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オークキング

『おや、返答はないのか。会話もできない野蛮人ではあるまい……ああ、すまぬ。威圧の影響か。少々緩めるとしよう』


 声がそう告げた途端に、全身にのしかかっていたプレッシャーが一気に弱まった。桜さんとモナリナ、モナリサはボロボロと涙を流し震えていたのだが、それも治まったようだ。

 『威圧』のスキル持ちか。桜さんたちは声の主と目が合いスキルの影響をもろに受けてしまったのだろう。俺は背を向けているので、効果が薄れたのか。

 今なら、少し違和感があるが体も動く。糸は問題なく操ることが可能。


『ふむ、人間は背を向けて話すのが礼儀なのか? ああ、何かしようとしているならやめた方が身のためだ。特にそこの糸使い』


 糸使い!? こいつは俺の能力を把握しているのか。それに、俺が何をしようとしているのか完全に読んでいた。


『不思議かね? 貴様らの仲間にもいるではないか『精神感応』の使い手が。まだ能力が未熟なようだが』


 桜さんの能力まで見抜かれている……『精神感応』のレベルを上げれば範囲内の心を覗くことが可能なのか。


『ご名答だ、そこの糸使い。さて、いつまで我に尻を向けて会話をするつもりかね』


 圧倒的な能力差がある相手を苛立たせるのは得策ではない。

 俺は意を決し、ゆっくりと後方へと振り返る。

 そこに佇んでいたのは、俺には決して手の届かない高みに立つ、圧倒的過ぎる力を秘めた化け物だった。


 身の丈は2メートル近く、体に密着した灰色のシャツと黒く光沢のあるズボンをはいている。オークたちのように脂肪と筋肉の塊で人よりも二回り近く体が膨張している――わけではなく、体を鍛え抜いたアスリートのような引き締まった身体つきをしている。

 顔は下あごから生えた牙の先端が少しだけ口から覗いている点と、緑がかった肌色はオークらしさが残っているのだが、その他は目つきの鋭い人間の容貌だ。


 この容姿ならオークの群れにいたら逆に目立ちそうなものだが、部隊で見た記憶が全くない。話の内容からオークキングのようだが、何かしらの特殊なスキルで瞬時に転移してきたとでも言うのか?


『ふむ、我がここにいることが不思議か。もったいぶることでもないので教えてやろう。ハイオークに化けていたのだ。別働隊に紛れ込み島を見回るのを趣味としていてな。こうでもせぬと、中々城を抜け出せぬのだよ』


 肉体変化系のスキルか。もしくは、そういった魔法が存在するのかもしれない。どちらにしろ厄介過ぎる能力だ。


『こうやってハイオークに化けてしまうと、意識も完全にその者に成りきってしまうのが欠点でな。発動時間を超えるかボロボロになって、ようやく能力が解けて自由に動けるという訳だ』


 オークキングが後方に視線をやり、釣られて俺もそちらに目を向ける。そこには地面に突き刺さった杭があり、そこに縛られている筈のハイオークの姿が消えている。

 つまり、そういうことなのだろう。

 正体をばらし、わざわざ能力の補足をしてくれるのか、こいつは。

 俺たちの心の声を聞き、その問いかけに律儀に返答をしている。たぶん、この返答もオークキングにしてみれば暇つぶしの一環なのだろう。


『その糸使いは中々読みが鋭いようだな。こんな島にいると娯楽が少なくてな。生き延びる事と自らを強化することしか、することがないのだよ。こうやって、転移者と話すのは結構新鮮でな。数十年に一度の楽しみだ』


 今、聞き逃すことができないことを口にした……転移者。数十年。つまり、こいつは転移者の存在を知り、転移者がここに現れたのが初めてではないと言っているのか。

 俺の心をまたも読んだのだろう、俺を見て意味ありげに口を歪めた。


『さて、お主らの問いかけに幾つも答えてやったが、人間は何かをした場合、対価を求める物なのだろう? 我も重要な質問に答えてやったのだ、何かしらの対価をいただかねば釣り合わんな。ふむ、これでいいか』


 オークキングが顎に手を当て考える振りをして、良いことが思いついたとばかりに手を打ち鳴らし、右腕を掲げた。

 嫌な予感しかしない!


「みんな、気をつけろ!」


 俺は膝を曲げいつでも動けるように身構え、相手の一挙手一投足を見逃すまいと集中する。

 オークキングの腕が揺れたと思った時には、その腕が振り下ろされていた。

 思わず目を瞑ってしまったが……何も体に異変はない。痛みや精神に不快感もない。今、何をした――


「い、いやああああああっ! モナリナ! モナリサっ!」


 この叫び声は桜さん!? 俺は取り乱した声に反応し、咄嗟に振り返ってしまう。

 目に飛び込んできたのは赤い噴水だった。

 大量の血が、虚空へと吹き出している。

 首のない体から大量の血が溢れ出し、二人の体を抱え込んでいる桜さんを頭から赤く染めていく。

 し、死んだというのか? 

 今の一瞬で、こんなにも呆気なく、モナリナとモナリサが?

 え、嘘だよな……でも、この首のない子供は……地面に転がっている二つの頭は……モナリナ、モナリサ……。


「て、て、てめえっ!」


 憤怒の声を荒げる権蔵君の声に、俺はギリギリのところで自分を保てた。

 だめだ、我を失っている場合じゃない! 耐えろ、堪えろ、現実を受け止め逃げるな! 壊れるなんて安易な逃げは許されない!

 噛みしめた唇から熱い液体が流れ落ち、その痛みで少しだけ冷静さと自分を取り戻せた。

 権蔵君が怒りのあまり、我を忘れオークキングへと突っ込んでいく。

 止めなければ! と、心は判断を下すのだが、目の前のショッキングすぎる光景に体が麻痺してしまい反応ができない。


『人間は自分が痛めつけられるより弱者がいたぶられる方が、精神に効果があると聞いたのだが、てきめんだな』


 あと一歩のところまで迫っていた権蔵君はその場に跪いている。顔中に血管を浮き出たせ、全力を振り絞り立ち上がろうともがいているが、体の自由が利かないようだ。

 オークキングにひと睨みされただけで、全ての動きを封じられている。


『さて、会話の途中だったか。何か他に質問はないのかね。何でも答えてやろう。むろん、報酬は頂くが』


 そう言って口の両端を吊り上げ、邪悪な笑みを見せるオークキングに俺は自分を抑え込むので精一杯だった。

 頭が沸騰しそうなぐらいに熱く煮えたぎっている。相手から感じる威圧感はもう気にもならない。

 倒せないことぐらい理解している。だが、彼女たちの仇を……せめて一矢報いなければ……自分が許せそうにない! 

 一週間にも満たない時間だったが、共に過ごした大切な仲間であり、未来がある子供だった。それが、自分が死んだことすらわからず、無残に殺されるなどあっていいわけがない!


 もう、どうでも……どうなってもいい! こいつを……殺すっ!


「待て。お主は、まだ生き残っている子供たちや桜さんを見捨てる気か」


 怒りに身を任せ飛び込む寸前だった俺を止めたのは、感情のこもっていない蓬莱さんの声だった。

 いつの間にか俺の隣にいた蓬莱さんが、膝を突いた状態で俺の目を覗き込んでいる。


「だが、二人の仇をっ!」


「それはただの無謀な特攻だ! お主は生き残った者を導かねばならん! 生き延びなければならん!」


 蓬莱さんが出会ってから初めて感情を露わにし、俺へ怒鳴りつける。

 その顔は苦渋で歪み、噛みしめた歯がギリギリと音を立てている。

 そこで初めて俺は自分の服の裾を掴んでいる存在に気づいた。サウワとゴルホが服を握り締め、俺が飛び出さないように踏ん張っている。

 二人の後ろには血にまみれ、二人の遺体を抱き締め、泣き崩れている桜さんの姿が目に入る。

 そうだ、俺にはまだこの子たちや桜さんが……いる。


「見てみろ奴を。わしらを楽しそうに眺めておる。苦しむ姿を見て悦に浸っておるのだ!」


 俺たちの会話を邪魔することもなく、顔にいやらしい笑みを浮かべ、興味深そうに眺めている。その表情に更なる怒りを誘発されそうになるが、大きく息を吐きぐっと堪える。


『おや、いいのかね。今なら頬の一発ぐらい殴らせてやるが?』


 そう言って顔を傾け、俺に右頬を差し出す動作をする。

 あからさまな挑発に、心を揺さぶられるわけにはいかない。


「そうだ。冷静になれ……ヤツは力の差を理解し、わしらで遊ぶつもりのようだ。こうやって会話を見逃し、手を出してこないのが、その証拠だ」


 これ程の実力差があるなら、モナリナモナリサ姉妹のようにあっという間に俺たちを殺せる。余裕を見せ、逃走や反撃すら許さず、無駄な足掻きと笑い捨てるつもりなのだろう。

 弱者に対する余裕。それが命取りになるというのは良くある話だが、ここまでの戦力差は相手の油断ごときでは埋まらない差だ。それをオークキングは充分すぎる程に理解している。


『何か策は思いついたかね? ああ、すまない。心を読まれては策が成り立たぬか。では、精神感応を止めてやろう。さあ、思う存分話し合うがいい。そして、我を楽しませてくれ』


 俺たちを見下し、嘲笑うオークキングに俺は何も言い返せなかった。

 椿さんとの戦いで俺が勝てたのは、相手がこちらの思考を読めなかったからだ。心を読むのを止めると口にしたことが本当だったとしても、既に手の内はばれている。正直な話、どうしていいのか対応策が全く見つからない。


「土屋殿。お主たちに伝えなかったことが、まだ幾つもある」


 蓬莱さんがオークキングを見据えたまま、そう切り出した。


「スキルというのは生前、己で学び得た技能はスキルポイントを消費せずに得ることができる」


 何を言いだすのかと訝しんだが、何か考えがあるのだろうと黙って頷く。それに、話している間に何かしらの対策が思い浮かぶかもしれない。


「わしは奪取を使えぬが、生前の影響でスキルを大量に所持しておる。そして、生前身につけた能力は消費スキルも少なく上がりやすい」


 そこの説明は以前、蓬莱さんから説明を受けている。


「お主は、今、どれぐらいの転移者がこの異世界で生き残っていると考えておるのだ?」


 この状況で話すべき内容ではないが、未だに何の策も浮かばない俺は正直に答える。

 ちらっと視線を飛ばすと、オークキングは何をするでもなく腕を組んで立っているだけだ。


「100人以上が転移したとして、半分がステータスの問題で自滅。戦闘に向いていない人たちが更に半分は死に、椿さんのような転移者に殺されたのが更に数十名、といったところでしょうか」


「そうか。チュートリアルで知ったのだが。この世界に送られた転移者は127名だそうだ。お主の計算では、生き残りは2、30人といったところか」


「転移者の数がそれぐらいいるなら、たぶん」


「なら、その数から転移者を更に10人減らして考えておくのだな……ワシが殺した転移者の数を」


 ワシが……殺した?

 一瞬言葉の意味が分からず、蓬莱さんを見返してしまう。

 そこには、疲れ切った老人のような、悲哀を帯びた表情の蓬莱さんがいた。


「土屋殿。わしのアイテムボックスを受け取ってくれ。この中には生徒手帳もある」


 腰に装着していたアイテムボックスを外すと、俺に手渡してきた。

 今の所有者が蓬莱さんなので俺が受け取ったところで、アイテムボックスは使えない。もし使えるようになるとしたら、それは――


「蓬莱さん、まさか……」


「アイテムボックスの中にはワシのメモがある。そこには全てを書いておいた。皆を頼むぞ」


 そう言うと、吹っ切れた表情を浮かべ、蓬莱さんは雄々しく立ち上がった。

 そして、躊躇うことなくオークキングの前まで歩み寄る。

 何が楽しいのか、オークキングは目を細め蓬莱さんを興味深そうに眺めている。

 そんな視線を気にも留めず、足元で跪いたままの権蔵君の襟首を掴み、俺の元へと投げ捨てた。


「ぐあっ! ってえな! オッサン何すんだ……よ」


 硬直が解けた権蔵君が食って掛かるが、振り返った蓬莱さんの浮かべる優しい笑みを見て言葉に詰まる。


「刹那、いや、権蔵。お主のこと嫌いではなかったぞ、最後まで生き延びこの島から出られることを祈っておる。では、皆よ達者で暮らせ!」


 蓬莱さんが背中に携えていた斧を取り外し、斬撃の軌跡しか見えない速度の一撃をオークキングの首へと飛ばした。


『ほおおう、きさまだけ心が読めないのは何かしらのスキルかと思っておったのだが、実力を隠しておったのか』


 目にも留まらぬ一撃だというのに、オークキングは余裕の笑みを浮かべ斧の刃を人差し指と親指で挟み、受け止めていた。


「皆、逃げろ! 『狂化』」


 まるで、蓬莱さんが爆発したかのように、膨大な量の気が蓬莱さんの体から溢れ出した。

 全身の筋肉が膨張し「グルルルルゥッ」という獣じみた声が蓬莱さんの口から漏れている。

 俺は予め大八車に伸ばしていた糸を一気に引きよせ、問答無用で放心状態の桜さんを荷台に乗せる。サウワとゴルホは俺が促すまでもなく、荷台に飛び乗っている。

 権蔵君には糸を巻き付け、そのまま荷台に放り込んだ。


「おい、オッサンを置いていく気か!」


「蓬莱さんの想いを無駄にはできない!」


 権蔵君へ吐き捨てるように答えると、糸を操作して門扉の向こうに糸を回し、かんぬきを引き抜いた。

 扉を開ける時間も惜しい。糸で門扉を開きつつ、大八車を引いたまま門扉に体当たりし、強引に隙間を広げ、そこから飛び出した。

 後方からは耳をつんざくような破壊音と暴風が押し寄せてくるが、俺は立ち止まることも振り返ることもなく、ただ前を向き、ひたすらに走り続けた。


『ふははははっ! 楽しい、楽しいぞ、転移者! 贄の分際でそこまでやるかっ!』


「グオオオオオオッ!」


 歓喜の声を上げるオークキングの声に対し、理性を失い咆哮で応える蓬莱さんの声が、俺には「行かせるか!」と叫んでいるように聞こえた。


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[一言] お前も贄にしてやろう ってこいつか
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