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襲撃

 帰りの道すがら彷徨いの森を探索していくことにした。

 黒い霧は晴れ、何処か薄暗かった森の所々に光が射し込んでいて、数日前とはまるで違う顔を見せている。

 森の大樹の何本かは枯れて朽ち果てているのだが、その原因はおそらく俺にある。その証拠に、この森に生える樹齢が千年を超える木は軒並み枯れている筈だ。

 聖樹と共にいたドリアードの殆どは聖樹が死ぬと同様に枯れていき、生命活動を停止して光の粒子と化した。

 ドリアードたちを聖樹は子供と呼んでいたが、ほぼ同一の存在だったようで、聖樹の死はドリアードたちの死と同様らしい。


 闇の霧が消えたということは、ここで迷う者もいなくなるということ。オークたちがこの情報を得たら、進軍を開始しそうだな。

 この場が荒らされる前に目ぼしい物があるなら手に入れておきたいところだが、ただ自然が広がっているだけの場所らしく。保養にはいいかもしれないが、これといって目を引くような物が今のところ存在していない。


 魔法の地図で現在地を確認しながら、気が変わり更に北を目指してみるが、代わり映えのしない風景が続くだけだ。

 あとは、異様に静かな森だという感想ぐらいか。

 闇の霧に囚われ、聖樹の元へ運ばれる最中の動物や魔物だったのだろう。ドリアードに運ばれることなく、命尽きた無数の屍が所々に横たわっている。

 植物以外の生存を許さない森は自然が豊富だが、植物のみが生息する歪な生態系を形成している場所でもあった。

 彷徨いの森を真っ直ぐ北に突き抜けたが、魔物に会うこともなく、動物や人間と遭遇することもなく、贄の島、最北端の岬に出てしまう。


「少しだけ、拠点より寒い気がするぐらいかな」


 海岸も海も特にこれといった違いが感じられない。

 そのまま、踵を返し拠点に帰ろうと思ったのだが、サウワに美味しそうなお土産を、おねだりされていたことを思い出し、海の幸を幾つかゲットしておいた。

 再び、彷徨いの森を走り抜けている最中にも、目ぼしい果実や木の実も片っ端からもいでおく。

 北の森の十分の一も探索できていないが、今度は他のメンバーも連れて行くことにしよう。暫くは、北の森を隅々まで調べ、この島の全体図をこの目で確かめなければならない。





 朝に聖樹の消滅を確認してから、かなりの時間が経った。

 かなり足早に森を駆け抜けていたのだが、一度島の北へ足を運んだのが思ったより時間を食ってしまったようだ。

 夜の帳が落ち始めている。そろそろ、拠点が『捜索』の範囲に入るので、発動させてみる。


「おかしい……」


 何かあったら遠くからでもわかるように、お手製の人形を防犯グッズ代わりに置いてきているのだが、その反応がない。

 非常事態に陥った時は、その人形を壊すように指示をしておいた。

 『捜索』にそのポイントが存在しないということはつまり――何かがあったのかっ!

 駆け足気味だった移動速度を本気の走りに切り替えて、草木を蹴散らし疾走する。

 手や顔に張り出した枝がぶつかり裂傷を生むが、今はそんなことどうでもいい。

 途中、道が存在しない荒れた地面の場所は、木の枝に飛び乗り、糸を利用し枝から枝へ空中を移動する。


 この調子ならあと二分で着くと判断し、捜索リストに入っている全ての名称を『捜索』する。


 拠点付近に魔物は……なし!

 生徒手帳反応は……1か。各自で自分の生徒手帳を所持し、死んだ人の生徒手帳は全て俺が所持している。拠点には桜と権蔵の生徒手帳があるべきなのだが、少し狩りや探索に出ているだけかもしれない。

 まだ確定ではない。嫌な予感なんてものは、勝手な想像力が生んだ気の迷いだ。

 俺は深呼吸を繰り返すと、今度は『転移者の死体』を『捜索』した。


 拠点付近にポイントは……なし! 最悪な状況が確定されずに済んだが、安心するのはまだ早いか。

 木から降りることなく、枝へと移り、拠点が見下ろせる場所に到達した。

 辺りが闇に染まり始めているが、まだ目視で確認できる時間だ。

 木の上から覗き込んだ眼下には――変わり果てた拠点があった。





 塀の一部が根こそぎ吹き飛ばされ、防衛機能が成り立っていない。

 朝晩の飯時を皆で過ごしたテーブルや椅子は吹き飛ばされ、辛うじて残っていた塀に貼り付いている。

 焦る心を抑え、あえて触れなかった仲間の名前を一斉に『捜索』にかけていく。


 『権蔵』反応あり。


 『ゴルホ』反応あり。


 『サウワ』反応なし。


 『桜』反応……なし。


 ここまでが、限界だった。


「権蔵、ゴルホ!」


 木から飛び降りると、拠点に飛び込み反応のあった二人を大声で呼ぶ!

 すると、寝床に立てかけてあった丸太の蓋がずれ、そこから、憔悴しきった表情のゴルホが顔を出した。


「どうしたゴルホ!」


 体に怪我はないようだが、その生気を失った顔からは疲労が見て取れる。


「桜、サウワ、連れて行かれた……権蔵、大怪我。傷薬つかった。今、寝てる」


 連れ去られただと……。

 たどたどしい口調で伝えられた現実に、俺は膝の力が抜けそうになる。


「連れて行った犯人は!? いつ連れて行かれた!?」


 肩を掴み意気込む俺からゴルホは視線を逸らし、ぼそっと呟く。


「知らない転移者……今日の昼」


 今すぐにでも追いかけるべきかっ?

 ゴルホも後を追いたかっただろうが、権蔵を置いていくことができずに、看病を続けていたのだろう。

 追いかけるにしろ情報が少なすぎる。

 今にも飛び出して、助け出したい! だが、焦りは死を呼ぶ。ここはそういう世界だ。

 落ち着け、落ち着くんだ土屋紅。助けたいなら、今は情報を集めろ!


「ゴルホ、今から聞く質問に、できるだけ正確に答えて欲しい」


 真剣な眼差しが俺の視線と絡み合う。


「まず、敵の――」


「そこからは、俺が話す……よ」


 寝床の入り口から妖刀村雨を杖代わりに、進み出てきたのは右目に大きな傷跡がある権蔵だった。


「その右目は」


「ここを襲った奴にやられちまった。傷薬で傷は防いだが、眼球は無理だったみたいだな」


 痛々しい傷跡が残る瞼を開くと、そこには暗闇が存在するだけで、本来あるべき眼球は失われている。


「そんなことはどうでもいいんだ。土屋さん、聞いてくれ!」


 ここで一体何があったのか。その全てを権蔵が明かしてくれた。





 昼食時にそれは起こったそうだ。

 皆で食事をしていると、森の方から女の子の悲鳴が聞こえ、権蔵とサウワが仲間たちに目配せすると、ほぼ同時に飛び出していく。

 森を少し入った場所に、ランドセルを背負った小さな女の子を発見。その子の前には舌なめずりをするヘルハウンドが二体。今にも飛びかかろうとしている場面に遭遇する。

 見たところ小学生の高学年といった感じの、髪を両端で二つに束ねたツインテールの女の子だった。


「おい、大丈夫か!」


 権蔵が声を掛け、二人は走る速度を落とすことなく武器を構えた。

一目見て転移者とわかる格好に、躊躇なく女の子の前に飛び出すと、権蔵とサウワが一体ずつ一撃で仕留め、少女を救いだすことに成功する。


「あ、ありがとうございます。私、仲間の人とはぐれちゃって……」


 そう言って涙ぐむ子供を拠点へ連れて行き、昼食の余りをご馳走すると凄い勢いで食べ始め、人心地つくと身の上話を語り始めた。


「転移者みんなで力を合わせて、この島の北西で生活していたのですが、昨日あたりから、ずっと通れなかった北の森が通れるようになって、仲間のお兄ちゃん二人とここまで、脚を伸ばしたんです……そしたら、大きな黒い犬の群れに襲われて……」


 そして、はぐれたところを権蔵に助けられたとのことだった。


「じゃあ、お兄ちゃんたちが見つかるまで、ここにいたらいいからね。権蔵君、サウワちゃん捜索お願いできるかな」


「おっし、任せとけ!」


「うん」


 一緒の席についていた権蔵とサウワが勢いよく立ち上がると、少女はその手を取り、花が咲いたようにニッコリ微笑む。


「ありがとう、お兄ちゃん、お姉ちゃん……お人好しで助かるぜ」


 急に口調が変わった少女に警戒心を抱いたときは既に遅く、全身に電流が走ったような感覚に襲われると、サウワはその場に倒れ込んでしまった。

 権蔵は片膝を突いた状態で何とか耐えているが、体の自由が殆ど奪われてしまう。


「お、そこの兄ちゃんは、まだ耐えられるのか。へえー『麻痺』5レベルなんだけどなぁ」


 さっきまでの純粋さが顔に出ているかのような笑みは一変し、そこには他者を見下し、侮蔑の眼差しを投げかける、小憎たらしい表情の少女がいた。


「もういいよっ!」


「やっと出番かよっ!」


「初めから任せておけばいいのによ」


 その声が塀の向こうから響いてきたかと思ったその時、塀の一部が弾け飛び、強引に作られた入口から、二人の男が顔を出す。

 一人は、光沢のある黒のレザージャケットを着た背の低い男で、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。

 もう一人は、今にも服がはち切れんばかりの体に密着したワイシャツを着ている。ワイシャツの上からでもわかる、鍛え上げられた筋骨隆々な体は見ているだけでも圧倒されそうになる。その手には鈍く輝く銀色の手甲がはめられていた。


「な、何をするんですか! 一体何者です!」


 地面に崩れ落ちたサウワを庇うように前に飛び出た桜が、そいつらを睨みつけ怒声を上げる。


「へえ、この状況で強気だね、片腕の姉ちゃん。同じ転移者だからって、こんな外見だからって油断しちゃダメだよぉ。本当は……こんなのかもしれないんだからな」


 そう言うと少女は額の前に手をやり、上から下へと手を移動させる。そこには、体と服装は少女のままで、顔だけが太りすぎで頬が弛み、脂汗にまみれた男の顔があった。


「どうだこの『肉体変化』のスキルは。これで二次元の女にも、イケメンにもなりたい放題だよぉ」


 さっきまでは女の子の声だったのだが、今は話す度にねちゃねちゃと粘着的な音がしそうな、不愉快な話し方をする男の声に変貌している。


「やめろ、デブ。きめえんだよ。おら、馬鹿なことしてないで、とっとと連れてくぞ。リーダーがお待ちかねだろうからな。この片腕の女はあれだが、褐色の現地人はたぶん喜ぶだろうよ」


 レザージャケットの男が、地面に投げ出された、サウワのすらっと長い足を眺めて目を細める。


「ああ、大人の女はもう食い飽きたって言っていたからな。まあ、凹凸もねえガキの何処がいいのか理解不能だが。そこの片腕の女は一応予備で持っていくぞ。判断はリーダーがするだろうからな」


 マッチョが首を回し、面倒臭そうに肩を叩く。


「……欠損や未発達な子供だからいいんだろ。それもわからないなんて素人が……」


 顔と声を元の少女に戻した男が、小さな声で呟いている。


「何か言ったかデブ。一応、念の為にそこの女も麻痺させておけ」


「デブじゃねえ……すみません、しますします」


 反抗しようとしたようだが、ひと睨みされると偽少女は桜へと近づいていく。

 そのタイミングを見計らい、力を蓄えていた権蔵が二人の男の前に飛び出した。


「へっ、動けるのかよっ!」


 鞘付きの妖刀村雨を横薙ぎするが、それを手甲で容易く受け止められてしまう。いつもの動きができていたなら、今の一撃は相手を捉えられた筈だが、体の痺れが取れない今は本来の半分以下の動きしかできない。


「ふーん、抵抗するのか。なら、サンドバッグにでもなってもらうか」


 男は嬉しそうに指を鳴らし、軽く腕を振った。それだけで、権蔵の体は宙に浮くと、塀までノーバウンドで吹き飛び、叩きつけられる。


「おいおい、殺すなよ。リーダーに殺しは禁じられてんだからよ」


「わかってる。手加減はする。まったく、面倒だ。レベルでチェックされているから、転移者殺してレベル上がると、即バレだもんな」


「女もリーダーが手を出して飽きるまで、何もできねえしよ」


「ぼ、僕の探索には他の転移者の気配はないけど、い、急いだ方がいいんじゃ……」


「黙れデブ。わかってんだよ、そんなことっ!」


 少女の姿をした男に蹴りを入れると、レザージャケットの男は地面に唾を吐く。

 そこからは、何とか権蔵が足掻いたものの、どうにもならず時間も、ろくに稼げなかった。

 そんな状況下で権蔵は、ゴルホに待機するようにとの意思を込めて目配せをした。

 ゴルホは助けに飛び出したい気持ちを噛み殺し、ギリースーツを着こんだまま、その場で状況を見守り、じっと耐えていた。





 話を聞きながら、許可を取り心も読ませてもらったが、これが事の顛末らしい。


「つまり、不意打ちと相手の策にはまったわけか」


「ああ、すまねえ! 留守を任されておいて、このざまだっ!」


 権蔵が額を地面にこすりつけ、土下座をしている。


「謝る必要なんてない。相手が一枚上手だっただけの話だ。それに俺が桜さんから精神感応を譲り受けていなければ、相手の策も読めた。これは俺の失策でもあるんだよ」


 そう、桜が能力を失っていなければ、今回の一件で騙されることもなかった。

 後悔する点はいくらでもある。俺がもっと早く帰っていれば、展開も変わっていただろう。

 他の転移者は全て疑ってかかるように説き伏せておけば、こんな事態は避けられたかもしれない。

 後悔も反省も全ては後だ。今すべきことは決まっている。

 ――その身に思い知らせてやらないとな。


「俺たちを敵に回したその馬鹿共に、本物の不意打ちを……嫌と言うほど味あわせてやろう」


 その時、俺はかなり邪悪な笑みを浮かべていたようで、権蔵とゴルホが身を仰け反らして、引きつり笑いをしていた。


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