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平穏な日常

 朝になったか……。

 入り口の丸太の隙間から光が差し込んでいる。

 いつもなら、日が昇る前に誰かしらが起きて、朝食の準備や見張りに立つのだが、心身ともに疲れが抜けないのだろう。まだ、全員が眠りこけている。

 誰も起こさないように、そっと扉を開け隙間から滑り出た。

 日は完全に登っているな。腕時計に視線を落とすと11時と表示されている。


 『気』『捜索』で周囲を探るが、近くに敵はいない。

 そういや、ゴブリンを全く見かけなくなった。本当に俺が滅ぼしてしまったのかもしれないな。

 今まで魔物を問答無用で何体も殺してきた。殺す覚悟があるなら殺される覚悟もまた必要。そんなことはわかっていた……つもりだった。

 水場に水を溜め、顔を洗う。

 顔を洗う際に目を瞑っただけだというのに、脳裏に姉妹の笑顔が浮かぶ。

 薪に火をつけ、朝昼兼用の食事を準備する。

 いつも手際よく食材を捌く蓬莱さんが近くにいる気がしてならない。


「ダメだな、こんなことじゃ」


 いつまでも引きずってはいけない。だけど、決して忘れてはいけない。自分の甘い見込みと計算が招いた惨劇を。蓬莱さんに生かされたことを。


「よし、やるか! みんな、ご飯ができたぞ! さあ、起きた起きた!」


 べたではあるが、フライパンをお玉で叩き、騒音をまき散らしながら寝床へと襲撃を掛けた。

 全員が慌てた様子で飛び出してきた。そして、俺の姿を確認すると、いらっとした表情で睨んできた。あ、サウワとゴルホの表情は変わらないが冷たい視線を飛ばしているな。


「朝から、なんだよ……」


「土屋さんテンション高いです……」


「苦情は一切受け付けないぞ。さあ、まずはご飯だ。何をするにしても、食べる物を食べないとな」


 俺は未だに目が覚めきらず、ぼーっとした顔のみんなに食事をよそった。


「さあ、食べよう。いただきます!」


 全員が食事に口をつけたのを確認すると、俺も食べ始めた。

 食事ができるのであれば大丈夫。人は心が死ぬと感情と共に欲望も消えていく。食欲があるなら、彼らはまだ前へ進める。

 俺だってこんなところで挫ける気は……ない!


「食べながらでいいから、聞いてくれ。俺は、いや、俺たちはこれから戦力を強化する。体を鍛え、蓬莱さんからの情報を頼りにスキルの取得も目指していく」


 その言葉を伝えた瞬間、権蔵君と桜さんの瞳に光が宿った。


「当たり前だ。俺はオッサンの仇を討つ。その為には何でもやってやる!」


「私だってそうです! 私は二度も死ぬべき場面を生き延びてきました。もう、何もできないのは嫌なんです!」


 サウワとゴルホも言葉はわからなくとも想いは伝わったようで、強い意志を秘めた瞳で俺を見つめ頷いた。


「絶対に強くなってやろう!」


「おう!」


「はい!」


 今日から強さを求め、鍛錬を続ける日々が始まる。

 己の限界が何処にあるかは、まだ知らないが、いつか蓬莱さんを超え、オークキングを倒してみせる。

 この日、島を脱出することに続いて、もう一つ大きな目標ができた。





「鬼だ……鬼はここにいたんだ……」


「お婆ちゃん……久しぶりぃ……ん、仲間が鬼畜だけど……なんとか……やって……」


 本日二回目の気絶をした、桜さん権蔵君を見下ろしながら俺は糸を解除した。

 権蔵君とは糸の先につけた木の枝五本との乱捕りを一時間通しで実行し、桜さんは走りながら弓を撃つ訓練をひたすら繰り返してもらう。

 これをあの日から三日間、毎日の日課にしている。二人を強化する為には、何を置いても『消費軽減』を覚えてもらわなくてはならない。

 体力の消耗と精神の消耗による気絶。これを繰り返すことにより『消費軽減』のスキルを覚えることができる。


 スキルを覚えるついでに二人の鍛錬にもなるだろうと、この方式を選んだのだが……正直、初日で二人は音を上げると考えていた。それが、三日間、文句は口にするが訓練を続け、今日もこの通り限界まで体を動かし気を失った。

 彼らの原動力は仲間を失った時に感じた無力さなのだろうか。


「ん、二人も鍛錬は終わったのかい?」


 背後に二つの気を感じ、振り返るとゴルホ、サウワの二人が並んで佇んでいる。

 この二人にも『消費軽減』を覚えさせる訓練をするか悩んだのだが、必要ないと判断した。

 試しに、限界近くまで魔法と土操作を頼んだのだが、かなりの長時間発動しても気を失うこともなく、疲れた様子もなかったので、おそらくだが二人は既に『消費軽減』を覚えている。

 二人のスキル確認ができないので全て憶測で判断しなければならないのが厄介だが、それを愚痴ったところでどうしようもない。


 この二人は元々己を鍛えることを日課としていたので、二人で自由に訓練をさせている。たまに『糸使い』の鍛錬もかねて一緒に模擬戦をしたりはするが、基本二人に任せることにした。


「ごはん、じゅんび。てつだって?」


「はい」「うん」


 俺は片言の共通語で語り掛け、二人はしっかりとした発音の日本語で返してくれた。

 よく使う単語は何とか共通語で話せるようになったのは、全て知力ステータスの高さのおかげだろう。学生時代、英語すらまともに覚えられなかった頭が、こんなに早く聞いたこともない言語を覚えられるわけがないと、自覚している。

 だが、そんな俺の学習速度をゴルホ、サウワの両名は遥かに凌駕している。二人の日本語を覚える早さは大人たちを圧倒した。

 元々、頭の良い子だというのはあるが、子供ゆえの頭の柔軟さが覚えの早さに繋がっているのだろう。


 二人はテキパキと要領よく食事の準備をしてくれている。最近では俺の数少ない料理のレパートリーも覚え、何の指示を出さなくても作れるようになった。

 もう、俺は要らないんじゃないだろうか……。たまに本気でそう思う。

 料理を手伝おうとしたのだが、サウワにそこに座っていてと、お手製の椅子を指さされたので大人しく座っている。

 やっぱり、俺は必要ないんじゃ……。


 まあ、休憩していいのなら従うか。その間に、今後の事をまとめておくか。

 まず、権蔵君と桜さんに『消費軽減』を覚えさせる。これは必須だ。

 あとは権蔵君のレベルを上げて鞘から抜けない『妖刀村雨』の本来の力を発揮できるようにさせる。『居合』スキルが死んでいるのがもったいない。

 装備レベル38という高い壁があるので、まだまだ先だろうが、目標は明確にしておいた方がいい。


 問題は桜さんの強化なのだが『消費軽減』を覚えられたら、ステータススキルを3まで上げるのが一番だと考えている。その後は桜さんが所有している三つのスキル『共通語』『説明』『精神感応』のどれかを強化するしかない。

 『説明』を4まで上げれば、スキルを覚える方法を得ることができるのだが、今は蓬莱さんの残したメモ書きにより、ある程度スキルの覚え方は理解できた。

 もっとも、俺が死亡した転移者から集めた生徒手帳にあるスキルをまだ解明できていないので、『説明』のレベル上げが無駄という訳ではない。


 メモ書きにあった新たなスキルの習得方法なのだが、どれも難解でそう簡単に得られるスキルは存在していない。当たり前と言えば当たり前だが。そもそも、説明の文章が曖昧なので、本当にこれで習得できるのか疑問が残る。

 ただ、『消費軽減』だけはどうしても覚えなければならないスキルなので、こうして、無茶だとは思いながらも実行している。


「ま、まだまだああああっ! へっ?」


「そんな、彼氏じゃないってばっ! ふえっ?」


 二人が覚醒したようだ。両方変な夢でも見ていたようだな。最近は気絶に慣れてきたようで、料理の匂いが漂い始めると、俺が起こさなくても自動で起きるようになってきた。


「良いタイミングだ。ご飯できたよ」


 二人とも怪しい足取りだが、何とか指定の席に着いた。

 器が並べられ、子供たち二人も座ったのを確認すると、俺はいつものように口を開く。


「では、いただきます」


「いただきます」


 全員が声を揃えて食前の挨拶をする。


「くううっ、疲れ切った後の飯は最高だなっ」


 権蔵君が第三の目を開きながら、料理に舌鼓を打っている。


『また、料理の腕が上がったんじゃないの』


 隣に座る、今日の料理担当サウワを桜さんがべた褒めしている。

 権蔵君が『邪気眼』を解放しているのはギャグでやっているのではない。これも『消費軽減』を覚える為の鍛錬だ。肉体疲労による気絶は限界まで追い込めば何とかなるのだが、精神力消費による気絶が中々に厄介なのだ。

 精神力を消費して発動するスキルがあれば実は楽だったのだが、権蔵君にある唯一の精神力消費スキルがこの『邪気眼』なのである。

 桜さんも同様に『精神感応』を常時発動させることにより精神力の消耗を狙っている。

 問題は両方とも消費量が大したことが無いので、常日頃から発動させるように言い聞かせた。


「俺の額に宿りし暗黒の力がっ! 開眼っ!」


 と意味不明な前振りがないと発動しないのが厄介だが、慣れとは恐ろしいもので今では日常の良くある風景の一部と化している。

 ただ、それをサウワが興味津々といった表情で見ているのが若干、気になるのだが。

 やめてくれよ、権蔵君の遅咲きの中二病が伝染うつるのだけは。


 全員が昼食を食べ終わり、片付けも終わると勉強タイムに入る。

 転移組は共通語を学び、子供たちは日本語を学ぶ。

 権蔵君は未だに苦戦中だが、俺は簡単な単語と挨拶ならなんとかというレベルだ。

 子供たちの理解度は俺より少し上回っている程度だとは思うのだが、発音が違う。子供たちの日本語は少し訛りのような発音が混ざっているとはいえ、ちゃんと聞き取れる。

 それに引き換え、俺の発音は何とか聞き取れるレベルだと桜さんに注意された。

 それでも、サウワとゴルホ相手なら、もう言葉を書いたカードを使わなくても意思の疎通はできるようになり、一緒に行動する際もかなり不便さがなくなっている。

 




 勉強会が終わると、各自の自由時間となる。

 ゴルホ、サウワは周辺の探索と魔物の討伐、食材の確保。心配なので、事前に『捜索』で敵のポイントをある程度探って、危ない場所には近づかないように釘はさしておく。

 まあ、黙って魔物を狩っているようだが、それについては知らない振りをしておくことにした。子供たちなりに強くなろうと必死だろうし、俺が不意にいなくなる可能性も高い。過保護すぎるのは、この子たちの為にならないだろう。


 桜さんは蓬莱さんが作りなおした弓の鍛錬と、他にも何か新たなスキルが覚えられないか、メモ書きを参考に色々やっているようだ。


 権蔵君は『邪気眼』を発動させたまま、蓬莱さんが権蔵君宛てに細かく書き残していた、古武術の鍛錬方法と技を何度も繰り返している。

 蓬莱さんが所有していた『古武術』『歩法』があれば、使い道のないスキル『縮地』が使えるようになるので、その意気込みはかなりのものだ。

 今後一番伸びる可能性があるのは、案外、権蔵君なのかもしれないな。


 全員が動き出し、俺もいつもの日課をすることにしよう。

 海岸に向かい、魚の確保。

 東へ進み、巨大な木のてっぺんまで登り、元拠点を遠くから観察する。昨日からやっているのだが、余り近づきすぎるとオークキングに気づかれる恐れがある。もう、元拠点にはいないだろうが、万が一の事を考え、捜索の範囲ギリギリのところまでしか寄らないことにしている。

 残してきた物を回収したいが、諦めることにした。あの、オークキングをどうにかしない限り、あそこへ戻ることは叶わない。


「いつか必ず、あの場所に戻ってみせる」


 俺はそう誓うと、その場から立ち去った。

 北へ少し足を伸ばし、新たな魔物がいないかと徘徊したのだが、オーク数体を見かけたのみだった。東部から北東部は完全にオークの支配する土地らしい。

 あのオークキングという存在がいれば、何があったところで安泰だろう。蓬莱さんとの戦いでかなりの傷を負っていれば、色々と行動制限が解けるのだが、確認するすべを持たない。

 オークたちの拠点に忍び込み情報収集をするには、桜さんの『精神感応』が必須となる為、今はどうしようもない。


 今の拠点から東部は諦めた方がいいのか。なら、敵が強くなっていく西、もしくは北を念入りに探索するか……。

 元は蓬莱さんのアイテムボックスから『魔法の地図』を取り出し、現在地を確認する。巨大な島の南東部、それが俺のいる場所だ。

 今の拠点は島の南南東に位置する。元集落はかなり東寄りの南東。その先に行くと東の果てがあり海岸線が北に伸びている。


 俺が今まで足を延ばした範囲は、この島全体の10分の1あるかどうか。

 未開の地がかなりの範囲で広がっていて、この島の全貌を把握できるのはいつのことになるのやら。それこそ期限の一年かかっても成し遂げられるかどうか。

 今は無理をせずに、着実に力を付けなければいけない期間だ。

 焦りは禁物だ。己の力を蓄え、仲間の強化を待つ。

 死んだ姉妹や蓬莱さんの想いに応える為にも、俺たちは生き延びなければならない。


「よっし、帰るか」


 情けないことに順調な日々を過ごすと、不安を感じてしまう。この日常の裏に何かが潜んでいるのではないかと警戒感が増す。

 その嫌な予感を吹っ切るように、俺は糸を使い、進路方向の木の枝に巻きつけ、某蜘蛛男やジャングルの王者のように、素早く空中を移動し帰還した。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 島の大きさがどの程度あるのか…… 北海道くらいはありそう?
[良い点] 設定や話自体は面白い [気になる点] 食べながら話して食べカスを巻き散らかすヒロインや 強敵の襲撃から逃げてるのにお玉でフライパン叩いて騒音だしたり…… ヒロインや場面の雰囲気を出すためな…
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