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正しい不意打ちの仕方

 俺は奴らを追う前に生徒手帳を出し確認すると、躊躇うことなく能力を幾つか強化する。

 少し前からレベル5に達している『捜索』は通常時は依然と変わらず捜索範囲は半径5kmなのだが、対象物を一つに絞った場合20kmまで範囲を広げることが可能となった。

 『桜』を対象として最大距離まで捜索の手を伸ばすと、北西にポイントを発見した。徐々に北へと進んでいるようだ。


「二人を助けてくるよ。待っていて……と言っても聞かないよな」


「うん」


「当たり前だ。この落とし前はつけさせてもらうぜ」


 やる気満々の二人を制御する自信もなければ、止める気もない。


「時間との勝負になりそうだから、俺は先に行くよ。行先に目印を残しておくから、それを追ってきて」


 そう言うと相手の返事も待たずに飛び出していく。

 足を止めずに両刃の斧を取り出すと、近くの木に振り下ろし伐採する。

 そのまま、木の上部に糸を絡ませ、進路方向に先端が向くように調節しながら倒していく。

 一連の作業中も走る速度は落とさずに、一定の距離を進むたびに木を切り倒していった。

 この音も権蔵たちへの道標を兼ねている。それに、森の中で木の倒れる音が響けば、先を行く転移者たちも警戒して気が乱れ、桜さんたちに手を出す余裕もなくなるだろう。


 もっとも、権蔵から聞き覗いた彼らの話しぶりでは、リーダーと呼ばれる者が彼らを支配し、それなりに規律もあるようだが。

 女に手を出すことを禁じられ、それに渋々ながら従っているようなので、あまり心配はしていないが……万が一ということもあり得るので、保険はあった方がいい。

 相手の能力でわかっているのは女の子に化けていた男の『肉体変化』『麻痺』それに『探索』も所有しているようだ。

 『探索』は俺の『捜索』と似たスキルと考えている。


 レザージャケットの男は能力が不明。

 筋骨隆々の男は、信じられない程の馬鹿力だったらしいので、筋力強化系のスキルを持っていると思われる。

 筋力のステータスが高い可能性もあるのだが、筋力が100前後ある俺の見た目は細マッチョといった感じで、そこまでわかりやすい筋肉の付き方はしていない。

 それに、ワイシャツが弾け飛びそうになっているということは、そもそも、元は大した肉体をしていないということだろう。一時的に強化する感じではないかと予想している。

 なら、この状況で真っ先に倒すべき敵は決まったな。


 ポイントがかなり近づいてきた。今までは少しずつだが動いていたというのに、完全に足を止めたようだ。

 もう陽は完全に落ち、周囲は漆黒の闇に包まれている。今日はここで一晩を明かす予定なのかもしれない。ここからは俺も気配を殺し、物音にも気を配るか。

 ――と思ったのだが聖樹との戦いで『隠蔽』スキルを覚えたのはいいのだが、今はまだサウワやゴルホほど、足音を忍ばせる能力はない。なので逆の手段を取ることにした。

 木の上に潜み、あと数十メートルの距離まで接近すると、糸を伸ばしポイントの周辺に生えている大木の枝に巻き付ける。

 そして、俺が枝から枝へ渡るタイミングに合わせて、周辺の枝を激しく揺らした。


「おい! 今の物音なんだ!」


「わ、わかんないよ! 探索に反応ないしっ!」


 移動する度に取り乱した声がこっちにまで聞こえてくる。

 次の移動で相手の様子を窺うことができる絶好のポジションに陣取れそうだったので、今度は木の上に注意がいかないように枝を何本かへし折り、一斉に地面へと落とした。

 周囲に何かが落ちた音が闇夜に木霊すると、眼下の転移者たちがあたふたと周囲を見回している。


 森の開けた場所に焚火をして暖を取る標的を確認した。

 三人が半円状に座り、対面方向に縄でぐるぐる巻きにされた、ミノムシ状態のサウワと桜がいる。抵抗する手段を奪われているように見えるが、サウワの瞳は絶望に染まることなく、相手の隙を探っているようだ。

 サウワには闇属性魔法があるので、ここぞという場面で使う気なのだろう。

 少女とレザージャケットの男は確認できるのだが、マッチョが見当たらない。もう一人ワイシャツを着た男はいるのだが、痩せ細っていて筋肉とは程遠い存在に見える。

 ワイシャツがマッチョだとすると、能力を発動した時にのみ、暑苦しいほど筋肉が膨張するのだろう。


 相手の『探索』を俺の所有している『捜索』とほぼ同じだと仮定すると、相手は何かを探索の候補にしていると思われる。俺と同じ発想なら生徒手帳を対象とする筈だ。

 その対策として俺は生徒手帳をゴルホに預けている。

 敵が襲撃してきた際に、ギリースーツを着て隠れていたゴルホは相手に見つかっていない。そこから推測したのだが、ゴルホはおそらく『隠蔽』スキルを所有している。なので、ゴルホに持たせておけば、俺の生徒手帳の存在も相手から隠すことが可能となる。


 あの少女もどきは、戦闘タイプではなく諜報活動や敵を探知する役割なのだろう。

 怪力の男はわかりやすく戦闘担当。

 そして、口の悪いレザージャケットの男はその二人を補うような能力と考えるのが妥当か。

 考えながらも、周辺の草木を一定の間隔で揺らすのは忘れない。まるで、何か生き物が彼らの周りをうろついている様子を音だけで演出する。

 後は二本の糸を静かにサウワと桜の元へ忍ばせ、その体に触れさせる。


『二人とも驚いたりしないで』


 小さく囁くイメージで『精神感応』を二人へ飛ばす。

 俺の声に一瞬体をぴくりと揺らしたが、敵の三人はそれどころではないようで、誰も気づいていない。


『サウワ、俺が合図したら闇魔法で焚火の明かりを消してくれ』


 パチパチと数回瞬きしたのが見えた。

 さて、狩る側から狩られる側へ役割を交代してもらうか。


『3、2、1』


 ゼロのタイミングでサウワの魔法が焚火を直撃し、一帯が完全な暗闇と化した。


「なっ、焚火が消えたぞ!」


「急に何でだっ!」


「は、早く誰かつけてよっ!」


 奴らが取り乱している内にサウワと桜を引っ張り、奴らから遠ざける。

 そして、そこから更に――


「ぎゃあっ!」


「おい、どうした!? 何があった」


「え、え、えっ、ちょっと、返事してよ!」


 誰も暗視関係のスキルを所有していないのか。俺は『気』の力により命あるものの輝きが見えるので、相手を観察することも自分の動きにも支障がない。


『サウワは今から五秒だけ灯りを戻して』


 焚火の上に闇魔法を被せていただけなので炎は消えておらず、再び付近が明るく照らされる。


「ひいいいっ、し、死んでる!」


「吉田がっ」


 焚火の上には、糸が首に絡まり首つり状態で左右に揺れている、レザージャケット男の姿があった。

 この男は吉田というのか。本当は死んでないんだが、誤解してくれるのなら好都合だ。

 首を絞め暴れている際に昏睡薬を直接口に放り込んだから、全身の力が抜け死んでいる様にしか見えない。実際は首が絞まりきらないように体にも糸を回し、ぶら下げている。

 能力がわからない相手をまず先に倒す。能力が何であるにしろ、使用させずに無力化すればいいだけの話。検証は後でゆっくりやればいい。

 五秒が過ぎ、再び光が遮断される。


「また、灯りがっ!?」


「な、な、仲間か! なら、こいつらを人質……いないぞっ!?」


 見た目は少女、中身はむさい男がペンライトのような物で桜たちが転がされていた場所を照らしているが、そこに彼女たちの姿は既にない。

 見た目が少女なので躊躇いそうになるが、中身が男だとの情報を得ているので、手加減をする必要もないか。


「ぐえええっ!」


 今度は少女の首を糸が捕らえる。だが、相手も大したもので首に絡まった糸を咄嗟に掴むと、糸を逆に利用し『麻痺』をこちらに流し込んできた。

 悪いな、その程度の威力は俺には通じないんだよ。

 元の精神力の差が如実に表れたようで、一瞬軽い痺れが全身に広がったような感覚があったが、ただそれだけだった。

 彼らもそれなりにレベルは高いようだが、俺はこの島にいる転移者の中でもかなりレベルが高い方だと……思う。

 これぐらいの威力ならステータスの能力だけで充分に防ぐことが可能だ。

 この少女もどきも同様に昏睡薬を服用させておく。便利だな昏睡薬。俺の戦法との相性が抜群にいい。

 足下に転がり周囲に光を撒き散らしていたペンライトに糸を伸ばし、素早く奪うとスイッチを切っておいた。


「くそっ、出てこい! こいつらの仲間だろ! 正々堂々と戦いやがれ!」


 ギャグとしてなら中々レベルが高い。本気で言っているなら、自分の行いを顧みるという考えが欠落しているのだろう。


『サウワ、灯りを戻してやってくれ』


 闇魔法を解除し、灯りが戻ったことにワイシャツが安堵の息を吐いた。いつ発動したのかはわからないが、姿が筋肉達磨になっている。ボディービルダーの大会に出場したら優勝できるレベルだな。

 こいつを残したのには理由がある。一番わかりやすい能力を所有しているので、扱いやすいと判断したからだ。『精神感応』で相手の考えを読み取るにしても、意識がなければ尋問が成立しない。

 そして、彼だけは俺が倒すわけにはいかない。


「正々堂々か。なら俺が相手してやるぜ」


 さあ、本命の到着だ。

 薪から立ち昇る炎が揺らめくその場に姿を現したのは、右目に黒の布を巻き付けた権蔵だった。


「お前か。ちっ、仲間と合流して追ってきやがったのか。その右目の恨みに、仲間と一緒に俺を殺すつもりか」


「いや、俺だけで充分だ。そうだな、てめえが俺をもし倒せたら、見逃してやる。仲間にも手を出させないことを誓うぜ」


 その言葉に何の確証も権限もないのだが、目の前の男は取り敢えず一対一で戦えることに勝機を見出したようだ。権蔵をあっさり片づけて、何とかこの場から逃走するつもりなのだろう。


「へっ、今度はその左目を抉ってやろうか」


「やれるものならやってみろ」


 鞘が抜けないままの妖刀村雨を正眼に構えると、権蔵は静かに摺り足で前に進む。

 対するマッチョは手甲を装着した指を鳴らし、無造作に大きく腕を振りかぶった。

 大気ごと破壊しそうな剛腕が権蔵の右側面を狙い、ボクシングのフックを打つ要領で繰り出される。力任せの一撃だが、目が見えなくなった右側面から殴りかかったということは、少しは考えているようだ。


「ふっ」


 権蔵の体が後方にずれる。避けたというよりは、そのままの体勢で体が後方に移動したといった感じの動きだった。

 更にワイシャツマッチョの連撃が権蔵を襲うが、その全てがかすりもしない。拳が自ら相手を避けているかのような錯覚を抱いてしまう。


「大したものだな」


 肩の位置を上下させることなく、一定の高さを保ったまま動く独特の移動方法。

古武術の歩法らしいが、対戦相手にしてみれば、まるで地面を滑っているかのように見えるだろう。

 そして、その歩法には他にも特徴がある。行動を起こす際には普通予備動作というものがある。

 跳び上がるには足を曲げ、力を込める。走り出す際には上半身を前に傾ける等。注意深く見ていれば相手の行動を事前に知ることができる。


 だが、権蔵が学んでいる古武術はその予備動作を極力までそぎ落とした武術らしく。歩法にもそれが採用されている。


「逃げてばっかりじゃ、勝てないぜっ!?」


 相手が言い切るよりも早く、権蔵は懐へと潜り込んだ。

 予備動作のない動きに加えて、一気に踏み込むまではわざと速さを殺し、ゆらゆらと風に薙ぐ柳の葉のような動きを繰り返していた。そこからの、最速の踏み込み。

 相手はまるで瞬間移動したかのように見えただろう。

 この動きは権蔵のスキル『縮地』ではない。あくまで『古武術』『歩法』スキルの応用だ。まだ学び始めて半月程度の権蔵が、何故これ程の動きができるのか。

 ステータスの高さが常人を遥かに越えているのは確かに大きい。だが、それだけではない。


 権蔵は日本にいた頃から独学で武術を学んでいた。だが、ネットや漫画で得た知識のみで鍛錬を愚直に続けていただけだったので、脳内での理想の動きと体が合致しなかったのだ。

 蓬莱さんから託された『古武術』の知識は、権蔵の求めている理想そのものだった。基礎ができあがった状態で、そこに知識がプラスされ、更に自分に向いたスキルに対する補正が働いた。

 その結果が今の権蔵。寝る間も惜しんで鍛錬を続けていたとはいえ、驚愕すべき成長速度だ。


「誰が逃げているんだ?」


 顔が触れ合いそうな距離で権蔵がニヤリと口元を歪める。


「はっ、馬鹿が!」


 ワイシャツマッチョは両腕を広げ、権蔵を抱き締めようとする。あの怪力で締め付けられたら一溜りもないだろう。

 刀を振るうにもここまで密着していれば、刀を動かすスペースが存在しない。


「誰がだよっ!」


 体の芯まで響いてくる鈍い音が森に沁み込んでいく。


「な、なんで……」


 ワイシャツマッチョが驚愕に目を見開いたまま仰向けに倒れていく。自分に何が起こったのか理解していないのだろう。


「てめえに、刀は必要なかったな」


 相手の鳩尾に右拳を突き出した状態のまま、権蔵はそう言い捨てた。

 至近距離からの拳による打突。格闘漫画で何度か見たことはあるが、実際に目にすることができるとは。

 糸なしで正面から戦ったら、権蔵に勝てるだろうか……正直、自信が無い。


「ご苦労様」


 俺は地上へ降り立ち、権蔵に声を掛ける。


「権蔵君、凄いよ!」


「珍しくまともだった」


 解放された桜さんは素直に称賛し、サウワは目を逸らしながら、あれでも褒めているつもりらしい。


「二人とも、すまない! 俺が情けないばかりに、怖い思いさせちまって!」


 深々と頭を下げる権蔵に、桜は胸の前で激しく片手を振りあたふたしている。


「大丈夫! 大丈夫だから! 権蔵君は一生懸命やってくれたんだから! 私も全く役に立ってなかったし! それどころか、抵抗の一つもできなかったんだから!」


 一生懸命フォローしているのは伝わるのだが、そこで胸を張って堂々と言うのは違うんじゃないかな。


「権蔵よくやった、褒める」


「何で、サウワは上から目線なんだよ」


 苦笑いを浮かべ権蔵が顔を上げる。

 どうやら、この騒動は一旦区切りがついたようだ。


「さてと、ゴルホ。首から下が完全に埋まるような穴を三つお願いできるかな?」


 木の根元にあった草むらがもぞりと動き、気を失っている男達の足元へと移動する。


「穴掘り開始」


 草むらからゴルホの声が響き、草から二本の腕が飛び出し地面に手を当てている。

 頼むから返事をしてから動いてくれ。俺でも探知できないから、毎回びびるんだよ。


「さーて、二人も無事だったことだし、ここからは楽しい尋問タイムだ」


 昏睡薬で眠りこけている二人から聞き出すことは不可能だが、既に縮んでしまっている元マッチョは叩き起こせばいい。

 さあて、全てを包み隠さず吐き出してもらおう。


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