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嵐が去って

 集落にいる全てのゴブリンを掃討した春矢がこっちに向かってくる。

 殺されたゴブリンたちが光の粒子となり、春矢の元へ集まり吸収される光景は神々しさがあった。

 ゴブリンたちは次々と消えていくのだが、ゴブリンジェネラルの死体だけは今だにその巨体を大地に投げ出している。強い敵ほど消えるまでに時間が掛かるのだろうか。実は死んだ振りをしているだけで生きているという展開は――ない。

 念の為に糸で体をまさぐったが、確かに死んでいた。


「お兄さん、お疲れさま」


「春矢くんこそ」


「君づけはいいよ、春矢で」


「わかったよ、春矢」


 流石の春矢も疲れているようで、俺の前で腰を落し胡坐を組んでいる。

 大きく息を吐き、全身の力が抜けたようで体が左右に揺れている。見ているだけで疲労の度合いが伝わってくる。


「疲れている時にあれなんだが、春矢。ジェネラルからスキル奪わなくていいのか? あいつなら、春矢よりレベル高いだろ。」


「ああっ! 何かいいスキル持ってそうだよね! すっかり忘れてたよ。ありがとう、お兄さん!」


 今にも倒れそうだったというのに勢いよく立ち上がると、ゴブリンジェネラルの死体へ駆けていった。


「元気だねぇ。アレは能力差というより、若さか」


「土屋さん、オッサン臭いです。あ、あの、春矢くん? 彼って何者なのですか。転移者みたいですけど」


「あー、奪取スキル持ちの転移者だよ」


「えっ、あの使えないスキルですか!」


 結構距離が離れているというのに、桜さんの驚いた声が聞こえたらしく、背を向けている春矢の背がピクリと動いた。


「でも、彼はレベルもう29……今の戦いで30は超えているだろうからね。奪取も使いこなせているよ」


「ええええっ! 30超えてるなんて嘘ですよね! 異世界に来て二日目ですよ! 信じられない!」


 今度はさっきよりも大きく春矢の体が上下に揺れた。後姿が嬉しそうに見えるのは見間違いじゃない筈だ。


「桜さん」


 小さく彼女の名を呼び、そっと彼女の肩に手を置いた。


「え、どうしたんで……あっ」


 ここからはオフレコで話したいので『精神感応』で心の声を読み取ってもらうことにした。春矢の能力と出会い。そこまでの強さに何故なったのかを。


『そんなことが……でも、そんなに悪い人とは思えないのですけど。私を殺した方がいいと言っていたのも、私の意思を尊重して、あえて憎まれ口を叩いているように見えたのですが』


 どうだろうね。本人の口から殺した経緯を聞かされたが、アレが嘘だとは思えない。

 ただ、俺は心臓を潰したかどうかしか訊いていない。取得しているスキルと異様に高いレベルから考えて、勝手に他の転移者も彼が殺したと考えたに過ぎない。


『あの、私が心を探りましょうか』


 それは俺も考えたが、今はやめた方がいい。精神力の高さと抵抗系のスキルを所有している相手に通じないだけならまだしも、感づかれては今の状況が壊れてしまう。


『そ、そうですよね。すみません』


 いや、危険を承知した上で提案してくれたのだよね。ありがとう。

 それに、積極的に動こうとしてくれるのは、いい傾向だと思うよ。

 そこで俺はそっと彼女の肩から手を外した。

 何故か少し不満そうな表情を桜さんがしている。あまり、無言でいると春矢に怪しまれるので、聞かれると困る話題以外は普通に話した方がいい。


「お兄さん、お兄さん! 聞いてよ! 『咆哮』と『回復力』も手に入ったんだ!」


 かなり嬉しかったのだろう、両手を振り大声を上げながら、子供の様な無邪気な笑みを浮かべ春矢が駆け寄って来る。

 また厄介なスキルを手に入れてくれたな。これで益々、春矢の強さに磨きがかかったわけだ。


「あーでも、これでスキルの空きが殆どなくなったなぁ。美人のお姉さんから魔物知識と幻惑も欲しいんだけど、うーーん」


 よっし、狙い通り。レベル5の『奪取』が奪い所有できるスキルは15個まで。以前会った時に人から奪ったスキルを10も所得していた春矢には空きが少ない。

 ここでジェネラルから二つ追加し、死んでいる女性陣から奪えば余裕がなくなる。いつか、もっといいスキルが手に入るかも知れないのに、使いようによっては強いが、他で代用が利くような俺や桜さんのスキルで大切な空きを埋めることは無い。


「入れ替えとか消すことできないのが不便だよな。うーん、どうしようかな……あ、今の戦いで!」


 慌ててポケットから生徒手帳を出す春矢。

 あっ……そうか、ゴブリンやジェネラルの経験値か! 

 俺も慌ててアイテムボックスから生徒手帳を取り出し、ページを覗き込む。


 おおおっ、レベルが15に上がっている!

 結構な数のゴブリンとホブゴブリンを倒してきたので、その経験値もあるだろうが、この大半はジェネラルの経験値なのだろう。あの強さならこれぐらい貰っても納得はいくな。


「なんだぁ、ジェネラルで5しか上がらないのか。転移者倒すのよりちょっと多いぐらいじゃないか。スキルポイントのボーナスもないし」


 春矢の呟きを聞き背筋に悪寒が走った。

 おいおい、あの強さの敵と転移者の経験値に差があまりないのか。

 ということは、レベル上げを狙うならまだレベルの低い転移者を狙う方が効率はいい、となる。アイテムの件といい、転移者の殺し合いを推奨するかのようなシステムだ。


「スキル選びは後でゆっくりやろうかな。んじゃ、どうするお兄さん。命を賭けて僕と戦ってみるかい?」


「遠慮しておくよ。勝てる見込みもないしね。それに、そっちもその気はないんだろ」


「うん。今の共闘凄く楽しかったし、お兄さんは敵に回すより味方につけた方が、僕にとっても有益だと思えたから。いずれこの島から脱出する時に、お兄さんの力が必要となる日がくるような気がするんだ。それに、殺してスキルを奪うにしても空きが少ないし。お兄さんが能力を育ててから奪った方がレベル上げの面倒も減るし、経験値的にも美味しいし」


 春矢は見逃すことのメリットを口にしながら指折り数えている。

 物騒なことを口にしているが、良い人そうだから仲間になってよ! と言われるよりかは信用できる。


「あ、でもパーティー組んで一緒に行こうって気はないよ? お兄さんもそんな気ないよね?」


「そうだな。今、組む気はないよ」


「だよねー。それに、お兄さんには大きな足手まといがセットだし」


 腕を組み鼻で笑いながら春矢が見下ろす先には、地面に倒れたままの桜さんがいる。


『す、すみません』


「お兄さんって甘いね。さっきの戦いも僕を殺すチャンスだったのに。脅威となる相手や邪魔な存在は早いうちに除去するのが、殺し合いの鉄則だよ?」


 ごもっともな意見なのだが、俺はそれに従う気はない。春矢が俺を味方につけた方がいいと判断したように、俺も敵対するよりかは友好的な関係であった方がいいと判断したまでだ。

 信用も信頼もできない相手だが、今は敵対することにメリットがない。不意を突いて殺せるかもしれないが、失敗する確率の方が高い賭けにでる気もない。

 そんな相手なので、二人きりで一緒に過ごすのは断固拒否させてもらうが。


「じゃあ、僕は美人のお姉さんのスキル調べて、美味しそうなのは貰っていくから。それじゃあ。お兄さんとはこれから何度も会いそうだね。ちゃんと生き残ってよ……あと、他の転移者には気を付けて」


 そう言い残すと春矢は三人の死体が転がっている元小屋、今は瓦礫へと向かって行った。

 俺は重い腰を上げると、光の粒子となり消え去ったジェネラルの死体があった場所から、鍬と鎌を回収してアイテムボックスに入れておく。

 春矢はミスリル製の農耕具には興味がないらしく、拾うこともなかった。まあ、英雄を目指す者が鎌や鍬じゃ格好がつかないか。


 集落を回り、防寒具や敷物として使えそうな獣の皮や、食料らしき木の実や役に立ちそうな物を掻き集めておく。その戦利品を手に桜さんの元へ戻ると、桜さんは涎を垂らし眠りこけていた。

 命の危機に肉体と精神疲労。おまけに大量の血を流した。少しでも回復しようと体が休息を求めているのだろう。


 春矢が既に立ち去ったのを確認すると、女性三人の死体を調べる。

 女性の体には首から下に獣の皮が被されていた。これは春矢がやったのか。今まで『奪取』で心臓を奪われた死体を見てきたが、その全てが丁寧に服を着せられていた。

 『奪取』を使用したことを誤魔化すための小細工だと思っていたのだが、春矢なりの死者へ対しての誠意だったのかもしれないな。

 手を合わせ拝んでおいてから、そっと捲る。胸元にはやはり穴が開いてあって、心臓が握り潰されていた。三人ともやったのか。

 死体の近くには彼女たちの遺品だと思われる、生徒手帳とアイテムボックスや衣類の切れ端が置かれていた。殺された男性たちの物も混ざっているようだ。

 検証は後でするとして、生徒手帳五つとアイテムボックス二つは貰っておこう。残りは転移される前に所持していたと思われる、スマホや財布がある。


 そういや、普通のカバンを所持している人を今まで見たことが無い。俺はビニール袋を持ったままだったのだが……転移される瞬間に身に着けるか、手にしていた物しか一緒に運ばれなかったのか。

 新たにアイテムボックス一つだけ自分の物にすると、そこにかさばる物を放り込んでおいた。残りのスマホや財布、他の雑貨は獣の革に包み縛っておいた。


「問題はここだよな」


 この集落をどうするか。塀で囲まれた場所というのはかなり魅力的だが、少し離れた場所にゴブリンのポイントが幾つか点在している。彼らがここに戻ってくるのは確実な状況で居座ることもできない。

 なら壊しておいた方がいいのだろうが、俺の実力では破壊も知れている。

有効利用したい施設なので、気の置けない仲間が増えたら、ここを拠点にしてみるのもありかもしれないな。

 それにゴブリンジェネラルがこの集落でトップの存在とは限らない。別のグループが狩りで遠征していて帰ってくる恐れもある。


「暫く捜索で様子を見ながら、少ないようなら各個撃破しかないか」


 ポイントが徐々にこの場所へ近づいて来るのを確認し、俺は桜さんを背負い糸で固定し、肩に獣の皮で包まれた雑貨を担いだ。

 これだけの重量があっても歩くのに何の不便もない。筋力強化のおかげだな。

 取り敢えずは寝床に帰って、スキル振りを考えるのはそれからにしよう。


「二日目も波瀾万丈だな」


 自分の呟きに思わず苦笑してしまう。

 正直戦力アップとは言えない桜さんを仲間にしたが、今回の戦いでレベルが上がった今の俺ならフォローしながら戦うことも可能だと――思いたい。

 兎も角、感慨に浸るのもここを出てからにするか。

 荷物を肩に背負いなおすと、俺はゴブリンの集落を後にした。




 

 一晩を過ごした寝床へ帰宅すると周囲に何もいないことを確認して、手持ちの荷物を寝床の奥に置いておく。何枚か獣の毛皮を出し、岩床に重ねて敷くと、その上にそっと桜さんを横たえさせた。

 結構激しく揺れていたにもかかわらず、あれから一回も目を覚まさなかった彼女は、今も眠り続けている。

 あまり人に見せられない寝顔を見せている彼女に、毛皮の毛布を被せると俺は外に出た。


 ゴブリンの集落から盗んできた何本もの丸太を取り出し、等間隔で扇状に配置する。こうやって簡単に運べたのもアイテムボックスのおかげだな。

 この丸太は両端の先が尖っていて、集落を囲んでいた塀の予備で置かれていた物だと思われる。それを拝借してきた。

 裁縫用の糸を丸太の杭の間に通し、簡易の塀とする。本当は釣り糸を使いたかったのだが、貴重なメイン武器なのでここで使うわけにはいかない。


 大岩の前には半円状の空き地、そして丸太と糸の塀がある。

 うむ、我ながら悪くない環境かもしれない。

 いっその事、この場所に本格的に住むことを考え『完全食の種』を植えるのもありかもしれないな。もう少し、生活が落ち着いたら考えよう。

 辺りから明るさが失われようとしている。そろそろ、日が落ちる時間のようだ。


「今の内にやっておくか」


 ゴブリンの集落から奪ってきたのは毛皮や丸太だけではない。溜めこんでいた魔石や枯れ枝も大量に貰ってきている。一つは自分の為なのだが、もう一つはあの場所に戻ってきたゴブリンたちの生活を妨害する目的がある。

 まあ、今はそんなことはどうでもいい。俺には大切な、大切な任務がある。この薪代わりの小枝で……魚を焼くという任務があるのだ!


 そこら中に散らばっている適度な大きさの石を円形に並べる。その中に枯れ枝を何本も放り込む。少し大きめの石を二個探し出すと、円形に並んだ石の脇に二つ置く。

 これで簡易コンロの出来上がりと。

 アイテムボックスから魚を一匹取り出し、春矢が忘れていった包丁でその腹を捌く。内臓を取り出し、包丁の背を使って鱗を取り除く。

 後は、少し太くて長い枝を取り出し、魚の口に突っ込み体を貫通した枝の先と手元の枝を、二つの大きな石の上に置く。後は火をつけて焼くだけだな。

 赤色の魔石を二つ取り出し、枯れ枝の上で打ち合わせると、大きめの火花が飛び散り三回で、枝に着火した。


「こうなると、調理道具一式が惜しいな」


 女生徒が持っていた調理道具一式は春矢が所持している。この包丁を持っていたのがなによりの証拠だろう。別れる前にフライパンか鍋を一つ貰えないか交渉するべきだった。


「さーて、確認と割り振りしないとな」


 小枝がはじける音をBGMに俺はレベルアップとスキルの確認をはじめる。

 まずは、レベルとポイントステータスだな。

 

 レベル15

 スキルポイント 1013P

 ステータスポイント 28P

 筋力 (14)42 

 頑強 (12)36

 素早さ(10)30

 器用 (13)39

 柔軟 ( 9)27

 体力 (15)45

 知力 (11)22

 精神力(12)24

 運  ( 5) 5


 スキルポイントが1000を超えている……予想はしていたが、こうやって確認すると嬉しさのあまり頬が緩んでしまう。

 これでだいぶ楽にスキルを上げられそうだ。まあ、それは後の楽しみに取っておくとして、ステータスのレベル上げをどうするか、の前にステータスポイントだな。


 28か。均等に振るなら3ずつ上げて1余ると。この世界はステータスの特化型を認めないシステムが多いので、それが妥当な気はする。春矢の真似をしているようでしゃくだが。

 残り1ポイントは、もちろんあれに注ぎ込もう。


 筋力 (17)51 

 頑強 (15)45

 素早さ(13)39

 器用 (16)48

 柔軟 (12)36

 体力 (18)54

 知力 (14)28

 精神力(15)30

 運  ( 9) 9


 結果こうなった。運って大事だと思うんだ……うん。

 改めてステータスを見て思ったのだが、春矢のステータス低くないか? 全部15まで上げていたが、あの時レベル29ということは1レベル上がるごとに2ポイント貰えるわけだから、56ものステータスポイントを取得していたわけだ。

 能力の高さに驚きすぎてステータスポイントの残りは覚えていないが、均等に振ったとしても一つにつき6は上げられるということになる。

 自ら几帳面と言っていたので区切りよく15で止めたと考えるなら納得もいくが、もしポイントの殆どを注いであの値だとすると……初期値は9。んー、平均が10だとしたらそれ程おかしなことでもないのか。


 そうなると、レベル差があってもステータスでは、思ったより差が開かないで済むかもしれないな。

 あとはステータスのレベルだ。肉体関係のステータスは3レベルまで上げている。説明2で得た情報だと、肉体系のレベルは同レベルにしておかなければ命に係わる。

 なら全部4まで上げたいが……上げたいが……ステータスレベルを3から4に上げる為に必要なスキルポイントは――400。一つで400必要なのだ。


「無理に決まってるだろこんなの」


 筋力、頑強、素早さ、器用、柔軟、体力はセットで上げなければならない。全部4に上げるとしたら400×6で2400ポイント消費。足りるわけがない。

 春矢があれだけレベルが高いのに3レベルで止めていた理由が良くわかるよ。

レベルアップで得るポイントと消費ポイント釣り合ってない気がするぞ……スキルポイントが四桁になり喜んでいた自分が道化に思えてきた。


 となると、真似をしているようでしゃくなのだが、肉体系ではないステータスレベルを上げておくか。知力、精神力を3に運も3にしておくか。これで、ステータスレベルが全部3になった。

 消費されたスキルポイントは140。残り873ポイントとなる。これだけ残しておけばスキル上げにも充分使えるだろう。


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