決勝
続いて二回戦となるわけだが、存在を完全に消すことができるゴルホとドリアードのミトコンドリアの対戦か。正直、勝敗の予想が難しい。
普通に考えるなら、ミトコンドリアの闇魔法に加え、精神感応により相手の心を探れる能力があれば、どれだけ隠れる能力に長けていようが、ゴルホの負けは目に見えている……のだが、断言できない。
今も、ギリースーツを着込み目の前にいるというのに、ゴルホの存在が希薄なのだ。
ゴルホの隠蔽能力はかなり磨きがかかっていて、本気を出して隠れられたら『気』を全開にしても見つけられる自信がない。
最近わかったのだが、ギリースーツにも何らかの能力があるようだ。
見た目の擬装用能力だけではなく、隠蔽スキルがプラスされるような能力が付与されている。
その二つが合わさったゴルホの意外性に期待したいところだ。
「じゃあ、両者、やり過ぎに注意して――勝負開始!」
ゴルホは既に姿を隠しているので、拠点の塀で囲まれた内側には存在しない。
ミトコンドリアは本体の近くで漂っていたのだが、上空へと浮き上がると周囲を見回している。
『あれ? 本当にゴルホ近くにいるの?』
ミトコンドリアが疑問に思うのも仕方がない。俺だって既に見失っている。
『捜索』スキルからも逃れ、気配すら感じない。正直、この場から逃げ出していたとしても、俺たちの誰も気が付かないだろう。
『じゃあ、ちょっと偵察ー』
塀の外へ飛んでいったミトコンドリアを確認する為に、俺は小屋の屋根に上った。
復活した権蔵とサウワも屋根に上り、下から羨ましそうに見つめている桜は糸を回して引っ張り上げる。
「ありがとうございます。紅さん、この勝負ってどうやったらつくのですか?」
「うーん、あの人型の体は仮初の体だけど、ダメージも通るからね。ミトコンドリアにある程度、有効打を与えたら俺はゴルホの勝ちを認めようと思っている」
ミトコンドリアの勝利条件は簡単だ。ゴルホを束縛するか、闇魔法で弱体化させるか。それで勝負がつく。
『あれーいないな。じゃあ、しょうがない。いくよぉ』
間延びした声で攻撃を宣言すると、本体の木から黒い霧が流れ出し、周辺に漂い始める。
聖樹も見せた黒い霧が地面に広がっていく。
この黒い霧、対象の相手を選べるようで、俺たち仲間は影響を受けないように除外されている。今は、ゴルホだけ効果対象に戻しているのだろう。
地面から大人の膝下あたりの高さまで黒い霧が覆っている。アレに触れると徐々に生命力を奪われ、方向感覚を狂わされる。
生命力が強ければドレイン能力には暫く抗えるが、方向感覚を戻すのはかなり厄介で、それに対抗できるスキルを所持していなければ、思った通りに進むことは、ほぼ不可能だ。
『うーん、闇にゴルホが触れている感覚がないなー』
この漂う霧は、サウワが使用する闇魔法のように、相手が魔法に触れたら感覚が術者に伝わってくるそうだ。
かなりの広範囲に霧が広がっているというのに、ミトコンドリアはゴルホを見つけられないでいる。
拠点の周辺には雑草が茂っているので、ギリースーツであの中に潜めば、目視でそれを見破ることはほぼ不可能になる。あのギリースーツにはカメレオンのように周辺の風景に擬態する能力もあるので、その姿は完全に風景の一部として溶け込んでしまう。
『むむむ、ゴルホー、生命力完全に吸われる前に出ておいで』
風景と一体化しているとはいえ、闇の霧の影響は受けている。木の上に隠れているとしても、霧は木の表面を伝い広がっているので、それこそ空中にでも浮かばない限り、霧からは逃れられない。意地を張って出てこないのであれば、命に係わる前に負けを宣言してやらないといけないのだが。
『うーん、ねえ、これ以上、霧を濃くすると命に係わると思うけど、いいのー?』
体ごとこっちを向いて、遠くから『精神感応』を飛ばしてくるミトコンドリアに俺はどう返事をするべきかで迷っている。
ここで、ゴルホにどうする? なんて聞いたら姿を完全に隠している意味がなくなってしまう。だが、今のままでは衰弱しすぎて動きが取れなくなっても気づくことができない……止めるべきか。
「そうだな、ここ――」
『へっ? うわわわわわっ』
塀を超える高さの位置に浮いていたミトコンドリアの体が急に傾くと、そのまま地面へと横向きのまま倒れていく。
そして、下から突き上げてくる振動に俺の体が浮いた。
何か重い物が横倒しになった音が流れてきた方向に目を向けると、そこには根がむき出しとなり、横倒しになったミトコンドリアの木がある。
そして、倒れた木の隣にギリースーツ姿のゴルホがいた。
「根元の土を移動させた。大きかったので時間がかかった」
人型の草むらからゴルホの無機質な声が響く。
『土使い』の能力を使い、根を張っている部分の土を取り除いたようだ。かなりの範囲の土を移動させて精神力を消耗したらしく、草の塊が上下に揺れている。
『いったーい! 根がちょっと千切れちゃったじゃないの!』
ゴルホの眼前まで飛んできて、指を突きつけミトコンドリアが文句を言っている。ゴルホは頭を下げているようだが、草の塊がくの字型に折れる光景はシュールだな。
「あー、二回戦の勝者はゴルホ」
勝利宣言をすると草の一部が盛り上がった。たぶん、勝利を喜んで、拳を振り上げたのだろう。
『えーっ、納得いーかーなーいー』
不満を隠そうともせず、抗議するミトコンドリアに面倒だが説明することにした。
「まず、勝因は本体である木を倒したことよりも、全く気付かれずに本体へ接近したことだ。お前ができるだけ傷つかないように、土を排除して倒したのだろう。だが、これが命懸けの勝負なら、斧でも叩きつけて伐採できたということだ」
全く気付かずに至近距離まで接近されたということは、それは人間であれば死を覚悟する場面である。
『むぅー。ゴルホどうやって、闇の霧から逃げて近づけたのよ』
「塀の外に出て土に潜ってた。そこから地面を通って塀の中に入って、そのまま移動した。闇の霧は別に影響なかった」
簡潔な説明だ。土の中にいたから闇の霧の影響を始めから受けなかったのか。そして地中をそのまま進み、根がある周辺の土を除去したと。
隠蔽の能力に注目しすぎて、土使いとしての実力を甘く見ていたのか。姿が見えないのは優れた偽装能力のたまものだと思いこまされていた。完全に裏をかかれたな。
「これはゴルホが一枚上手だったな。少し休憩して、権蔵とゴルホの決勝戦を始めようか」
今の戦いを見物して権蔵も認識を改めたようで、鋭い目つきで真剣な表情を浮かべている。
意外と面白い勝負が見られそうだな。
倒れたミトコンドリアの本体を元に戻しつつ、二人を交互に眺めながらそう思った。
30分の休憩後に決勝戦が開始された。
権蔵は相変わらず拠点の中で突っ立っている。
そして、ゴルホの姿は気配ごと完全に消滅している。
「どうですか、解説の土屋さん。この勝負どちらが有利だと思います?」
桜の実況者を真似たふりに乗ることにした。
「そうですね、正面から衝突すれば権蔵選手の勝ちで間違いありません。ですが、土使いの能力と完全に気配を殺すことができる実力。その二つを有効に使えば、ゴルホ選手にも勝機がありますよ」
「なるほど。では、現場にカメラを移しましょう」
ノリノリだな桜。
俺たちは今の小屋の屋根から降りずに戦いを見守っている。上から見た方が把握しやすいので、ここが絶好の観客席になっている。
そんな馬鹿なことをやっている間に現場では動きがあった。
権蔵が大きくその場から飛びのいたのだ。何処からか攻撃を加えられた様子もなかったのだが、慌てた様子で周囲を見回している。
「権蔵君なにしているのだろう……」
「桜。地面、穴」
隣に座っているサウワが桜の袖を引っ張り、さっきまで権蔵が立っていた地面を指差す。そこには人間一人分なら、すっぽり入り込める大きさの穴が開いていた。
権蔵がさっきからぴょんぴょん、慌ただしく跳ねまわっているが、それは全て足下に作られた穴から逃れる為の行動だったようだ。
「くそっ、どこだゴルホ!」
姿の見えないゴルホを懸命になって探しているが、何処にもその姿が見当たらない。
「たぶん、地中だろうな」
地面の中にいるゴルホへの攻撃手段など権蔵には存在しない。かなり厄介な戦闘方法だ。
逃げ続け、相手の精神力が尽きて地上に出てきたところを、倒す。これしか、権蔵に勝ち目はないように思えるが。
その後も、地面を跳ねまわり何とか穴を回避しているが、地面が穴だらけで、そろそろ足場も怪しくなってきている。
「くそ、手がねえ! だが、そろそろ、精神力が――尽きたみたいだな!」
権蔵の視線の先には、小さく盛り上がった土の塊があり、そこから葉っぱ――ギリースーツの一部が見えている。
権蔵はその塊へ一直線に突っ込んでいる。隙だらけで迂闊な行動に見えるが、その目は周囲や足元を警戒している。
罠とわかっていながら、あえて飛び込んでいくようだ。正面から罠をねじ伏せるスタイルか。嫌いじゃないな――良い獲物という意味で。
あと一歩踏み込めば土の塊に刀が届く位置に迫った権蔵が、最後の一歩を踏み出した瞬間、権蔵の姿が消えた。
「なにいいいいぃぃぃぃ!」
囮のギリースーツごと一帯の地面が崩れ、大穴に権蔵が呑み込まれていく。
俺なら糸を伸ばして咄嗟に体を支える手段もあるが、権蔵にそういった手はなく周辺の土ごと大穴へと落ちていった。
「くそぉぉぉっ! 出しやがれ! 卑怯だぞ、ゴルホ! 男なら正々堂々と立ち合えっ!」
穴の奥から権蔵の声が響いてくる。何処まで掘ったんだ、ゴルホ。
その穴の付近から土を押しのけゴルホが姿を見せると、穴の縁に手を当てた。
「お、おい、土を崩すのやめろ! 生き埋めになる! 口に土が土がっ! あ、ほんと、調子に乗ってすみません……ゴルホ先生、助けてもらえませんか……」
情けない声が穴から聞こえる。
今の戦いはギリースーツを囮にして、その近辺の地面を上部の土は残して固めながら、その下に大きな空洞を作ったのだろう。
そして、権蔵が足を置いた瞬間、土を操作して上辺の土を薄くして、真っ逆さまに権蔵が落ちる。
つまりは、大きな落とし穴だよなこれ。
「権蔵負け認める」
「はい……参りました」
権蔵の敗北宣言により決勝の幕も降りた。
結果としては意外な気もするが、能力を考慮すると妥当な気もする。
「勝者、ゴルホ! 強いな、ゴルホ」
「土が良かった」
肩を叩き勝者を称えると、ゴルホは珍しく照れたように頭を掻きながら、そう言った。
運じゃなくて土なんだ。
「く、くそぅ。俺の常勝不敗への道に泥が付いちまった」
上手いこと言ったつもりの権蔵が、泥まみれの格好で落とし穴を這いずり登ってきた。
ゴルホが逃げられないように念を入れたのだろう、穴の下の土は泥になっていたようだ。
「屋外で土使いの能力はかなり強力だから、まあしょうがないさ」
俺がそうやって慰めると、権蔵が複雑な表情をしている。
「でも、権蔵。本気出してなかった」
へえ、ゴルホも気づいたか。地面が抜ける直前、何かを躊躇ったのを俺は見過ごしていない。それに、サウワとの戦いでも何か遠慮している素振りを何度も見せていた。
その言葉に権蔵の肩が大きく揺れる。
「なんだ、ばれていたのか。でも、手の内を見せずに負けたら、それはただの言い訳だ」
まあ、そうだな。どんなに強力な力を有していても、実力が発揮できなかったとしても、負けたらそこで終わりだ。
不意打ちや罠を多用する俺の戦い方は、相手に実力を出させずに倒すとこを得意としている。能力を出し惜しみする相手は絶好の獲物だ。
命のかかった戦いではないので、権蔵は迷いが生じたのだろう。
「じゃあ、今回の偵察任務はゴルホ――」
「権蔵に譲る」
俺の言葉尻に合わせてゴルホが被せてきた。
その意外な発言に権蔵は目を見開き、ゴルホを凝視している。
「権蔵強い。でもそれは、本気の戦いで見える強さ。経験を積んだら、もっともっと強くなる」
うちの子供たちは立派だな。大人たちよりもしっかりしているよ。
「そうか。ならありがたく、権利譲ってもらうぜ」
これで、北西に行くメンバーが決定した。みんなの強さを見させてもらったことで、安心して留守番も頼める。
「よっし、これで決定だ。取り敢えずは……昼ご飯にしようか」
「ふふ。はい、そうですね。腕によりをかけて作りますよ!」
思っていた以上の実力を確認できて、俺としては大満足の結果だよ。
これで迷いも晴れた。昼ご飯も美味しく頂けそうだ。