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土屋紅の力

 権蔵とサウワを床に寄り添うように並べる。

 少し離れて、ショミミの遺体も寝かせておく。


「ここで見ていてくれ」


 三人から離れるように左へと歩き始める。フォールも釣られたように一定の距離を保ったまま歩いている。


『ドウスル気ダ。ドウ足掻イテモ、待ツノハ死。ソレガワカラヌ、キミデハアルマイ』


 何か口にしているが、答える必要もない。

 だが、その会話に少しは乗ってやるか。


「なあ。あんたも家族が殺されたら悲しいのか?」


『家族……ロッディ……妹ハ大切ダ』


 そうかい。まだ、家族愛は残っているのか。なら、こんなことをされたら動揺するのかい。


「それは良いことを聞いた。じゃあ、俺と同じ思いを味わってみろ」


 左手から伸びる糸に力を込めると、気を失い床に寝そべっていたロッディの体が浮かび上がる。その首、胴体には俺の糸が括られ、強く締め付けてめり込んでいるのが遠目にもよくわかる。


『貴様! 何ヲスル!』


「お前と同じことだよ」


 更に力を込めようと糸を締め付けるように操作しようとしたのだが、その糸がフォールの一振りで全て切断される。


『卑怯者メッ!』


 だから、お前が言うな。

 怒りでフォールから湧き出ている魔力量が増えている。闇属性が負の感情を元にしているだけはある。感情の起伏で魔力量が変化するのか。


『許サンゾ! 妹ヲ傷ツケル者ハ全テ処分スル!』


「怒るのは勝手だが。妹から目を離していいのかい?」


 俺が何を言っているのか理解できなかったようで、訝しげにこちらを睨んでいる。

 殺意の視線が突き刺さるが、別にどうってことは無い。

 小さく息を吐くと、ロッディが倒れている場所を指さしてやる。

 フォールは警戒しながらも、ちらりとロッディに視線を向けると――硬直した。

 奴の目には口から泡を吐き、喉元に食い込んだ糸に指を掛け絶命しているロッディの姿が映っていることだろう。


『ロ、ロッディ? ロッディ……グガアアアアアアアアアアアアアアアッ!』


 感情のままに咆哮を上げ、泣き崩れるフォールの体から闇の衣が消え失せる。

 あまりの悲しみに闇の衣が制御不能となったか。今だな。

 破魔の糸を俺が操れる限界の5本を同時に操り、フォールの首、両腕両足に巻き付けた。


『許サン許サンゾ! 四肢ヲ引キ千切リ! 五指ヲモイデクレル!』


 激情に身を委ねたフォールの全身から再び、闇の魔力が溢れ出す。

 破魔の糸が5本程度では彼の魔力を防ぎきる事ができずに、瞬時に4本の糸が弾き飛ばされる。一本にだけ全精神力を注ぎ何とか固定しているが、解かれるのも時間の問題だろう。

 『偽装』の力で死体を演出してみたが思ったよりも上手くいったな。贅沢を言うなら、もう少し、我を失っていて欲しかったが。


「ああ、俺も同じ気持ちだよ。楽に死ねると思うなよ『精神感応』『同調』『偽装』」


 スキルレベル15まで上げたスキル三種を同時に発動する。

 『精神感応』により相手の考え、性格、今までの経験、全てを瞬時にして読み取る。同時に闇の魔力である負の感情が俺を呑み込もうとするが、精神力を特化させた今の俺に通用するか。

 『同調』で相手の能力、魔力とシンクロさせる。

 更に『偽装』により対象の人物へと成りきり、その力を模倣する。


『ドウヤッタ……ナニヲシタ! ソノ魔力ハ! ちからハ!』


「お前の力だよ」


 全身に漲る例えようのない力。全身を覆う魔力からは心を揺さぶる何かを感じた。

 調整している筈の心の炎が小さくだが左右に揺れている。

 この負の感情にフォールはやられたのか。俺も精神力を特化して無ければ、闇に呑まれていたのだろう。

 そうか、これが奴の力か。所詮、能力によるコピーなので、相手の力が全て使えるわけではない。おそらく、70%がいいところだろう。

 だというのに、自分の力が数段上の世界へランクアップしているのがわかる。

 今なら、身体能力が少し前の自分とは比べ物にならない状態なら……あれが可能だ。


 俺は破魔の糸を右手に巻き付けるよう操作する。まるで、毛糸の手袋を編んでいるシーンを早送りしているかのように、俺の右手が破魔の糸に包まれ、黒い手袋をはめているかのようになる。

 よし、右手だけなら制御可能だ。

 そして、その右手をアイテムボックスへ突っ込むと、贄の島の住民総出で探し出しておいたモノを取り出した。


『ソノ禍々シイ……槍ハナンダッ!』


 一目見ただけで、そのヤバさが理解できたのだろう。フォールが一歩後退り、俺が手にした槍――ゲイボルグを指さしている。

 右手の指がゲイボルグの柄から剥がされそうになるのを、必死になって堪えている。柄を握っているだけでも、全身に無数の棘を刺されているかのような痛みが走る。

 本来使えないレベルの自分が無理やり行使していることによる弊害だろう。

 模倣により上がったレベルと魔を弾く破魔の糸を用いても、このゲイボルグを操れるのは数分か。模倣も長時間維持はできない……丁度いい。


「御託もいらない。命乞いも話し合いも求めていない。お前は黙って死ね」


 もう、小細工をする気もない。そんな余裕もない。

 ただ、全力でこの槍を突き刺すのみ。


『タダノ実験体ガ、調子ニノルナアアアアアアアッ!』


 闇の腕が増大し、俺を捉えようと掴みかかってくる。

 俺は頭から突っ込んでいく。正面、頭上、足元へと伸びる闇の腕をゲイボルグで一閃した。

 振るった腕に一切の抵抗を感じず、切り裂かれた闇の腕は切り口から瞬時に消滅する。

 ただの素振りをしているかのように易々と闇の腕を切り裂いていく。

 数で押しても無意味だと理解したのか。全ての腕が集約して、一本の巨大な拳を作り出した。それが、正面から殴りかかってくるが、


「問題ない」


 下からのすくい上げで、穂先が拳の先端を軽く切り裂くと、拳が真っ二つに割れる。亀裂は根元のフォールまで達し、触れてもいないのにフォールの体に一本の赤い線が走った。

 そして、その線から赤い血飛沫が噴き出し、フォールの上半身が仰け反っている。


「まだだ」


 手傷は負わせたが、まだ倒せていない。

 闇の魔力が完全に消え失せた今の状態なら、止めが刺せる。

 力強く握りしめた手の平が焼けた鉄を握りしめたように焼けただれ、血が吹き出ているが、そんな痛みは感情と同様に押し殺せばいい。

 ゲイボルグを大きく振りかぶると全力で踏み込み、腕をしならせ溜めこんだ力を放出する。腕、肩が砕けてもいい……今、ここで全ての力を使い投じる。


「殺してはダメ! 溜めた闇の魔力がっ!」


 柄から指が離れる瞬間、叫ぶロッディの声が耳に届く。

 目を向けると、床に這いつくばったまま手をこちらに伸ばし、懸命に叫ぶ彼女の姿があった。

 知力の高さを生かし、瞬時に考えをめぐらす。

 このまま殺すと何か問題があるのか? 溜めた魔力……が暴発して、この一帯が吹き飛ぶとでも……しかし、もう、この指先が柄を離す――

 止めるには一歩遅かった。

 指がゲイボルグを解放する。赤い軌跡を残し、ゲイボルグが獲物を捕らえようと、その赤い牙がフォールの喉元に喰らいつく。


『舐メルナ!』


 穂先が触れる寸前、血塗れのフォールが叫び、目の前に小さな黒い渦が発生する。そこに槍の穂先が触れたかと思うと、ゲイボルグはそのまま吸い込まれてしまった。

 異空間に物を収容する魔法を利用して、防ぎようのない攻撃を躱してみたのか。


『コレデキサマハ、切り札ヲ失ッタ!』


 確かに。相手が傷を負っているとはいえ、まだ相手の力が上回っている。

 圧倒的な攻撃力を誇るゲイボルグは手の届かない場所へ。

 破魔の糸で雁字搦めにすれば相手を封じることは可能だが、そこまでもっていくことが、今の状態では厳しい。


 だがな……俺は諦めないと決めたんだよ。

 今は感情の炎を燃やす時だ――限界まで燃え上らせてやるよ、この想いを!

 逆境に慣れ親しんだ俺の土壇場での発想力を舐めるな!


「『偽装』により、お前の姿をゴブリンとする! そして『隠蔽』により俺が感じる、違和感や疑問を覆い隠す!」


 相手に通用しないなら、自分にスキルを掛けてやればいい!

 偽装により己の目を欺き、隠蔽により現実を覆い隠せ。精神力が高かろうが、抵抗せずに受け入れれば問題は――ない!

 ゴブリンを相手にした俺の実力は、元の力を遥かに凌駕する!


「行くぞおおおおおっ!」


 権蔵の形見である妖刀村雨を肩に担ぎ、特攻する。

 痩せこけた歪なゴブリンが闇の腕を伸ばしてくるが、ゴブリンに特化した俺ならばやれる!

 今までの俺なら弾くことが精一杯の闇の腕を、いとも容易く切り裂く。

 続いて視界を覆い尽くすほどの闇の礫が降り注ぐが、破魔の糸を網目状に縫い上げ、即興の防御壁を作り上げ、その全てを防ぐ。


『コノ動キハ! ちからハ! 何故、体ガ畏縮スル! 人間ゴトキニ、何故怯エルノダッ!』


 闇雲に放たれた闇の魔法を村雨で切り裂き、破魔の糸で防ぎ、間合いを詰めていく。

 幾つかの魔法が被弾し、肉が削がれ血が失われるが、どうでもいい!

 前へ、前へ、前へ、前へ――


『何故死ナナイ! 恐怖シナイ! 諦メナイ!』


 約束したから――

 仲間と、家族と――

 生き延びて、もう一度――桜と!

 掴んでみせる。不幸が待つ運命が決まっていようと、手の届かない敵であろうと、血を吐こうが、手足をもがれようが、運命の糸を手繰り寄せる!


 俺の吐息がゴブリンの顔に届く距離まで迫る。恐怖に引きつるゴブリンの顔が見えた。

 魔物の癖に人間に怯えてどうするんだ。

 相手の足を踏みつけると、村雨を足の上から貫き、俺の足ごと床へと固定する。


「さあ、これでお互い逃げられないな」


『ヒゥヒィィィィィ!』


 この期に及んで魔法を発動させようとした相手の顔面に、破魔の糸で作り上げたグローブをはめた拳を叩き込む。

 左に揺れた頭を元に戻す為に、今度は逆の腕で殴りつけた。

 左手にも同様に破魔の糸でグローブを作っているので、薄く張った闇の魔力なんて何の役にも立たない。弾き飛ばせばいい。

 更に、顔面に数発叩き込む。そこで、俺はあえて偽装と隠蔽を切る。ちゃんと相手を理解した上で殴り倒したい。

 フォールは研究職で魔法には長けているが、接近戦の能力が皆無だ。身体能力が高かろうが、殴る蹴るといった純粋な暴力は鍛錬と経験がものを言う。


 ただでさえ混乱した状態のフォールに、俺の打撃を止める術はなくサンドバック状態で殴られ続ける。

 拳の連打によりフォールの状態が片足だけを残して宙に浮き、無防備な相手の腹に渾身の蹴りを叩き込む。

 その威力に地面に突き刺していた刀の楔から脚が解放され、体を腹から折り曲げ滑空するフォールだが、まだ逃がす気はない。腕と脚に巻き付けておいた破魔の糸で引きよせ、宙に磔状態になったフォール。


「これで、これで、最後だっ!」


 韋駄天の靴に残りの精神力を全て注入する。

 怒りを、想いを、誓いを、拳に全て集約して叩き込む!


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 軸足が砕けてもいいと全力で踏み込み、俺は風を破壊しながらフォールへと猛進する。

 精神力だけで足りないのなら、魂も持って行け!

 右手を大きく後ろへ反らし、全身全霊の力を込め、上半身の回転、左腕の引き、権蔵に習った古武術の打撃を思い出し、最後の一撃を放つ。

 衝撃音と暴風が階層に吹き荒れ、右拳には何かを破壊した感触が伝わり、俺は戦いが終わったことを確信した。

 その瞬間――頭の中でプツンと何かが切れた音がしたかと思うと、視界が黒く染まった。


 ああ、そうか。力を使い果たしたのか。

 だが、まだ、やらなければならない……意識を繋いでいる糸が切れる前に、右手の破魔の糸を全てフォールに……。

 残りかすの精神力を振り絞り、糸が相手に巻き付く動きを描く。何とかなったと思うしかない。

 意識が闇に落ちる瞬間、権蔵とサウワ、ショミミの姿を確認したかったが、俺の瞼は開いてくれなかった。


 これで良かったのか。

 俺は、また生き延びてしまった。

 胸に過ぎるのは達成感でも安堵感でもなく、後悔。

 この先――俺は。

 考えることもできなくなった俺は、そこで意識を手放した。


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