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呼ぶ声

 四日目の朝、当初の予定通り俺たちは狩りをしている。

 木の上に潜み、お手製の弓を構えた桜さんが獲物目掛けて弓を引く。

 ターゲットはお馴染みとなったゴブリン。命令系統が消滅したために、ゴブリンたちは再び単独行動が増え、こちらとしては狩りやすくなっている。

 このままだと、いずれ本当にゴブリンを殲滅できそうな気がしてきた。


「大丈夫、この距離なら充分届くよ」


『はいっ!』


 桜さんの『精神感応』による元気な返事を聞き、俺は糸へ『気』を流し込んだ。

 糸が繋がっている弓、そして矢を気が包み込み、物体の強度を向上させる。


『お願いっ!』


 弓から弾かれた矢が狙いをたがわず、ゴブリンの首元に突き刺さる。

 ゴブリンは何が起こったのかも理解できず、喉元に手をやろうとして、そのまま大地に突っ伏した。

 小刻みに痙攣していたが、やがて動かなくなり光の粒子となる。距離があるので光の粒子が大気に溶け込み、目視するのが難しくなるが、桜さんの体に吸収されたように見えた。


「俺はゴブリン二匹倒したらレベルが上がったから、もう一匹やってみよう。桜さん大丈夫?」


「あ、はい……生き物を殺したのに思ったより動揺して無い自分に……少し驚いています」


 手にした弓を見つめ、ぎゅっと握りしめながら桜さんがぽつりと呟いた。

 この世界では必要なことなのだが、それは人としてどうなのか。そういったことは生き延び生活が安定した老後にでも、好きなだけ悩めばいい。俺はそう割り切ることにしている。

 その考えを桜さんに押し付ける気はないが、何か言うべきか。


「食べる為に殺しているわけじゃないけど、生きる為に殺している。罪悪感を捨てろとは言わないけど、割り切っていかないと」


「そうですよね……はい!」


「一緒に頑張ろう」


 無理して笑みを見せる桜さんに、俺も笑みを返す。

 俺が誰にも負けない力を有しているのなら、彼女に戦わせずにずっと守るのもありなのだろうが、生憎そんな便利なスキルも身体能力もない。

 それに、もし力があったとしても俺はそれをしなかっただろう。この異世界ではいつ死ぬかわからないからだ。俺が死んだとき、彼女は一人でどうするのか。

 生きたいと言わせた俺だからこそ、自立できる程度の力を彼女に持たさなければならない。


「土屋さん、大丈夫です。次もお願いします」


「ああ、いくか」


 三体のゴブリンを追加で倒し、桜さんのレベルが無事上がっていることを確認する。

 このままゴブリンの元集落付近でゴブリンを倒し続けてもいいのだが、昨日一日探索をしていないので、まだ見回ってない場所に足を伸ばしたい気もある。

 アイテム回収は序盤が全てだと考えている。魔物が死体を荒らすという心配もあるのだが、俺でもこの方法を考えついたということは、転移者で同じようにアイテム回収をしている人がいる筈だ。

 危険性は理解しているのだが、それでも桜さんに攻撃手段ができた今なら、それを承知で進むべきではないだろうか。『同調』があれば糸との連携で何とかなりそうな気もする。


「桜さん、行ったことのない場所を散策していいかな?」


「あ、はい。頑張ります!」


 拳を握りしめ、鼻息が荒い桜さんが少々意気込み過ぎている気もするが、それは俺がフォローすればいいだろう。


「じゃあ、拠点から東側はある程度調べたから、今度は西の方に行ってみようか」


「わかりました!」





 途中拠点に立ち寄り、矢の補充と昨日作っておいた防具を一つ取り出し、桜さんに手渡した。

 この防具は結構自信のある逸品なのだが、桜さんの反応が微妙で、頬が引きつっているように見えるのはきっと気のせいだ。


「あの、これつけないとダメですか?」


「もちろん。あ、使い方は背負うだけでいいから。ランドセルを背負うような感じで」


「……本気ですか?」


 肯定の意味で大きく頷くと、桜さんは渋々ながらそれを身に着けた。

 うむ、やはりよくできている。背後からの攻撃を完全にカバーできる巨大な円形の板。背に当たる部分には獣の皮を当てているので、長時間背負っていても痛みがないという親切設計。

 力のない彼女でも背負えるように、板は極力薄くしている。それだと、防御力に不安がありそうだが、それはもちろん考えてある。

 表面を裁縫の糸で網目状にコーティングしているのだ。いざという時は気を流し込めばいい。


「い、命には代えられませんよね……」


 その通りだ。攻撃を受けた際に受け流せるように少し丸みを帯びさせたのも、我ながらポイントが高いと思う。

 ただ、まあ……亀の甲羅を背負っているように見えるのが少し欠点だな。

 まだ何か言いたそうにしている桜さんから目を逸らす。決して、その格好が滑稽で笑いを堪えているわけではない。


「さて、笑いを取るのはここまでにして、行こうか」


「笑い!? どういうことですか!」


「はいはい、いくよ」


 納得のいかない桜さんの手を引き、俺は未開の地である拠点から西へ足を踏み入れた。





「土屋さん、なんかくちゃくちゃ食ってますよ」


「生肉かな……あれは、たぶんハーピーなんだろうけど」


 鳥の体に人の顔が乗っている魔物。ファンタジー系の作品には結構多く出演しているので、知っている人も多いと思う。

 ネットや漫画でよく目にするハーピーの姿は、人間とほぼ同じ全長の鳥に可愛らしい女性の顔という、一見愛らしい感じの魔物なのだが――こいつは違った。

 全長は桜さんと同じぐらい。翼と下半身は鳥その物なのだが、胸に女性を象徴する二つの乳房。そして、問題の顔は――老婆。

 元ネタというかギリシャ神話で出てきた異臭を放ち粗暴で下品な本来のハーピーなので、何も問題はないのだが、ないのだが。


「ハーピーってもっと可愛らしい魔物だったような」


「まあ、少女の顔よりも倒しやすいけどさ……」


 若いハーピーと出会い懐かれるような展開も嫌いじゃないが、ここは俺たちの糧になってもらおう。

 さっきから熱心に食べているのは野生動物の死体のようだ。口元が血にまみれ、老婆の顔が更に醜悪なものになっている。

 周囲に他の魔物がいる気配はない。ゴブリン、ホブゴブリンのポイントも存在していない。


 耳を澄ますが、くちゃくちゃと耳障りな咀嚼音が聞こえてくるだけだ。

 森の中で周辺は木が密集している、攻撃に気づいても真っ直ぐこちらに飛び込むということはないだろう。逃げ出すとしたら上か。

 周辺の木々からは枝が張り出してはいるが、ハーピーの体重を支えられそうな太い枝は見当たらない。ここの木は比較的若い木のようだ。


「あれを倒そうと思うのだけど、攻撃頼んでいい? 後ここからは」


『はい、こうですね。でも、私ですか。相手の強さがわかりませんし、ここは土屋さんが仕留めた方が』


「ちょっと、考えがあってね。仕留める気で撃ってもらいたいけど、外れても大丈夫なようにバックアップはするから」


 そう言ってアイテムボックスから棍棒を取り出す。石斧もあるが棍棒の方がリーチもあり馴染んでいる。

 未知の敵なので慎重に行きたいところだが、単独でいるうちに倒し『捜索』リストに入れておきたい。

 ハーピーはまだ食事中だ。時折、周囲を確認しているようだが、こちらにはまだ気づいていない。俺が『気』で気配を殺し、肩に触れているので桜さんもその影響下にいる。

 手を放せば効果が無くなるので、別行動は取れないのが難点だが。


「外しても、当たったとしても次の矢を直ぐに撃てるようにしておいて」


『了解です。では、いきます!』


 気で強化された矢がハーピーへと突き進む。

 かなりの速度が出ているので、ゴブリンなら確実に撃ちぬける一撃だったのだが、聴覚が優れているのか素早く反応し、宙に浮く。

 矢は虚しくハーピーの足元を通り過ぎていった。

 顔は老婆なのだから耳が遠くてもいいだろうに。顔だけ人で頭も習性も鳥なのか?


『すみません、失敗しました!』


「いいから、次!」


 空を滑空する鳥を落とせる可能性が低いのは承知しているが、問答無用で弓を構えさせる。

 ハーピーは大地から足を放し、空へと飛びたとうとしたのだが、上手く羽ばたけないようで地面から1メートル程度浮いただけで、それ以上は高く飛べないでいる。

 それもそのはず、逃げられることを前提にハーピーの頭上に糸を張っていたからだ。

 直接糸を巻き付ける手もあるのだが、相手の身体能力が不明なので矢を囮にして、糸の存在を誤魔化して、罠を張っておいた。


「撃って!」


『はいっ!』


 糸を翼に絡ませ飛ぶことを封じられたハーピーは地面に墜落しもがいている。

 矢が次々と突き刺さるが生命力が高いようで、息絶えるまでにはいかず、俺が止めを刺すしかないかと棍棒を手に踏み出した。


「ギャワアアアアアアアア!」


 血にまみれた老婆の口から絶叫が放たれた。断末魔かと思ったのだが、ハーピーの顔に浮かぶ表情は――笑み。


「仲間を呼んだのか!?」


 叫び続けるハーピーを黙らすために駆け寄ると、その顔に容赦のない一撃を叩き込んだ。老人の顔をした相手だが、今の状況では罪悪感を覚える暇もない。


「桜さん、早くこの場から離れ」


 遠くから何かが羽ばたく音が微かに流れてくる。遅かったか……。

 ハーピーに触れ『捜索』を発動させ、ポイントを探る。南西、西から猛スピードで迫る反応が三つ。この速度なら10秒もかからない!


「木の陰に隠れて!」


 この場所は森の中で少し開けている場所だ。半径五メートルほどの空白地帯になっており、上空からでも目につくだろう。


「来たかっ」


 空からゆっくりと舞い降りてきたハーピー三体が引っ掛かるように木々の間に『気』を流した太めの毛糸を張り巡らせたが、咄嗟にそれを掴み、毛糸を足場にしてその場に降り立つ。

 死んだ仲間に目をやり、その姿を確認したというのに老婆の口角が吊り上がり、邪悪な笑みを見せる。


『ひっ!』


 あまりにも醜悪な姿に桜さんの小さな悲鳴が聞こえる。律儀にも『精神感応』でだが。

 逃げ損ねた俺は、この森にぽっかりとあいた小さな空き地のほぼ中心にいる。俺が逃げようと動いた瞬間に、ハーピーも動く気のように見えるのだが、さっきからハーピーたちは妙な行動を繰り返している。

 何度も飛び立とうとしているようだが、上手く飛び立てないようで、何度も足を屈伸させている。


「ハーピーが鳥寄りでよかったよ」


『え、あの、どうしたら』


 ハーピーたちは目を見開いたまま、何度も足元の毛糸を掴んでは蹴るを繰り返している。

 空中に張った毛糸は二本。もう二本糸を操れるので、強化した釣り糸を飛べないハーピーたちに巻きつけ、地面へと叩き落とした。


『あの、同調で何かしたのですか?』


「生憎ハーピーに言葉は通じないから、それは無理だよ。今のは魔法でも、スキルでもない、鳥の習性を利用した罠」


 あれは、かすみ網という法律で禁止されている罠を応用している。

 鳥は習性と構造上、足場を蹴り上げなければ飛び立つことができない。その足場が細い糸だと充分な反動を得られないので、ひたすらそれを繰り返すことになる。

 子供の頃、じいちゃんにその話を聞いて「絶対にするな」と言われたのに、興味本位でやってしまった過去がある。数日後確認に行ったら、衰弱した鳥がいて自分のしたことに恐怖したことを覚えている。

 まさかその経験がこんな場所で生きてくるとは。人生はわからないものだ。


「桜さんはそこから弓で。俺は色々試させてもらうよ」


 糸でどれぐらい締め殺すことは可能なのか、そういったことを調べなければならない。棍棒で初めのハーピーは倒せたので、防御力はそんなにないと思うのだが。





 数分後、全身に無数の小さな穴が開いた二羽と、木に吊るされ脱力した一羽のハーピーが屍をさらしていた。


「この世は弱肉強食、弱肉強食、食うか食われるか……」


 桜さんは壊れた再生機のように同じ言葉を繰り返し、自分に言い聞かせている。遠距離からの攻撃とはいえ、やはり心に来るものがあったようだ。

 こればかりは慣れてもらうしかない。少しだけ面倒だと思う反面、何も感じることなく魔物を殺すような人でなくて良かったと安心する自分もいる。


「桜さん、レベルの方はどう?」


「弱肉強食……はっ! あ、ちょっと待ってください。お、おおおっ! 上がっていますよ! それも、何と3もです! レベル5ですよ、5!」


 慌てて取り出した生徒手帳を開き、歓喜のあまり万歳を繰り返している。

 二匹倒して一気に3も上がったのか。ゴブリンとは比べものにならない経験値だな。


「これでスキルが140ポイントに、ステータスが8ポイントもありますよ! 何をあげようかなー。これで一気に強くなっちゃいますね!」


 目を輝かせ、スキル振りを楽しみにしているところ悪いけど、何を上げるかもう決まっている。


「筋力、頑強、素早さ、器用、柔軟、体力、精神力のスキルレベルを2に。ステータスポイントはまだ残しておこうか」


「えっ、あ、はい……」


 スキルポイントが残り0になった。生徒手帳を覗き込んでいる桜さんの背中が寂しそうだが、ここは無理にでも指示に従ってもらう。

 これで、筋力も人並みになり精神力が上がれば、こういった行為にも耐性が付く。

 まずはステータスレベルを全て3まで上げるのを桜さんの目標としよう。それが一番手っ取り早く、確実に強くなる方法だと思う。

 生き延びている転移者たちも、同じ考えをしているのではないだろうか。


「この調子で周辺の探索をしながら、魔物を狩ろうか」


「そうですね。うん。よっし、体も軽いですし、パワーアップした私をお見せしましょう!」


 すぐに立ち直ったようで、体の調子を確かめるように屈伸運動をしている。

 もう少し桜さんのレベルを上げたら、俺も本格的に敵を倒していく――


「ひゅふるぎぃやああああっ!」


 俺の思考を遮ったのは森に響き渡る、甲高い悲鳴のような声だった。


「子供の叫び声? いや、魔物か?」


「何を言っているんですか! 子供の死にたくないって叫び声でしたよ!」


 えっ。いや、あれを助けてと聞き取るには無理がありすぎる……待てよ、桜さんは聞き取れたということは、共通語ということか! 

 島に原住民が存在している。この事実はかなり大きい。絶望だらけの状況で初めて垣間見えた希望への糸口だ。


「たぶん、現地人だ! 助けよう!」


「行きましょう!」


 単純に子供が危険なら助けてあげたいというのは本心だが打算もある。

 子供が相手なら色々事情を聞き出すことも可能だろう。『同調』と『精神感応』があれば、隠し事すら見抜ける。助けて損はない――罠や裏がなければ。

 ダメだな、あの女教師もどきのせいで何もかもを疑ってしまう。だが、何もかも素直に受け取れる程、今日までの異世界生活は甘くなかった。


「早くいきましょう、土屋さん! 今の私なら力になれる筈です!」


 こちらの返事も待たずに飛び出した桜さんの後を追いながら、周辺の警戒は怠るわけにはいかない。

 自分の命すら捨てようとしていた桜さんが誰かの為に動く……良い傾向だとは思うが。


「へっ、おおおおっ!」


 腰辺りの高さまである石を華麗に飛び越えようとして躓き、顔面から地面に着地した桜さんがのた打ち回っている。

 激しく暴れすぎたせいで、仰向けになってしまい背中の甲羅――防具が邪魔で上手く起き上がれずもがいている。


「身体能力が上がったといっても、桜さんの場合はようやく人並なのだけどね」


 桜さんを肩に担ぎながら彼女の3倍は速く駆けていった。


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