リーダー
暗闇を抜けると、そこは知らない場所だった。
まず視界に飛び込んできたのは真っ赤な炎。豪快に積み上げられた薪が、キャンプファイヤーのように赤々と炎を巻き上げている。
屋外なのは確かだ。
「な、何だ!? 何だ!? 何処だ!?」
騒がしく周囲を見回している権蔵には構わず、辺りを観察する。
正面には煌々と周囲を照らす炎の灯り。
足下には……お手製感が溢れる椅子。俺は椅子の上に転移させられたのか。
左には灰色の建物。石かコンクリートのような物で建造されたと思われる、四角い建物がある。気になるがそれは後にしよう。
そして、問題なのが右手方向だ。
丸太を縦に半分に切っただけの長椅子に座った、一人の男。
その両脇に座り、何かに酔っているかのような、潤んだ瞳と溶けきった表情でしな垂れかかっている女性の肩を、鷲掴みにして引き寄せている。
「お客人、椅子は立つものじゃなく座るものだよ」
すらっとした体に無造作に伸びてはいるが、野暮ったい印象を与えない髪型。無駄に細い顎に切れ長の目。鼻筋も通っていて、恵まれたパーツがバランスよく顔に配置している。
歳の頃は俺より少し下の、二十代半ばぐらいか。
平たく言えば、イケメンだ。それもクール系の雰囲気がある。
下はごく一般的な紺のジーパンに、上は薄手の長袖のシャツか。この炎の温かさがあっても、寒いだろうに。だから、隣の女性を抱き締めて暖を取っているとでも言いたいのだろうか。
「あいつが誰かわかんねえが、気に食わねえな」
権蔵は、俺の心の声を代弁してくれたかのようだ。
椅子の上で睨んでいても様にならないので、取り敢えず降りよう。
「初めまして。転移者のお二人。そこの糸を使う人の強さは堪能させてもらったよ、クズ共の視界を通じてね」
相手の視界を共有する能力があるのか?
「さて、立ったままで会話するのも変だろう? キミたち、彼らの椅子を近くに」
俺と権蔵に何の警戒もなく、二人の女性が進み出てくる。金髪と薄緑色の髪をした十代前半と思われる少女だ。
この髪色、現地人か。服装は光沢のある革製のワンピースという珍しい服装だ。日本でも見たことないが、この島に連れ込まれた生贄となる現地人が着ていた服装でもない。
そんな少女たちが俺に軽く頭を下げると、椅子を手に取り、リーダーであろう男の前に運んでいった。その位置は、お互いに手を伸ばせば握手できるぐらい、距離が近い。
「こちらへどうぞ。あと、軽い夜食でも用意させよう」
男がキザったらしく指を鳴らすと、男の背後に立っていた女性陣が動き出し、長机を持ってくると、俺たち用の椅子と男との間に置いた。
そして、その上に果物や飲み物が並べられていく。
さっきから見ていて気づいたことがある。周りに女性しかいないぞ。
「いつまで突っ立っているのだい。立食パーティーは苦手でね」
全ての発言が上から目線で嫌味ったらしく聞こえるのは、俺の僻みなのだろうか。
「どうするよ。一気に間合いを詰めて捕えるか?」
「いや、やめておこう。縁野という女性の姿も見えない。また、知らない場所へ飛ばされては厄介だからな。ここは大人しく従おう」
俺と権蔵は指定された席へ腰を下ろす。
正面から見つめる相手の表情は冷静そのものなのだが、口元がほんの少し嬉しそうに緩んでいる。
「強引にお呼びして申し訳ない。あの三人組のしたことは、こちらも予想外でね。腐った性格なのは理解していたのだが、偵察等を担当する者がいなくて苦渋の決断で、仲間にしたのだよ」
嘘を言っている感じはしない。気の光にも揺らぎはない。
目の前の男から感じる気の強さは桜レベルだろう。圧迫感も感じない。それどころか、正直、怖さが全くと言っていいほど、感じられない。
「あんなことがあった後だ。警戒しているのはわかるけど、私はかなり弱いよ? 情けないことにね」
自分で己の力を卑下してしまったことに、男は苦笑している。
「いきなり信用してくれと甘い事を言うつもりはないよ。ただ、冷静に提案を聞いて欲しい」
「話し合う前に、まず、キミのことを教えてくれないか。リーダーと呼ばれる存在で間違いないか?」
「ごめん。まだ、名乗っていなかったね。私の名前は屋城 零。ここのリーダーをやらせてもらっているよ。がらじゃないのだけどね」
そう言って少し照れたように微笑んでいる。
人の良さそうな相手に見えるが……女を二人抱きかかえていなければな。
「さて、話し合いをする前に、こちらの手の内を明かしておくよ。信用してもらいたいからね」
自らネタばらしをするのは嘘で惑わす気か、それとも、本当に仲間になって欲しいのか。判断に苦しむな。
全ては、内容を聞いてから悩むことにしよう。
「まず、このエリアでは一切の戦闘行為が不可能となっているから。試しに、そこの刀を抜いて切りつけてみてくれないか?」
権蔵に視線を向け、とんでもないことを口にした。
正気かこいつ。そこまで信頼のおけるスキルだというのだろうか。
「おいおい、本気か。そっちがいいなら、俺は本当にやるぜ」
「ああ、構わない。全力でやっていいよ」
「確言、もらったぞっ!」
左手で刀の鍔を弾き、右手を柄に添え、必殺の居合切りを遠慮なく放つ権蔵。
刃が屋城の喉笛に喰らいつく直前に、宙でぴたりと止まった。
そこに何か見えない壁でもあるかのように、刀が静止している。
「これが私のスキル――平和だよ」
何とも曖昧な定義の胡散臭いスキルが出てきたな。『平和』なんてスキルが存在したのか。
驚いた表情の権蔵を見て満足したようで、愉悦に顔を緩ませている。どうにも、信用ならない男だ。
「能力は見ての通り、私を中心とした範囲内の暴力行為を一切禁止するというものさ。元々争い事が苦手でね。このスキルを見たときに迷わず選んだのさ。今はレベルが低いから、半径1kmがいいとこだけど」
謙遜しているが、屋城はこのスキルの重要性を充分に理解しているのだろう。殺伐としたこの島で最も優れた力かもしれない。
安全な空間を作り出す能力。『平和』というスキルが実在し、本当にその効果通りなら素晴らしいスキルだが。
「まあ、人を傷つけたりしない能力なら、このエリアでも発動できるよ」
それなら使いようによっては、この状況でも戦えるかもしれないな。
「今、ここにいるのが屋城さんの仲間全員ですか?」
能力の有能性を見せてくれたのだ、建前上だけでも丁寧に接しておこう。
「敬語はやめてくれよ。仲間になるかもしれないのにさ。そうだよ、ここにいる彼女たちが私の仲間さ」
肩に置いていた手を放し、両腕を大きく広げる。
両端には転移者らしき服装の女性が二人。背後には椅子を運んでくれた子が二人に同じ格好の女の子が四人。残りは、今も姿を見せない縁野。
三人組から得た情報と一致する。
しかし、どいつも恋する乙女のように、屋城を見つめているな。正直、あんなわかりやすく惚れた表情、漫画やアニメでしか見たことないぞ。
「ああ、彼女たちが全員、私に惚れているのが不思議かい?」
「まあな。イケメンとはいえ、誰にでもタイプはあるだろうからな。全員が惚れるなんてあり得ない」
「それも、これは惚れているとかいうレベルじゃねえだろ」
女性フェロモンを振りまいて、体中からピンク色のオーラを吹きだしそうな女性陣を見ていると、こっちが気恥ずかしくなる。
「まあ、これはスキルの力だからね。『魅了』異性の人に対して効果を発揮するスキルだよ」
同行者をサウワにしなくて良かった……心からそう思った。
あ、ミトコンドリアはどうなるのだろうか。心と体は女性寄りらしいが、性別は無いと言っていたからな。ちょっと、試してみたい気になる。
「彼女たちは、完全に私の虜になっているからね。どんな命令でも従順に従ってくれる。でも、一定以上、離れると解けてしまうから、注意が必要なんだ」
この子たちは、自分の意思ではなくスキルに従っているだけか。『平和』と『魅了』のコンビネーションはかなり面倒な合わせ技だ。
「それじゃ、キミは何もせず座っているだけの生活なのか」
黙っていようと思ったのだが、思わず本音が口から零れた。
一瞬、眉根をピクリと動かしたが、にやけ面は継続している。
「ええ。私自身は戦闘スキルが皆無だよ。そもそも、必要ないからね。あ、でも勘違いしないで欲しいな。レベルは50あるよ」
はったりか? それにしては、見栄を張っている感じはしないが。
「スキルに『契約』というものがあってね。お互いが同意することで成立するのだけど、契約を結ぶ際に、レベルに応じて好きな条件を決められるんだよ。例えば、敵を倒した際に経験値の半分を譲渡するとか、絶対服従とかね」
こいつ、自らは一切働かずに魅了された女性を使ってレベル上げをしているのか。
魅了が効いている相手なら、どんな契約も結べる。上手い手を考えたとは思うが……こいつは、かなり外道だな。サウワと桜は絶対に近づけさせないぞ。
「さて、ここだけ手を明かしたのだから、ちゃんと話を聞いてもらえるかな」
「ああ。誠意は伝わった。詳しい交渉内容を聞かせてもらおうか」
隣に座る権蔵はしかめ面で腕を組んでいるが、今のところ反論は無いようだ。
「それじゃあ、話すね。今回、北の森に漂っていた黒い霧が消えてしまって、結構困っているのだよ。あの森が東にあることで、東からの魔物が現れずに済んでいたからね。それにこの土地は、南に大きな崖があって、島の南との行き来も不可能となっている。陸の孤島だったのだよ」
この島、唯一の安全地帯なわけか。周辺に魔物は存在しているだろうが、新たな脅威が無いというのは羨ましい限りだ。
「それが、黒い霧が消え、普通に探索できるようになってしまい、これからは東からの脅威に備えなければいけなくなった」
その原因は俺なわけだが。
「そこで、新たな人材と情報を求めて、あの三人に人集めを頼んだのだが、結果はあれだ。貴方たちには、申し訳ないことをした。改めて謝罪を」
女性を使い、自分は安全圏で高みの見物と洒落込みながらレベルを上げている男。だが、冷静になって考えてみると、自分の持つすべての能力を使い、全力で生きようとしているだけと言えないこともない。
それに、この方法は権力者であれば当たり前の図式であり、そう咎められるものでもないのか。
仲間にはしたくないが、協力関係ならギリギリ耐えられる相手。そう判断しておこう。
「そうだな。仲間になる気はないが、互いの情報提供なら構わない。権蔵もそれでいいか?」
「ああ、土屋さんがそう決めたのなら、俺からは何もない」
権蔵は反論を口にすることもあるが、俺の決めたことを基本的には反対しない。彼なりに信頼してくれているのだろう。
「そうか、仲間になってくれないのは残念だが、情報提供だけでもありがたい」
余裕の笑みを浮かべ続けていた屋城の顔が一変した。心底、安堵した表情で大きく息を吐いている。
彼なりに虚勢を張っていたのか。そうだよな。権蔵のように戦う為の能力と気概がある人の方が稀で、彼のようにできるだけ危険から避けたいと思う、気の弱い者の方が人として当たり前の姿だ。
「じゃあ、今度はこっちの情報を提供しよう。俺たちにわかる範囲だが、この島の現状を教えるよ」
そうして、こちらからはオークキングとその勢力。敵の分布図と分かる範囲での地形。それと、信用している証拠として彷徨いの森での出来事もを教えておいた。
これには自分の力を知らしめることにより、相手に余計な気を起こさせないようにする狙いもある。
途中、休憩をはさみながらも数時間に及ぶ会談は上手くいった。
相手はこちらからの情報提供に満足し、知りうる限りの情報を与えてくれた。
会談の最中にわかったのだが、やはり彼は本来気が弱く、戦闘能力も殆ど有していなかった。もし、力があったとしても、魔物たちと正面から戦う勇気があるかどうか。
こちらは仲間のスキルについては触れなかったのだが、向こうは他に提供できる情報が少ないので、縁野とリーダー以外のスキルを全て明かしてくれた。
自分でも覚えられそうなスキルは『裁縫』『革加工』ぐらいだろうか。そのスキルを所有している女性のおかげで、現地人たちの服や予備の服が作れて重宝しているそうだ。
情報が出尽くした頃には空が白み始めていた。
「もう、朝ですね。よかったら朝食を一緒にどうです?」
「いや、結構だ。早く、仲間の元に帰ってやりたいからな。そろそろ、起きろ権蔵」
交渉が成立してから眠りこけていた権蔵を蹴り飛ばす。
「うおっ、何だ!? 敵襲かっ!」
寝起きで状況が掴めない権蔵は放っておこう。
今回は有意義な話し合いができた。この島に来て初の、協力関係を結べた相手だ。
初めは絶対にこいつとは仲良くなれないと思っていたが、話し始めると意外といい奴で、『魅了』と『契約』で言うことを聞かせている仲間たちについて尋ねると、
「本当に申し訳なく思っています。ですが、私は死にたくない。できるだけ、彼女たちにも危険が及ばないように努力はしています。あ、手も出していませんよ! 一応、強気のところを見せないとダメだと思って、あの三人組の前や土屋さんの前では、ああやって強がっていましたが」
そこで一度、何かを躊躇い話を区切ると、大きく息を吐いた。
「一度、魅了を解いたことがあるのですが、あの時のことを思い出すと、今でも震えが止まりません。それでも、いつの日か、安全にこの島から抜け出したら、彼女たちを解放したいと思っています」
そっと糸を彼の足元に忍ばせ、本音かどうか確かめていたのだが、精神力がかなり高いらしく心は読めなかったが、嘘を言ってないことだけは理解できた。
「あ、最後にこの島から脱出する方法ですが……縁野出ておいで!」
「はっ、何でしょうかリーダー」
音もなく現れた無表情の彼女が恭しく、その場に膝を突き、首を垂れる。
「彼女はずっとこんな態度でね。魅了を解いて話をした後も態度を変えなかった、唯一の大切な仲間なんだ。一番忠実に従ってくれながら、私を敬ってくれる。能力も高いから、彼女に頼りっぱなしでね」
そう言って微笑む彼の表情は、会ってから一番優しい顔だった。
「話を戻すけど、彼女のスキル『転移』は経験して理解してもらえたと思う。あのスキルは、彼女が覚えた場所へ転移することができるスキルだ。対象の地面や物に触れて、印をつけるとそこへ転移できるようになる。ただ、その制限があるので一度行った場所にしかいけない。まあ、一か月で三回しか使えないので、多用できませんが」
かなり便利なスキルだが、それだけでは、この島を脱出する方法としては弱すぎる。
「そこで考えたのが、まず一つ。この転移スキルを上げていけば、いつか、行ったことのない場所にも転移できるのではないか」
可能性はゼロではないが、かなり気の長い話になりそうだ。
「そして、もう一つ。これも確実性は無いのですが、長距離を移動できる鳥に印を覚えさせ、大陸に渡ったところで転移を発動させる」
「面白い発想だと思うが、そいつが海の上や空にいる時に転移したら、死ぬだけだぞ。ギャンブル性が強すぎる」
「そこは、契約のスキルを使います。契約条件に視覚の共有という項目を追記すれば、相手の視界を共有できるので。あの三人組は契約内容をよく読んでいなかったので、気が付かなかったようですが」
そう言って視線を縁野に向けると、意味深な笑みを浮かべた。あの笑みを深読みするなら、縁野に頼んで契約内容の一つを隠蔽で隠した、といったところか。
しかし、そんなことまで可能になるとは『契約』スキルは用途が広いな。
記憶の隠蔽も契約の一部と考えるべきか。
「なるほど、その力使えるな。一年後にこの島に来る船に印さえ覚えさせておけば、その場では逃げられても移り乗ることも可能か」
「ええ、そうです。未だに転移できる距離が不明ですが、その船が少し沖に出た程度なら、確実に乗り込めますよ」
これで、島から脱出する方法に確実性が見えてきたな。彼との会談はかなりの成果を伴ってくれた。今後とも良い関係でいたいものだ。
「今回はこれぐらいにしておこうか。これからも定期的に話し合いの場を設けよう。月一でどうだ」
「問題ありません」
そう言って手を差し伸べてきた屋城と握手を交わした。
精神系のスキルを警戒したが、ここで握手を拒否する選択はない。
「縁野、転移で近くまで送ってあげて。まだ一回残っていたよね」
「了解しました」
「いや、貴重なスキルなのだろ。俺たちは歩いて帰るよ」
「だな。道さえ教えてもらえば、いい鍛錬にもなる」
柔軟を始めた権蔵は、既に歩いて帰る気だ。
「では、わかりやすい場所に出るまで、一緒に歩いて送らせていただきます」
「お、すまねえな、縁野さん」
気軽にお礼を言っている権蔵は完全にしがらみが消えたのか。あの、さっぱりとした性格は見習いたいところだな。
「では、一か月後また会いましょう!」
大手を振って送り出してくれる屋城。その背後にはずらっと女性陣が並び、タイミングを揃えて一斉に頭を下げる。
あの女性全員が正気じゃないというのが哀れだな。彼女たちもそうだが、俺の目には屋城も哀れに見える。
偽の好意を寄せられ、何でも言うことを聞く女性に囲まれ、彼は嬉しいのだろうか。
俺なら正気を保てそうにない。自分が情けなくて死にたくなりそうだ。
彼が生きる為に望んだことなのだろうが、俺とまともに言葉のやり取りしている時の彼は、とても楽しそうに見えた。
「ところで、土屋様。リーダー屋城様をどう思いましたか」
相手の拠点を出て数分進んだところで、縁野が唐突にそう切り出した。
縁野というこの女性、屋城よりも俺の警戒レーダーが反応している。
目つきが鋭く、何を考えているか読めない態度。無表情のように見えるが、屋城を見つめる瞳は『魅了』の影響下にいる彼女たちより熱いものを感じる。
「まあ、大人しい感じのイケメンだな」
外見について思ったことを口にした。内面について触れると悪口になってしまいそうだからな。
「そうですか……」
お気に召さない回答だったか。それどころか、怒りを買ったかもしれない。
縁野は俯き肩を震わせ、何かを小声でぶつぶつと呟いている。
「おい、ど、どうした」
急変した縁野の態度に、権蔵が若干引き気味に声を掛けている。
「権蔵! 迂闊に近寄――」
俯いた状態から目にも留まらぬ速さで飛び出し、権蔵が反応できぬまま両肩を掴まれる。
そして、その顔を勢いよく上げると、その瞳には怪しい、ぬめっとした光が宿っていた。
「ですよね! イケメンですよね! あのちょっと内気なのを隠して、強気を演じているところも健気でそそりますよね! ああやって、従えさせているくせにエッチなこと一切できないのですよ! うぶですよね! ちょっと下着が見えるような素振りを見せただけで、真っ赤に顔を染めて! でねでね――」
あ、これダメな人だ。
屋城について話している内に興奮がマックスに達したようで、肩を掴まれた権蔵が前後に激しく揺られ過ぎて残像が見える。
「うぶなところも、素敵なんだけど、自分で言った言葉で照れている姿もまたいいのよー! たまに、洗脳されている彼女たちを解放しようか苦悩している横顔も捨てがた――」
「あの、そろそろ、帰ってもいいかな」
揺さぶられ過ぎてぐったりしている権蔵に助け舟を出すことにした。
「おや、少々盛り上がりすぎました。失礼を」
肩から手を放された権蔵は地面に膝を突き、えずいている。あまりの揺れに酔ってしまったようだ。
「ということで、あの方は私だけのモノです。あの笑顔も、労りの心も、玩具でもある傀儡どもは許せるとしても、貴方たちは」
その瞳に狂気の色が見え、すっと手を伸ばす動作を見せた。
口角を吊り上げた縁野の色素が薄くなり、後ろの風景が透けて見える。
背筋に冷たいモノが走り、一瞬にして警戒度の針が振り切れた。
俺は一歩踏み出し、地面に転がっていた権蔵を蹴り飛ばそうと脚を伸ばす。
「果てに飛んでしまいなさい」
俺の足裏が権蔵を捕らえたのと同じタイミングで、肩に何かが触れた感覚があり、不味いと思った瞬間――周囲の風景が一変した。