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遺書

 何処をどうやって走ってきたのかも覚えていないが、俺は一番初めに住んでいた拠点に戻っていた。

 岩をくり抜いた洞穴状の住居。丸太を並べた柵。いざという時の避難場所として使えるように、手を加えておいたのが功を奏したようだ。

 この補修も環境を整えてくれたのも、蓬莱さんなのだが……。


 荷台から誰も落ちないように括りつけていた糸をほどくと、ゴルホが俺の前に進み出て、車輪の跡を指さす。そして、無表情のまま地面に手を触れて土を操作し、その跡を消して見せた。

 そして、少し移動しては地面をならしている。オークキングに見つからないように痕跡を消してくれているのか。


 サウワは荷台で震えている桜さんに手を貸し降ろすと、ここから完全に退去する前にゴルホの力とミスリルの鍬を使い制作した、露天風呂へと桜さんを誘導している。

 そこで、水の魔石と火の魔石を打ち合わせることにより、お湯を吹きださせていた。何度も何度も繰り返し、ある程度お湯が溜まると、桜さんのジャージを脱がしている。


 何てことだ……俺はまだ動揺し、まともに頭が働かないどころか体を動かそうとも思えないのに、この子たちは頭を切り替え、今何をすべきかを理解している。

 呆けている場合じゃないな。俺も彼も。

 そこで俺は彼女たちに背を向け、今度は権蔵君へと視線を向けた。


「くそっ、俺は、俺は、何もできなかった……」


 己の無力さを噛みしめ、何度も地面に拳を打ちつけている。


「刹那君。後悔するのも悔しがるのも後だ。今はやれることをやろう……」


 権蔵君に向かって声に出しはしたが、自分へ向けた言葉でもあった。


「ああ、そう、だな。俺は、ゴルホについていくよ。土に集中しすぎて周りの注意が薄れたら危険だから。それと……権蔵でいい。あんたも知っているんだろ」


 そう言って、権蔵君はゴルホの護衛に走っていった。

 俺はサウワを呼ぶと、アイテムボックスの中から毛皮を軽く縫い合わせただけの、ワンピースを取り出し手渡すと、代わりに血に濡れたジャージを受け取って、洗濯用の水場で手洗いをする。

 桜さんがもう一度この姉妹の血に染まったジャージを着る気になるかはわからないが、俺も何かをしておきたかった。

 辺りは真っ暗で水に血が溶けだしているのを目視することは出来ないが、薄れていく血の臭いが、俺に姉妹が本当にいなくなったことを実感させる。


「すまない、本当にすまない……モナリナ、モナリサ」


 俺の懺悔は誰に聞かれることもなく夜の森に消えていった。





 俺が念入りに服を洗い終わると、血を洗い流した桜さんが毛皮のワンピースを着た格好で、サウワが起こしたであろう焚火の前に座っていた。


「桜さん……」


「だい、丈夫です。私が、ここで、泣いたら……サウワちゃんに、しめしがつきませんから」


 そう言って弱々しい笑みを桜さんが浮かべた。目に力はないが、意識はしっかりしている。サウワの存在が桜さんの心を繋ぎとめてくれているのだろう。


「かなり先まで痕跡を消しておいたから、たぶん大丈夫だと思うぜ」


 権蔵君が疲れた様子で森の闇から姿を現した。後ろに続くゴルホは黙って頷いている。


「ありがとう、お疲れ様。飲み物用意しておいたから、これで温まって」


 全員にカップを渡し、簡易コンロにかけていた鍋で作っておいた味噌汁を注ぐ。

 カップも鍋も味噌も出汁も全て蓬莱さんの所有物だったものだ。その全てを俺は蓬莱さんのアイテムボックスから取り出した。

 それはつまり、蓬莱さんが――死んだということだ。

 全員に行き渡り、口を付けたのを見守ると、俺は大きく息を一つ吐く。


「飲み終わったら、ちょっと狭いけど寝床に移動しようか。焚火の明かりで敵に居場所を探られるかもしれないから」


 全員は黙って頷くと、残りを一気に飲み干した。

 そのまま、桜さん、サウワが寄り添いながら寝床に入り、ゴルホが黙って続く。

 権蔵君は寝床に入る直前に振り返り、もう一度、元いた拠点の方向に視線を向けると、眉をひそめ俺に何かを言おうとして、結局何も言わずに寝床へと消えていった。

 最後に火を落とし、『捜索』と『気』で周辺を探り何も反応がない事を確かめると、俺も寝床へと入る。

 全員が生気の失せた沈痛な面持ちで、毛布を被り、何も語らず座っている。


「このまま悲嘆にくれ、モナリナ、モナリサ姉妹や蓬莱さんのことを思い、嘆き悲しむ時間は……俺たちには無い筈だよ。きついようだけど、前に進む努力をしよう」


 今回、オークたちとの戦闘を唆し、皆を危険に晒し、死者を出した俺が言えた台詞ではない。俺が慎重に行動していれば、こんなことにはならなかった。

 だが、だからこそ、俺には後悔し立ち止まることは許されない。

 桜さんは微かに頭を下に揺らし『共通語』で今の言葉を翻訳してくれている。

 今はこうやって通訳でもしていた方が、気も紛れるだろう。


「今からアイテムボックスに入っていた蓬莱さんの書置きを読もうと思う。桜さんは子供たちに翻訳をお願いします」


 俺はアイテムボックスから一通の封筒を取り出した。そういえば、筆記用具一式の封筒と便せんを何枚か欲しいと言われて、渡した記憶がある。

 封筒から便箋を取り出すと、電池も残りわずかとなったスマホから漏れる明かりに、達筆な文字で書かれた便せんを晒した。





 お主らがこれを読んでいるということは、わしはもうこの世にはおらんのだろう。

 ……この書き出しに憧れがあったのだが、自分で書くとなるといささか気恥ずかしいものがあるな。

 これを読んでいるのは土屋殿だろうか、それとも権蔵、もしくは桜さんかの。

 願わくばわし以外の皆が無事で、全員で目を通してくれていれば嬉しく思う。

 わしが死んだことを悔やみ、悲しんでいるのであれば、それは止めて欲しい。わしはそんなに立派な人間ではない。

 このアイテムボックスに生徒手帳も入っておるので、後で確認して欲しい。そこで習得したスキルの数々を見れば理解してもらえるだろう。


 生前、若い頃のわしはクズの見本だった。

 暴力、恐喝、詐欺、なんぞは日常茶飯事で、腕っぷしにも自信があったのが己を増長させ、悪行を繰り返しておる、どうしようもない人間。

 まあ、ワル自慢なんぞ聞きたくもないだろうから省略するぞ。

 バカをやっていたわしを止めたのは一人の老人だった。枯れ枝のような、触れたら折れそうな体でわしを小馬鹿にし、頭に血が上ったわしは殴りかかったのだが、何をされたかもわからないうちに地面に転がされておった。

 その強さに憧れ、わしは老人の弟子となり古武術を学んだ。スキル表にある古武術はその時に会得したものだ。


 体と精神を師匠に鍛え上げられ、己の愚かさを実感したわしは体を鍛える武術だけではなく、精神の鍛錬の一環として書道や陶芸、木工も始めることとなった。

 たまたま才能があり、現世ではマスコミにも取り上げられ、それなりに裕福な生活をさせてもらった。

 もっとも、元チンピラが更生した芸術家という話題性に民衆が乗せられただけかもしれんがな。

 あれだ、よく悪いことをした人間が更生すると、マスコミや一部の人間がもてはやしてくれるが、あれは真面目に生きている人間に対する侮辱だと思うのだよ。生まれ育ち、死ぬまでずっと真面目に生きた人間の方が偉いに決まっておる。

 クズがちょっとまともなことをしたところで、それは今までのマイナスを少し取り戻しただけに過ぎん。


 ……すまん、話が脱線してしもうた。歳を取ると無駄に話が長くなってしまう。

この異世界に転移したとき、わしは運が良く、そして、それ以上に運が悪かった。

 目が覚めると森の中の開けた空き地にわしらはいた。そう、わしだけではなく他の転移者もその場におった。それも、一人や二人ではない。

 総勢13もの転移者が同じ場所にいたのだ。全員が生存した状態で。

 今思えば運よく巡り合ったではすまされない確率だが、当時は何人ずつかまとめてグループ単位で転移させているものだと理解していた。


 その場にいた者たちは皆、話が分かり、穏やかな性格をしておったので即座に全員で一緒に生き抜こうと話がまとまってな。まあ、腹の中でどう思っていたかは知らぬが。

 そう決めて拠点を見つけようと移動を開始しようとした、その時。仲間の悲鳴が上がり、先頭にいた転移者の一人が倒れたのだ。

 そこにはヘルハウンドの群れがおり、逃げ出そうにも10以上ものヘルハウンドが周囲を取り囲み、逃げ道を完全に塞がれてしもうた。


 メンバーの中でまともに戦えるスキルを所有していたのが半数で、残りは戦闘に向かないスキルとステータスで正直役には立たぬ状態。

 土屋殿はヘルハウンドと戦ったことがあるらしいので、わかると思うが、レベル1の転移者で戦闘スキルを有していたとしても、一対一でも勝てるかどうか怪しいレベルの強さをしておる。

 ましてや、争いごとの経験もない者ばかり、あっという間に蹂躙され泣き叫び、逃げ惑う転移者の集団が出来上がった。


 わしはヘルハウンド相手なら一対一であれば遅れは取らぬ自信はあった。だが、この状況でまともに戦える訳もなく、目の前で食い殺されていく仲間を見捨てるわけにもいかない。

 その状況でわしは苦肉の策として、念の為に所有しておいたスキルを発動させる。それが『狂化』だった。


 我を失い、再び自分を取り戻したときは、血だまりの中に一人たたずんでおったわ。

 恐怖に顔を歪めた幾つもの遺体が、ワシを恨めしそうに見つめていた。

 『狂化』中の意識は辛うじて残っておった。まるで夢の中のようなおぼろげな記憶だがな。

 ヘルハウンドを引き裂き、魔物を全て駆逐したわしが次の獲物に選んだのは、仲間の転移者たち。

 今も怯えた表情の女子の腹を抜き手で貫き、臓物を引きずり出し、腕を噛み千切った感触が残っておる。


 魔物を殺し、転移者を殺したわしは尋常ではないレベルまで上がっておった。

 心が壊れるのを防ぐ為に精神やステータスレベルを上がるだけ上げ、わしは更に戦い続けた。魔物を見つけては襲い掛かり、魔物の群れを見つけては『狂化』を発動させ、飛び込み狂ったように魔物を破壊する。


 そんなことを繰り返しておる内に刹那、いや、権蔵と出会った。

 わしは能力もステータスも隠し、どこか頼りないこやつと共に行動することに決めた。放っておくと、無駄死にしそうだったからのう。

 今思えば、わしが手にかけた転移者への、せめてもの罪滅ぼしだったのかもしれぬ。

 そこで、更に椿や佐藤、モナリナ、モナリサと合流し、あの二人の裏の顔と能力を見抜いておったのだが、共通語が話せぬのでモナリナ、モナリサを救うにしても納得させる手段が無く、せめて近くで見守ろうと仲間になることを決めた。


 土屋殿は気づいておったようだが、椿はあれ程までに消費軽減を欲しておったというのに、何故わしの消費軽減に気づかなかったのか。

 それは、隠蔽と偽装のスキルの力による。隠蔽で能力を隠し、偽装でステータスの数値を改ざんした。お主らも生徒手帳の文字や能力を鵜呑みにせんことだ。


 土屋殿が椿と戦っている最中、わしは意識があり戦いの全てを覗き見ておったのだよ。

 椿の狂化がどのような影響を与え、どう能力が変化するのか、それを見極める為に土屋殿を犠牲にしようとしていた。

 土屋殿が生き延びたことに、わしは度肝を抜かれ、驚愕のあまり言葉を失っておった。

 わしはこの殺伐とした異世界で、お主の存在に一筋の希望の光を見たのだよ。

 だから、わしはこの命と知識を全てお主に託そうと思う。


 どのような死に方をしたのかは、わしが知るすべはないが、もし、お主たちを助ける為に死んだのであれば、これ程の幸せはないだろう。

 スキルの情報は次の用紙にまとめておいたので、それを参考にしてもらえると助かる。


 最後に、もしも、わしの死を悲しみ哀悼の意を表してくれるのであれば、これだけは約束して欲しい。

 生き延びてくれ。どんなに情けなく、格好悪くてもいい。

 最後まで生き延び、この世界に送り込んだあの女狐を見返してやれ。

 それがわしへの一番の手向けとなる。

 長々とすまなかった。皆の幸せを祈っておるぞ。こちらには出来るだけ、ゆっくりくるようにな。では、さらばだ。





 読み終えた俺は何も言うことができず、ただ呼吸を繰り返すだけだった。


「オッサン。水臭いじゃねえか……ちゃんと生きている時に話してくれよ……」


 涙目で鼻をすすり、権蔵君がか細い声で呟いた。

 子供たちに翻訳し終えた桜さんは、何を考えているのかじっと蓬莱さんの書き残した文章を見つめている。

 アイテムボックスから生徒手帳を取り出し、一礼してから中を確認した。



 姓名 鈴方すずかた 雪之丞ゆきのじょう

 性別 男

 年齢 30

 身長 182

 レベル63

 ステータスポイント 4P

 残りスキルポイント 3568P


 筋力 (32)160 

 頑強 (35)175

 素早さ(25)125

 器用 (30)150

 柔軟 (30)150

 体力 (33)165

 知力 (25)125

 精神力(35)175

 運  (25)125


『筋力』5『頑強』5『素早さ』5『器用』5『柔軟』5『体力』5『知力』5『精神力』5『運』5


『チュートリアル』5『説明』5『消費軽減』7『隠蔽』5『偽装』5『詐欺』5『窃盗』5『話術』5『古武術』6『歩法』6『縮地』5『木工』6『書道』5『陶芸』5『地獄耳』5『斧術』6『乾燥』5『狂化』6


称号

『大量殺人者』『転移者殺し』『狂戦士』


アイテム

『アイテムボックス レベル5』『調味料一式』『調理道具一式』『毛布』『頑丈な斧』『魔法のロープ』『魔法の水筒』『魔法の地図』『魔王のローブ』『ギリースーツ』『韋駄天の靴』『逆錬金の釜 1』『自動演奏のギター』『傷薬 5』


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