心理
「まあ、俺の手にかかれば、ざっとこんなもんよ。この古武術レベルよ――ごぶるうああぁぁ」
ドヤ顔でベラベラと己の能力をばらし始めた権蔵を黙らす為に、久しぶりにゴブリンから奪った棍棒を取り出し、背中を軽く殴っておいた。
大袈裟に地面を転がり続け、木の根元にぶつかりどうにか止まったようだ。
「な、な、何すんだっ……ですか」
「権蔵君」
俺が穏やかな笑みを意識して微笑み話しかけると、権蔵が頬を引きつらせて小刻みに震えている。
「今は一緒に行動しているとはいえ、油断ならない相手を前にして、能力を全て明かすのは危険な行為だというのが、わかるかな?」
子供番組の進行役のお兄さんをイメージして、優しく諭すように話しかけた。
何故か、権蔵は首がもげるのではないかと心配する勢いで、激しく上下に頭を振っている。
「わかってくれたのなら、それでいいんだよ――さて、縁野さん……いや、縁野。次、俺たちを陥れるような素振りを少しでも見せたら、処分するぞ」
俺たちを試すと口にしたが、振り返るように誘導して殺すつもりだったのだろう。
殺気を込めて睨みつけるが、素知らぬ顔でこちらを眺めている。
「処分? 面白いことを言うわね。透過を所有する私を、どうやって傷つけるって言うのかしら」
相手の攻撃を全く受け付けない『透過』に絶対の自信があるのだろう。その余裕の態度が崩れることは無い。
「その透過、どれだけ持続できる。半日かい? 一時間かい? それとも10分かな?」
俺の言葉に反応して、縁野の口元が一瞬ピクリと揺れた。
これ程、強力なスキルであれば精神力、もしくは体力の消耗が激しい筈だ。
「あと、そういった透過系の敵を倒す方法って、昔から幾つか定番があるんだよ。今、透過中のキミを倒そうと思えば倒せる。はったりかどうか試してみるかい?」
実際、幾つか方法は思いついている。確実とは言えないが、何とかなるだろう。
ここで、それを宣言しておくことにより、彼女が迂闊なことをしないように保険を掛けておきたい。
「わかったわよ。これからは、ちゃんと協力するわ」
どう見ても納得がいってない顔だが、敵対する危険性も理解したことだろう。これで、同じことを繰り返すようなら、容赦をするつもりはない。
「土屋さんは、甘ぇよな。まあ、だからこそ、俺たちが仲間になれたんだけどさ」
権蔵のフォローに思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「確執はここまでにしよう。さて、じゃあ今後の方針をぱっぱと決めるか」
俺はアイテムボックスから『魔法の地図』を取り出すと、現在地を表示した。
縁野を手招きして呼ぶ。警戒しながらもこちらに寄ってくると、恐る恐る地図を覗き込んでいる。
「今がこの位置。本当にこの島の西南の果てだな。もう少し西に行くと海岸があるようだ」
「切り立った断崖絶壁があるだけで、砂浜も何もない殺風景な場所よ」
俺の説明に縁野が補足を入れてくる。ずっとこれぐらい協力的なら、少しは奇妙な関係の旅が楽になるのだが。
「ここから、北に進むと崖があるようだが」
「周りを警戒しながら歩いて、丸三日だったわ。そこには深淵が大きな口を開けていて、島を切断するように開いた崖の幅は結構な距離よ。測るすべがないから距離はわからないけど、1kmはあったわね」
1kmか。手持ちの糸を全て繋ぎ合わせれば、崖に糸を通すことが可能な長さにはなるだろうが、そもそも、そこまでの長さを俺が操作しきれるのかという疑問がある。
それに『気』を1kmもある糸に巡らせるだけでも、膨大な精神力を必要とする。三人が渡りきるまで、それを持続しきれるのか。問題は山積みだな。
「何か変なことを考えてそうだから、言っておくけど、その崖は下から強風が吹き荒れているから、もし飛行能力のスキルを持っていても、まともに飛べるか甚だ疑問よ」
となると、糸を伸ばすなんて行為は夢のまた夢か。
「じゃあ、北の崖を目指すルートは却下と。ちなみに崖付近の強力な敵や地形はどうなっている?」
「崖に近づくと、あの強風のせいなのかは不明だけど、草木が一本も生えない荒れ地となっているわ。敵の目に留まりやすいから、近寄るのは推奨できないわね。開けた場所だから、狩る側としては絶好の狩場みたいで、食いかけの動物や魔物が落したドロップ品や魔石なんかゴロゴロ転がっていたわよ」
「ってことは、それを拾えば労せずして魔石を大量にゲットできるな!」
「強力な魔物に見つかって食われたかったら、どうぞ」
権蔵の考えなしの発言に、縁野が小馬鹿にした口調で苦言を呈す。
人間や知恵のあるゴブリンやオークのような魔物にとっても、魔石は貴重なアイテムだろう。あえて、魔石を放置することで、そういった生物に対する餌となっている可能性が高い。
「となると、北の崖沿いに進むルートは危険だな。なら、南の海沿いはどうだろうか」
ちらっと、縁野に目をやると口を噤んだ状態で、頭を左右に振った。
「悪いんだけど、そっちは足を延ばしていないから」
南の海沿いルートは不明。先に縁野がどう進んで北西のエリアに辿り着いたか、聞く方が早いか。
「じゃあ、キミはどうやってここを抜けたんだい」
「ここから真っ直ぐ東に進んだつもりだったけど、代わり映えのしない風景だから確信はないわ。そんな便利な地図もなかったし」
それもそうか。俺も『捜索』のスキルが無ければ、拠点の周囲を自由に動き回ることすら不可能だっただろう。
「敵の密集具合は?」
「どうかしら。ここって強力な魔物たちの縄張りが存在しているっぽいけど、そんなやつらを蹂躙する能力を持つ魔物たちは、縄張りなんて無視して歩き回っているわよ」
ドラゴン級の魔物に遭遇したら、運が悪かったと諦めるしかなさそうだな。
縁野には今から進む先にどんな魔物が待ち構えているかを聞き出し、その対策を練っておく。
方針が固まると、移動前に朝食を取ることになり、アイテムボックスから作り置きの軽食を取り出し、腹ごしらえをしておいた。
ここで一から料理を作る余裕はないようなので、暫くは桜が大量に持たせてくれた料理を消費していく流れになりそうだ。
縁野にも手渡してやったが、薬物の混入を疑ったようで、初めに俺が一口試し安全なことを理解してから口にしている。
全員が食事を終えたのを確認すると、立ち上がり新たに気を引き締める。
「もう一度確認しておくよ。俺が先頭に立ち周囲を警戒しながら進む。何か怪しい場所や敵の存在を探知した時は、縁野に偵察に出てもらう。権蔵は戦闘になった場合の主戦力として期待する」
「わかったわ」
「任せてくれ」
二人から了承を得て、本格的に島の西側を進むこととなった。
周辺に魔物の気が無いか細心の注意を払いつつ、糸も四方八方へ伸ばしている。特に、進路方向には多めの本数を伸ばしておく。
バジリスクが完全消滅する前に『捜索』リストに入れておいたのだが、今のところバジリスクの反応は無し。
時折、巨大な気を感じることがあると俺と権蔵はその場に身を潜め、縁野が『透過』を使い偵察に行く。このスタイルのおかげで、今のところ順調に進めていた。
あれから戦闘は一度もないというのに、たった三時間程度、歩き回ったぐらいで、俺の疲労はかなり蓄積されている。
「しかし、ここは魔物の楽園だな――強者限定っぽいが」
思わず愚痴が口から零れる。
それを聞いた二人は疲れた表情で小さく頷いた。
今までに遭遇した魔物は、ハイオークの五人組。10メートルはある一つ目の巨人。手に古ぼけた剣や槍を握りしめている骸骨の群れ。等、多種多様だ。
ハイオークも俺たちが戦ったハイオークとは比べ物にならない程『気』が大きく、周囲への警戒心の強さや、そつのない動きは歴戦の猛者であることを容易に想像させた。
種族が同じでも、島の西側で生存している個体は、もはや別物と考えた方がよさそうだな。
結局一日目は敵と遭遇しないように気配を殺し、慎重に東へ進むだけで一日が終わった。
もう、辺りは完全に闇に落ち、我々も寝床を確保したいところだが、姿を隠せそうな場所が見当たらず、結局糸使いの能力を発揮し、大木の上で身を潜めることに決定した。
俺がまず登り、木に敵がいないかを確かめ、糸を垂らし一人ずつ引っ張り上げる。
各自が手頃な太さがある枝の上に陣取ると、落ちることが無いように植物の蔦で体を枝や幹に括りつけている。
今思えば、こういうときにゴルホを連れていれば、地中に穴を掘り安全な寝床が作れたなと、少し人員の選択に後悔しそうになる。
「かー、腹減ったぜ。緊張しすぎて腹ぺこだ」
腹を擦りながら呑気にそんなことを口にする権蔵の明るい性格に助けられている面もあり、彼がついてきたことが間違いだとも言い切れない自分がいた。
「権蔵、声は抑えてくれよ。夜行性の魔物が近くにいないとは限らないのだから。腹が減ったのには同意するが」
「ああ、すまねえ。自重するぜ」
「貴方たち呑気よね。本当に、ここが何処か理解しているのかしら」
俺と権蔵のやり取りを見て、縁野がため息を吐いている。
「んだ、あんたは飯要らねえのか?」
「いるわよ! 透過は精神力の消費が半端な――んんっ、ちょっと疲れたかしら」
今更取り繕ってもな。俺たちの雰囲気に流されてしまい、ちょっとぼろが出てしまったようだ。
「兎も角、晩御飯ぐらいは少し豪勢にいこうか」
アイテムボックスから大きな鍋を取り出し、蓋を開けると湯気と共に出汁の利いた香りが辺りに漂う。
鍋の中には肉と魚と名も知らぬ葉野菜がふんだんに放り込まれている。
「ほい、権蔵」
両手は鍋の取っ手を掴んでいるので、糸を操りおたまで中身をすくい権蔵の器に注いだ。そして、そのまま糸を伸ばし権蔵に渡す。
「お、美味そうじゃねえか。いただきます!」
がっつく権蔵をじっと見つめている縁野に、具だくさんの汁物を入れた木の器を運ぶ。
「その、糸を操る能力、何気に便利よね。まあ、くれるならいただいておくわ」
器を受け取った縁野は俺たちから顔を背け、食事を始めた。
彼女が食べ始めたのを確認してから、俺も食べることにした。味がいい感じにしみていて、ほっこりする味と温かさだ。
全員が食べ終わり、何度もおかわりをして空になった鍋を再びアイテムボックスへ戻すと、食器も回収しておく。
汚れた食器は直ぐにでも洗いたいのだが、木の上でそれをやるわけにもいかず、取り敢えず収納しておいた。
極度の緊張と疲労により、権蔵と縁野も一気に眠気が襲ってきたようで、舟をこぎ始めている。
「今日はもう寝ようか。俺が始めの見張りしておくから、先に寝ていいよ」
「お、悪いな。すっげえ眠くてよ。んじゃ、お先におやすみー」
体を括りつけている蔦の具合を確かめると、数秒後には熟睡していた。
ちらっと、縁野に目をやると、まだこちらのことが信用ならないのだろう。意識が何度か飛んでいるようだが、頭ががくんと落ちては慌てて顔上げる動作を繰り返している。
だが、睡魔には勝てなかったようで、暫くすると夢の世界へ誘われていった。
それから10分間、念の為に待った後に声を掛ける。
「権蔵、敵が出たぞっ」
全く反応がない。それどころか、口の端から涎を垂らし爆睡している。糸を足に絡ませ、揺すってみるが起きる気配はない。
「縁野、リーダーが迎えに来たぞ」
こちらもピクリとも反応しない。眉間にしわを寄せ、悪い夢でも見ているようだ。手足に糸を回し、揺さぶってみるが権蔵と同じく起きそうにもない。
「効き目抜群だな、昏睡薬」
昏睡薬入りの汁物により三時間は起きることが無いだろう。二人とも。
縁野が油断して食べるよう、予め鍋には昏睡薬を入れておき、黙って先に権蔵に食べさせたのが功を奏したようだ。ちなみに俺が口にしたのは、別に分けてとっておいたものだ。
こんな危険地帯で戦闘不能者を三時間とはいえ二人も出すというのはかなり危険性が高いが、どうしても確認しておかなければならないことがあった。
――眠っている縁野の心を探る。
今なら精神力が高くても、心も隙だらけの筈。夢を見ているのであれば丁度いい。
権蔵の命を預かる身として、この女が何を考えているのか、できるだけ読み取らせてもらおう。
「やめてっ! お願いだからっ、何でこんなことをするのっ! やめてえええええっ!」
パニック状態の女性が何人もの男に囲まれていた。
男たちに無理やり地面に抑え込まれ、体中を弄られて服を脱がされている。
周りの男達全員が気味の悪い、にやけた笑みを口元に張りつけ、彼女の服を剥いでいく。
彼女を守る布地は下着だけとなり、最後の砦に男たちが手を掛けた。
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
突如響き渡る、脳の中心を揺らすような咆哮。
頭の中が性欲で埋め尽くされていた男達が、慌てて振り返るとそこには巨大な熊がいた。5メートルは軽く超える体躯を、二本の足で支え立ち上がる熊。両手を振り上げた熊の爪は本来の熊ではあり得ない長さがあり、鋼の刃のように鈍く輝いている。
一目散に逃げ出そうとする男たちが次々と巨大な熊の手にかかっていく。
そこで、ようやく、自分の置かれている状況を理解し、ここが異世界だと認識できた彼女は、今更ながらにスキルを発動した。
体が透明となった彼女は、腰の抜けた状態で何とか近くの岩場の陰に隠れ、精神力が尽きて気絶するまで透過を維持し続ける。
目が覚めた彼女は、怯えながらも彼らがどうなったかが気になり、あの場所へと戻る。
自分を取り囲んでいた男たちだった物の肉片がそこら中に飛び散り、辺りは血で赤く彩られている。
あまりに非現実的なことが続き、彼女の脳は思考を止める寸前だったが、足元に転がっている男たちの数名が、まだ息があることに気づいてしまった。
手足をもがれ、それでも生きているのは人を超えたステータスや、何かしらのスキルの影響だったのかもしれない。
だが、彼女にとってそれはどうでもよかった。
「い、いたぃ……た、助けてくれぇ」
「頼む、俺のアイテムボックスを持ってきてくれ……そこに傷薬がっ」
動くこともままならない状態で、彼女に助けてと懇願する男たちを見て、彼女は――嘲笑った。
「あははははははっ! 無様ね! 死ねばいいのよ、お前ら何て! クズが! 死ねっ! 死ねっ! 死ねえええええっ」
女は涙を流しながら笑い続け、足元に転がっていた大きな石を男たちに何度も、何度も、何度も振り下ろした。
「これが俺たちを殺そうとした原因の一つか」
縁野は異世界に転移して間もなく、男たちの集団と出会ったようだ。
下種な連中に襲われ、その身が汚される寸前に魔物と遭遇した。そして、彼女は魔物に襲われて半死半生だった男たちをその手にかけた。
死んだ男たちは自業自得で何の憐れみも抱かない。むしろ、死んで清々する男たちだ。
縁野の経験には同情もするが……だからといって、俺たちを殺す言い訳にはならない。辛い思いをしたから、男は誰だって殺してもいい。そんなことがあってたまるか。
彼女はあの経験により自覚はないが、男性恐怖症になっているのかもしれないな。
リーダーだけ別なのは命を救われたか、それとも、女性に免疫がなく、うぶで奥手なのが安心できたのか。こればかりは、本人の口から聞き出さないとわからないことだ。
そのまま、夢の続きを覗いているが、男たちを殺したことにより、一気にレベルが跳ね上がりスキルポイントも大量に手に入ったので、その場でかなり強化したようだ。
そして、透過、隠蔽の能力をフルに使い、敵と戦うことなく島の西を彷徨っている――ところで、夢が終わった。今は深い眠りに入ったようで、心は何も見えない。
魔物を透過と転移で倒したという話も嘘だったわけか。
転移は便利なスキルだが制限が多すぎて気楽に使えず、敵を殺すには罠を作り、その上を記憶させ転移させる。といった大掛かりな準備が必要となる。
一人で必死になって逃げ回っている状態で、そんな余裕はなかったようだ。
『精神感応』でこれ以上、探ろうにも、相手が頭に思い浮かべたことを読み取るしかできないので、尋問には使えるスキルだが、眠っている状態の相手だと夢を覗き見ることぐらいしかできない。
「はあぁぁ……嫌なものを見たな」
彼女が俺たちを毛嫌いする理由が、リーダーの存在だけではないということがわかった。本人にその自覚があるかは別だが。
心の闇を知り、縁野に対しての嫌悪感が薄れてしまいそうになるが、辛い経験をしても、それを乗り越え他人に当たらない人だっている。
「見なかった方がよかったかな……」
今までと同じように、彼女に対し冷静に接する自信が少し無くなってしまった自分自身の甘さに、軽く落ち込んでしまいそうになる。
それでも、次、裏切るような行動を見せた時は、容赦なく切り捨てる。
その覚悟だけは揺らぐことが無い。
俺には大切なモノがあり、それは何ものにも代えがたいからだ。