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自然破壊

 格好を付けたのはいいが、どうするか。

 相手は彷徨いの森を支配する強力な聖樹。それに喧嘩を売ったのだが、勝算はある……と思いたい。

 ドリアードの心を覗いて得た情報から聖樹の能力を見る限り、勝てない相手ではない……と思う。


 相手の注意すべき能力は、広範囲に影響与え、相手の生命力を奪う闇属性魔法。

 それと『精神感応』だ。

 ドリアードが知る範囲でだが、聖樹はたった二つしか能力を所有していないようなのだ。


 そもそも、この地に辿り着くまでに大半の獲物は弱り果てているので、聖樹が自ら戦う必要はない。まれに抵抗する者もいるようだが、そういった相手は子供であるドリアードたちが物量で押し潰す。

 そのドリアードたちの能力は『精神感応』『肉体変化』と『植物使い』となっている。

 何度も言うが、基本的には戦う必要がないのだ聖樹は。

 今もドリアードたちが動かないことに動揺し、手をこまねいている。何も攻撃を加えようともせずに、沈黙を守っている。


 なら、俺から動くか――

 聖樹へ向けて全力で突っ込もうとした途端、足元が大きくぐらつく。

 縦揺れの激しい震動にその場に立っていられず、片膝を突いてしまう。

 そのタイミングを見計らっていたかのように、大地に深く潜り込んでいた聖樹の根が、意志を持った生き物のように蠢き、地面から解き放たれた。


「まあ、他の手段ぐらい用意しているか」


 鎌首をもたげた蛇を連想させる、その姿に思わず息を呑む。

 見える範囲だけでも軽く100を超える根は、俺の胴回りといい勝負をしそうな太さがあり、それが一斉に俺を貫こうと飛び込んできた!


「速いっ!」


 目の前に鋭く尖った根の先端で出来た巨大な壁が創造され、それが俺に向けて倒れてきているような光景。

 密集した根の壁に抜け道など何処にもない。仕方なく後退するが、俺のいた場所へ次々と根が突き刺さっていく。

 くそっ、身を隠す場所もないのかっ!


 正面にばかり気を取られていると、足裏に更なる振動を感知した。

 視線を向ける時間も惜しい。その場から全力で後方へ跳ぶ。

 俺の足が地面から離れた瞬間、地面を突き破り数十もの根が飛び出してくる。

 このままでは、いつか捕まる!

 糸を操り強引に根を何本か束ねてみたが、焼け石に水のようだ。

 動けなくなった根を放置し、新たな根が地面から現れるだけで、結局相手の攻め手は減らず、こちらが糸を外せば、その根が動きだすので外すことができずに、扱える糸が減るだけとなる。


『どうした人間。さっきまでの威勢の良さはどうした』


 上から目線どうも!

 その言葉に返答する余裕など微塵もなく、俺は避け続ける。


『ふむ、久しぶりのいい運動になる』


 周辺の地面の至る所から根が顔を出している。更に根が追加されるみたいだ。

 そっちが数で来るなら、こっちも数で抵抗させてもらおう。

 俺が両腕を大きく広げると、十本の糸が周囲へと伸びていく。その糸の先端には、最近では相棒と呼んでも支障のない武器の一つである、丸太が括りつけられている。

 相手の防御力はそれ程でも無い事が判明しているので、気を通した丸太で迎撃できるレベルだ。


「うおおおおおおっ!」


 俺は地面に踏ん張り、その場で抗戦することを決めた。

 四方八方から土砂を巻き上げ、風を切り裂き、襲い掛かる聖樹の根を丸太が弾き相殺していく。

 十本の糸を操作しながら、相手の動きを見極め、全てを撃ち落す勢いで糸を振るう。

 それでも、圧倒的な数の差があるので何本かは糸と丸太の包囲網を潜り抜けてくる。

 中距離戦に割り込んでくる無粋な根には、右手に握りしめたミスリルの鍬をお見舞いする。


 鍬を振るってみて理解したのだが、鍬は戦闘に向かない。貫通力は流石のミスリル製なのだが、突き刺さった後が引き戻しにくい。斧に変更すべきか。

 アイテムボックスにミスリルの鍬を放り込み、斧を引き出す。ついでに取り出した薬を左手に握りしめる。

 斧を根に叩きつけると、刃の大きさと『斧術』スキルのおかげで根を切断できた。


「初めからこっちにしておくべきだったな!」


 根を切り落としながら、その切断面に薬をぶっかける。


「一本! 二本! 三本!」


 景気づけに根を切断した数を声に出しながら伐採を続ける。

 その数が五に達すると、また一から数え直し、中身が空になった薬を確認するとスキルポイントを消費して、再び満タンにする。

 丸太が砕け散ると、アイテムボックスに糸を突っ込み新たな丸太を補充する。だが、丸太の数にも限界がある。

 節約の為に俺が切り落とした根の先端部分を拾い、有効活用させてもらおう。


『まだ死なぬとは驚くべきしぶとさだ。本当に人間か?』


 俺の足元には切断された木の根が転がり、砕け散った木片が地面を埋め尽くしている。

 もう、どれぐらい時間が経ったのか。

 斧を振るい、木の根を真っ二つに分断しながら腕時計で時間を確認する。

 まだ40分といったところか。

 アイテムボックスの丸太は残りわずか。それに比べ相手の木の根はまだまだ余裕があるようだ。糸が括られているのは全て切断された木の根で、このまま相手の根を利用すれば、まだまだやれそうだが。


「健闘を賞して見過ごすというのは、どうだっ!」


 相手の攻撃に隙を見出し、糸の一本を聖樹の本体へ向かわせる。その先端には鋭く尖った木の根を巻き付けて。

 地面を這う根は攻撃に集中しているので、その一撃が聖樹へ届いた――ように見えたのだが、その攻撃はあっさり叩き落される。

 大樹の枝が振るわれたのだ。


「枝も動くのか……」


 隙をついて大樹の幹へ近づこうと考えていたのだが、早まらなくて良かった。

 枝には根のような長さが無いので、距離を取っている俺への攻撃に参加することは無いが、防御は枝が対応すると。理想的な布陣なわけだ。


『見逃せと申すか……面白いことを言う。我をここまで傷つけたのだ。きさま一人では養分の補充に足りぬが、せめて生き地獄を見せねば腹の虫が収まらん!』


 本当に腹に虫がいそうだけどな。

 このまま長期戦を続けてもいいが、時が経てばドリアードたちが起きてきてしまう。奴らが参戦したら俺の負けは確定だろう。

 それに、俺の精神力が尽きる可能性が高い。今はまだ余裕もあるが、この調子で戦い続ければ精神力が枯渇してしまう。


『おや、糸の動きが鈍くなっておるぞ』


 こうやって、相手にも見抜かれている始末だ。精神力温存の為に、今は七本の糸しか使わず、撃ち漏らしが増えている。

 唯一良かったことは、戦闘中に斧術のスキルが上がったようで、辛うじて相手の攻撃を防げていることだろう。

 傷薬も何度使ったことか。

 やはり、潮時だな。何とか逃げる手段を考えないと。


『逃げる気か』


 くそっ、油断していた。今の考えを読まれたか!


『なら、遊びはここまでにしよう!』


 俺の両脇の地面から根が砂埃を巻き上げながら現れ、それが大樹までの道を作るようにずらっと隙間なく並ぶ。後ろを振り返るとご丁寧に根で塞がれている。

 根の高さはざっと100メートルはある。俺が切断していた根の先端は、全長から見ればほんの一部に過ぎなかった。

 言葉通り余裕を持って遊ばれていたわけか。

 そういや今更だが、一本の木に対し根は軽く数十万本以上あるとか聞いたことがあったな。長さはkm単位だとか何とか。まあ、始めから無理のある戦いだったのは承知の上だが。

 逃げ道はなく、前にだけ進める一本道。それが意味していることは。


『森の守りが薄くなることを危惧して、躊躇っておったがいたしかたない』


 聖樹の前方に闇が集約していくのが見える。

 周囲から集まってきた闇が濃縮され一つの塊と化していく。

 ここで使ってくるのか闇属性の魔法を……おいおいおい。魔力を探知する力はないが、断言できる。あれをまともに喰らえば、俺は骨まで蒸発する。


『こんなものでよいか。光栄に思うがいい。闇の魔力をふんだんに詰め込んだ我の一撃を、人間の身で味わうことができるのだからな!』


 直視するだけで全身が凍り付くような悪寒を感じる力の塊が、聖樹から射出される。

 根で出来た通路いっぱいに広がっている極大の闇球が唸りを上げ、俺に迫ってきた。

 徐々に視界が闇に埋め尽くされていくのを、俺は黙って見つめる。

 そして、その場から動こうともしなかった俺の視界は漆黒の闇で埋め尽くされた。





 闇の着弾地点が土砂を吹き上げ、爆風が吹き荒れる。

 聖樹に匹敵するほどの大きさの穴が大地に空き、すり鉢状に陥没した地面には何も存在しない。そこに根を伸ばしていた聖樹も少なからず被害を受けたが、そんなことよりも、生意気な人間を始末できたことを喜んでいる。


『愚かな人間であった。さすがに、いささか力を使い果たしてしまったようだ。暫し、眠ることとしよう……ドリアードたちよ、我が養分を連れてくるのだ』


 聖樹は衝撃と振動で目を覚ましたドリアードたちに指示を出すと、そのまま深い眠りへと落ちていく。





 それから、三度陽が落ち、四度目の陽が地上を照らし始めた時刻。

 俺は土を押しのけ、大穴の底から這いずり出てきた。


「生きているって素晴らしいな」


 全身の土を払い落とし、俺は大きく伸びをすると体をほぐす。

 三日も土の中で身動き一つせずに潜んでいたのだが、思ったより体に違和感がない。これもステータスの頑強が上がったおかげかね。

 何故、俺が無事だったのか。そのからくりは単純だ。


 あの闇属性魔法を喰らう瞬間、俺はアイテムボックスから最強の盾――魔王のローブを取り出し事無きを得た。

 攻撃の余波で地面が抉れ、土埃が舞っている内に『気』を完全に消し、地面へと潜り込む。九本の糸を束ね、細長い管を編み上げると、それを空気穴にして地中に潜み続けていたというわけだ。


 聖樹は久々に力を使った疲労と、俺が傷口に容赦なくぶっかけた昏睡薬の影響が少しは出たのだろう。昏々と眠り続けていたようだ。

 地中から気を探りながら様子を窺い続け、巨大な気が完全に消滅したのを探知し、念の為に糸を伸ばし、聖樹が枯れたことを確認した。

 すり鉢状に陥没した地面を登りきると、そこには葉が抜け落ち、樹皮が剥がれ、水分を失い痩せ細った聖樹の姿があった。

 周辺には無数のドリアードが大地に転がっている。身動きしている個体はないようだ。


「三日で済んで助かったな……」


 糸を使い水分や食料を少しずつ摂取はしていたが、相手に気づかれないように動かないといけない為、毎日少量の食料しか口に入れていない。

 頑強と『消費軽減』のレベルが高かったからこそ、耐えられた。

 枯れ果てた聖樹の樹皮に触れ、自分の作戦が上手くいったことに思わず笑みがこぼれる。

 聖樹が枯れた理由は、間違いなくこのアイテムの力だ。

 俺は空になった容器を取り出し、そのアイテムの表面に書かれた文字に目を通した。


『成長促進剤』


 二人目の転移者が所有していたアイテム。この液体を注ぐことにより植物の成長が三倍速くなるという代物。

 使える回数は5。以前まではアイテムがスキルポイントで回復することを知らなかったので、安定した生活の場ができるまで取っておいたのだが、放置しすぎて、すっかり忘れていた。

 予備のアイテムボックスに入れておいて、それを桜に渡してから確認をすることもなく、頭から存在が完全に抜けていたのだ。

 今回、桜が念の為にと色々渡してくれたものの中に、これもあった。

 そこで一応『説明』4レベルで『成長促進剤』をもう一度調べたら、面白い記述が追加されていた。


(植物に使えば使う程、成長が早まる。 その成長速度は一回注ぐたびに成長度が3倍になる)


 つまり、二度かければ9倍。三度かければ27倍の成長速度となる。俺は、さっきの戦闘中に限度の5回を使いきり、200ポイント消費して補充を2回繰り返した。計15回も『成長促進剤』を使ったことになる。

 これによる成長速度は3の15乗となるので14348907倍となる。それに三日間分の3を掛け、この異世界の一年が360日なので、360で割ると119574年となる。

 三日も土の中にいたので、この計算は良い暇つぶしになった。

 正直三日も必要なかっただろうが、念には念を入れて三日潜っていたわけだが。


「しかし、完全に枯れているというのに消滅をしていないが」


 嫌な予感が頭をよぎる。

 ゲイボルグを使った時と同じように、まさか経験値がないってオチじゃないだろうな。

 慌てて生徒手帳を取り出し、アイテム欄を確認すると、そこには『成長促進剤』の文字があった。

 よっし、大丈夫だ。アイテムの所有権は移してある。

 だが、レベルは上がっておらず、経験値も入ってないな。まさか、この聖樹は魔物ではなく植物扱いじゃ。

 聖樹に触れ『捜索』を発動させると、捜索リストに『聖樹 懇願の木』と表示された。これじゃ、全くわからないか。


『に、ん……げんよ』


 脳内に微かに響くか細い声に目を細め、枯れた聖樹に視線を向ける。


『まさか、われ……が……やられる……と……は』


 辛うじてだが、まだ生きているのか。十万年単位で時が過ぎて生き延びるってどんだけだ。薬が完全に効果を発揮しなかったとしても、ここまで長生きできるなら延命処置要らないだろ。


「こっちは、まだ死んでないことに驚きだよ」


『心配……せず……とも……じきに……いの……ちは、つき……る』


 窮鼠猫を噛むという諺もあるぐらいだ。ここで、さっさと止めを刺すか。


『待て……今更……命乞……いも……無駄な……足掻きも……せん』


 それを素直に信用できるような対応をお前は俺にしてきたのか?

 どの口が――口はないか。よくもまあ、ぬけぬけと言えたものだ。


『それも……そうだ……な。ならば……我が生を……絶った……強者に……これを……残そう……』


 最後にそう口にすると、聖樹はもう二度と『精神感応』を飛ばしてくることはなかった。

 目の前で幹に亀裂が入り、ひびが聖樹の全身へ広がっていく。

 枝が根元から折れていき、地面に衝突した枝は光の粒子となり、俺の体へと吸い込まれていく。全ての枝を失うと聖樹は真っ二つに裂け、地響きを立て崩れ落ちた。

 全ての光が自分の中へ入り込んだのを見送ると、大きく息を吐いた。


「これで終わりか。みんな心配しているかな。早く帰ると――ん?」


 聖樹が根を生やしていた地面の上に、金色と血のように赤い光が絡み合うように表面を漂う、不思議な物体があった。長さは1メートル弱、太さは直径30センチぐらいだろう。

 恐る恐る糸を伸ばして触れてみるが、肌触りは木のようだ。体に違和感はない。

 忍び足で近寄ると、今度は指先でつついてみる。

 木片だな。握ってみたが、精神に異常をきたすということもない。

 取り敢えず、アイテムボックスに放り込んでおこう。

 今度こそ、全てが終わったよな。


「よっし、我が家へ帰るか」


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