個性とスキル
闇夜の中を俺は慎重に移動していた。
以前も思ったことだが、この森の夜は闇と表現するに相応しい。自分の手脚すら確認できない程の深い闇。
一歩踏み出すごとに草や土を踏みしめる音が、昼間よりも鮮明に耳に届く。周囲が静まり返っているので、自分の呼吸音すら聞こえてしまう。
本来ならこの中を出歩くなんて狂気の沙汰だが。俺は能力の強化と確認もかねて、あえて夜に散策している。
『気』を周囲に放ちある程度だが何処に障害物があるかを感じ取り、今操れる最大の本数である糸を四本先に伸ばし、前方を弄りながら進んでいる。
『捜索』でゴブリン、ハーピー、ヘルハウンドのポイントをチェックしているが近場に反応はない。
「二人とも、もう寝たかな」
桜さんとサウワは残してきている。二人を置いていくのには不安があったが、サウワの『闇属性魔法』で試しに拠点の入り口を闇夜に同化させてみたのだが、これは想像以上に闇に溶け込みこれなら大丈夫だろうと判断した。
念の為に『捜索』範囲の5キロより遠くに行かないようにはしている。いざという時は余った木材で作った、小さなお手製の木彫りの人形を壊すように言っておいた。
『捜索』リストに入れているので、破壊されるとその反応が消えるのを利用する。警報機の代わりだ。
捜索範囲を上げる為にも『捜索』のスキルレベルを上げることも、考えておいた方がいいかもしれない。
「とはいえ、ちょっと無謀だったかな」
暗闇というのはこんなにも人を不安にさせるのかと、今更ながらに後悔している。
しかし、夜だからこそ俺が単独行動をとれる。闇魔法で二人の身が守られているという状況だから、思い切った行動にでられた。
サウワの情報ではゴブリンは夜になると、集落や寝床から動かないという話だったが、確かにゴブリンのポイントは殆ど動きを見せない。
十体も反応はないのだが、その全てがあの集落へと帰っているようだ。
試しに、ホブゴブリンも『捜索』してみたら集落に一体だけいる。今はそいつがリーダーなのかもしれない。
この周辺にいるゴブリンでこの団体が最後のゴブリンかもしれない。いっそのこと、ここでゴブリンを殲滅するか。うーん、それもありなんだが、今は子供たちと転移者を探すことが優先事項だな。
「東側はこれ以上行くと、拠点が範囲外になるのか……だとしたら、ここから北西か」
周囲に敵がいないか確認すると、一旦『捜索』を消し、今度は生徒手帳、アイテムボックス、サウワが着ていたワンピースの布を捜索リストから選ぶ。
初めはワンピースに触れて発動したのだが、ワンピースがリストに入ってしまい、これでは男の子が捜索範囲に入らないと、少し布を切らせてもらい布だけを捜索することにした。
皆同じ材質の服を着せられていたらしいので、上手くいけば探知できるだろう。
「お、生徒手帳に反応がある」
捜査範囲の北北西ギリギリの範囲に生徒手帳のポイントがある。行きたいところだが、そうすると拠点が範囲外になってしまう。どうすべきか……。
悩んだ挙句、俺は北北西へと足早に進んでいる。
拠点のポイントをもう一度確認した時の反応で、周辺にいたのはゴブリンぐらいだ。ゴブリンが夜行性ではないのは確認済み。ハーピーは鳥だとしても老婆だとしても夜は苦手だろう。
となるとヘルハウンドだけが心配の種なのだが、ヘルハウンドは東側へは足を踏み入れる気がないようだ。ポイントを追っていたのだが、西をテリトリーとしているようなのでこちら側には興味がないらしい。
あとは幼虫もどきが残っているが、あれから一度もあっていないので数が少ないのではないかと見ている。
とまあ、状況を冷静に判断して少しなら離れても大丈夫だと結論付けた。
「ん、更に反応が……」
初めに反応があったポイントの近くに三つ新たな生徒手帳のポイントがある。一人がまとめて持っている可能性もあるか。いや、全部がバラバラに動いている。
ということは、四人の転移者がいるか、もしくは何者かに荷物だけを奪われたか。
それを判断するにももう少し近づいてからにっ!?
「おいおい」
生徒手帳反応のすぐ後ろにワンピースの布に反応したポイントが三つもある。
このポイントも動きがあるので、たぶんサウワと同じく生き残りだろう。
一番理想的な展開は、転移者の生き残りが四人組んで、現地人である子供たちを保護して一緒に行動している。
これなら、転移者もまともな人間だろうと安心できるので接触しやすい。
逆に最悪な展開は、転移者も現地人も全員殺されているか捕まっていて、その犯人はゴブリンよりも強力な魔物。
この場合打つ手がない気がする。
どちらにしろ、もう少し近寄って判断するしかない。
気配を殺すには『気』を消さないといけない為、周囲の様子を糸でしか探れなくなる。そこが難点だが、気づかれるデメリットの方が大きいと判断し『気』の発動を停止した。
糸を伸ばし前方の障害物と地形を確認しながら、さっきよりも慎重に歩を進める。ポイントを再確認すると、あと20メートルもないようだ。
たぶん、あそこら辺だろうと視線を向けると、目的の場所がほんのり明るい。
闇に沈んだ森の中にぽっかり浮かぶ灯り。それも炎特有の揺らぎも見えないということは、人工的な灯りと考えられる。
「転移者の可能性が大か」
木陰から顔を少しだけ出し、光の元を覗く。
光量が少ないので、相手の顔までは確認できないが大体の姿形は把握できた。
学生服のブレザーに、腰に剣――あれは日本刀か。それを携帯している男子学生が手元を熱心に見ている。
明かりの原因はさっきから忙しなく指を動かし操っているスマホのようだ。
たぶん、見張りなのだろうが全く周囲に意識が向いていない。
「合流するのが不安になるな」
足捌きに気を付け、音を極力立てないように細心の注意を払い、更に間合いを詰める。
あと10メートルもない距離まで近づいたのだが相手に動きがない。何故、この至近距離で気が付かない。
たぶん、ゲームでもしているのだろうが、貴重な電力だということを理解しているのだろうか。
この距離まで行くと相手の容貌も確認が取れる。
短く切りそろえられた髪にだらしなく緩んだ表情。見ているのはゲームじゃなくて動画っぽいな……時折漏れ聞こえる声がアニメ特有の妙に甲高く、はきはきとした話し声に聞こえる。
高校生っぽく見えるが、発育のいい中学生かもしれない。体形はかなりしっかりしているので、運動部に所属していたのかもしれないな。
何となく勢いでここまで近寄ってしまったが、さて、どうするか。
相手に警戒されないようにするなら、再び距離を空けてわざと物音を立てながら、近づくというのがベストな気がする。
先に奥を調べに行くのもありだが、探知系の能力を持つ者がいれば見つかった後のフォローが苦しくなりそうだ。
「んー、もう少し動画落しておくべきだったな……はぁ」
学生服の青年が小さくため息を吐いている。何を見ているか少し気になるが、それよりも相手の情報を得たい。相手の能力の把握と性格がわかればいいのだが。
スマホに集中している今ならいけるか……ポイントの場所はズボンのポケットか。
糸をそろそろと伸ばし青年の足付近に到達する。そこから、ズボンに沿うように登っていきズボンのポケットに潜り込む。
あった。これが生徒手帳なのは確かだが、このまま引き抜いたら流石に気付くか。
足下に転がっていた大きめの石を拾い、青年の頭上を越えて俺から反対側に落ちるように石を投げる。
闇夜に紛れているので投げた俺ですら目視できなかったが、青年の後方で草を掻き分けるような音がしたので成功したようだ。
「だ、誰だっ!」
青年が慌てて振り返りスマホの明かりを向けたタイミングで、ポケットから生徒手帳を抜き取る。
少し腰が引けた状態で鞘ごと刀を取り外した青年が、石の落下地点へ確かな足取りで近づいていく。
「俺は夜目がある! すべてお見通しだぞ!」
『夜目』を所持しているのか。スマホに集中さえしていなければ、スキル的には優秀な見張りだったのか。今の内に少し距離を置こう。
「さっさと出てくるんだ! 大人しくするなら危害は加えない」
はきはきとした声に堂々とした態度。さっきは驚きのあまり少し取り乱していたようだが、動きに自信が垣間見える。
青年が自ら放つ大声のおかげで、俺の動きを察知されることもなく、相手が目視できないであろう距離まで退避することに成功した。
「ここまでくれば、大丈夫か」
『気』を再び発動し、周囲の様子を探りながらポケットから女性転移者から頂いたスマホを取り出す。その灯りの下で学生服の青年から奪った生徒手帳を開く。
名前は、田中 権蔵か。渋いな。
レベルは7ということは、それなりの戦いはこなしてきている。レベルが10を超えてないから、転移者殺しの可能性もないか。
年齢は16歳と春矢と同年代か。ステータスは筋力、頑強、柔軟が高めで知力がおさっしと……体育会系だな。スキルレベルはオール2と。
さて、問題はここからだスキルを見てみるか。
『邪気眼』『夜目』『居合術』『刀術』『木刀術』『縮地』
…………おう。
ツッコミどころが多すぎて困るというのは、こういう場面で使う言葉だな。
色々あるがまずは『説明』のスキルがない。ということは、この青年はたまたまステータスレベルを平均的に上げるタイプだったということか。
それは分からなくもない。俺も若い頃は能力値を振れるゲームでは平均上げをしていたから。
そこはまあいいだろう、次の『夜目』は実用的なのでいいチョイスだと思う。
更に『居合術』『刀術』なのだが刀を所有しているので選んだ理由は明確だ。
だが『木刀術』は何故だ? それも居合、刀はレベル1なのに『木刀術』はレベル3まで上がっている。何か特殊な能力でもあるのか?
理解ができないので生徒手帳の『木刀術』に触れてみた。
(木製の刀状の武器を操る技能。レベル1、武器の重さが10%減、攻撃力が10%増。 レベル2、武器の重さが20%減り、攻撃力が20%増。注:武器の重さは自分がそう感じるだけで、実際の重量は変わっていない)
『剣術』のスキルと似た感じだ。剣状が木製の刀状に変化しているだけで、あとは同じだな。しかし、木刀を持っていなかったというのに、どうしてここまでスキルを。
わからないことは後で聞くチャンスがあれば直接本人に問いただせばいいか。残りは『縮地』か。あー、俺もこれ惹かれたんだよな。わかっているけど、一応触れておこう。
(瞬時に相手との間合いを詰める。瞬間移動を思わせる体捌き)
ああ、うん。縮地と訊いて思い浮かべる能力と同じだ。ここまではいい。ここまでは。
(ただし、『古武術』3『歩法』3レベルが必要となる)
だよな。つまりは彼の『縮地』は死にスキルということになる。色々と残念な青年だな……さてと、ここで考察を止めたいところだが、どうしても調べておかなければならないスキルがある。
『邪気眼』
正直俺も一瞬だけは惹かれた。だが、取ろうとは微塵も思わなかった。この彼の勇気は称賛に値する。これを見た瞬間、彼と接触を取ることに躊躇いが消えそうになってしまった。
そんな彼に敬意を表すように生徒手帳に向かって一礼すると、そっと『邪気眼』の文字に触れた。
(己の中に眠る異能の力が封印されし第三の瞳――それが、邪気眼である! 自分で決めた特定のキーワードを発することにより、額に封じられし第三の目が開くっ!)
全く意味が分からん。それになんで邪気眼の説明だけノリノリなんだよ。これだけだと、能力の説明に一切なってないのだが『説明』2まで取るとお馴染みの注意書きが増える。
(邪気眼使いは闇属性ともっとも相性が良く、闇属性魔法が強化される)
実はサウワの『闇属性魔法』と相性がいいんだよな、このスキル。
だが、サウワが「開眼!」やら「邪気眼開放!」とか「くそぅ、暴れるなサウワの中の闇よっ!」とか言い出したら正直、泣くかもしれん。
どちらにしろ『闇属性魔法』を所有していない彼は額に第三の目を開かせることができるだけである。ドッキリとかに使えそうだが、それ以上の使い道が俺には思い浮かばない。
「ふぅ……」
何故かどっと疲れてしまい、ため息が漏れてしまった。
過去の自分と無理やり対面させられたような気分になったが、忘れてしまおう。
「あとはアイテム欄か」
『妖刀村雨』
ゲームとかで何度か見かけたことがある、有名な刀の名がある。確か、南総里見八犬伝が元ネタだったか。昔、ゲームで見て興味を持って調べたことがあった。
なんだろう、この青年は順調に中二病を患っている気がする。昔の俺となら友達になれたかもしれない。
ゲイボルグに続いて嫌な予感しかしないが、一応『説明』で見ておこう。
ええと何々、刃から水が溢れ血や油を洗い流せるのか。寒気や霧をも操ることができると。属性で言うなら水属性の刀になりそうだ。これがあれば、飲み水に困らなそうだ。
さて定番の前提条件を見させてもらおう。
『妖刀村雨』(装備レベル38 筋力80 器用度80以上必要)
あれ、意外と手が届きそうなレベルだな。いや、待て。ゲイボルグを見たせいで感覚が狂っているだけか。神話レベルの武器ではなく、架空の物語とはいえ普通に人間が振るっていた刀だから、これぐらいのレベルが適正なのかもしれないな。
能力とスキルを見ただけなのだが、彼の性格が何となくわかった気がする。
彼だけなら言いくるめも、実際戦いになっても何とかあしらえるだろう。問題は残りの転移者三人と子供たちか。
これは彼と会話して情報を得てから判断するか。
よっし、時間は無限じゃない。行動に移そう。
邪気眼青年の元に戻る前に一度、拠点が『捜索』範囲に入る場所まで戻り、周辺の魔物と警報機代わりの人形に変わりがない事を確認すると、もう一度彼の元へ向かった。