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人と魔物

「前方に三体、何かがいる。気はそれなりの大きさだな」


「じゃあ、ちょっと見てくるわ」


「あいよ、頼んだぜ」


 俺が敵の有無を探り、縁野が『透過』で相手に近づき観察する。

 そして、基本的には俺が不意打ちで倒し、討ち漏らした敵を権蔵が倒す。

 急造チームだが最近かなり連携が取れてきている。

 流石に島の西側、滞在三日目になると少しはお互いに打ち解けてきているような――


「あー、オーガが三体いたわ。結構強そうよ。権蔵じゃ軽くやられそうな感じね」


「うっせえ。てめえは攻撃力が皆無じゃねえか」


「あら、皆無なんて言葉知っていたの、すっごおぃ」


 気のせいだな。

 いがみ合うというよりは、じゃれ合っている二人を見て、少し感心している俺がいる。

権蔵は警戒心が薄く、さっぱりとした性格をしているので、相手と打ち解けるのが早い。

 俺のように相手を疑い、策を練っているような人間は相手も警戒してしまう。権蔵という存在が俺と縁野を繋ぐ、かすがいになってくれている。

 何というか、主人公体質だよな権蔵は。正統派の攻撃方法があり、少々スケベ……少々? まあ、そういうところがあるにも関わらず、本気で嫌われることもない。


「はいはい、二人ともそれぐらいにしてくれ。オーガというと見た目が鬼のような魔物か」


「そうね。身長は2メートルぐらいで、むっきむきよ。うーん、でも男は少し華奢な方がいいわよね。頭に二本の大きな角があるわ。あとは、口から牙が飛び出ていて、目つきが異様に悪いぐらいかしら。私は弱々しいぐらいの目が好きだけど。他は人間とほぼ同じに見えるけど」


 時折挟まれる縁野の好みはどうでもいいが、オーガか。確か女性はオーガスだったかな。

 人を食う強靭な肉体を持つ鬼のような魔物というイメージだが、見た目の想像は間違いではないようだ。


「どうする、土屋さん」


「周辺に敵の気配はない。倒せるようなら倒しておいて、捜索リストにオーガを入れておきたいところだが」


 リストに魔物の種類が増えれば増える程、危険を事前に回避しやすくなり、不意打ちもやりやすくなる。一体でいるなら迷わず襲うところだが三体か。

 オーガの気は全身から炎が燃え上がるような光で、猛々しさが気の感じからも伝わってくる。強さは、俺の勝手なイメージではオークよりワンランク上なのだが。


「よっし、相手の様子を窺い、話し合いが成立しない種族であるなら戦ってみるか。ドラゴンや巨人よりかは戦いやすい相手だろう。俺が不意打ちで何とか二体を葬ってみる。その前に――縁野、共通語話せたよな。相手の注意を引く役目と一応、交渉役を頼んでいいか?」


「仕方ないわね」


「戦闘に移行した場合、権蔵に少なくとも一体は行くと思うが、いけるな?」


「当ったりめえよ」


 二人からの了承も得たので、実行に移そう。

 『隠蔽』で存在を消し、オーガの進路方向にある大木の枝に陣取る。

 ここは森の中でも、あまり木々が密集していないので、初手を失敗すれば、俺の居場所が見つけられてしまう可能性が高い。

 一気に首に糸を通し、吊り上げるのが得意のパターンなのだが、どうも西の魔物は危険を察知する能力に長けているようで、この方法は何度か失敗している。

 縁野を囮にして、どうにかやってみるか。サウワやゴルホにこういった役目を担わすのには心苦しく、過剰に心配してしまうので実行できない手段だった。

 だが、縁野だと『透過』スキルの安定性と、何かあったとしても心がそれ程痛むことがないので、容赦なく囮として使える。


 そんなことを考えている間に気配が強くなり、オーガが雑草を掻き分け、眼下に姿を現した。

 確かに見た目は高身長で筋肉質の目つきの悪い人間だな。角さえなければ。

服装は簡素な革製のズボンと七分袖の上着か。お手製なら知能レベルも低くない筈だ。


 友好的な相手だと良い――という発想が最近では薄れてきている。

 相手と遭遇し、先に手を出されたらこっちも迎え撃って倒す。こういう戦いであれば後腐れもないのだが、俺が敵を先に見つけることが多いので、なし崩し的な戦闘になることが殆どない。

 結局、相手が友好的な態度をとってきても、それは上辺だけかもしれず、端から疑ってかかり信用もできずに交渉に持ち込む流れになり、精神を極限まで張り詰めることになる。それが今までの流れだ。

 それならば、いっその事、問答無用で仲間以外の生き物は殺すという方針でいけば、どれだけ楽か。


 いかんな、最近どうも好戦的過ぎる。弱い者が悪と言わんばかりの島の生態系に、俺も知らぬうちに染まってきているのかもしれない。

 本気でこの島を生き残りたいのであれば、全てを敵に回すのではなく、強力な味方か協力関係が必要となる。どれだけ強くなったとしても、小人数ではできることが限られてくる。


 このオーガたちが巨大な組織だったとしたら、今回の一件で敵に回してしまえば、オークに続いてオーガにまで目を付けられることになる。

 全部の魔物や転移者を殺し尽くし、この島で一番強い存在になればいい。という極論が頭に浮かんだこともあるが、それは無謀を通り越して自殺願望がある者の考えだ。

 誰にも負けない力を手にいれ、立ち向かう相手を苦も無く倒していく。そんな甘い妄想を抱いて死ぬ気はない。世の中そんなに都合よくいくわけがない。


「初めまして」


 オーガの進路方向に音も立てずに縁野が現れ、挨拶をしている。

 オーガたちは手にした両刃の剣を構え、その場から動くことなく縁野を睨む。


「あら、言葉が通じないのかしら」


 余裕の笑みを浮かべ、構えを取ることもない縁野の態度に、相手が戸惑っているのがわかる。見るからに弱そうな女が、無防備で突っ立っているのだ、普通は不審に思うよな。


「キサマ、ニンゲンカ」


 たどたどしい話し方だが、共通語が使えるようだ。

 会話が可能な相手か。知能が高いのは敵としては厄介だが、これで話が通じ、敵対しないのであれば島の脅威が一つ減ることになるが。


「ええ、人間よ。私たちはこの森の東に用があるだけで、戦う気はないわ」


 両手を肩付近まで上げ、武器を持っていないことをアピールしている。

 その姿を見て、オーガたちが肩を寄せ、話し合いを始めた。


「ワカッタ。タタカワナイ」


 正直驚いた。予想外の言葉がオーガの口から発せられたからだ。

 まさか、見逃してくれるというのか……面倒な展開になってきた。


「オマエタチ、テンイシャ、カ?」


「そ、そうよ」


 縁野も見逃されるとは思ってもいなかったのだろう、動揺が見える。


「ナラ、ムラニクルガイイ。カンゲイスルゾ」


 目つきの悪いオーガはそこで、ニコッと口の両端を吊り上げ笑って見せた。


「へ? え、何で」


 思わず、そんな言葉が口から漏れた。

 俺もそうだが、縁野も脳が咄嗟に言葉を理解できずに硬直している。


『ちょ、ちょっとどうするのよ!』


 縁野の足首に巻いておいた糸から、彼女の心の叫びが届いた。


『想定外だが、ここは誘いに乗ってみるか。縁野そのまま村までよろしく』


『じょ、冗談でしょ! あんたが行きなさいよ!』


 完全に取り乱しているな。まあ、あんな巨体の厳ついオーガ三体にエスコートされることに、恐怖を感じるのが普通か。それに、彼女は男性恐怖症らしいからな。


『なら、仲間が近くにいるから、そいつも連れて行っていいか聞いてくれ』


『わ、わかったわ』


 オーガたちに見えないよう、後ろに回した手を丸の形にしている。


「仲間がいるのだけど、一緒に村に行ってもいいかしら?」


「オウ、カンゲイスル」


 あっさり了承したな。なら、ここはその誘いに乗ることにしよう――権蔵が。


『権蔵聞いていたよな。今から縁野の所に行って、一緒にオーガの村へ入ってくれ』


 縁野と同じように糸を繋いでいた権蔵に心の声を送る。


『へっ!? 俺が行くのか? 土屋さんが行くんじゃ』


『そうよ、あんたは来ないのっ!?』


『俺はいざという時の為に近くで控えておくよ。万が一の時、脱出を手助けする存在が必要だろ』


 その言葉に渋々ながら納得してくれたようで、権蔵が縁野に合流した。

 権蔵の姿を見てもオーガは動じることなく「ヨクキタ、カンゲイスル」と態度を変えない。

 そして二人はオーガに促されるままに、その後ろをついていく。

 隙だらけな背を晒しているオーガ三体。今なら権蔵の一振りで息の根を止められそうだが、それは自重するか。

 しかし、何故、オーガたちは人間に警戒心を抱かない。

 あれが本音なのか糸を巻き付け『精神感応』で心を読みたいところだが、友好的な雰囲気でやることじゃない。


『取り敢えず、何で人間を警戒しないのか聞いてもらえるか』


 俺は彼らから距離を置き、尾行しながら権蔵に指示を出した。


『おう、任してくれ』


 権蔵は躊躇うことなく殆どそのままの文章で、相手に疑問を口にする。

 オーガは歩いたまま、かなり離れた俺にまで聞こえる大声でこう言った。


「ムカシ、ムラ。テンイシャニ、タスケテモラッタ」


 村、助けてもらった……か。俺たちより以前にも、この島に送られてきたことがあるらしい転移者の誰かが、このオーガたちに手を貸した過去があるのか。

 それが事実ならば、その人のおかげで友好関係が結べるかもしれない。ありがたいことなのだが。

 魔物に手を貸した転移者か。魔物との共存共栄……ある意味、憧れの展開だな。





 あれから権蔵を通じて幾つもの質問をしたのだが、オーガは少々聞き取りにくい共通語ながらも、質問には誠実に答えてくれた。

 ちなみに、彼らの話す声は権蔵の耳を通じて俺にも伝わっている。これは『精神感応』の力ではなく『同調』の力だ。

 つい先日、スキルポイントを消費して、あと少しで上がるところだった『同調』をレベル6にした。最近になってようやく気付いたのだが、どうやらスキルレベルが6を超えると、ほぼ例外なく新たな能力に目覚める仕様になっているようだ。

 それが『同調』の場合、相手を同調させるだけではなく、自らを対象者に同調させることが可能になる。つまり、今のように聴覚を同調させると離れていても、同じように声を拾うことが可能となった。

 まあ、相手に触れていなければ発揮できないので、こうやって糸を繋がないと効果は期待できないが。


 余計な事を考えるのはこれぐらいにして、相手の話に集中するか。

 今から数十年前にも転移者がこの島にやってきたらしく、その時、他の転移者の集団に襲われオーガたちは壊滅状態に陥ったそうだ。

 そんな彼らを救ったのも転移者だった。逃げ出したオーガの子供と意思の疎通ができた転移者の一人が、オーガたちを襲っていた転移者を倒し、不思議な袋からどんな傷をも治す液体を取り出し、多くのけが人を救ってくれた。

 それからオーガたちは転移者に感謝するようになり、もし、同じような境遇の者がいれば手厚くもてなすことを村の掟としたそうだ。


「でも、襲ってきたのも転移者なんだろ。なら、感謝よりも、まず怨むべきじゃ」


 権蔵の口から出た疑問は俺も思っていたことだ。

 オーガの男はその質問を聞き、小さく首を傾げ、変わった者を見るような目で権蔵を見つめている。


「ツヨイモノガ、ヨワイモノヲコロス、アタリマエダッタ。ソレニ、オーガモ、イイヤツ、ワルイヤツイル。オーガ、タスケテモラッタ。ソノオン、カエスダケ」


 ごく当たり前の意見なのだが、その言葉を聞いた縁野の心の声が糸を通じて、俺に伝わってきた。


『そんなの……わかっているわよ……』


 自分の行動と照らし合わせて、思うところがあったのだろう。今にも泣きだしそうな、弱々しい心の呟きが俺に届く。

 オーガの話すことが全て本音だというなら、転移者たちの仲間を探すより、彼らと組んだ方が安心できる。心からそう思う。


「アレガ、ムラダ」


 先頭に立つオーガが指差す方向には、巨大な壁が見えた。

 それも、俺たちの拠点やゴブリンの集落のような丸太を並べただけの壁ではなく、石造りの立派な外壁が視界に広がっている。


「コノカベ。テンイシャ、テツダッタ」


 誇らしげにオーガが胸を張っている。

 その助けた転移者は『土使い』のようなスキルを所有していたのかもしれないな。土属性の魔法使いだった可能性もあるか……今度ゴルホに頼んで同じような事ができないか、試してもらおう。

 壁沿いに進んでいたオーガたちの進路方向に大きな門が見える。

 門扉は両開きで鉄製のようだ。その前に革製の鎧を着こんだ見張りらしきオーガが二体並んで立っていた。


 片方はこの三体のオーガと同じような見た目だが、もう一人はどうやら女性のオーガらしい。

 長く白い髪と、胸部の隠しきれない大きな膨らみが何よりの証拠だろう。

 胸元が少し開いているので谷間がばっちりと見え、視覚も同調している権蔵の視線がそこに釘づけになっているのがわかる。

 若いな、権蔵。そういうときは、相手の顎先辺りをぼんやり眺めるようにすると、胸元への視線を感づかれないで済むぞ。


「――――っ!」


 見張りの一人が、縁野と権蔵の姿を見て、驚き何かを叫んでいるが、オーガの言葉なのだろう、全く理解できない。

 女の見張りの方も同じく驚いた様子なのだが、何処か少し嬉しそうな表情にも見える。

 それに、この女オーガ。何というか、人間により近い。

 身長は軽く180を超えているが、目つきも少し吊り上がり気味程度で、頭の角も少し髪からはみ出しているぐらいの大きさだ。

 たぶん、帽子を被れば人間と見分けがつかないだろう。


「おお、久しぶりの人間じゃないか。オーガの村へようこそ、転移者の方!」


 はっきりと聞き取れるその声は共通語ではなく――日本語だった。


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