死闘
辻褄が合わない箇所がありましたので、少し変更しました。
「こんなところで再会するなんて、運命かな」
「かもしれないな」
ここを無事生き延びる事ができたら、運のステータスを上げることも本気で考えるか。
俺はそんなことを考えながら、桜さんを背後に隠した。
「北東に来たらダメって言ったよね――まあ、本当はお兄さんを見張っていたんだけどさ。生徒手帳も別人のもの渡すし、あの時も何かしたんだよね。後で冷静になったら、何かモヤモヤしたものが残って、ついストーキングしちゃった」
バレていたのか。それに『同調』の影響は永続的なものではないと。この情報も忘れないようにしよう。活かせるときが来れば……だが。
尾行にも全く気付かなかったのは痛いな。おそらく『隠蔽』スキルの効果で『捜索』では捉えられず『気』が探知できる範囲には近づかなかったか、そもそも感知できない実力差があるのか。
「それに、お兄さんハーレムじゃないか! ダメだよ、そういうのは英雄候補の僕の役割だろ」
腕を組み子供のように頬を膨らませ、怒った振りをしている春矢。
俺の背後には状況についてこれず、背中に身を寄せたまま、ぼーっとした表情の桜さんがいる。
「何で春矢はここに?」
「暇だったからゴブリン虐めて、逃げ出したのを隠れて追っていたら、ここに到着したってわけ。丁度いいから腕試しと経験値稼ぎに、ここのゴブリンを殲滅して遊ぼうかと思っていたら、お兄さん見つけて、ここを目指しているようだから、先に中に入って、そこにずっと潜んでいたんだ」
春矢は入り口の隣を親指で差す。『隠蔽』のスキルを使って始めから忍んでいたのか。どうりで、小屋を取り囲むように張り巡らせていた糸に反応がなかったのか。
「このお姉さんたち笑顔のまま死んでいるから、どうしたかと思えばそういう事情があったんだね。全く、夢の世界に来て夢に逃げてどうするんだろう」
「さてね。まあ、積もる話はまた今度にして、さようならというわけには」
「いかないねぇ。そこに面白そうなスキルを持った死人さんが三人もいるし、お姉さんのスキルも最強系のキャラに似合うと思わない?」
やっぱり、そうくるか。『幻惑』『魔物知識』は持っていて損は無いよな。『精神感応』も使い方次第で生きてくるのは、これまでのことで充分すぎるぐらいに理解した。
「それにさー、スキルポイントと経験値が美味しい獲物がいて、見逃す方がどうかしているよね。あ、お兄さんも実はそっち狙い?」
「そんなわけがないだ――」
「えっ、そんな仕組みに……」
背後から聞こえる驚いた声に、俺は自分のミスを悟る。
春矢の指摘に反論する際、転移者を殺せば大量の経験値を得ることができる。ということが頭を過ぎり、それを背中に触れている桜さんに読まれてしまった。
「丁度いいじゃん。その人、殺してくれって言っているんだし、殺してあげなよ。お兄さんも強くなるし。それに、後ろの三人の心臓さえ僕にくれたら、お兄さんまた見逃してあげるよ。はい、これ貸してあげるね」
春矢はアイテムボックスから出刃包丁を取り出すと、俺の足元に投げ捨てる。この包丁は三人目の死体である、学生服の彼女が所有していた調理器具の一つだろう。
「気持ちは有難いが、受け取る気も使う気も――桜さん!」
その包丁を桜さんが拾い上げると、止める間もなく首筋に刃を当てている。
「自殺はやめてよ。経験値がもったいない」
春矢が何か言っているが、それどころではない。
「土屋さんが、私を殺してくれないなら、私はこれで自殺します。それが嫌なら殺してください」
「言っていることが無茶苦茶なのを理解しているかい? 矛盾だらけだぞ。それにリアル想像してみて。刃物で自分の首切るって、相当難しいよ。傷が浅かったら死なずに苦しむだけだ」
「もうちょっと、止め方がある気がするんですが……でも、それなら殺してください。死んで土屋さんの力になれるなら、私も嬉しい。ここで死ななくても、私はこの世界で生き抜くことができない。それは私が一番分かっています」
「待つんだ! 今は確かにきつい状況だが、村や町が見つかれば、キミでも充分生きていけるだろ?」
まだ、現地人にも会っていないが、何処かに町や村がある。そこまで辿り着ければ、生活は安定する。俺に『共通語』はないが、彼女は所有している。『共通語』が通じなかったとしても、そこは身振り手振りと『同調』『精神感応』があれば、意思の疎通ぐらいはこなせるだろう。
「そ、それは」
「あ、それ無理だよ。ここ、大きな島だから」
「「えっ?」」
春矢の言葉に思わず漏れた声が桜さんと被る。
「今日の昼間に転移者の死体見つけて調べたら、魔法地図あったんだ。それで、場所を調べたら、何と周りを海に囲まれた孤島でした! びっくりだね!」
そのパターンか。魔物が徘徊する島や迷宮にいきなり放り込まれる、最悪な出だしをする展開。性格の腐った女教師もどきが考えそうなことだな。
「島の大きさは?」
「わっかんない。かなり大きいみたいだよ」
何の参考にもならないな。島だとしてもそれなりの規模があるなら、村の一つや二つあっても不思議ではない。希望が尽きたわけじゃない。
「それで――」
「土屋さん!」
小屋の周りに張り巡らせた糸に何かが触れた感触があったのと同時に、叫び俺に覆い被さる桜さんがいた。
「何をっ!」
俺の問いかけに答えるかのように、小屋の上半分が吹き飛んだ。
開けた視界から覗くのは、巨大な体躯のゴブリンジェネラルだった。
「おおおっ、でかいね!」
ジェネラルがもうこんな近くまで来ていたのか! 春矢は余裕の笑みを浮かべ喜んでいるが、こっちはそれどころじゃない。
桜さんが俺よりも先に動けたのは『精神感応』で糸に接触したジェネラルの殺意を読み取ったからか。
「桜さん、一先ず逃げ……っ」
彼女を抱えて逃げようと腰に回した手に、ぬるりとした嫌な感触があった。もう、何度も何度も嗅いできた臭いが、彼女から流れてくる。
手を目の前に持ってくると、そこには赤黒い粘着性のある液体が大量に纏わりついていた。
俺を庇った際に背中を傷つけられたのか!?
「つ、つち、や、さん」
「話すな! 直ぐに手当てするから!」
俺がアイテムボックスに手を入れようとしたが、その腕を彼女が掴んだ。
「いいんです、いい、んです。それに、今は、そん、なこと、を……」
俺の背後では風を飛ばし、ジェネラルへ攻撃を加えている春矢の姿があった。軽快な足取りでジェネラルから充分すぎる程距離を取り、風属性魔法で牽制しているようだ。
敵も春矢へ注目しているので、自分たちは今のところは大丈夫に見える。
「わたし、は、死にたかった。だから、いいんです、でも、死ぬなら、土屋、さんの手で……お願い、せめて、あなたの力に……」
この傷は致命傷だろう。素人目に見てもわかるほどの怪我だ。彼女の痛みを長引かせるだけなら、いっそのこと俺がこの手で――
「土屋さんは、いき、いきのびて、くださ……い」
「桜さん、最後に一つだけ! 本当に、生きたくないのかい?」
「わたしは……わたし……」
出血が多すぎるのだろう、意識が朦朧としているようだ。ゆらゆらと揺れる瞳が俺を見つめ、彼女は最後に
『死ぬのは嫌ぁ……本当は、本当は生き……たかった』
『精神感応』で伝えてきた。
「わかった」
俺はアイテムボックスから『傷薬』を取り出すと、瓶の中の液体を傷口にぶっかけ、もう一本を口に含むと彼女の口を開けさせ、唇を合わせ注ぎ込んだ。
傷口にかけるのが一番効果があるのだが、飲んでも効果があるとの説明書きがあった。失われた血や、見えない部分の怪我も治してくれることを願い、こういった行動をとらせてもらった。
桜さんは気を失ったようで、全身から力が抜けている。脈も呼吸もしっかりしているので、もう大丈夫だと信じたい。
「さあ、問題はここからだ!」
一振りごとに瓦礫と土砂が飛び散り、鉄錆の浮いた巨大な剣を振り回しているジェネラル。
そんな化け物を相手にしている春矢の顔には微笑が貼りついているのだが、よく見ると頬が引きつっているように見える。
春矢からジェネラルへ向いて吹く烈風がジェネラルの皮膚を切り裂き、赤黒い液体が飛び散っているのだが、傷が浅くダメージを与えるどころか、ジェネラルの猛攻の手を緩めることすら叶わないでいる。
「春矢でも足りないのか……」
どう見ても劣勢なのは春矢だ。攻撃方法は風の魔法のみのようで、武器も持っていないらしく、遠距離からの攻撃しかできず、ひたすら逃げ回っている様にしか見えない。
このままでは、近いうちに春矢は倒されるだろう。
今がチャンスだ。春矢は俺たちに構う余裕は全くない。ゴブリンジェネラルも他のゴブリンも春矢に注目している。今なら、逃げ出せる。
『奪取』スキルを所有している殺人者の処分もでき、一石二鳥だ。
「うおおおおっ!」
叫び声をあげ、大地を派手に転がり掘立小屋に激突する春矢。
瓦礫を吹き上げる小屋跡に片膝を突いた状態の春矢がいる。左腕からは大量の出血。それに加え、かなり魔力を消耗したようで息も荒い。
早くも決着が付きそうだ。今しかないな動くのは!
「春矢、使え!」
俺はアイテムボックスにあった残り二つの『傷薬』一つと『ミスリルの鍬』を糸で春矢の元へ送った。
二つのアイテムは所有者が自分に移っているが、当人が望めば他人に貸すこともできる。
「ミスリルの鍬!? お兄さん正気かい? 自分を殺そうとした相手に武器と薬渡すなんてさ」
俺の行動が信じられないようで、初めて見せる素の顔は年齢よりも少し幼く見えた。
「これは見逃してもらった借りと、未来への保険だ。ここまでしてもらったら、俺を殺すのちょっと躊躇うだろ?」
「確かにねっ!」
傷薬を飲み干し、勢いよく立ち上がった春矢の右手には鍬が握られている。格好はつかないが、性能は中々の物だ。あれなら、ジェネラルの体にも突き刺さるのではないかと思う。
それでも、圧倒的な戦力差が覆るとは思えないが、さっきよりかはましだろう。それに――
「おっと、やるね、お兄さん」
追い打ちを叩き込もうとしたジェネラルがバランスを崩して膝を突いた。その足元には、俺の張った糸がある。
「俺も手伝うからな」
この敵はここで葬らなければならない。俺が単独で倒すことは不可能な相手。そんな脅威が近くに存在し続ける。
強力な敵を倒す千載一遇のチャンスが今だ。これからの生存確率を上げる為にも、今は「逃げる」よりも「戦う」を選ぶ時だ。
気を失ったままの桜さんに、切り裂かれぼろ切れと化した、元家の壁代わりだった獣の皮を被せておく。
流石にこの状況で動かない人間の女性を襲うなんて、余裕のあるゴブリンはいないだろう。
戦いに巻き込まないように、そこから離れると立ち上がったジェネラルと目が合う。強者特有の威圧感に目を背けたくなるが、唇を噛みしめ感情を押し殺す。
ジェネラルはそんな俺を見つめたまま体を仰け反らし、大きく息を吸い込み胸部が異様なほどに盛り上がっていく。
これは『咆哮』の予備動作か!
俺はアイテムボックスから、予め仕込んでおいた50センチ程度の魚を取り出し、ハンマー投げの要領で尾を掴んだまま一回転すると、ジェネラルの顔目掛け投げつけた。
「ゴウゥッ?」
魚が飛んでくるというシュールな光景に思わず思考が停止したようで、ジェネラルは目を見開き大口を開けたまま、自分の元へ向かってくる魚を凝視している。
筋力と魚に巻き付けた糸の力で、唸りを上げ海ではなく空を泳ぐ魚は緩やかな放物線を描き、ジェネラルの顔面へと向かっていく。
「お前ら魚好きだろ。食えっ!」
魚を払い落とそうと手を伸ばしたジェネラルの前で、魚が不自然な急加速をしたかと思うと、手を潜り抜けその口へと突入した。
口から魚の尻尾だけが生えている状況で、飛び込んできた異物を吐き出すかと思えば、そのまま魚の尾を噛み千切り、残りを丸呑みしやがった。
毒でも持っていれば面白かったが、そんなアイテムは所有していない。
魚が結構うまかったのだろうか、ジェネラルの口元が笑みを浮かべたように見える。
「美味しかったかい――餌は」
糸を操作しジェネラルの内部に潜り込んだ糸を引っ張る。
「ブグルアアアアアアッ!」
口から血を吐き出し胸部を押さえ、悶え苦しむジェネラルを訝しげに春矢が見ている。
「お兄さん何やったの? 何かつい風の魔法で協力しちゃったけどさ」
途中の加速は春矢の風属性魔法だった。春矢は無意識の内に手助けしたように思っているようだが、それは違う。
春矢は手にしている鍬にはまだ糸が繋がっていているのに気付いてない。それを利用し俺は「魚好きだろ。食えっ!」の言葉と同時に『同調』を発動させ、春矢に協力させた。
「ん? 魚の中にミスリル製の巨大な釣り針を仕込んでいただけだよ」
「……えげつないなぁ」
その説明で全てを理解した春矢は、思わず喉元を抑え眉根を寄せている。
ただ魚を投げつけたわけではない。魚の腹の中に『ミスリルの鎌』を仕込んでおいたのだ。それを魚ごと呑み込んだことにより鎌は食道を通り抜け、糸を操り魚の死骸から鎌の刃を剥き出しにして、内臓を切り裂いた。
当初は、5メートルもの巨体なら魚一匹ぐらい丸ごと呑み込まないだろうかと考え、これを俺の『同調』と桜さんの『精神感応』を使いジェネラルに食べさせて、内臓を引き裂く予定だったのだが結果オーライだ。
「さあ、大物が釣れるかっ!」
更に糸を引きよせると、ジェネラルの口元から血の泡が溢れ出てきた。
そこで、ようやく体内の異物に繋がっている糸の存在に気づいたようで、糸を掴もうとする。
「それは断る!」
糸を操りジェネラルの手からひらりひらりと糸が避ける。苛立つジェネラルがムキになって糸を追い、懸命に両手を動かしている。
「隙だらけな背中――耕させてもらうよ!」
背後に回り込んでいた春矢がミスリルの鍬を、巨大な背中に叩きつけた。
鍬の刃が深くまでめり込み、仰け反るジェネラルが糸から注意が逸れたのを確認すると、更に内臓を傷つけるようにめり込ませ糸で引っ張る。
もう声にもならないようで、口から大量の血を流したままジェネラルは雄々しく立ち上がった。
「っと、っとっと。まだ死なないんだ」
背中に突き刺した鍬を引き抜こうとしたようだが、深く刺さりすぎて取れなかったらしく、春矢は柄から手を放し距離を取った。
かなりのダメージを与えたようだが倒れる気配もなく、その双眸は怒りに燃え上っている。
このまま、内部から壊すのが一番の策だと糸を引っ張ったのだが、手ごたえが無く軽くなった糸の先端が手元まで戻ってきた。
「もしかして……噛み千切られたのか」
俺たちは貴重な武器をジェネラルの体に置いてきてしまったらしい。
満身創痍のジェネラルと、唯一有効な武器であるミスリル農耕具を手放してしまった俺たち。どちらが不利なのかは判断に苦しむが、決め手を失ったのは確かだ。
直ぐに襲い掛かってくるのかと身構えていたのだが、ジェネラルは思っていたよりダメージが大きいらしく、こちらを睨みつけたままその場から動こうとしない。
念の為に足に糸を絡ませているが、あの怪力ではあまり期待できそうにない。
『土屋……さん』
頭に直接響いてくるこの声は。
「桜さん気が付いたのかい!」
敵から目を逸らすわけにはいかないので、大きめの声で話しかける。
『はい、今。一体どうなって』
「話は後で!」
ジェネラルから視線を外さず、俺は少しずつ後退っていく。『捜索』のポイント表示では、桜さんのいる場所は俺の背後数メートル。そこまで、行かなければ。
俺が後退っているのを不審に思ったのだろう。ジェネラルがこちらに向かって来ようと体を向け、腰をかがめている。
「春矢君、時間稼ぎよろしく」
「僕もいっぱいいっぱい何だけど、ねっ!」
そう言いながらも、目に見えない風の弾丸をジェネラルへ叩きつけてくれている。直ぐに動くのは危険だと判断し、糸を操り何とか牽制している。
足下に糸を張り引っかけるにしても力で引き千切られる可能性もあるので、タイミングと力加減が難しい。
後は瓦礫と化した小屋の破片に糸を絡ませ、投げつけるぐらいだろうか。
ジェネラルの傷は深い。時間を掛ければそれだけ、ジェネラルは血を流し体力も生命力も削られていく。
瓦礫を投げつけては破壊されを繰り返していると、近辺に使えそうな瓦礫が少なくなってきた。
他に使えそうなモノでアイテムボックスに入っている物は……魚がまだ数匹余裕があるな。
試しに魚に糸を巻き付け、ジェネラルゴブリンにギリギリ届くかどうかの距離に投げつけると、ぎょっとした顔で大袈裟に避けた。
どうやら、魚がトラウマになっているようだ。これはいい、ジェネラルの周りを飛ぶように魚を動かすか。
魚に気を取られ、注意が俺から完全に外れたのを確認すると、俺は全力で桜さんの元へ駆けつける。
「桜さん、今は何も聞かずに――して」
「え、あの、はい」
目が覚めたばかりで、まだ意識がハッキリしていない彼女は言われるがままに『精神感応』を発動させた。
『弱っている今がチャンスだ。殺すぞ』
ここまでくる間に、生き残りのゴブリンたちに限界まで絡ませておいた糸を伝い、直接脳内に声が届く。
そしてお馴染みの『同調』を発動させた。二度目を発動させてから二十分は過ぎている。それは手元の時計で確認済みだ。
戦闘に巻き込まれ怪我を負ったホブゴブリンや、物陰に隠れていたゴブリンの一部が手に武器を持ち、ジェネラルへと殺到している。その数は『同調』が効果のある限界である十六匹。
「なんだ、今更戦うっていうのか!」
遠巻きに眺めていただけのゴブリンたちが押し寄せるのを見て、春矢が構えているが自分に向かってないことを知り、その構えを解いてこちらを見ている。
あの目は「何かやったろ」という疑いの眼差しだ。
「春矢こっちに!」
無言の問いかけは無視して春矢を手招くと、同調の為にゴブリンに巻いていた糸を解除し、新たなターゲットへ絡ませた。
ジェネラルは群がるゴブリンたちに大剣を叩きつけ粉砕しているが、動きが鈍くゴブリンの攻撃を何発もその身に受けている。
今まで虐げられていたゴブリンたちが仲間の死も恐れず、次々と襲い掛かる。
日頃どれだけゴブリンたちを虐げていたのか、このゴブリンジェネラルは。
「お兄さん、また何かしたでしょ」
呆れ顔でこちらを見ている春矢。何か俺の事を勘違いされている気がするが、まあ、今は誤解を解いている場合でもないか。
「ちょっとだけな。さて、じゃあ、そろそろ終わらせようか。春矢くん、これ握って合図と同時に引っ張ってくれるかい」
俺が握る四本の糸を絡ませ一本の糸と化した物を、俺の背後に立った春矢が握りしめる。
「小学校の綱引きみたいだ」
「確かに」
「おーえす、おーえす。とかいります?」
地面に横たわったまま、力のない笑みを浮かべている桜さんが珍しく乗ってきた。気のせいかもしれないが、死にかける前より瞳に力があるような。
二度目の死を迎えかけて、吹っ切れたのなら俺も嬉しいのだが。
「一回で決めるから、せーの。でお願いできるかな」
「はい。じゃあ……せーのっ!」
俺と春矢は全力でその糸を引っ張った。
絡み合った四本の糸がいきつく先には――ミスリルの鍬の柄がある。
筋力が3倍に跳ね上がっている二人の男が全力で引いた勢いで、ジェネラルの背中の肉は大きく抉られ、それが止めとなった。
地面に倒れ伏すジェネラルの巨体。その周りには辛うじて生き残った十数体のゴブリンがいる。
自分たちを支配していた存在が死に絶えたことが信じられないのか、何度も手にした武器を叩きつけ、動かないことを確認すると一斉に天に向かい歓声を上げた。
俺たちの存在が頭から抜け落ちているゴブリンたちが騒ぐ姿をぼーっと眺めながら、少しだけ迷ってしまう。
「生き残りも倒しておくべきだよな」
「まあ、当たり前だね」
そう言い放った春矢は何も言わずにゴブリンたちの方へと歩み寄り、右手を振るう度にゴブリンの首が宙を舞う。
俺も参加するべきなのだろうが、そんな気にもなれず一方的な残党処理を見つめていた。
「俺って卑怯者だよな」
「そ、そんなことは……ありませんじょ!」
間と噛んだのが気にはなるが、桜さんの言葉を今は素直に受け取らせてもらおう。
生き残りのゴブリンが抵抗しながらも容易く狩られていく光景から目を逸らさず、この戦いの結末を最後まで見届けた。