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北へ

「見てください、このフライパン捌き!」


 桜がフライパンを大きく振り、中で炒められていた食材が宙に浮き、一回転したところをフライパンで受け止めた。

 フライ返しも使わずに、器用に炒め物を料理している。

 片腕だというのに、特に問題なく料理を終え、手際よく食器を並べ皆が集まるまでの間に、調理道具の洗浄も済ませている。


 桜……女子力が上がっている気が。

 以前なら、料理をするにしても無駄な動きが多く、余計なことに気を取られ料理を焦がし失敗するなんて日常茶飯事だったのだが、最近は片腕だというのに危なげなく、スムーズに家事をこなしている。


「みんな、そろそろご飯だから、手を洗って集合してー」


 そして、以前より明るく元気だ。

 片腕が使えなくなり、弓も扱えなくなり、戦力として見込めなくなったので、拠点で留守番する毎日。誰か一人が桜と一緒に拠点に残り、他のメンバーが周辺の探索と魔物退治をする。

 これが、最近の生活パターンだ。

 元々が戦いに向いている性格でもなかったので、今の状況が性に合っているのは確かだろうが、あんな怪我を負わす前に何故、この生き方を俺は提示してやれなかったのかと後悔してしまう。


「ほら、紅さん。また難しい顔していますよ。こうやって、命が無事だったんです、それだけでも感謝しないと。それに、ステータスが上がっているから、日常生活なんて昔よりスムーズにおこなえますよ!」


 料理を運んできた桜が右腕を曲げて力こぶをアピールすると、俺に背を向け他の料理の盛り付けに戻る。その背には後悔も哀愁もないように見える。

 あの日、トロールとの戦いで息の根を止めたと思ったトロールが、死ぬ間際に振り下ろした棍棒が手からすっぽ抜け、後方で控えていた桜を襲った。

 その一撃は桜の左腕に命中し、肘から先が吹き飛んだ。

 馬鹿げた大きさで重量のある棍棒により、左腕は無残なことになってしまう。

 原形を留めていない左腕は修復不可能で、傷薬を使ったところで元に戻すことができず、桜の左腕は失われた。


 生きているだけでも儲けもの……あのとき、桜は痛みで気を失い目覚めた後、自分の左腕を見てそう言った。

 少し悲しそうではあったが、取り乱すこともなく……それどころか、どこか安心したような表情を浮かべていたのが印象的だった。


「はいはい、みんなご飯だよー。さっさと集合する!」


 机にずらっと並べられた料理目掛け、飢えた獣たちが一斉に群がってくる。


「権蔵君、歩法使ってすり寄ってこない! サウワちゃん、本気で走らなくてもご飯は逃げないから! ゴルホ君はいい加減ギリースーツ脱ぎなさい!」


 手のかかる子供に注意している、肝っ玉母さんみたいだな。

 幸せそうにしている桜を見る度に、彼女が失った腕が余計に気になり、後悔が俺の心を蝕んでいきそうになるが――そんなものは俺の弱い心が生み出した逃げだ。

 そうやって、後悔と懺悔の気持ちに押しつぶされ、精神を病んだ振りをすれば周りから同情され、自分も現実から逃げられる。


 ――ふざけるな! 甘えるな! 悲劇のヒーローぶるな!

 ここで俺が決意すべきことは、桜がこれ以上傷つかないように強くなり、そして、腕を再生する術を見つけ出すことだろう。


「お、腹減ってないのか。じゃあ、これもらいっ!」


「土屋お兄ちゃんの為に、魚食べてあげる」


「じゃあ、肉確保」


「あ、なら私はお野菜を」


 俺の食べる物が無くなるわっ!


「ふはははは、俺から食い物を奪おうなど百年早いっ!」


 俺は糸を使い全力で迫りくるフォークと箸を防いでいる。無駄に早すぎる箸の連続突きも、四本の糸による防波堤で完全に防ぐ。

 ゴルホとサウワのフォークには一本ずつ糸を絡ませ、使用不可能にしておいた。

 桜は……野菜は別にいいか。

 俺は六本の糸で相手の攻撃を完全に防ぎながら、残り四本の糸を忍ばせ、四人から肉と魚を回収しておいた。





「さて、晩御飯も終わったことだし、明日からの予定を発表します」


 いつもよりも多く食事をとったので、腹が限界に近く少し吐き気がする。


「うううっ、俺の肉がぁ」


「お兄ちゃん酷いっ」


「明日は負けない」


「や、野菜は体にいいんです」


 争いに負けた敗残兵共が何か言っているが、気にしないでおこう。


「北の森に挑戦しようと思う」


 俺の一言で机に突っ伏していた仲間が一斉に上半身を起こし、俺を凝視している。


「あの、意味不明な森かっ!?」


 あの時のことを思い出したのだろう、権蔵が眉をひそめている。


「みんなで挑戦したあそこですよね?」


「森に闇の霧がいっぱいで変だった」


「静か過ぎた」


 当たり前だが全員がいい印象を抱いていない。

 とはいえ、東は最果てまで足を伸ばし、北東はオークキングがいる。

 西は強さの桁が違う魔物が我が物顔で闊歩する魔境だ。

 今の自分が行ける残された場所は北しかない。


 その北には広大な森が広がっている。今いる場所も森なのだが、北に広がっている森はこことは雰囲気が違う。

 常に黒い霧が漂い、足を踏み入れただけで体中に何か重い物が、背中から何かがのしかかってくる感覚に襲われる。

 そこにいるだけで生気を奪われるような――実際、奪われていたのだが。『気』で全員の様子を見ていたのだが、少しずつ気が周囲に吸い込まれていくのが見えていた。

 それでも、捜索を強行したのだが10分進んだところで方向感覚が完全におかしくなった。俺の『捜索』スキルのおかげで何とか森を抜け出し、元いた場所に戻ることができたが、俺のスキルがなければ永遠に森をさまよい続けていた可能性が高い。


「いや、無理だろ! どうやって、あの森を進むつもりだ」


「何かありそうな、雰囲気でしたけど危険すぎます!」


 権蔵と桜は反対か。子供たちはどうだ?


「何か考えがある?」


「きっと何か考えてる」


 ゴルホは俺の考えを読もうとし、サウワは信頼してくれている。

 子供の方が相変わらず冷静だな。


「捜索が5になって、方向感覚がかなり強化されているんだよ。それに、あの闇属性の霧が方向感覚を狂わせている元凶だと考えている。そこで、気が6レベルに達してから出来るようになった能力がある」


 最近ようやく『気』が6レベルになり、一つ特殊能力が増えた。今までも全身に気を纏い肉体を強化することは可能だったのだが、その気を変質させ魔法に対する抵抗力を上げることが可能になった。

 これで『気』の能力は、肉体の強化。触れている物体の強化。手を放しても物体に一定時間強化を持続。

 そして、気の変質。今のところ魔法に対する抵抗力を上げる。体を硬質化する。身体能力の向上といった感じだ。物体には硬質化のみが適用される。


 あと、『気』スキルのおさらいをしておくと、説明にも書かれていない能力が幾つかあった。

 気を通した物体に何かが触れると、それが伝わってくる。直接手で触れた感覚よりも鈍い触感だが、例えるなら薄い素材の手袋を付けて何かに触れた時の感じだろうか。

 更にもう一つ気づいたことは、気を通した物体に柔軟性があるか、糸のように自由自在に動く素材であれば、微量だが動かすことが可能になる。『糸使い』の能力と合わせると、単体で発動した時よりも、遥かに細かい作業が可能になり、両スキルの相性は抜群だ。


「魔法への抵抗力を上げることが可能になった今なら、あの森を突破できる……と思う」


「でも、それって紅さんが一人で行くってことですか?」


「まあ、そうだね。気の変質は今のところ自分にしか無理だから」


「反対」


 あ、ゴルホとサウワの声が重なった。


「私も行く」「僕も行く」


「ダメ」


「えええーっ」


 最近子供らしい我儘を見せる様になってきたのが嬉しくもあり、少しだけ面倒でもある。


「俺一人なら、何かあっても抜け出すことも逃げ出すことも可能だから。明日は大人しく待っているように。いいね、わかった?」


 二人は不満を隠そうともせず、恨みがましく俺を見ていたが、念を押すと渋々だが頷いてくれた。残りの二人からも意見を聞くために目を向けた。


「考えがあるなら、まあ。ここで一番強いのは紅さんですから、反対はしませんけど……無理はしないでくださいね」


「直接攻撃以外は苦手なんだよな、今も。こういう偵察はあんたに任すしかないか」


 この数日、自らの能力強化は順調だったが、それ以外の成果が何もなかった。手詰まりの状況を打破するには、北への探索は必須となる。

 新たな仲間、もしくは転移者が残した武器やアイテム。そういった物だけでも、手に入れたいところだ。の


「納得してくれたようだね。明日からどれくらい日数がかかるか分からないけど、まず最高でも三日探索して何も得られなかったら、戻ってくる。もし、一週間経っても俺が戻ってこなかったら、何かあったと思ってくれ」


 その言葉に全員が神妙な面持ちで頷く。

 この世界は死と隣り合わせの世界だ。それは、この一か月で痛いほど理解させられた。誰かの死を、その悲しみをいつまでも引きずっていられるほど、ここは優しくない。

 この時、昔、看護師をしていた友人が酒の席で言っていたことを、ふと思い出していた。


「ごめんね、土屋。いつか、あなたが死んだときに私、泣けないかもしれない。この仕事していると人の死が悲しいと思えなくなるの。感覚がマヒしてしまう。慣れって怖いわよね……」


 俺は、これからも仲間の死を見続けなければならないのだろうか。そして、人の死を当たり前のように受け入れてしまう日が来るというのか。


「じゃあ、明日に備えて、さっさと風呂に入って寝ましょう!」


 そんな俺の考えを吹き飛ばすように、桜が大声を上げて皆を急かす。

 今はこの愛すべき仲間たちと共に過ごす日々が何よりも大切だ。その為には新たな力と、何かしらの生きる為の希望、指針が欲しい。

 それを俺は北の地に求めている。

 明日からは、また一人で生き延びることになる。

 今日の大切な時間を満喫し、何があっても彼女たちと再び会うという思いを固める。

 それを活力として北の地を進もう。

 どんな苦難が待ち受けていようと、彼女たちと再会するという目的がある限り、必ずやり遂げてみせる。





「ああ、忘れ物はない? 念の為に一か月分の食料はちゃんと確認した? あ、毛布代わりの毛皮は? あと、あと……」


「もういいから、落ち着きなさい」


 思わず、おかんか! というツッコミを入れそうになったがぐっと堪えた。

 桜が今から旅立つ俺を心配して、あれやこれやと世話を焼いてくれている。他の仲間たちはそんなやり取りを少し離れた場所から、生暖かく見守ってくれているようだ。


「大丈夫、絶対に帰ってくるから。そっちも体に気を付けて、無理をしないように」


「はい。みんなの食生活は私が守りますので! 一日十品目を目安に頑張ります!」


 すっかり頼れるお母さんポジションとなった桜さんの言葉には説得力がある。


「みんなのことは心配しないでくれ。魔物を寄せ付けやしねえよ」


「ああ、頼んだぞ」


 出会った頃なら鼻で笑ってしまいそうだが、今の権蔵なら信用できる。

 俺は信頼の意味も込めて、拳で肩を軽く小突いた。


「ギリースーツいる?」


「い、いや、いいよ。ゴルホ、サウワやみんなのこと頼むな」


 しかめ面をして手を震わせながら、苦渋の決断といった感じでギリースーツを渡されたら、流石に受け取れないって。


「土屋お兄ちゃん、無理しないでね。あと、美味しそうな、おみやげお願い」


 最近食いしん坊キャラになってないか、サウワ。お兄ちゃんはキミの将来が心配だよ。

 全員と言葉を交わし、名残惜しい気持ちを押し殺し、俺は拠点を後にする。

 過保護かもしれないが、拠点周辺にいる魔物を粗方片付けてから北へと向かった。


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