使者
「貴方様がリーダーのおっしゃっていた、他の転移者ですね。こちらのクズ三名が、ご迷惑をおかけしました」
感情の全くこもっていない声で淡々と謝罪されても、誠意を微塵も感じないんだが。
まるで機械の音声のような抑揚のない話し方だ。今も頭は下げているが、形式上やったというのが見え見えだ。
「仲間を半殺しにして誘拐。謝ってすむレベルではないと思うが」
「リーダーは人殺しを禁じていましたし、無駄な暴力も慎むように申し付けていたのですが、クズ共には理解ができなかったようですね。リーダーの命令は、他の転移者がいるなら、仲間になるように交渉してくるように。それだけです」
「胡散臭いやつだな。見た目はいいけど!」
そこは重要じゃないぞ、権蔵。確かにスタイルは抜群で服装や雰囲気は好みに近いが、そんなことは今どうでもいい。
命令に反抗して強引に連れ去った。それが本当だとした場合、連れてこられた桜やサウワが本当の事を話せば、即座にバレてしまう。
そこまで考えが回らない程、馬鹿だったという可能性も捨てがたいが、リーダーも性格を把握した上で、利用していたと考えた方が……辻褄が合う。
「そっちは、俺たちがキミらの仲間に何をしたか知っているのか?」
「ええ、もちろん。把握しております。殺害されたのですね。こちらに非がありますので、その点については何も問題ありません」
感情の揺らぎさえ見せないな。仲間をクズと呼び、殺されたことにも無反応。あっちのグループで、あの三人は邪魔な存在だったとでも言うのか。
手駒がなく、仕方なくあの三人を使っていた。そして、倒されてしまったが厄介払いができて、丁度良かった。と考えるのは都合が良すぎるか。
「じゃあ、貴方は何をしに」
「はい、貴方たちを私たちの拠点に招くように仰せつかりましたので、お招きに伺いました」
怪しいなんてレベルじゃないぐらい怪しい。
罠としか思えない状況だが、これは乗るべきかそれとも一度、仲間と相談する為に引くべきか。
「土屋さんよ。これは――罠だぜっ」
そんなドヤ顔で言わなくてもわかっている。これが策略というなら権蔵でもそう思うぐらい、稚拙な罠だ。普通、そんな罠に自ら突っ込むのは馬鹿のやることだが。
「ああ、そうでした。リーダーからの伝言は、この島から脱出する方法を知っている。とのことです」
誘い文句としてはこれ以上ない内容だな。権蔵もその発言に反応してしまっている。俺だって、一瞬、体と心が揺れたのは否定しない。
嘘だと否定するのは簡単だが、何かしらの手があるなら、ここは聞き出しておきたいところだが。
「少し考えさせてもらってもいいか?」
「そちらの拠点に戻って相談というのなら、ご勘弁願います。できるだけ、早く連れて来てくれと命令されていますので。10分程度なら待てますが」
ただ単に融通が利かないのか。それとも、そんな振りをしているだけなのか。
「なら、それでいい。ちょっと待っていてくれ」
俺は女性から少し離れると、権蔵を招きよせた。
背を向けた状態で、肩を寄せ合い相談する。
もちろん、彼女の周りに糸を巻き付け、妙な動きをしたら察知できるように手は打っているが……あの張り巡らせた糸の結界が全く反応せずに、そこを通り抜けてきた彼女に通用するかは怪しいものだが。
むしろ、今、不審な動きをしてくれた方が敵と認識できて手を打ちやすい。
「どうするよ。正直、怪しすぎるだろ」
「それは、俺も同意するが、万が一、有益な情報を所持していて、尚且つ、協力関係を結べるような相手なら、話し合いもありだとは思っている」
「でも、あいつらの仲間だぜ」
そう、そこが問題だ。あいつらの性格を把握した上で、仲間にしていた口振りだった。そこを聞き出し、信頼は無理だろうが互いに協力とまではいかなくても、情報を共有する程度の間柄に持ち込めば、今後の生活がかなり楽になりそうだ。
「みんなにも、相談してみるか」
俺は目を閉じ、意識を集中する。心の奥にある温かい塊から伸びる糸をイメージして、心の中で語り掛ける。
『ミトコンドリア、聞こえるか?』
『あっ、土屋! 何々? 召喚してくれるの!?』
心の中に大声が響き渡る感覚は気持ちのいいものじゃないな。無事声が届いて安心したが。
精霊使いとして契約した者は、こうやって精霊と離れていても会話ができるようになる。
何度か試してみて慣れてきてはいるが、ここまでの長距離は初めてだったので、少し緊張したな。
繋がってよかったよ。この能力があったからこそ、安心して拠点を離れられた。
『今の状況を簡潔に説明するから、皆にも話しておいて』
敵の仲間と遭遇し、敵の本拠地に招かれた事を説明する。
『はーい』
一言一句違えずに伝えてくれている。ドリアードとしての特徴なのかはわからないが、記憶力は抜群にいい。
『それで、俺は話に乗ろうかと思っているけど、皆はどう思うか聞いてくれ。あと、これも精神力の消耗が結構激しいから、できるだけ早くな』
たぶん、まともに通信できるのは連続10分がいいところだろう。一度使用した後はかなり休憩を挟まないと、再び接続できないというデメリットがある……電池の少ない携帯みたいだな。
『結果発表ーいえーい!』
『余計な前振りは必要ない』
心に伝わる陽気な声に早くしろと促す。
『じゃあ、言うね。桜は反対。理由は罠としか思えない』
ごもっともな意見だ。
『ゴルホ。条件付きで賛成。条件はね、権蔵は戻らせて、土屋だけで行くこと。その方がいざという時に対処しやすいから』
確かに俺一人なら逃げる際にはやりやすそうだが。
『サウワは賛成。少々危険でも逃げてばかりでは前に進まない。だってー』
見事に意見が分かれたな。全員の言い分は理解できる。多数決を取るにしても、ここまでバラバラだと、どうしようもないか。
『ありがとう。参考になったと伝えておいてくれ。こっちの話し合いが片付いたらまた連絡するよ』
『はいはーい。いざとなったら呼び出してよねー』
そこまで話すと、ミトコンドリアとの通信を切った。
「拠点の仲間たちは意見が割れていたが、どうしようか」
「俺は……現状に満足いっている。この状況が壊されるのが正直……一番怖い。だから、不安要素があるなら、一旦引くべきだと思う」
そうだな。この島に毒されて最近好戦的になりすぎている自分がいる。
さっきまでは相手の誘いに乗るべきだと考えていたが、今までは運よく何とかギリギリ凌げていただけだ。仲間と話し合うにしても時間が足りなかったからな。
「よっし、ここは断らせてもらおう」
決めてしまえば後は早い。一度帰って、拠点で相談してから今後の方針を決めよう。
俺は勢いよく振り返り、申し出を断る意思を――いないっ!?
「権蔵!」
「おっ、いねえぞ、あの女!?」
振り返る直前まで気を感じていた位置に糸を伸ばすが、触れた感触は全くない。
周辺の草木からは生命の輝きが見えるが、あの女性らしき気は何処にも見当たらない。一応、土の中も探ってみるが、いないようだ。
「俺の見える範囲に女はいねえ」
「こちらにも反応がない」
本気で隠れたゴルホを探している感覚に近いな。気配、姿、共に見失ってしまったが、こういうときは……手あたり次第、全方位に糸を伸ばす!
俺を中心に渦を巻くように糸を周囲に伸ばしていく。何らかの方法で姿を隠しているとしても、この糸から逃れることは不可能。
自分から誘っておいて撤退したのか? 自分を中心とした半径100メートルに糸を伸ばしたが、何の手ごたえもない。
どういうことだ。こちらが拒否すると見越して、顔見せだけは済ましたとでも――
「おや、答えは出ましたか? 待ちくたびれてしまいました」
女性の声がする方へ向き直るが、そこには誰もいない。
権蔵が柄に手を掛け、腰を低くしている。いつでも『居合』を発動できるように構えを取ったか。
「それは、待たせて悪かった。あーっと、名前、何て呼べばいいんだ? 貴方の姿が見えないようだが」
内心の驚きは押し殺し、雑談でもするかのように気軽に声を掛けた。
「これは失礼しました。私の名前は、縁野 詩夕と申します。以後お見知りおきを。姿を消した件についてですが、念の為にですよ。私を捕虜にして交渉を有利にしようと考えられたら困りますので。暴力で訴えられたら私、敵いません」
隠密行動に特化しているだけで攻撃系の能力がない。とでも言いたげな台詞だな。
「そうか。なら、この状態で提案に答えるよ。今回はやめておく。後日、正式にこちらからキミたちの拠点に伺わせてもらう」
「あら、交渉決裂なのですね。困りましたわ。リーダーには必ず連れてこい、と言われていましたので」
その割には切羽詰った感じのしない呑気な話し方だが。
声はする。それも結構近い……と、そこまでは分かるのだが、正確な位置と距離がつかめないでいる。
「困って、どうしようっていうんだ? 無理やり連れて行くとでも言う気か?」
「そうですね。非常手段なので致し方ないですよね」
権蔵の挑発に乗ってきたか。
相手の存在を感知できない今、至近距離まで接近される可能性が高い。
『気』を限界まで高め、半径5メートルの範囲のみを探索範囲に絞る。そうすることにより、より鋭敏に気配を読むことが可能になる。
権蔵は残っている片目も閉じ、視界をゼロにした状態で神経を耳にのみ集中しているようだ。
夜風が吹き抜け、草や葉が揺れる音が静まった森に響く。
痛いほどの沈黙が訪れ、皮膚がひりひりと焼けるような張り詰めた空気が充満している。
少しでも相手の情報を得る為に、光が必要だと判断し、権蔵から借りていたスマホのライト機能を作動して、地面に投げ捨てておいた。
一帯に微かだが人工の灯りが広がっていく。
今、ほんの一瞬、右前方に気の揺らぎを感じた!
「権蔵!」
俺が指差すと、権蔵は片目を開き、妖刀村雨を一閃した。
鋭く光る銀の軌跡が空気を切り裂き、闇を両断する。
「あら、怖いですわ」
「ちっ、手ごたえが無い!」
居合で切り裂いた空間に、おぼろげだが人影があった。体が殆ど透明に近く、後ろが完全に透けて見える縁野がいた。
「幻影かっ」
「いえいえ、実体ですわ。私のスキル透過の能力ですよ」
透過ときたか。読んで字のごとく、体を透明化するスキルだろう。それにより、俺たちの視界から完全に消えて見せた。
だけなら楽だったのだが……今の感じだと、こちらの攻撃も全て通り抜けてしまうようだな。
「おわかりだとは思いますが、この状態の私にはあらゆる攻撃が無効化されます。ですが、私もこの状態では、お二人に触れることすら叶いません」
「ゲームの敵じゃあるまいし、自分から欠点を晒すとは余裕だな」
「いえ、無駄な事が嫌いでして。全てを明かせば無駄な抵抗もしないかと考えたのですが」
合理的な物の考え方をする女性だな。それが、本当の事か確証もないので、素直に信用する気はないが。
薄らと見えている縁野を包み込むように周囲に糸を回すと、一気に糸を絞り体に巻き付けようとしたのだが、素通りしてしまう。
「ご理解いただけたでしょうか?」
権蔵の斬撃も縁野を捉えているのだが、刃の通った筋が体に走り、切断箇所が揺らぎ切れたように見えるのだが、すぐさま元通りになっている。水面に移った風景を切ったような感じだ。
こちらの攻撃を全て無視して、縁野が歩み寄ってくる。
攻撃の手を緩めずに後退しているのだが、相手の歩みが止まることは無い。
どんっ、と背中に固い感触が。どうやら、大木を背にしてしまったようだ。
「どうするよ。完全に手詰まりなんだが」
『気』を通した糸なら透過した相手にも効き目がある! という展開を期待したのだが、通用していない。
「確かに攻める手段はないが、そっちも完全に透過していたら、攻撃できないだろ」
「ごもっともです。ですが、一瞬、もしくは一部分だけ解除できるとしたら?」
なるほど。手や指先だけ透過を解除して、触れた瞬間に状態異常系のスキルを叩き込む手段か。生憎だったな、こんなこともあろうかと、精神ステータスを極振りしたばかりだ。
触れて発動した瞬間、全力で『気』を流し込み、体内の気を乱させることにより透過を維持できないようにして、『精神感応』で考えを読ませてもらおう。
あと数歩の距離まで迫ったところで、またも完全に姿が消えた。
皮膚に全神経を集中する。
隣に立つ、権蔵の吐く息と鼓動が聞こえる。いや、この鼓動は俺のか。
一秒、二秒、三秒と時間だけが過ぎていく。
数秒、いや、数分かもしれない。待ち続けていた俺の右手に何かが触れた。
今だっ!
相手の心を読んだ俺に聞こえてきたのは『転移』という言葉だった。