権蔵とサウワ
「えー本日はお日柄もよく」
「紅さん。何を始めるんですか?」
せめて最後まで言わせて欲しかったよ、桜。
約束の三日が過ぎ、ドリアードのミトコンドリアが自分の能力を存分に発揮できるようにもなったので、俺は当初の目的通り北西を目指すつもりでいる。
そこで、早朝からみんなを集め、こうやって演説を開始した。
「いやね、北西の転移者グループがいるところに偵察、及び、状況により撃滅を実行する予定なんだけど」
それを聞いた仲間全員がこくこくと頷いている。
「独りで行くと言ったら、文句が出るだろ?」
「当たり前だ」
「当たり前です」
「いや」
「無理」
『ずっと一緒じゃないとやだ』
予想はしていたが、返答早いな。
サウワとゴルホは俺の両脇に回り込むと、服の袖を掴み逃がすまいとしている。
「そこで、一人だけ連れて行こうと思うんだが。誰がいいと思う?」
その瞬間、桜を除いた四名が一斉に挙手をした。大声で「はい! はい!」とうるさい。って、挙げた指先を俺に突き刺すな。
「あの、目的に応じた能力の人を連れて行くのは?」
「そうなんだけどね。一応、偵察がメインではあるけど、戦闘になる可能性も高いと見ている。だから、同行者を絞り辛くて」
偵察だけならサウワが一枚上手だ。だが、純粋な戦闘になると権蔵が抜きん出ている。ゴルホは異様なまでの隠蔽能力と『土使い』があるので臨機応変な対応に期待できる。
この三人にはそれぞれ個性があり、長所も異なるのでメンバー選択が難しいのだ。
『じゃあ、ボク連れて行ってよ!』
ミトコンドリアが両手を振りながら目の前で左右に揺れている。
体が青年サイズになったので、可愛らしい仕草も何か違和感がある。
ミトコンドリア自体は中身が子供なので素でやっているのだろうが、可愛いキャラを作って無理しているアイドルを見ている感覚に近い。
「ミトは無理だろ。本体から離れられないしな」
「そうだよ、ミトちゃん。いつでも召喚して呼んでもらえるんだから、我慢しないと」
「ミトわがまま、いくない」
「ミトはうちの守護神」
四人からたしなめられ、ミトコンドリアは体を小さくして『はーい』と渋々ながら引っ込んだ。
元々が純粋な子供のような存在なので、仲間と仲良くなるのも早くて助かっている。
「そうだぞ、ミトコンドリア。何かあったら召喚するから、ここで家を守ってくれ。これは、お前にしか――ミトコンドリア! にしかできないことだから」
名前の部分を強調して言うと、そっと頭に手を置いた。
周りからは俺の発言に対して何か言いたそうな視線が注がれているが、俺は決して自分を曲げないぞ。
仲間全員が、その名前は長すぎて可愛くないので「ミト」と呼ぶことに決めたようだが、負けはしない。俺だけはミトコンドリアと呼び続けてみせる!
正直、ミト……コンドリアを連れて行った方が、扱いやすく立ち回りも楽なのだが、成長しすぎたこともあり、召喚したところで30分が限界となっている。常時連れまわすなんてことは夢のまた夢だ。
「話戻るけど、三人の内、誰かを連れて行こうと思うんだが、どうやって決めようか」
「じゃんけんか?」
「権蔵君、それは流石に安易すぎるかな」
こういった場面でのじゃんけんは万能ではあるが、命の危険がある探索の同行者を決めるには軽すぎる。
「戦って決める」
「それだ」
サウワの意見にゴルホが同意した。
勝負か。実際ありかもしれないな。勝ち負けも大事だが、総合的な能力を見るには一番いいかもしれない。傷薬があるので大抵の傷なら完治できる。
「じゃあ、トーナメント方式の対戦でもやってみようか。スキル武器、全部使用可能で。言うまでもないけど、大怪我や殺害は禁止だ」
「お、いいね! 俺様の実力をこいつらに、知らしめるときがきたか!」
「権蔵に当たったらラッキー」
「ほぅ……その毒舌二度と言えないようにしてやるぜ」
戦いが始まる前から権蔵とサウワがヒートアップしている。
ゴルホもこの提案に納得しているようで、ギリースーツを取り出し、メンテナンスを始めた。
「み、みんな、限度を超えちゃダメだよ。勝てないと思ったら、ちゃんと降参するようにね」
桜は心配そうにしながらも、止める気はないようだ。
『ボクも戦うー!』
「まあ、連れてはいけないけど、実力は見たいから参戦を許可しよう」
『やったー!』
成長したミトコンドリアの能力を把握するいい機会だ。このトーナメントで全員の現時点における戦力を確認しておこう。
地面に棒であみだくじを描くと、番号を隠し、順番に選ばせる。
公正なるあみだくじの結果、一回戦はサウワ対権蔵。二回戦はゴルホ対ミトコンドリアとなった。
「じゃあ、各自準備をして10分後に開始するよ」
各自が自分の武器やアイテムの確認をしている。
手持無沙汰にしていた桜には補充した傷薬を渡しておいた。
「では、ルールを発表します。戦闘エリアは拠点から半径1km以内。拠点を壊さないように気を付けること。武器、アイテム、スキル。全て使用可能とします。気を失ったり、参ったと口にした場合負けが成立します。あと、こちらから止めに入る場合もあるから。もちろん、殺害は禁止だ」
この説明を真面目に聞いているのはゴルホと桜だけだな。
サウワは鼻息荒く戦闘モードに入っている。
権蔵は刀の鞘で肩を叩きながら、サウワに視線をぶつけ、火花を散らしている。
ミトコンドリアは鼻歌交じりに、ふらふらと宙を彷徨っている。見るからに楽しそうだ。
「では、一回戦の対戦者、サウワと権蔵は好きな場所に移動して。準備が終わったら、声に出さなくてもいいから連絡するように」
二人の両腕には糸を通しているので、これを伝い『精神感応』で連絡を取り合える。
「サウワ、俺が勝った暁には……これからは権蔵様と呼んでもらおうか」
「じゃあ、サウワが勝ったら、権蔵をチュウニビョウって呼ぶ」
「誰だ、サウワに変なこと教えたのは!」
権蔵がこっちを睨んできたが素知らぬ顔で目を逸らしておいた。
「じゃあ、両者移動して」
サウワは背を向けると森へ向かい走り去っていく。
権蔵は拠点の敷地内で胡坐を組んで座っている。
サウワから準備が整ったとの連絡があった。権蔵に視線を向けると、黙って頷いた。
『では、第一回戦を開始します! 両者、戦闘開始!』
権蔵がゆっくりと立ち上がると同時に、刀をすっと目の前に掲げた。
刀の鞘に何かがぶつかり足元に転がっている。それは、サウワの愛用していた短剣だった。
「おいおい、今の俺が防いでなかったら、顔面に突き刺さっていたぞ」
権蔵が軽口を叩きながら、頬を指で掻いている。
サウワから返答の代わりに、何かが森から飛び出してきた。
風を切る音が聞こえたかと思うと、それは再び権蔵の顔面を目指し突っ込んでくる。
「完全に殺す気だろ!」
またも弾かれ地面に転がったのは一本の矢だった。
「あ、私のあげた弓を使っているのね」
手を叩き感心している桜。この実戦さながらの戦いを見て、驚くわけでもなく恐怖するわけでもなく呑気に見ていられるのは、桜もこの世界にどっぷり肩まで浸かっているということか。
サウワは森から一切姿を現さずに、遠距離攻撃に集中している。
権蔵は面倒そうにしながらも、その場から動かず射撃を全て弾き、周囲に視線を走らせている。
隠蔽の能力に長けたサウワなので、俺も『気』を全開にして何とか位置を把握できるぐらいだ。探知系の能力がない権蔵には辛い戦いのようだ――と思ったのだが。
「このままではジリ貧か……向こうがな」
余裕の態度を崩さず守りに徹している権蔵の口元が、ニヤリと意味ありげに歪んだ。
さっきから矢での射撃は続いているのだが、発射の間隔が広がってきている。矢には限界があるので節約しているのだろう。
このまま全て弾かれてしまえば、今のままならサウワは攻撃手段がなくなってしまう。持久戦に持ち込めば、自ずと勝利が舞い降りるという算段か。
それでも、他に手段が思いつかないのだろうか、もう何本目かも分からない矢が権蔵の顔を目掛け突き進んでくる。
「おいおい、俺を舐めすぎじゃ――うおっ!」
これまでと同じように鞘で弾こうとした矢が目前で横へスライドして、軌道を変化させた。顔から左肩へ鏃が進路を変えるが、咄嗟に反応した権蔵が半身を逸らしギリギリで避ける。
「え、今、矢が不自然な動きしませんでした?」
桜の言う通り、普通ではあり得ない動きをした。俺は横から見ていたのでわかったが、矢に闇属性の魔法を糸のように伸ばした物を、サウワは絡ませていた。
それを利用して強引に軌道を変えたのだ。おそらく、俺が糸でやっていたことを真似たのだろう。
「あ、味な真似してくれるじゃねえか」
権蔵、額の冷汗を拭いながら言ってもかっこ悪いぞ。
今度は権蔵の正面から二本の矢が同時に飛び出してくる。
弓に矢を二本つがえるのは可能で、撃ち出すこともできるが、それで一つの目標を同時に射ることは本来できない。
だが、闇魔法を併用し方向を操作すれば、二本の同時発射が可能となる。
矢は権蔵の頭部と左太ももへと吸い込まれるように飛んでいく。
「なんのっ!」
顔面へ向かってきた矢は左手の手刀を叩き込むかたちでへし折り、脚を狙った矢は鞘で弾く。
「どんなもん――うおっ!」
間髪おかずに権蔵の右側面から飛び出してきた矢が、腕を狙っている。回り込んで射撃したにしては早すぎる。
権蔵は予期していない方向からの攻撃に、無理やり体を捻り何とか凌いでみせた。
が、それを見越していたのだろう。権蔵の背後に建つ小屋から飛び出してきたサウワがミスリルの鎌を構え、体勢を低くして疾走してくる。
体勢が崩れ、片足が浮いた状態の権蔵に迫るサウワ。
もう一歩で届く位置になり、腕を振り上げ鎌を権蔵の肩口に振り下ろそうとした。
「あめえなっ!」
一閃。
鍔鳴りがしたかと思うと、銀の閃光が走りサウワの鎌が弾き飛ばされた。
何が起こったのか理解できないサウワの喉元には、権蔵の刀が鞘ごと突きつけられている。
「勝負あったな。そこまで!」
悔しそうな表情のサウワと、平然を装っているが胸元に手を当て動悸を抑えようとしている権蔵がいる。
緊迫した戦いの結果、一回戦は権蔵の勝利となった。
サウワも闇属性と飛び道具を有効に使い、いいところまで追いつめたのだが、地力の差が出てしまったようだ。最後の側面からの射撃は、闇属性魔法を利用し、弓を使わないで発射したのだろう。そして、注意が逸れたところを後方からの追撃。
権蔵が『居合』を発動させていなかったら、かなり危なかった筈だ。ここを襲撃してきた転移者を殺したことにより、大幅なレベルアップを成し遂げ『妖刀村雨』の封印が解けたのが勝因だろう。
「二人とも見事な戦いだった」
「うんうん、凄かった! 二人とも格好良かったよ!」
俺と桜からの称賛に二人が満足そうな笑みを浮かべている。
「頑張ろう……」
その戦いを目撃しゴルホが密かに闘志を燃やしているようだ。
『ふへー。土屋だけじゃなくて、みんな強いんだね! ボクもやっちゃうぞ!』
ミトコンドリアは目を輝かせ、息巻いている。植物ってこんなに好戦的なのだろうか。あの聖樹があれだったから、この島では当たり前なのかもしれないな。
「さあ、サウワ。覚えているだろうな」
「権蔵……さま」
「んー、聞こえんなぁ。さあ、もう一回大きな声で言ってみ」
屈辱に顔を歪めているサウワを見下ろし、権蔵が心底嬉しそうな表情でサウワに様づけで呼ぶことを強要している。
傍から見たら危ない光景だが、約束なので口は挟まないでおこう。
「権蔵さま。うんこみたいに性格の悪い権蔵さま。これでいいのか、権蔵さま」
「お、おう、それでいいん――」
「権蔵さま、権蔵さま。昨日、夜中に寝床を抜け出して、塀の付近で、すまほを見ながらハアハア言って何をしてたんだ。権蔵さま。ねえ、権蔵さま、権蔵さまってば」
「や、やめろ! もう、様つけなくていいから、やめろ!」
「え、嫌だ権蔵さま。すまほに写っていたあの絵って、さ――」
「ほんと、勘弁してください! サウワさま!」
形勢が逆転したようだ。
締りのない終わり方だが、一回戦は無事終わった。
膝を抱えて顔を伏せている権蔵の周囲を、ぐるぐる回りながら責め続けているサウワを見る限り、どちらが勝者なのか判断に迷いそうになるが。