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他人のスキル

 世界が闇に包まれると身動きを取ることすら危うくなるので、食事を終えた俺たちは手早く後片付けをした。


「食器は洗う……のは水がもったいないから、後で薪にでもしようか。ちょっとまって、水を溜めるから」


 丸太を削って作った、お手製の大きな洗面器のような物に、青の魔石を打ち合わせて水を溜めていく。ゴブリンを大量に倒した後に春矢が拾わなかった魔石を幾つも回収しておいたので、色付きの魔石もかなりの数が手に入っている。

 裁縫用の布で一番肌触りの良かった布を水にひたし、俺は屋外で桜さんは寝床で体を拭く。

ちなみに簡易コンロに入れて充分に熱せられた小さな石を容器に放り込んでいるので、水が仄かに温かい。いつか風呂も作りたいところだ。


 全身がすっきりしたところで、大人しく寝床へと引っ込もうとしたのだが、何となく背後を振り返ると、もう辺りはすっかり暗くなっている。

 日本ではそれなりの都会に住んでいれば夜は街灯があり、完全な暗闇は殆ど存在していない。だが、この異世界は違う。森の中だというのもあるが、夜は周囲に光が存在しない漆黒の闇だ。

 寝床に行く前に、俺は上空を見上げた。

 夜空には満天の星が輝いている。周囲が暗闇だからこそ輝く星々がくっきりと見える。

 初日は疲れ果て余裕もなかったので夜空に目を向けることもなかったが、三度目の夜を迎え、頭上を眺める程度は心に余裕ができたことが少し嬉しい。


「凄く、綺麗ですね」


 体を拭き終わったのだろう。寝床の入り口から顔を出している桜さんが、同じように夜空を見上げている。


「わざわざ海外に行ってまで、星を見に行く人の気持ちが少しだけわかるな」


 今までは金持ちの道楽だと鼻で笑っていたのだが、この光景を見られるのなら少々高いお金を出してまで行きたくなるのも分かる。


「名残惜しいけど、この世界にいればいつでも見られるから。魔物に見つかる前に戻ろう」


「そう、ですね。はい」


 二人して寝床へ入り、入り口を丸太でしっかり閉じておく。

 まだ充電の残っているスマホの明かりで照らされた密室。正直寝るには早すぎる。手元の時計はまだ六時過ぎだ。

 桜さんも気まずいようで毛布を肩から被って座っているが、所在無げに体をもぞもぞさせている。何か話題を振った方がいいんだが、共通の話題と言えばこの世界の事だが、作業中にそう言った雑談は殆どしてしまった。

 どうするか……こういったときは、一人の方が楽だと思うがそれはお互い様だろう。何か話題、話題、ああ、まだあれを見ていなかった。


「桜さん」


「は、はひぃ!」


 緊張しすぎだろう。昨日手は出さないと言ったのだが、まだ信用されるには時間が足りないか。


「今から、昨日手に入れた五人の生徒手帳を調べようと思うのだけど、桜さんも一緒に見るかい?」


 彼女たちが死んだことを思い出してしまい、気落ちさせるかもしれないが、全く触れなければ都合よく忘れるというわけではない。少しずつ慣れて自分の中で決着を付けないと、いつまで経っても引きずり続けるだけだ。


「あ、はい。一緒に見たいです」


 そう言って俺の直ぐ隣に移動してきた桜さんの顔は、少しだけ眉根が寄り、険しい表情だが辛そうといった感じではないように見える。


「じゃあ、まずは男性の生徒手帳二つからいこうか」


 二人ともレベルは3か、それなりに敵を倒してきたようだ。

 ステータスは平均より少し上でステータスレベルはオール2と1。

 オール2の方はスキルに『説明』2があるな。オール1は『説明』1と。

 2の方は理解した上でスキルを選び、1の方はステータスよりもスキルを充実したおかげで自滅をしなかったということか。

 まずは、オール1の方からスキルを見ていくか。


「この人のスキルは『説明』『槍術』『未来視』『瞬足』『第六感』がレベル1か……何となくだけど、この人が目指していたものがわかるな」


「そうなのですか? 私にはさっぱりなのですが」


 まあ、スキルを選ぶ時は闇雲に選ぶのではなく、架空の人物や実際の人物を参考にするというのは悪くないと思う。こういった趣味嗜好は男なら共感できるのではないだろうか。


「たぶん、この流れだと強力な槍を所有している流れ……だよな」


 アイテム欄には『ゲイボルグ』とあった。ケルト神話で出てきた有名な槍。

 勝手な憶測なのだが、この人はケルト神話からというよりは、それを題材としたゲームやアニメから得た知識で選んだ気がする。


 『ゲイボルグ』の文字に触れると、神話に出てくるに相応しい性能だった。投げたらやじりになって無数に降り注ぐとか、棘になって炸裂するとか、投げたら絶対に当たる……他にも様々な能力があるようだ。常識外れにも程がある壊れた性能をしている。


 ちなみに『ゲイボルグ』の消費ポイントは500だ。かなりポイントを取られるが、能力的にはそれでもかなり安い。

 ただし、お馴染みの前提条件がある。


 『ゲイボルグ』(装備レベル1000 筋力1000 器用度1000以上必要)


 まあ、あれだ……わかっていたことだ。これを装備できる頃にはこの武器必要としないよな。ちなみにゲイボルグが今どこにあるかというと、アイテムボックスの中に収納されている。

 糸で取り出そうとしたのだが弾かれてしまい、触れることも敵わず、アイテムボックスから出すこともできない。たぶん、このままずっとアイテムボックスの収納種類一つを埋め続けるだけの存在となるのだろう。


「あの、そのゲイボルグ? とかいう槍は本人も触れられなくて、アイテムボックスの口を手で開いてそこにゲイボルグを触れさせて、何とか収納したそうです。『説明』2レベルで、装備レベルとか教えたら、凄く……落ち込んでいました」


 だろうな。高威力の武器を序盤に手に入れ、楽なレベル上げでも考えていたのが、その全てを無残に打ち砕かれたわけだから。


「その人、どうやって戦っていたの?」


「あの、サバイバルナイフを持っていたので、手頃な大きさの枝を削って槍にしていました」


 それはつまり、日頃からサバイバルナイフを所持しているような人だということか。色々突っ込みたいところもあるが、死者を追い詰める必要はないな。


「次はオール2の人を見ようか」


「あ、はい。その人は凄く強かったですよ! リーダーシップもあって、優しい人でした」


 それは期待できるな。スキルも実用的なのを備えていそうだ。


 『説明』『剣術』『双剣術』『明鏡止水』『千里眼』


 地味だが中々に堅実的なスキル選びをしている。一応確認のために四つのスキルに触れておく。


 『剣術』

(剣状の武器を操る技能。レベル1、武器の重さが10%減、攻撃力が10%増。 レベル2、武器の重さが20%減り、攻撃力が20%増。注:武器の重さは自分がそう感じるだけで、実際の重量は変わっていない)


 『双剣術』

(二本の剣を操る技能。レベル1、武器の重さが15%減、攻撃力が15%増。 レベル2、武器の重さが30%減り、攻撃力が30%増)

 

 『明鏡止水』

(曇りのない鏡のように心が澄み渡り落ち着いた精神状態。精神異常に対しての抵抗力が上がる。冷静に判断できる)


 『千里眼』

(遠くを見ることができる。レベルを上げれば望遠ズーム倍率が増える)


 実戦向きなスキルが並び、生きていれば仲間にぜひ欲しい逸材だった。

 『剣術』と『双剣術』を取っているところも見逃せない。両方取ることにより相乗効果で能力が跳ね上がる。低レベルでも強くなる方法を完全に理解している。

 そんな彼のアイテム欄はというと。


『鋼鉄の双剣』(装備レベル1 筋力10 器用度15以上必要)

『革製のコート』(装備レベル1 筋力15 頑強10以上必要)

『傷薬』

『食料飲料水一週間分』

『大きな背負い袋』

 

 基本的な装備、アイテムを揃えていた。

 『アイテムボックス』を持っていないのは、単純にスキルポイントが足りなかったからだろう。

 『食料飲料水一週間分』にだけバツがついている。


 武器防具は二つとも消費スキルが50必要で、伝説の武具の足元にも及ばない性能で特殊な能力もないが、始めから使えるというメリットがある。

 だが、50もスキルポイントを消費するなら、もっとスキルを充実させるか、もう少し能力の高い武具やアイテムが欲しいと思ってしまうのが人情だろう。実際自分もそうだった。

 この人はその誘惑にも負けず、確実な道を選んだ。生きている間に是非会いたかったな。


「ジェネラルにさえ会わなければ、最後まで生き延びられそうな能力だ」


「はい。私たちがいなければ、見捨ててさえいれば、この人だけは生き残れたと思います」


 惜しい人物を亡くしたな。そういえば、この男性のアイテムはあの場に無かった。ということは、もしかして――


「桜さん。この人は背負い袋を所持していたみたいだけど、何処にあるか知っている?」


「えっと、たぶん、ジェネラルに襲われた場所だと思います。休憩中に襲われたので荷物も置きっぱなしでしたし、コートも脱いで地面に置いていました」


 そこに行けば、コートと背負い袋、それに武器が手に入る可能性があるのか。


「食料は誰かが代わりに持っていた?」


「はい。アイテムボックスを持っていた人に渡していました」


「その場所が何処かわかる?」


「す、すみません。何処かは……でも、そんなに遠い場所じゃないと思います」


 まあそうだよな。地図もナビもなく似たような森が広がっている。俺だって『捜索』スキルがなければ拠点に帰ってくることすらできないだろう。

 彼ら男性陣の死体は『転移者の死体』にも引っかからなかった。つまり、食われたと考えて間違いないか。これは、彼女に確認を取るまでもない。


「女性三人はどうかな」


 地面に三人の生徒手帳を並べ三つとも開いた。

 ステータスレベルは全員1のみ……いや、一人だけ『知力』をレベル3まで取っているな。

 スキルは三人とも『容貌変化』『体形変化』を持っている。

 予め聞いていたスキル『幻惑』『魔物知識』の内『魔物知識』だけは消えていた。春矢が奪ったのだろう。


 『知力』を3レベルまで上げていた人が『魔物知識』を選んでいた可能性が高いな。スキルポイントをざっと計算して数値が合わない。頭が良く魔物に対しての知識があるか。サポートとして優秀だな。

 春矢は『幻惑』を取らなかったのか。スキル枠が限界に近いので諦めたのか。それに『容貌変化』『体形変化』にも手を出していない。もう空きがない可能性もあるな。


「あれ、じゃあ、なんで……」


「どうしたんですか、土屋さん?」


「あ、ごめん。何でもないんだ」


 桜さんにはそう言ったが、俺の頭は一つの疑問で埋め尽くされていた。


 生徒手帳を見れば相手のスキルがわかるというのに、何故、春矢は三人全員の心臓を握り潰したんだ。


 自分のスキルに空きがなかったとしても、『奪取』のレベルを上げれば空きが増える。死体からスキルが取れるのは実証済み。必要もないのに潰す意味がない。

 心臓だけ切り取ってアイテムボックスに入れるという手もあるが……いや、あれは潰されていた。握られ原形を留めていなかったが心臓自体はそこにあった。それは間違いない。

 頭が回らなかっただけなのか……それとも別の意味があるのか。こればかりは、本人に聞いてみないと分からないか。


 彼女たちのスキルを見ていて一つとても気になるスキルを発見した――『性別変更』

 つまり、この美女たちの一人は元……いや、今はどうでもいいことだな。


「まあ、こんなものか。アイテムボックスは誰かにというか、たぶん春矢に一つ取られたみたいだけど。あ、そうそう。桜さんこれ」


 残っていたアイテムボックスを掴み、桜さんへ手渡した。


「え、いいんですか?」


「ないと不便だしね。重い物やかさばる物は、これに入れて持ち運んでくれたらいいから」


「大切にしますね」


 アイテムボックスを嬉しそうに抱え込んでいる桜さんに、小さく頷き返した。

 明日こそはレベル上げをしよう。桜さんの肉体系ステータスを10まで上げる。これが最低ラインだな。それに俺も……20まで上げたい。

 そう……すれば……ミスリル製の農耕具も……使える。


「寝ようか」


「ふあああい、おやすみなさい」


「おやすみ」


 眠気が限界に達していた俺は、体が求めるままに夢の世界へと落ちていった。



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