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十日

「早いものだな」


 この島にたどり着いてから十日が過ぎた。

 拠点を手に入れたのが五日前。この五日は生活環境を整えることだけで手一杯だったな。

 釣りに行って大量に魚をゲットしたのは楽しかった。入れ食いどころか『糸使い』『気』が5になった影響が大きく、もう釣り針は必要なく魚を取りたい放題で暫くは毎晩魚が食卓に上がりそうだ。

 蓬莱さんが作ってくれた人力で引っ張る荷車――大八車を使って、元の拠点に行きアイテムボックスに入らなかったものを全部詰め込み何度も往復したのも、今となっては良い思い出……とは言えない。


 『完全食の種』や大根の種は畑に埋めた土ごと荷台に乗せ持ってきたのも、今思えば少々強引な手段だった。ほかに手がなかったのでしょうがない。

 本格的な畑を作ろうとミスリルの鍬を使い俺が耕していたのだが、一番効率よく畑を耕せたのはゴルホだった。『土使い』の能力があればわざわざ鍬を使う必要がない。

 便利な力を使える仲間が増えて嬉しいのだが、折角ミスリルの鍬が使えるようになり、フライパン代わり以外にも活躍の場を与えられると思ったのだが、また出番を失ってしまった鍬が少しだけ寂しそうに見えたのは気のせいだろう。


 フライパンで思い出したが、待望の調理器具一式を蓬莱さんが所持していたので、料理のレパートリーが増えたのも重要な出来事だ。おまけに、調味料一式まで選んでいた蓬莱さんには、脚を向けて眠れない。

 あとは蓬莱さんたちの拠点の家も解体し、アイテムボックスに詰められるだけ押し込み、残りは大八車で運ぶという作業も二日前の夕方にやっと終わったところだ。

 雑草が生えた舗装されてない道を何度も往復すると、いつの間にか車輪の跡がつき後半はかなり搬送が楽になったのはありがたかった。


 そういえば、『消費軽減』のスキルを覚える為に権蔵君と桜さんの特訓という名のしごきを実行したのだが……人ってなかなか気絶をしないものなのだなと感心した。まあ、結果『消費軽減』を得ることは無理だった。


 そして今、転移者たちの墓穴を掘り遺体を埋めている。

 肉片と化していた男の人はどうしようもなかったので、服の切れ端や財布を代わりに埋葬しておいた。他の人の死体は自ら探しに行きアイテムボックスに入れて、ここまで運んできた。

 転移者たちの遺体は死後から一週間過ぎたというのに一切腐敗しておらず、傷がなければ今も眠っているかのように見える。


「不思議ですよね」


「綺麗なまんまだな……」


 桜さんは仲間だった三人の美女を、権蔵君は椿さんを見つめぼそりと呟いた。


「サウワたちのような現地人も死んだら腐敗しないのだろうか」


『ええと……あ、動物たちと同じように死ねば腐り大地に還るそうです』


 俺の問いかけに通訳をして素早く返答を貰ってくれた。こういうところは頭が良く見えるのだが、たまに言動で間の抜けているところがある桜さんだ。

 魔物は死ねば光の粒子となり、跡形もなく消える。現地人や動物は地球と同じように腐敗する。俺たち転移者はいつまでも変わらぬ亡骸を晒し続けると。

 まるで、この異世界に来た異物をこの世界が、大地が、拒絶しているみたいだな。


「死体が腐敗しないとなると、土屋殿が言っていた春矢のように奪取持ちには、ありがたい展開というわけか」


 あの女教師もどきは奪取スキルに何か思い入れでもあるのか?

 転移者殺し推奨のシステム。最もこのシステムの恩恵に与っているのは、間違いなく『奪取』スキルだ。

 転移者を殺して大量のスキルと経験値を得るだけではなく、その死体からスキルを奪うことができる。一挙両得か。

 この島で最強の能力を得る可能性が一番高いのは『奪取』所有者。うまく立ち回れば、最強の力を得ることができるだろう。


「まあ、考えてもわからないことは、考えるだけ無駄か。じゃあ、最後の仕上げしようか」


 墓穴に並べられた遺体の上に、周辺で摘んできた花を添えて土を被せていく。

 埋め終わると最後に蓬莱さんお手製の墓標を刺しておいた。

 最後に俺たちが手を合わせていると、現地人の子供たちも同じように手を合わせ拝んでいる。この世界でも同じような風習があるようだ。


「よっし、じゃあ昼ごはん食べて、これからの事を相談しよう」


 桜さんの通訳を聞き、ご飯という言葉に子供たちが過剰なまでの反応をする。

 どうやら、蓬莱さんの作るご飯が珍しいようで、子供たちの胃袋をがっちり掴んでいた。

 たぶん、子供たちのなつき度を比べるなら、一番は何かと接点の多い桜さん。次に、面倒見が良く料理担当の蓬莱さん。子供と目線が同じというか、中身が近い権蔵君の順番となるだろう。

 ああ、俺は断トツのビリで間違いない。


 俺が風に吹かれながらそんなことを考えていると、服の裾を引っ張られそっちに顔を向けた。

 サウワがどうしたの? といった感じで俺を見上げている。

 違ったな。サウワだけは俺に一番懐いてくれている。初めて出会い助けてもらった恩を覚えてくれているのだろう。本当にいい子だ。


「土屋さん。ニヤニヤしながらサウワちゃんの頭を撫でていると犯罪者っぽいですよ」


「そこは、せめて父親みたいとか言おうよ」


 半目でこちらを見て、わざとらしく怯えた振りをする桜さんに苦笑する。

 こんな軽口が叩ける間柄が一番心地いい距離感かもしれないな。

 彼らとのんびり、この集落で毎日を過ごせたらどんなに幸せなことか。

 だが、その甘い誘惑に従ってはいけない。俺は強くならなければならない。この島には脅威が多すぎる。


 子供たちを殺したドラゴン。

 奪取の使える春矢。危険な思想を持つ他の転移者。

 そして、まだ見ぬ魔物も大量に存在するだろう。

 この集落でやるべきことが一区切りついた今、俺がまた動く時が来た。





 昼食を終えた俺は一人で集落の東を探索している――予定だったのだが、何故かサウワがついてきた。

 能力的には誰よりも偵察や探索に向いているのだが、子供でそれに女の子というのが俺に二の足を踏ませた。


「言葉が通じないと、いざという時困るから」


 と俺が言うと、予想していたのだろう。懐から手帳より少し大きめのサイズの紙を幾つか出して、俺に渡した。

 それは文房具一式にあったノートを切り分けた紙で、表には良くわからない文字があり、その裏には日本語で「待機」と書かれていた。

 全部で三十枚ほどの紙があり、「ついてきて」「逃げる」「戦う」「帰る」「行く」「ありがとう」「強い」「弱い」といった簡単な単語が並んでいる。

 新たに突き出された一枚の紙には「これをつかって」と書いてあった。

 どうやら、これで意思の疎通をしろと言いたいのだろう。


「わかった、わかった。俺の負けだよ」


 そう言って俺は「行く」と書かれた紙をサウワに見せると、満面の笑みを見せてくれた。


「何だかんだ言って甘いよな俺は」


 ある程度、走る速度は落しているとはいえ、桜さんでは絶対に追いつけない速さで走っているにもかかわらず、サウワは並走している。

 辛そうな表情も見せず、むしろ余裕すら感じられる。

 あの時、話した内容に嘘はなかったということか。





 集落を落したその日の夜、俺は桜さんとサウワと固まって寝床にいた。

 見える範囲に、他の子供たちや、蓬莱さんたちもいるのだが、小声で話す分には誰の耳にも届かない程度の距離は開けてあった。


「桜さんちょっといいかい」


「こ、子供のいる前では……」


 毛布代わりの毛皮を握り締めもじもじしている桜さんがいる。


「そういうのいいから」


「ですよねー。何ですか」


 やっぱりわかってやっていたな。最近、ようやく桜さんの性格が少しつかめてきた気がする。


「サウワと話がしたいから通訳お願いできる?」


「任せてください。同時通訳はお手のものです」


 自慢げに言うだけあり、現地人の事たちと唯一言葉が通じる貴重な存在として、通訳をずっとしているので、最近は普通に会話をするように通訳をこなしている。

 サウワもまだ寝ていなかったので、俺から話がしたいということを伝えてもらうと、小さく頷いた。


「サウワが育った村について教えてもらえるかな」


『人口が100人にも満たない村で、そこの村は特殊な仕事を請け負う村で、皆が体を鍛えていたそうです』


 そこまで話してくれるのか。ならもう少し突っ込んで聞いてみよう。


「その仕事というのは盗賊……もしくは暗殺業かい?」


 俺の言葉に桜さんが驚き目を見開くと、何も言わずにこちらを凝視したが俺が黙って頷くと、そのまま通訳してくれた。

 サウワの肩が小さく揺れたのを俺は見逃さなかった。日頃は無表情とまではいかないが、感情の薄いサウワが今は怯え泣きそうな顔をしている。


「もしそうだとしても、嫌いになんて絶対にならないよ」


 出来るだけ優しい声を出して語り掛けると、桜さんが頬を緩め嬉しそうに通訳をした。


『暗殺者を育てる村だったそうです。サウワはまだ見習いで修行中だったところに、国からの命令で徴集された。と言っています。ゴルホも同じ村の出身だそうです』


 確かにゴルホの動きも素人のそれではなかった。なるほど、二人とも日本でぬくぬくすごしていた俺たちより、基盤がしっかりしているのか。

 ゴルホとサウワは知り合いのようには見えなかったが、雰囲気や行動が言われてみれば確かに似ている。


「そっか、ごめんな嫌なこと聞いて」


 そう言って頭を撫でると、サウワは目を細め黙って俺の手を受け入れていた。





 あの時からサウワが懐いてくれた気がする。作業をしているときも、何かと一緒にしたがり手伝ってくれる。

 可愛い妹ができた気分だ。

 それだけに、危険なことはしてほしくないのだが、同行を断ったところで黙ってついてくる未来が見えるだけなので、こうやって今も一緒にいる。


「俺がいなくなっても強く生きるんだよ」


 思わずその言葉が口から漏れた。

 サウワには言葉が通じるわけもなく、首を傾げている。渡されたカードの中の「なんでもない」という文字を見せると、こくこくと頭を上下に振っている。

 兄妹というより親の心境だなこれは。俺も依存しすぎないようにしよう。いざというところで判断ミスをしかねない。気を引き締めないと。


 集落からかなり離れたが、まだ島の東端は見えない。地理を把握する為、海岸は避けているが海沿いを走っている。

 拠点から南に10分ほど進むと海があり、そこから東へ進路を取りひたすら走り続けていた。更に10分ほど進んだところで俺は足を止める。

 後方のサウワに身振りで止まってと伝えると、大人しく従ってくれた。

 今『捜索』を発動させている対象はゴブリン、ホブゴブリン、ハーピー、生徒手帳となっている。レベル4まで上げたので4つまで同時に調べられるようになったのが、地味にありがたい。


 そのポイントには反応がないのだが、前方に何かの存在を感じ取っている。これは『気』の力だろう。集中すると目を瞑っていても、周辺の生命力を感じることができ命あるもの位置が手に取るようにわかる。

 木々が生い茂る場所なので、視界を妨げられ遠くまで見ることができない場所で、俺は前方から近づいてくる何かの気を捉えていた。

 気配を殺し俺とサウワは大木の後ろに隠れている。ゴブリンとも違う気が徐々にこちらへと近づいてくる。数は1だが、油断は禁物だ。


 潜む俺たちの耳に草や枝を踏みしめる音が届いた。その音は少しずつ大きくなり、着実にこちらへと進んできている。

 大木の陰からそっと進路方向を覗き見すると――魔物がいた。

 背丈は180前後だろうか、緑色の肌に大きな鼻。口から二本の牙が下から上向きに飛び出している。手にはつるはしに見える武器。体には粗末ながらも服を着ている。


 俺の知識でこの姿形と一致する化け物は――オークか。

 ゴブリンは腰に毛皮を巻いていた程度に、木を荒削りしただけの棍棒だった。それに比べオークは加工された武器に衣類を身に纏っている。

 ゴブリンに比べて知能が高いのだろう。

 あの異様な姿にサウワが怯えていないかと心配になり、視線を向けると平然とした様子でこちらを見上げ口を開いた。


「オーク」


 あの魔物を指差し、確かにそう発音した。

 共通語が聞き取れないとはいえ、人や魔物の名前は共通のようで、ゴブリンやハーピーも普通に聞き取れる。

 やはり、オークで間違いないようだ。

 サウワが一緒にいるので無茶なことはしたくないのだが、単独行動しているオークを今の内に倒し『捜索』リストに入れておきたい。

 手元のカードに目を通して三つを選び出す。「悪い」「敵」「?」というカードをサウワに見せた。

 サウワはカードをじっと見つめ、大きく頷いた。そして、俺の手元のカードを見て俺と同じく三つを組み合わせて俺に見せた。


「人」「殺す」「楽しい」


 その言葉に一瞬ぎょっとなったが、身振り手振りも交えてくれたので理解できた。あいつらは人を楽しんで殺すと言いたいのだろう。


 「敵」「強い」「?」


 この質問にはサウワは少し悩むと、俺の出したカードの一枚を手に取り、俺を指さしながらそのカードを見せた。


 「強い」


 俺の方が強いと言ってくれているようだ。なら期待に応えないとな。

 カードから「待て」の文字を選び、一人で戦うことに決めた。自分で戦ってみて相手の実力を計ってみるのが一番だろう。

 こちらからオークまで距離は20メートル。周辺に木々があるので糸使いとしては絶好のポジションだ。


 俺は五本の糸を操作する。三本は木を伝いオークの頭上まで移動し、張り出した枝から、そっと糸を垂らす。残りの二本は足元の雑草の中を進み、進路方向の足元に輪を二つ作る。

 準備が整うと俺は相手の前に姿を見せた。

 少し大きめの物音と共に現れた俺につるはしを構え、訝しげに見つめるオーク。

 サウワは敵だと言っていたが、もしかしてこの島のオークは友好的という可能性も0ではない。両手を広げ武器を持っていないアピールをしてみせた。


 オークは鼻をひくつかせて俺を睨み、じりじりとにじり寄ってくる。友好的な反応には見えないな。

 それでも、無防備な格好を見せつけ身じろぎ一つしなかったのだが、あと数歩で武器が届く距離まで迫ると一気にオークが歩み寄り、手にしたつるはしのような物を振り上げる。


「敵対決定かっ」


 丁度踏み込んできた位置に糸を這わしていたので、円の内側に入った足を一気に縛り上げる。

 それで体勢を崩したオークが倒れそうになったところで、上から両腕と首に糸が巻き付き、オークを一気に縛り上げた。

 両手両足を封じられ、糸で伸ばされた状態のオークは人文字で大を表現している。

 激しく暴れているがそれぐらいでは俺の糸は千切れない。『気』レベル5の強化は伊達じゃない。

 しかし、ゴブリンと比べて引きの強さが全然違うな。力だけならホブゴブリンを軽く上回っている。


「さて、このまま息の根を止めてもいいんだが」


 首元の糸はあえて締めずに添えているだけだ。問答無用で襲いかかってきたのは相手だ、殺したところで正当防衛も通用するだろう。

 意を決し糸を操作し首を絞めようとしたところで、


「――――っ!」


 オークが叫んだ。ゴブリンたちの叫び声のような感じではなく、何か言葉……気のせいかも知れないがサウワの話す言葉に近い発音だったような。

 そう思いサウワに顔を向けると、サウワは俺に渡したカードを手に取り、急いで何かを探している。目的のカードを見つけたサウワは俺の顔面に触れるぐらいの勢いでカードを突き出してくる。

 そこには「共通語」と書かれていた。


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