神
目が覚めると晴天の空が広がっていた。
突き抜ける青が視界を染め上げている。俺は地面に転がっているのか?
寝そべる背中の感触は硬く冷たい。だが、それは不快ではなくむしろ安心感が胸に広がる。
上半身を起こし周囲を見回すが、何もない。
見事なまでに何もないのだ。俺が寝ていた真っ白な大理石を磨いたような床……いや、地面か。それがあるだけで、壁も天井も見当たらない風景。
見渡す先には地平線が見えている。
迷宮の中ではない。となると、地上と考えるべきなのだが、この光景があまりにも現実味がなく確証が持てない。
生命が感じられない世界。俺以外の存在がない。
女教師もどきが嫌がらせとして、見知らぬ土地に転移させたという線が濃いな。
『いえ、そうではありません。私がこの場に呼んだのです』
頭に直接声が?
精神感応で会話している感覚に似ている。話しかけたのは誰だ。
本来なら驚く場面なのだろうが、精神力を上げ過ぎた結果、少々の事では動じなくなってしまったな。
『私が何者であるか。それに答える前に、姿を現さなければ失礼ですよね』
声は穏やかで耳触りのいい女性。声だけで判断するなら、人の良さそうな感じだが。
しかし、俺はまだ一度も声を発していないというのに、相手には全て伝わっている。やはり、強力な精神感応のようなスキル所有者なのか。
「初めまして、土屋紅様」
視線の先に突如現れたのは美しい女性だった。
その女性は糸を紡いでいた。簡素な椅子に腰かけ、古ぼけた木製の糸車を動かしている。
カラカラと音を立て大きな車が回り、糸が生まれていく。
その糸は遠目では純白に見えるのだが、よく見ると薄らと色がついている。それは角度によって様々な色に変化し、特定の色が存在しない。
糸を紡いでいる者は、その糸で編みこまれたと思われる衣類を身につけており、その服装は飾り気のないワンピースだった。
金髪の長く美しい髪を背中に流し、穏やかに微笑む女性には、女性の見た目にこだわりがない俺でも、思わず見とれてしまう美しさがある。
「私は運命の神。異世界の転移者、土屋様。貴方に頼みたいことがありまして、不躾ながらこの場所へ召喚させていただきました」
また神か。それも運命の神だと。
何の皮肉だ。俺にとって最も忌むべき神かもしれないな。
「土屋様がそう考えるのも無理はありません。あの者が貴方の運命を操り、酷い目にあわせ続けていたのですから」
あの者とは女教師もどきの事か。
「はい、そうです。あれは邪悪なる神を蘇らせようとする者。我々と敵対する存在です。ずっと貴方と接触したいと願っていたのですが、あの者の目があり叶えられずにいました。ですが、今、あの者から解放されたお蔭で、こうしてお会いすることが可能となったのです」
女教師もどきの敵陣営に与するものだというのか。
あれも一応神だったのだ、こうやって別の神が接触をしてくる可能性も考慮すべきだったな。
奴は邪神復活を目論み、この運命の神側はそれを阻止し、封印を維持する役割といったところなのだろう。
「理解が早くて助かります」
「神がいったい、俺のような者に何の用があるというのですか」
あいつに手も足も出なかった俺に何を期待しているのだ。
「単刀直入に申し上げます。何時か生まれる選ばれし子が無事に育つように、見守る役目を担って欲しいのです。そして、彼の成長に必要な方々も守っていただきたいのです」
選ばれし子に見守る役目。必要な方々。
どういうことだ?
「これだけでは理解不能ですよね。これより先、この世界に闇も光も凌駕する可能性を有した、選ばれし子が生を受けます。その子は神をも滅ぼす力を秘めています」
神を超える子供だと。眉唾な話だが、神が口にしているのだ……冗談というわけではないだろう。
本当に神を殺す力を秘めているのであれば、あの女教師を倒せる者が現れるということか。それは、願ったり叶ったりだが。
しかし、それが本当だとしても、何故俺にそんな重要な役割を任そうと思ったんだ。
「それはですね、逆境における生還力の高さ。精神力の強さ……というのは勿論ですが。それ以上に、貴方には特筆すべき点があるのです」
そこまで話した運命の神は糸を紡ぐ手を止めると、すらりと伸びた白い陶磁器のような指を俺に向ける。
「ここでなら、土屋様にも見える筈ですよ。貴方から伸びている無数の運命の糸が」
言葉の意味は理解できなかったが、運命の神に促され指先の示す場所――俺の胸元に視線を落とした。
そこから、ルビーの様に輝く赤い糸が何本も四方に広がっている。
「これが、運命の糸なのか?」
「はい。貴方は異世界に降りてから数奇な運命に翻弄され続けてきました。多くの人と出会い別れ、辛い思いも幾度となく繰り返してきたことでしょう。ですが、その全てが無駄ではなかったのです。貴方が縁を繋いできた人々……その幾人かは将来、選ばれし子と深くかかわることになる運命なのです」
運命か。今までそれに遊ばれ続けてきた人生で、その言葉をにわかに信じることは出来ない――いや、信じたくはない。だが、どれだけ否定しようが事実なのだろう。
「選ばれし子が成長する過程で深くかかわることとなる人々。例えば、貴方が助けた冒険者の一人に、どんなものをも見抜く目の所有者がいます。彼女も運命の糸が選ばれし子に繋がっています」
それは、おっとりした口調の女聖職者――リファーカのことか。
「もちろん、貴方もその一人なのですが、そういった成長に不可欠な人々と貴方は運命の糸が繋がっています。運命の糸が繋がっている相手の身に何か危機が訪れた時、陰から手を貸していただきたいのです。選ばれし子が成長する、その時まで……見守り、助けてあげてくださいませんか」
「待ってくれ。何をさせたいのかは理解できたが、その選ばれし子とやらは、いつ生まれるんだ?」
素朴な疑問を口にしただけなのだが、運命の神の笑顔が一瞬にして崩れた。
目を伏せ、俺から視線を外す。言い辛いということはつまり……。
「貴方の考えている通りです。選ばれし子が何年、いえ、何十、何百年後……もしかしたら、何千年後に現れるのか、それはわかりません」
その言葉に俺は思わず絶句した。
おいおい、気の長い話なんてレベルじゃないだろ。
俺に神を殺す手段が無いのであれば、別の誰かに倒させればいい。俺と相手は利害が一致している。これだけなら断る理由は無いのだが……数十年後ならまだいい。
しかし、数百、下手したら数千年後まで生き延びる――こと自体は可能だ。あの女教師もどきに押し付けられた『不老』のスキルがあるから。
肉体はもったとしても、心が耐えられるのか?
そんなにも長い年月、彼女を取り戻すという目的の為だけに、その想いを抱いて絶望せずに、魂が摩耗せずに生きていけるというのか。
桜の事も、権蔵や仲間たちの事もいつか忘れてしまい、生きる目的を失うのではないのか。
「それについて断言はできませんが、貴方なら耐えられるでしょう。精神力だけなら貴方は神の領域に足を踏み入れかけています。その記憶も知力の高さにより魂に刻まれています。貴方が故意に忘れようとしない限り、皆さんとの日々は色褪せることなく、鮮明に思い出せますよ」
それが真実ならば嬉しいことなのだが……同時に俺を縛り付ける呪いの様にも感じてしまう。永遠に俺を離してくれない呪縛。
自分が誓ったことだというのに、この先を思うだけで、こんなにも弱気になってしまっているのか。情けない、格好悪すぎるだろ、俺。
「遠い未来、選ばれし子と触れ合うことになる人々……その血族が絶えることのなきように」
「桜が……いつ目覚めるかわからないか?」
「それも、わかりかねます。それに、今、起こすことはお勧めできません。桜さんは魂が聖樹と同化している最中ですので、ここで無理やり起こしてしまうと、中途半端な状態での覚醒となり、僅かに残った聖樹の精神に身も心も乗っ取られる危険性があります」
あわよくば、運命の神に引き換え条件として、彼女の解放を願おうかと思っていたのだが、そう都合よく事は運ばないか。
「申し訳ありません。我々、従神は直接手出しすることを禁じられています。もし、彼女を治す術があったとしても、私たちは手を貸すことができないのです」
自らやれるなら、俺に頼むなんてことはしないよな。わかりきっていたことだというのに、やはりショックは隠しきれない。
ならば、選択肢は一つしかない。永遠とも呼べる長い旅路に踏み出す……それしか、俺に手は残されていないのか。
「土屋様。これ程の大任を任せるにあたり、交換条件として提示させていただくものが二つあります。応否の返答如何に関わらず、聞くだけ聞いてください」
任すだけではなく、その為の何かを与えてくれるというのか。
それが、俺のあと一歩を後押ししてくれるものであればいいのだが。
「まずは、土屋様に一つのギフトを授けます。この世界ではスキルと同じような物なのですが、ギフトが存在するのはご承知の通りです。そのギフトの中でも、他とは比べ物にならない神からたった一人のみに与えられる特別な贈り物――スペシャルギフトと呼ばれる力があります。これは我ら従神一人につき、一つしか所有していない唯一無二の能力。運命の神である私からあなたに贈る能力は――神声です」
神の声ときたか。その言葉の響きだけで、尋常ではない何かを感じる。
神を頭に抱くスキル……いや、ギフト。それが、普通であるわけがない。
「効果は話す言葉に強制力が生じ、所有者よりかなり精神力の劣る相手であれば、言葉の意味をそのまま実行します。死ねと言われれば、その場で息絶え。惚れろと言われれば、永遠の愛を誓います」
とんでもないな……相手を意のままに操るのが可能な能力。
これって悪用すれば世界征服も夢じゃないのでは……。
「可能かもしれません。一つの街を手中に収めるぐらいなら、何の問題もないでしょう。ただし、この力を使いこなせればの話です。声を出すだけで『神声』の効果は発揮され、精神力が大幅に削られます。なので、普通の会話をすることも難しくなるでしょう」
「ということは、迂闊には話せなくなると」
「はい。本来ならば、スペシャルギフトはその馬鹿げた能力故に、取り扱いが容易ではなく、所有者が生まれる前から魂に刻みこまなければなりません。そうしなければ、能力が体に馴染まず自滅してしまうからです」
「なら、俺も危険ではないのか?」
「普通ならそうでしょう。ですが、土屋様には神声と似た性質を持つスキルを既に所有しています。同調と精神感応です。相手の心を揺さぶり、自分の思うがままに相手を操る能力。この二つのスキルの使い手である貴方なら、使いこなせる筈です。ただし、その二つのスキルを神声に取り込むことになるので、同調も精神感応も消えてしまうことになりますが」
神声。これがとんでもない能力を秘めているのは理解できる。
だが、精神感応と同調は俺の胆となるスキルだ。相手の能力を模倣する力もこの二つがなければ成り立たない。
でも、あの女教師もどきには通用しなかった。ならば、新たな神が与えるスペシャルギフトとやらに託す方が望みはあるのか。
「なかなか、興味のある能力だが。迂闊に会話もできないとなると、日常生活に支障をきたしそうだな。それに、使わないことには神声を鍛えることもできないのでは?」
普通に生活ができないというのは、想像を超える不便さだろう。
強力であっても使えないスキルというのは手に余る。
「それもそうですね。ならば……土屋様、そのアイテムボックスの中に弦楽器が入っていますよね。それを渡してもらえませんか?」
それって、自動演奏機能付きのギターの事なのだろうか。
あんなものどうする気だ。
不信感はぬぐえないが、従わない理由もないか。確か、このアイテムボックスに入れっぱなしだったよな。
「これのことかな」
「はい、そうです。少しお借りしますね。実は私、運命だけではなく芸事の神も兼ねていまして……ここを、こうして、こう流して……はい、終わりました。お返しします」
そう言って返却されたのだが、どうみても前と変わらないギターだ。特に変化は見受けられない。
「この弦楽器に少し手を加えさせてもらいました。このギターから発せられる音に神声の効果を弱らせる機能を付与しておきましたので、これを奏でながら話すのであれば一般の方にも、それ程、効果が現れないでしょう。少し、心を揺さぶられる程度ですかね」
「つまり……日常会話をする時は常日頃からギターを掻き鳴らしながら話せと……」
「そうなりますね。あ、でも、吟遊詩人とかやってみたらどうですか? 歌うことにより神声が鍛えられ、扱いにもなれて制御しやすくなると思いますよ。神声の効果が薄まるとはいえ美声は確かですから、少々音程が狂っていても問題なしです」
親指を立てて突き出す運命の女神を見て、色々思うところはあるが、まあいい。
前に、吟遊詩人もいいかなとふと思ったことがあるが、冗談ではなく本気で考えた方がいいかもしれないな。
「話を戻しますね。もう一つの提案は私からではなく、彼女からしてもらうことにします」
運命の女神の視線が俺から少し逸れ、背後を覗き見るように瞳が動いた。
途端、背中の肌が粟立ち、背後から押し潰されそうな重圧が発生する。
何だ、このプレッシャーは。目の前の運命の神から感じるものとは全く質の違う力の余波が、背後から津波の様に押し寄せてくる。
振り向きたいという好奇心よりも、恐怖と圧迫感が勝り、指先一つ動かせないでいた。
「もう、脅しちゃダメでしょ。力を抑えないと、お話もできないわよ」
「すみません、運命の神よ。失礼しました、土屋様」
子供をあやすような口調の運命の神に促され、背後の誰かが謝っている。
その瞬間、全身に圧し掛かっていた力が霧散し、俺は体の自由を取り戻せた。
鼓動を抑える為に大きく息を吸い、水分を失った喉を少しでも潤すように唾を飲み込み、一気に振り返る。
俺の直ぐ後ろに立っていたのは、白い髪を足元まで伸ばし、胸元が大きく開け放たれた黒のイブニングドレスのようなものを着込んだ、美しい女性だった。
運命の女神も息を呑む美しさだったが、こちらの女性も負けず劣らずの美を所有している。だが、その性質は真逆と言っていいだろう。
見る物を和ませ、思わず見惚れる運命の女神の容姿とは違い、白髪の女性には凄味があった。
高級な和紙のように真っ白な肌、彫刻家が理想を具現化したような形のいい鼻筋。鮮血を塗りつけたかのような赤い唇。まつ毛の長い切れ長の目は閉じられている。
体に貼り付く飾り気の一切ない黒のドレスのおかげで、体のラインが浮き彫りになっているが……桜が見たら嫉妬間違いなしだな。
「観察はもう宜しいでしょうか」
白髪の女性の声にハッとなる。そういや、心の声はこの空間では筒抜けだった。
「無礼な真似をしてしまいました」
「いえ、無理に呼び出したのはこちらの方なのですから。では、自己紹介を。私は死を司る神です。死後への案内、魂の選別を主に担当しています」
死を司る神ときたか。
安易なイメージだが閻魔大王のような存在なのか。
「間違いではありません。死者の生前の行いを見極め、次に転生すべき対象を決定します」
詳しくは知らないが、仏教における輪廻転生のようなシステムか。この異世界ではそういう仕組みになっていると。
「そうですね。外道は虫や魔物に生まれ変わり、良き行いをした者は再び人として生を受けます」
「なるほど。その閻魔……じゃない、死を司る神様からの話とは」
「今、とある秘境に死者の街を興す計画があります。死を受け入れられない魂や、未練を残した魂が滞在し、魂を癒す場所。そこでは、生前の肉体を取り戻し、魂は変わらぬまま普通に生活することが可能となります。町から出ることは叶いませんが、人としての生活は約束します」
その言葉を聞き、体に電流が走った。
言葉を区切り、こちらを見据えている死を司る神が続いて何を口にするのか、悟ってしまう。
「こちらの提案を受けてくださるのであれば、その街が完成した暁には、死んでいった貴方の仲間である権蔵様、サウワ様を住民として受け入れましょう。もちろん、土屋様には特別に自由に死者の街を行き来できる権利を与えます。もう一度……いや、何度でも二人と言葉を交わし、共に過ごせるようになります」
その提案は――魅力的過ぎた。
フォールとの戦いで散っていった、権蔵、サウワともう一度会えるというのか。死者という縛りはあるが、二人と会えるというのなら願ってもない。思わず即答で頷いてしまいそうになるぐらいの提案だ。
「権蔵とサウワだけなのか? ショミミは? 村人たちは……それに、ゴルホ、蓬莱さん、オウカ、オーガマスター、モナリナ、モナリサ、春矢それにそれに……」
「申し訳ありません。死者の街に呼ぶことが可能なのは、権蔵様とサウワ様だけです」
「何で……だ。二人も十人も百人も、神にとって同じようなものだろ!」
限定する意味はあるというのか。町というのなら人手は何人いても良い筈だ!
無意識の内に俺は死を司る神に詰め寄っていた。
至近距離から見る、死を司る神に浮かぶ表情は――苦悩。歯を食いしばり懸命に耐えているように見え、俺は言葉を呑み込んだ。
「闇の者に倒された者は魂が闇に汚され、輪廻の輪から外されます。闇に汚された魂は闇の魔物として生まれ変わる定めなのです。村人は生きながら闇の魔物へと改造されましたので、同様に魂が闇に汚されています。贄の島にいる方々はこちらから手出しができません。あそこは、アレが支配する領域です。神の力を以てしても干渉が難しく……」
全てが理解できてしまった。
まだ何か手はあるのではないかと思わず叫びそうになる。だが、それが無理なことは死を司る神の顔を見れば嫌でもわかる。
「不幸中の幸いと言うべきでしょうか。権蔵様、サウワ様は自ら命を絶ちましたので、魂が闇に汚されず、死者の街へと招くことが可能なのです」
たった二人とはいえ、もう一度会えるのだ。迷う必要はない。必要はない筈なのだが……この駆け引きが、どれだけ効果があるか理解した上で持ちかけてきた神たちの思惑に対し、俺の心が制御をかけている。
「この提案をすれば貴方が飛び付くと考えたのは確かです。卑怯な駆け引きだということも重々承知しています。それでも、世界が滅びることを食い止めなければなりません……その為に、貴方には協力を願いたいのです」
深々と頭を下げる死を司る神の隣に歩み寄ってきていた運命の神も、同様に人間の俺に対し頭を下げた。
神が頭を下げる程の重要案件を人間である俺に託した。
神の欠片を倒すという利害は一致している。俺にとっても好条件だ。断る理由など無い。
だが、この心の動きも既に相手に制御され、思いもしないことを考えている可能性だってゼロではないだろう。
自分の意思だと自覚しているが、神声なんてものを使える神なら、俺の心を操るなんて赤子の手をひねるよりも容易い筈。だが――
「わかりました。その条件で手伝わせてもらいます。ただし、死者の街で復活を望むのか、権蔵とサウワに確認を取ってください」
答えは決まっていた。それが、神の思惑で俺の意思でなかったとしても、彼女を助ける術が他にないのであれば、この提案に乗るしかない。
そもそも、世界が滅びれば桜を戻せたところで意味は無いのだから。
「ありがとうございます。詳しい話はまた後程。今日はゆっくりとお休みください」
顔を上げた運命の神は嬉しそうではあるが、何処か少し寂しそうに笑っている。
企みが上手くいったことを素直に喜べばいいのに。もしかして俺の今後を想像して、同情しているのかもしれないな。
「選んだのは自分です。その結果がどうであろうと、全て自分の責任です。機会を下さってありがとうございました」
考え過ぎるいつもの癖をやめ、自分の素直な気持ちに従い礼を口にした。
頭を下げた視界には純白の床が見える。その床が金色の光を放ち始め、その光が俺の体を包み込んだかと思うと、目の前が黒く染まる。
神との会合を終え、ようやく元の場面に戻れるのか。
俺の決断が正しかったのか……それがわかるのは何年後になるのやら。
待っていてくれよ、桜。必ず、必ず……。