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二人旅

「じゃあ、予定より遅くなったけど、そろそろ出発しようかな。権蔵、準備は?」


「オッケーだ。忘れ物もないぜ」


 必要な道具はアイテムボックスに入れ、確認済みだ。必要ない物と仲間たちが使えそうな物は桜に渡し、そっちのアイテムボックスに移してもらっておいた。


「こっちも無理はしませんから、二人とも無理しないように。それと――」


 いつもの世話焼き母さんぶりを見せていた桜だったが、何かを口にしようとして躊躇っている。その表情は真剣そのもので、暫くの間、うつむき口をつぐんでいたが勢いよく顔を上げると、真摯な瞳が俺を捉えた。


「もし、二人がここを出てから、拠点が襲われて私たちが死ぬようなことがあっても、それは紅さんのせいじゃないです。だから、悲しむのも、後悔もしないでください。私たちで決めたことなのですから。今後、私たちの誰かが死ぬことがあったとしても、それは誰の責任でもないです。それぐらいの覚悟――完了していますから……ね」


 そう言って微笑む桜の表情はとても優しく、そして、強い意志が込められていた。

 桜の言葉に仲間全員が大きく頷く。皆、同じ考えのようだ。


「桜……それ、死亡フラグに聞こえるよ」


「あ、え、いや、死ぬ気はないですよ!」


 慌てふためいている桜の肩に手を添えると、びくっと体を小さく震わせた。


「でも、ありがとう。皆で生き延びて、この島から脱出するぞ」


 全員に聞こえるように宣言すると、仲間が顔を合わせて笑みを浮かべる。


「おうっ!」「はいっ!」「うんっ!」『はーい』「わかった」


 迷いのない言葉が返ってきた。

 本当にいいチームになってきている。だからこそ、全員無事に島から出て人の住む大陸に行けたらいいのだが。

 ダメだな、この島にきて色々ありすぎてネガティブになっている。警戒を怠らず、油断しないこと。これは当たり前だが、何事も悪い方向に思考が流れるのは、そろそろ自重したい。


「じゃあ、行ってきます!」


「行ってくるぜ!」


「はい、行ってらっしゃい!」


「こっちは任せて」


「いざとなったら、土の中にみんなで避難する」


『ちゃんと、呼んでよー』


 大きく手を振る仲間たちに見送られ拠点を後にすると、俺たちは島の北西を目指した。





「ここが彷徨いの森か」


 権蔵が物珍しそうに周囲を観察している。

 初めてこの場所に足を踏み入れたときは、不自然なぐらいに静まり返った森だったのだが、今は雑草や落ち葉を踏みしめる音が周囲から流れてくる。小動物の姿もちらほら見受けられるようになっていた。

 植物だけの楽園だったのが、本来あるべき姿である自然の森へ生まれ変わっている最中なのだろう。


「でも、何でまた北の森に?」


「聖樹が倒されて何か変化が無いかと思ってね。それと、まあ、こういった輩の討伐と情報収集も兼ねている」


 木の枝からぶら下がっているオーク三体を指さしながら、小さく息を吐いた。足元には二体のハイオークと四体のオークが転がっている。

 俺の不意打ちであっさりと半分倒し、残りは権蔵と一緒に正面から撃退した。

これぐらいの相手なら、今の俺と権蔵の敵ではないようだ。着実に強くなっているが、それでもオークキングはおろか、島の西でうろついている魔物たちに手が届くかどうかも怪しい。


 『精神感応』でオークたちの頭は既に覗いた後なのだが、上からの命令で森の探索を命じられただけのようだ。

 オークキングについては日頃からオークたちの前に姿を現すことが無いので、蓬莱さんとの戦いの後、どうなったのかこいつらは知らないようだった。


「オークたちは北の森に異変があったことに気づいたようだな。これからは、北でオークたちとの不意の遭遇に気をつけるように注意しておかないと」


「普通に戦えば、サウワもゴルホも圧倒できるだろうが、万が一ってこともあるからな」


 二人の実力はオークに負けるレベルではない。だが、数の暴力という言葉もあるように、圧倒的な数には対抗できない。それに、戦いは何があるかわからないものだ。ゲームならやり直しもできるだろうが、ここでは命が一つしか存在しない。

 警戒しすぎてもお釣りが来ることは無いだろう。

 俺は『捜索』と『気』があるのでオークやハイオークに後れを取ることは一切ないと断言できる。


「そういや、あの転移者たちから奪ったアイテムがあったんだが、これをどうするか」


 北の森を探索しつつ、脚を止めずにアイテムボックスから手甲を取り出して、『説明』を発動させる。

 見た目は肘近くまで覆う焦げ茶色の革製らしき手袋の表面に、鉛色の細い鉄板が何枚も並んで重ねられているような形状をしている。

 偽マッチョが所有していた手甲なのだが、これが結構、優れものだったりする。


『天手力男神の籠手』(装備レベル20 筋力30 器用度10 体力20以上必要)


 前提条件はクリアーしているので問題ない。だが、それよりもこれ何て読むんだ。


「お、あれはアイツが使っていた手甲か。どうした、そんなしかめ面してよ」


「いや、説明で見たらわか――そういや、説明所有していなかったな。いや、読み方がわからなくて」


 近くに落ちていた枝を拾い地面に、天手力男神、と書いた。

 仮名でも振っておいて欲しい。権蔵にわかるとは思っていないが、一応説明しておく。


「アメノタヂカラオじゃねえか。アマテラスが岩戸の引きこもったときに、こじ開けて引きずり出した怪力の神だよな」


 ……何故、権蔵が知っている。日本書紀のアマテラスと岩戸の下りは有名なので知っているが、あの岩を開けた神がそんな名前だったとは。

 だから、この籠手はこんな能力が付与されているのか。


(装備している者の力を強化する。精神力を消耗することにより、一時的に筋力を上げることが可能。耐久力が高く、劣化しない)


 防御力という面でも優秀なのだが、精神力消費による一時的強化が可能となっている。

 まあ、脚に付けている『韋駄天の靴』と似たような仕組みのようだ。


「とまあ、こんな感じだな。で、これの所有者をどうするかで迷っているんだが」


 能力の説明を聞き終えた権蔵は物欲しそうな目つきで、じっと籠手を見つめている。

 権蔵は近距離で拳を使う格闘もこなすので、彼向きの防具といえるだろう。俺が持つよりも相応しいのは確かだな。


「これは権蔵が装備すればいい」


「えっ、いや、欲しいのは欲しいが、俺には妖刀村雨があるからな別に」


 欲しがっているのは見え見えだというのに、一度拒否するところが日本人らしさだよな。

 そして、そういった対応をされると、いじりたくなってしまうのが俺の悪い癖だ。


「じゃあ、俺が使うかな。いらないなら、仕方ないなー」


「あ、え、いや、別にいらないわけじゃなくて……」


「性能も問題ないし、見た目もいぶし銀といった感じで渋くて好みだ」


「お、おう、それって刀を持った人に似合うと思わないか?」


 両手の指をわきわきと蠢かせ、じりじりとこちらへ、にじり寄ってきている。可哀想になってきたので、やめるか。


「ほら、大切に使ってくれよ」


 無造作に投げ渡すと、権蔵が抱きしめるようにして受け止めた。


「い、いいのか?」


「俺は奇襲専門だからな。接近戦に持ち込まれない戦いをするのがメインだから、必要ないさ」


 接近される前に葬るスタイルなので、実際、装着したところで使う機会が殆どないだろう。

 それに、新しいおもちゃを与えられた子供のように、目を輝かせて腕に通している権蔵を見ていたら、今更返せなんて言う気は完全に失せてしまった。


「もう少しで聖樹が立っていた場所だ。あと、一時間程度で陽も沈みそうだから、少し急ぐぞ」


「了解!」


 装着した籠手の感触を確かめるように指を動かしていた権蔵が、びしっと敬礼する。

 走る速度を一段階上げたのだが、権蔵は苦も無くついてきているな。

 調べるにしても暗闇では手間も数倍に跳ね上がる、この調子なら10分もかからないだろう。


「で、聖樹のあった場所に行ってどうすんだ?」


「ああ、ちょっと魔石の拾い忘れが無いかの確認だな。あとは、現状の確認ぐらいだよ」


 並走する権蔵にそう答えておく。

 聖樹やドリアードは養分を吸い取ること以外は全く興味がないので、生命力を全て吸い尽くされた魔物の残した魔石やドロップ品が、聖樹が根を張っていた場所に大量に転がっていた。

 一応、拾えるだけ拾ったつもりだが、かなり広範囲に散らばっていたので見落としが幾つかあった筈だ。

 今のところあまり使い道のない魔石だが、大陸へ渡った際に換金する予定だ。

 ドロップ品といえば、聖樹が落したあの謎の木片。握ろうが撫でようが、全く反応がなかったので桜に渡してきたが、今思えば、ミトコンドリアに聞けばよかったな。拠点に戻ったら詳しく聞いてみるか。


「あれじゃねえか?」


 権蔵の指差す方向に顔を向けると、森の中にぽっかり開いた巨大な空き地があった。

 聖樹が消滅したあの時のままだ。激しい戦闘だった痕跡が至る所に残されている。地面は荒れ果て、根が飛び出した幾つもの穴がある。

 その空き地の中心部に大穴があるが、あれは聖樹が根を下ろしていた場所だ。


「これが幹の太さだとしたら……よく倒せたな」


 心底感心してくれているようだが、成長促進剤がなければ、どうしようもなかった。

 ギリギリの戦いを続けているが、もう少し余裕のある戦いをしたい。それが本音だ。


「お、魔石まだまだあるじゃねえか! 大漁だな!」


 陽が落ちる前の強い日差しが射し込んでくれているのもあり、地面に無数の煌めきが見える。あれが、全て魔石だとすると結構な数を取りこぼしていたようだ。


「暗くなるまででいいから、拾っておこうか」


「あいよー」


 地面に這いつくばり、四足歩行で魔石から魔石へ移動している権蔵を尻目に、俺は自在に扱える最大本数の糸を伸ばすと、一斉に拾っていく。





 完全に陽が落ち、周辺に魔物の気配がないとはいえ、開けた場所に陣取るのは危険だと判断する。聖樹跡地から少し離れた場所で火を起こし、夕食を取ることにした。


「北西にあるらしい相手の拠点ってどれぐらいで着くんだろうな?」


 アイテムボックスから取り出した、熱々の具だくさんな汁物が満タン近くまで詰め込まれた鍋から、権蔵が三度目のおかわりをしながら、そう切り出してきた。


「さあね。一応、生徒手帳を捜索しているが、反応は全くない。まあ、近くにあったとしても、隠蔽持ちにまとめて所有させていたら、わからないんだが」


 あの三人組の生徒手帳を没収し、記憶を改ざんするぐらい知恵が回る相手なら、対策してあると考えるべきだろう。


「今日はここで一晩明かしてから、早朝に移動するぞ」


「ういういー。んじゃ、先に寝ていいぜ。初めの見張りは俺がやっておくからよ」


 先に見張りをしようと考えていたのだが、お言葉に甘えるとするか。


「それじゃ、三時間後ぐらいに起こしてくれ」


 そう言って、パーカーのチャックを限界まで上げ、フードを下ろし、毛皮を縫って作ったお手製の毛布を被り、その場に寝転んだ。

 元々、このパーカーは防寒性能が高いので毛布が無くても、かなり温かいのだが地面に直接寝転ぶと底冷えが酷く、どちらかといえば敷毛布としての役割が大きい。

 一人なら警戒して眠りも浅いのだが、権蔵が見張りに立ってくれるなら、少しは安心していいだろう。

 野営をした場合、いつもなら中々眠りに落ちないのだが、今日ばかりは既に瞼が重い。このまま、睡魔に身を委ねるか。


「なあなあ、ところで土屋さんはチームの誰が好きなんだ?」


 修学旅行に来た学生の夜の定番を口にした権蔵は、無視して寝ることにしよう。


「俺としては、サウワは乳臭くて論外だが、最近は桜さんも包容力が増して、魅力的に見えてきたんだよなぁ。あ、ミトはスタイル抜群だよな! 性別はどっちかわかんないけど、まあ、そんなのこの際、どっちでもいいか。次に仲間になるのは、やっぱ巨乳で……が長くて……色っぽいのが……よな。あと……」


 権蔵の戯言を子守唄代わりにして、俺は眠りに落ちた。





「すまん、起きてくれ」


 この声は権蔵か。小さく囁くような声と共に肩を揺さぶられる。

 外は真っ暗な闇。権蔵は相手からの目印となりかねない焚火を既に消しているのか。良い判断だ。

 権蔵には『夜目』のスキルがあり、俺は『気』で生命の光が見える。灯りはそれ程、重要ではない。

 何かあったのだろうと、すぐさま判断して身を起こす。元から寝起きは良い方だったが、ここに来てからは起きてすぐに眠気を吹き飛ばせるようになった。環境に適応してきているな。


「敵か?」


「わかんねえ。俺は察知する系統の能力がないから判断が難しい。ただ、周辺から足音のようなもんが聞こえてくる」


 『気』を全開にしながら『捜索』も発動させておく。

 念の為に周辺に糸を伸ばし、足首の高さに糸を張っておくか。

 『気』に今のところ引っかかる感覚は無い。『捜索』のリストを順番に検索していく。魔物系は反応なし。生徒手帳も無反応か。


「確かに微かに音はするな。だが、気配がない。隠蔽のスキルレベルが高いのか」


 何も反応しないというのに、嫌な予感がする。糸を足元だけでなく、四方八方に巡らせておこう。


「気づいたのですね。あの三人を倒したのは伊達ではないということですか」


 声の流れてきた方向に体を向けると、闇の奥に突然、気の輝きが発生する。隠蔽系のスキルを解いたのか。

 その気は徐々に近づいてくる。声から判断するなら二十代半ばか、三十手前ぐらいの落ち着いた感じの女性だと思うが。

 警戒を続ける俺たちの正面にある大木の陰から、一人の女性が姿を現した。

 女性用のスーツを着込んだ、黒縁の眼鏡を掛けた少し冷たい感じのする女性。

その容姿が、三人組の転移者の記憶にあった女性の姿と合致した。


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