオークのリーダーにいるでしょ。名前が似ていて気に食わないからって、オーガマスターに呼び名を変えさせたの」


 確かに、オークとオーガは名前の響きが似ていて、正直間違えやすい。実際、既に何度か言い間違えそうになっている。


「ということは、オークとは仲が悪いのかい?」


「うん。ほら、オークって島の東側を占領しているでしょ。それで、何を勘違いしたのか、この島をいつか手中に収めようと戦力を強化しているの。オーガとしては、自分たちが生きることができればいいという考えだから、対立していてね。何度も衝突があったわ」


 オウカも思うところがあるようで、オークの話題を口にしている時の表情は渋面だった。


「そうか、敵対しているならありがたいぜ。俺たちも一度、オークキングとやりあったことがあったからな」


「えっ! 本当にっ!? よく生き延びたね……もしかして、倒しちゃったの!?」


 額が触れ合うぐらいの距離まで顔を近づけ、鼻息荒く問いただすオウカに権蔵の顔が真っ赤に染まる。


「い、ひゃ、た、たおひてないひょ」


 動揺しすぎだ、権蔵。ろれつが怪しいぞ。

 ここは、俺が助け舟を出すか。


「仲間の一人が命を賭して時間稼ぎをしてくれたんだよ。それで、何とか俺たちは逃げ延びたんだ」


「そう……なんだ。変なこと聞いてごめんね」


 ゆっくりと権蔵から顔を離したオウカが小さく頭を下げてきた。


「いいんだよ。俺たちもオークキングには恨みがあることを知ってもらえたら、それでいい」


 共通の敵がいること。それは同盟を結ぶ相手にとって悪いことじゃない。

 勝てる見込みが皆無だと思っていた存在であるオークキングへの攻略法が、この時、見えた気がした。


「オークとの関係が気になるならマスターに聞いたらいいよ。昔は頑固者で力こそ正義って考えだったらしいけど、お婆ちゃんとやりあって、今はかなり丸くなっているから」


 話の分かる相手なら、色々と相談にも乗ってくれそうだな。それが本当なら。

 まだ、完全に信じ切れていない自分に少し嫌気がさすが、腹黒い相手とばかり会ってきたので、警戒心が魂に刻み込まれている。

 初対面の相手を完全に信じ切ることは一生できなそうだ。


「あ、そろそろ見えてくるよ。ほら、あそこ! あれがオーガマスターの住む家だよ」


 大通りの突き当りに巨大な建造物がある。それは家というより砦と表現した方がしっくりくる外観だった。

 巨大な一個の岩を削って作ったかのような継ぎ目が一切ない、真四角な無骨な岩箱がそこにあった。

 窓を見た感じ二階建てで、大きさはバスケットコートが三面はあり、観客席まで完備した巨大な市民体育館ぐらいはあるだろう。


「何か、重苦しい建物だな」


「刑務所みたい」


 二人とも思ったことを口にし過ぎだ……俺も同じ感想だが。


「非常時にはここに集まって、籠城するそうだよ。だから、この村で一番頑丈に作っているんだって。地下には備蓄もあるよ」


 なるほど。確かに立て籠もるのには最適な建物かもしれないな。

 俺が感心しながらオーガマスターの屋敷を眺めていると、屋敷の見張りに話を通してくれたオウカが手招きをしていた。


「許可が下りたよ。じゃあ、みんなでオーガマスターに会いに行こう!」


 勢いよく拳を振り上げるテンションが無駄に高いオウカに合わせて、権蔵も「おうっ!」と拳を上げている。

 俺と縁野は、そのノリについていけないので温かく見守っているだけだが。

 さあ、ここからが勝負だな。オーガの村と友好関係を掴めるかどうかは、この話し合いで全てが決まる。

 気を引き締めなおして挑まないと。


 オウカの後ろに並び、屋敷内を進んでいく。

 外観と同じく室内も飾り気が無く、金持ちの家にありがちな装飾品の類が一切見当たらない。必要最低限の物しか置いておらず、使用人らしき人が掃除をしているが、これだけ物が無いとかなり楽そうだ。

 頑丈さだけを重視した木製の階段を上り、二階の奥へ進むとそこに鉄製の扉があった。


「ここが、マスターの部屋だよ。マスター人間の客人を連れてきたよー!」


「ああ、聞いている。オウカ、中にお招きして」


「うん。さあどうぞ」


 鉄製の扉が軋みを上げゆっくりと開いていく。

 この先にいるオーガマスターが話の分かる人物であることを願うしかない。

 俺は深呼吸をすると、マスターの部屋に足を踏み入れた。


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