二択
「でさ、俺とオッサンは一緒に行動することになって、二日前にリーダーと椿さんに助けられたってわけだ」
鍋を囲み和気藹々と今までのことを話す、権蔵君。
俺は鍋の野性味あふれる味に舌鼓を打ちながら、適当に相槌を打っている。
彼の話を要約すると、この異世界に降りて二日目にオッサンと会ったらしい。
ちなみに、未だにオッサンと呼ばれているこの人の名前がわからない。年齢は三十代後半よりは上に見えるが。
その後、二人で一緒に行動していたのだがハーピーの群れに襲われ、佐藤に窮地を救われたそうだ。平地で襲われ空にいる敵に対して攻撃手段がなく、どうにもならない状態で現れた佐藤の銃撃により、ハーピーを追い払ったらしい。
ここだけを聞くなら悪い人間には思えないが……佐藤だけではなく、この椿という女性を見ていると、喉元に小骨が引っ掛かっているかのような違和感を覚える。
「やだ、私の顔をじろじろ見て、惚れちゃったかしら?」
「すみません、あまりにも素敵でしたので見惚れてしまいました」
「ふふふ、御上手ね」
我ながら芝居じみた恥ずかしい台詞を口にしたが、それを素早く切り返せる椿という女性は言われ慣れているのだろうか。
腰まである長い髪に分厚い唇。お尻を覆い隠す程、丈の長いクリーム色のセーター。そこから伸びる脚は紺のタイツという格好。
たぶん、ショートパンツをはいているのだろうがセーターがワンピースのようで、何も下にはいてないかのように見える。
煽情的な格好にちらちらと権蔵君の視線が何度も行き来している。若いな。
「おいおい、岩村さんよ。椿さんはリーダーのもんだぜ。あんたが割り込む隙間は残念ながらないんだよなぁ」
そうだった。岩村だったな今は。呼ばれたのに一瞬反応が遅れてしまう。周囲には不審に思われていないか。
現地人の少年少女は黙々と食事を続けていて、椿さんと佐藤が気に掛けて何度も話しかけている。この二人は共通語が話せるようだ。
オッサン――名前を聞き出さないといけないな。この人は黙々と食べ続けている。話を振られると時折、返事をするぐらいか。寡黙な人のようだ。
で、権蔵君はさっきからずっと話し続けている。若干鬱陶しいが、貴重な情報源なので好きなだけ話してもらおう。
「あ、そうだ、聞いてくれよ岩村さん! このオッサン、驚きのスキルを所有しているんだぜ。何だと思う?」
「さあ、それだけじゃ何とも」
「またその話か……」
オッサンと呼ばれている男がうんざりした顔で権蔵君を睨みつけている。
外れのスキルを選んだようだな。権蔵君は馬鹿にしているようだが、彼のスキルも人のことは言えないと思うのだが。
「なんと、このオッサン、チュートリアル選んだんだぜ!」
「えっ、あのオプションの項目にあった?」
今のは芝居ではなく本気で驚いてしまった。気にはなっていたが選ばなかったチュートリアルの文字。あれを選んだ猛者がいるとは。
「それで、チュートリアルはどんな感じでした?」
「お、興味あるのか。ほら、オッサン話してやれよ! ぶはははははっ」
爆笑している権蔵の頭に容赦のない勢いで拳骨を落とすと、オッサンは腕を組み大きく息を吐いた。
「ぐおおおおお……」
床で左右に転がっている権蔵君を尻目に、オッサンは心底面倒臭そうに重い口を開いた。
「鞘から抜けない刀を持ち、全く利用価値のない居合術と刀術を持つ、お主に笑われるいわれはない」
ああ、だから鞘ごと構えていたのか。抜かなかったのではなく抜けなかっただけ。ということは『木刀術』は鞘ごと戦うから木刀扱いか。
「わしはこう見えても慎重な性格でな。まずは説明書を読み、チュートリアルを見てからゲームを始めるのだよ。でだ、スキル表にあったチュートリアルを迷わず選択したのだが……これがとんでもない罠でな」
その先はかなり話しづらいようで言いよどみ、厳つい顔を更にしかめている。
「チュートリアルを得た瞬間から脳内に映像が流れだして、一切身動きが取れなくなってしまったのだ。それから延々一時間半もの間、無理やり視聴させられた」
「そ、それは」
掛ける言葉が見つからなかった。貴重な二時間の内、一時間半もの時間を消費させられたというのか。序盤に選んだのならまだスキルを選ぶ余裕もあるが、もし、かなり時間が経ってから選んでいたら、チュートリアル中に時間切れになるのか。
「時間は間に合いました?」
「ああ、比較的序盤に見たからな。それでも、残り10分しかなかったが」
「何というか……苦労されましたね。それでチュートリアルの内容はどういったものだったのですか?」
「まあ、説明があればわかるような内容だな。ステータスの意味とレベルを上げることによるメリットとデメリット。強力なスキルには前提条件がある。それに、アイテムについても注意がされていた。まあ、そんなところだ」
一応、見ておけば無駄なスキルを取る心配はなくなる……だが、一時間半は長すぎる。女教師もどきの理想の展開は、ある程度時間が過ぎてからチュートリアルを選んで、時間切れになり嘆き悲しむ人。それぐらいのことは考えていそうだ。
「おかげで選ぶ時間が無くてな、必須だと思うスキルを何とか手に入れるのが精一杯だった」
あの時、チュートリアルを選ばなくて良かったと、今、心からそう思った。
「それで、転移後の即死は避けられたのですから、良かったと思うしかないですよ」
佐藤が話に加わってきた。穏やかな笑みに、優しい口調。悪い人には見えない。
夕食で怪しい動きもなく、子供や仲間への気遣いも見せている。
俺の考え過ぎだったのか。春矢という例を見て、桜さんから伝え聞いた女性陣の醜さを知り、過剰な警戒をしていたようだ。
椿さんも目つきが時折怪しいが、生まれつきそんな人もいるだろう。桜さんだって当初は挙動不審で目を合わせないし、胡散臭さ満載だったからな。
……あれ、そうなるとやばくないか。
偽名を使い、仲間と死に別れたと嘘をついてここにいる。いざ、仲間になるとしても「いやー、実は偽名で、死に別れも嘘なんですよ、ははははは」では信用されないのは確実。
初手を完全にミスったか。これなら、様子を窺うだけにしておき接触は避けるべきだった。
自分がレベル15まで上がった慢心があったのも否定できない。強くなったことにより調子に乗っていたようだ。
「どうしたんだ、あんた。何か暗いけどよ」
「ああ、いや、こうやって住居があり、仲間が多いという安心感で疲れが出てきたみたいだ。ふあぁぁ……」
タイミングよく大きく欠伸が出たのは芝居ではない。事実、無駄に考え過ぎ、神経を張りつめていたせいで、正直かなり眠い。
「もう、皆さんも食べ終わったようですし。今日はもう寝ましょう。お疲れの様ですから、積もる話はまた明日という事で」
囲炉裏の火は落さずに皆が寝る準備に入った。
椿さんと子供たちは部屋の片隅に固まり、大きな毛布を全員で被っている。獣の毛皮とかではなく市販されている毛布だということは、誰かの所持品か。
「すまんな、あの毛布は一枚しかない。わしらは雑魚寝だ」
オッサンと呼ばれ――結局この人の名前を聞いてないな。
「すみませんが、名前を教えてもらっても」
「ああ、すまん。名乗っておらなかったな、わしの名は――」
「オッサンは、オッサンだろ。もしくは、熊ぐわっ!」
権蔵君は学習能力がないらしく、再度落とされた拳骨の直撃を喰らい、もんどりうっている。
「まあ、オッサンでも構わんぞ。おぬしより年上なのは確かだ。一応、芸術家として名乗っている名は、蓬莱だ」
「蓬莱さんですね。今後ともよろしくお願いします」
俺の近くに腰を下ろした蓬莱さんは、こちらの目をじっと見据えている。
睨むといった感じではなく、真剣な眼差しが俺の網膜を通過し、心の奥底まで覗き込まれているかのような錯覚を抱いてしまう。
「わしは俗世が面倒で山奥で一人、暮らしておった。この糞坊主は性格と口に難はあるが、根は馬鹿で正直だ。悪い奴ではない……じゃが」
蓬莱さんはそこで言葉を濁すと、ちらっと一度だけ横目で囲炉裏の前に座り火の番をしている佐藤と、子供たちはあっという間に寝付いたらしく、子供から離れ佐藤の隣に座り、寄り添っている椿に視線を向ける。
「何かありそうでな」
誰なのかは口にしなかったが、誰を指した言葉なのかは充分に理解できた。
自分たちも子供たちと反対側の壁際に移動し、そこに寝転ぶ。
『捜索』を発動させ、生徒手帳のポイントを浮かび上がらせてみたのだが、全員が各自で所持しているようで、生徒手帳を盗み見することも困難なようだ。
念の為に岩村さんの生徒手帳をズボンのポケットに入れてあるので、見せあいになった時はこれを出す予定だったのだが、杞憂に終わるようだ。
話してみた感じでは、権蔵君と蓬莱さんは信用しても大丈夫だろう。
頭を抱えていた権蔵君もかなり眠いようで、顎が外れるのではないかと心配になるぐらいの大口を開け、欠伸をすると数秒後には寝息を立てている。
蓬莱さんも俺から背を向けているが、どうやら眠ったようだ。
俺もそっと目を閉じ、全身の力を抜いて床に寝転ぶ。
異様なまでの眠気が俺を襲い、肉体精神的疲労もあり抵抗することなく身を睡魔にゆだねた。
芝居で寝た振りをするつもりが、一瞬本気で眠りに落ちかけたのだが頑強の数値が高いおかげで何とか睡魔を撃退でき、そのまま寝たふりを30分ぐらい継続していると
「岩村さーん、寝たぁ?」
と色っぽい声が投げかけられた。返事をしないでいると、もう二度声を掛けられ俺が眠っていると判断したのだろう。椿さんがこちらに向かって歩み寄ってくる。
目を閉じているので気配で判断しているのだが、佐藤には動きがない。
俺の傍に腰を下ろしたのだろう、囲炉裏からの明かりと仄かな温もりが遮断される。
数回ほっぺを突かれるが、俺は全く反応しないでおいた。
「うふふ、よく眠っているわ。ほんと良く効くわね」
そう呟くと体を弄り何かを探している。一番わかりやすい場所であるパーカーのポケットに生徒手帳を入れておいたのだが、それを見つけたようで躊躇いもなく生徒手帳を引き抜いた。
良く効くという言葉と相手が起きる心配を全くしていない行動。料理に睡眠薬か何かを盛られたのか。
全員が料理を口にしたのを確認したので、怪しげな薬物を混入した可能性は低いと考えたのだが甘かった。二人とも耐性があったと考えるより、自分たちは予め解毒剤を飲んでいたのかもしれないな。
「佐藤さん、あったわよ」
「そうか。なら、さっさと持ってこい」
丁寧な口調は消え去り、不遜とも取れる態度で椿さんに命令している。佐藤さんの素はこっちのようだ。
「そんな口の利き方はやめてもらえるかしら。私と貴方は対等な筈よ」
「ああ、そうだったな」
「この二人は碌なスキルなかったけど、こいつは何かあるかしら。私の糧になってくれるといいんだけど」
もう少しそこのところ詳しく。こういった場面では内情をベラベラと懇切丁寧に話すのが決まり事なのだが、二人はそのお約束を無視してくれる。
女性の方は色々と口を滑らせそうだが、男の方は迂闊なことを話しそうにない。
今聞いた情報だけでも聞き逃せない内容があったので、贅沢は言わないでおくか。
まずは、この二人は手を組んでいて、俺たちに睡眠薬のような何かを飲ませた。
更に、立場は対等だと口では言っているが、男の方が上の立場に思える。
そして、前述の二つよりも最後に言い放った言葉が一番の問題だ。「碌なスキルがなかったけど」という発言が何よりも気になる。相手のスキルを調べ何かを画策しているのではないか、という疑問が発生する。
俺も相手のスキルを調べていたのだから、同じように相手の力を知る為に調べているだけなら、何も問題はない。権蔵君から盗んで確認した俺がとやかく言えた筋合いではない。
だが、この二人はそんな穏やかな感じではない。アレは利用価値があるか値踏みしている目だ。
それに、椿が口にしていた「私の糧」という言葉を聞き、ようやく思い出した記憶がある。
格好が初めて見た時と全く違ったので、記憶を掘り起こすのに時間が掛かってしまったが椿さんは――スキルを選んでいた教室で隣に座っていた女性だ。
セーラー服姿が妙に色気のあった女性。俺が糸を伸ばし同調を発動させたメンバーの一人。俺の影響で生き残ったのか、それとも元から罠に気づいていたのかは分からない。今はそのことは置いておこう。それよりも大事なことがあるからだ。
隣の女性はスキルを選んでいる最中にこう言葉を漏らした。
「あった! 奪取スキル」
と。彼女があのままスキルを選んでいたら、今彼女は『奪取』を所有している。それに「糧」という言葉。組み合わせると、答えは見えてくる。
「あっ、こいつ生意気に『消費軽減』あるわ!」
椿さんの嬉しそうな声が俺の意識を現実に引き戻した。
舌なめずりをしてこちらを見つめる表情は獲物を狙う野生の獣のようだ。
考えが間違っていないなら、スキルを奪いに来る可能性が高い。しかし、それは『窃盗』スキル3レベルと、器用度の高さがあってのこと。
彼女はその条件もクリアーしているというのか?
「早まるなよ。それ以外にも『隠蔽』が使えるスキルだ」
「流石、スキル表を全て覚えているだけはあるわね。あの状況で『速読』『瞬間記憶』を選ぶ物好きなんて、あんただけだと言い切れるわ」
感心しながらも呆れた口調で肩をすぼめている椿を薄目で確認しながら、驚きのあまり体が揺れそうになった。
あの状況下で『速読』『瞬間記憶』を選ぶ人がいるとは。あれだけあったスキル表を全てそのスキルで覚え把握しているというのか。
予想すらしなかった能力選びと使い方だ。その知識があれば相手の力を見て、どんなスキルなのかを一瞬にして把握できる。
だが……それだけだ。かなり驚きはしたが、その知識があったところでこの異世界を生き抜けるというわけではない。直接の力もなく、転移者のスキルに対しての知識しかない。
普通ならちょっと物知りなだけだが。
「じゃあ、その知識と無駄に高い『説明』で有益な情報よろしく」
「ああ、任せろ。『消費軽減』を得るには数回、気を失うまで精神力を消費し、更に数回、気を失うまで体力を消耗。それが条件となる。隠蔽は自分より格上の対象相手10メートル以内に24時間潜み続け発見されない。となっている」
説明はレベルを上げると、そのスキルを取得する為の条件がわかるのか。二つとも中々ハードだがやる価値はある。覚えておくか。
「どっちも、面倒だし難しいわね。なら、いつものように、やっちゃった方が早いわ」
「そうだな。こいつが食料だけ奪って夜中に逃げたと言えば納得するだろう。疑い歯向かうようなら処分すればいい」
決定か。椿さん――もうさん付けは必要ないか。椿が『奪取』スキルを所有し、佐藤がそれに力を貸している。
「しっかし、あんたって本当に悪党よね。この子たちがいれば相手も油断するから、罠にはめやすいって理由だけで生かしているんだもの」
「奪う価値もないスキル所持者だ。殺して経験値にするよりも優しい判断だろ。今はレベルを上げ過ぎると、他の連中に警戒される。それにスキルポイントは無限じゃない。スキルを育てさせ、狩りごろになるのを待った方が有益だ」
お似合いのコンビだな。
権蔵君に蓬莱さんと子供たちは寧ろ被害者と分かった今。俺の取るべき行動は――この二人から逃げるか、殺られる前に殺るの二択しかない。