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秘めた力

 俺たちがロッディの元に駆けつけると、話し合いはお互い譲歩することなく、終わりを告げた場面に遭遇した。


「兄さんは、何を言っても、行いを改める気はないのですね……」


「当たり前だ。それに今更、やめたとしてどうなるというのだい? 多くの犠牲者を出し、実験を続け、あと一歩で手が届く場面で撤退して、誰が喜ぶというのだい。今までの実験体たちは皆、無駄死にだったと言っているようなものだ……もう、引けないのだよ!」


 フォールの纏う闇属性の魔力が大きく膨れ上がった。

 全身に黒い闇が纏わりついているのが目視できる。その表面は炎の様に揺らいだかと思うと、闇の衣から無数の突起物が湧き出てきた。

 それは人の指のようで、徐々に伸びていき、手の平、手首、腕、肩口まで姿を現した。

 闇の衣と一体化している無数の腕。触れたら折れそうな枯れ木のような腕もあれば、108並の筋肉の浮き出た腕もある。多種多様、老若男女の黒い腕が彼から生えている。

 ロッディの黒鎖。サウワの黒槍と同じなのだろう。あれがフォールの闇属性魔法。


「そちらは数の暴力で襲い掛かるのだから、僕もそれに対応させてもらうよ。手数を増やさないとね」


 パッと見える範囲だけを数えたのだが、黒い腕の数は10本。背後にも数本あると考えるなら、俺たちを相手にするには充分な数を確保している。


「実験体のあいつらを倒したのは素直に称賛しよう。キミたちは今、こう考えていないかい? こっちは誰一人として欠けていない。余力も充分にある。相手がどんなに強大な敵であろうと力を合わせればきっと勝てる……なんてさ」


 そこまで楽観的ではないが、確かに似たような事を考えたのは確かだ。

 他の面々も同じような考えだったのだろう、ほんの少し驚いた表情をしている。


「あ、もしかして、僕はそんなに強くないのではないかと思われているのかな。実験体を使っての戦闘ばかりで、僕自身が戦ったところをお見せしていないからね」


 それはない。抑えようとしていても溢れ出てしまっている魔力を肌で感じれば、油断なんて言葉は吹き飛ぶ。フォールは彼ら三体とは比べ物にならないレベルだ。


「僕は魔族を超えた者……強いて言うなら、そう魔王だ。今日から魔王フォールと名乗ることにしよう!」


 中々痛々しいな。自ら魔王を名乗るなんて、最近じゃ夢見がちな中高生でも躊躇すると思うぞ。


「じゃあ、俺は流離さすらいの剣豪を名乗ろう!」


「サウワは疾風の黒影!」


「ミトコンドリアはー、深緑の美少女!」


 権蔵にサウワ、それにミトコンドリアまで張り合うな。


「そ、それじゃあ、私は黒鎖の貴公子かな」


「あ、ええと、わ、わた、私は蹴撃の乙女で」


 ロッディ、ショミミ、無理に合わせなくていいんだよ。

 しかし、この状況で余裕を見せる発言。仲間として頼もしい限りだ。


「くはははははっ! 面白い、面白いぞ貴様ら! 我が僕となるに相応しい素体だ!」


 フォールは同じような事ばかりを口にしているな。

 精神や頭脳がもう狂った時点から進歩することは無いのだろう。故に話し合いが全く成立しない。彼の中で矛盾があろうと、答えはもう出てしまっているのだ。


「では、最終戦を始めようか。ここまで到達したキミたちを相手にするのに、もう増援なんて無粋な真似はしないよ……全力でいかせてもらう!」


 そう宣言したフォールが両腕を振り上げると、黒い衣から伸びた無数の腕が俺たちへと襲い掛かってきた。

 サウワとショミミがまず先陣を切って飛び出す。

 左右へと別れた二人は敵の目を引きつけるつもりなのだろう、攻撃を仕掛けるには遠すぎるが様子見をするには近すぎる微妙な距離感を保ち、足を止めることなく駆け抜けている。

 サウワへ四本、ショミミへ三本、黒い腕が二人を捕まえようと手を伸ばすが、余裕を持って躱している。

 それでも、時折掴まれそうになりヒヤッとするが、サウワは闇の槍で相手の腕を封じ、ショミミは更に加速して、全てを避け続けていた。二人とも、まだ余裕がある動きだ。


 そんな二人の奮闘を俺たちも黙って見ていたわけじゃない。

 ロッディは黒鎖を二本操り、フォールの足元を払おうとしたようだが、二本の黒い腕につかまれ硬直状態。

 背後に回り込んでいる権蔵は水月を飛ばすが、背中側にも無数の腕がやはりあるようで、ことごとく防がれている。


「がんばれー! みんな負けるなー!」


 植物が一切生えていない場所なので、精霊魔法が殆ど使えないミトコンドリアは大声で声援を送る役割らしい。

 俺も鋼糸で掴んだ丸太を投げ込んでいるのだが、ここまでくると気で強化しようが丸太が通用する相手ではないらしい。黒い衣に触れただけで細かい木片へと粉砕されている。

 やはり、あの黒い衣が厄介だな。

 あれはフォールの魔力が具現化した姿だと思われる。無数の腕は攻撃も防御も可能で、鋼鉄並に強化されている丸太では、闇を貫くことが不可能な強度を保有している。


「身体能力。技の冴え、どれをとっても一級品だ。冒険者であればAランクは確実な逸材。いやはや、素晴らしい。これで、研究が捗る! また一歩神へと近づくのだっ!」


 全員を相手取りながらこの余裕。こちらはほぼ全力だというのに、通じる気配すら感じられない。このままでは……。


「あの黒いオーラみたいのが邪魔だなっ! あれって、闇属性魔法なのか?」


 寸前まで迫っていた黒い腕を切り落としながら、権蔵が大声を張り上げる。


「たぶんそう。闇属性は魔力を具現化して、自分にあった形へと変形させることが可能。私は槍。ロッディ……さんは鎖。あの変な人は腕」


 権蔵の問いに答えたのは、絶賛回避中のサウワだった。

 足を掴もうとした腕を飛び越え、空中で身動きの取れないサウワを狙い左右から手を合わせるようにして黒い腕が挟み込もうとする。

 サウワは手にした闇の槍を伸ばし、地面へと突き刺すと長さを縮ませる。体が宙で強引に地面へと引っ張られ、対象を失った両手が打ち合わさり、ぱちんと良い音を鳴らす。


「兄は腕の生えた闇の衣で纏われるイメージで発動させています。あの衣は魔力の障壁。膨大な闇属性の魔力を有している兄の障壁を破るには、並大抵の威力では……」


 更に追加で出した二本の鎖も黒い腕につかまれ、硬直状態が続くロッディがあの魔法の詳細を説明してくれた。

 あれが強固な鎧ならば関節を狙うという作戦も成り立つが、衣は体全体を覆い尽くし、糸の入る隙間もない。

 フォールがまだ様子を見ていて全力を出していない内に、何とかしなければならない。

 破壊力となると――俺は予め仲間全員に括りつけていた糸を利用し、心の声を『精神感応』により送り込む。


『権蔵、ここ一年で生み出した必殺の一撃とかないか?』


 都合の良すぎる考えだが藁にも縋る思いで、駄目で元々、尋ねてみる。

 権蔵は俺の問いに対し、妖刀村雨の柄を握っていない左手の親指を立てることにより、答えた。って、期待をしてなかったのに、あるのかそんな技が?


「その言葉を待っていたぜ! あれをやるぞ、サウワ!」


「わかった、権蔵!」


 サウワは後方へと飛び退り、一気に距離を取る。

 権蔵もサウワの元へと走り込み、二人は並んで立つと、俺から見て右手に並ぶサウワは左手を天高く掲げ、権蔵は逆の手を同じく天へと向けた。

 何をするつもりか知らないが、ここは邪魔されないように協力しないとな。

 丸太の散弾に加え、銃による連射、買い込んでいた武器の数々を、切れ目なくフォールへと投げつけていく。


「目覚めよ! 封印されし、闇の力――開眼!」


 権蔵が何故かフォールに向けて斜め四十五度で立ち、サウワと背中合わせの格好になると、腕を振り下ろす。それを合図に瞳に第三の眼――『邪気眼』が開いた。


「暴走する心の奔流よ! 我が呼び声に応え、その咢で封印せし鎖を引き千切れ――開眼!」


 大人になったら思い出しただけで悶絶するレベルの痛すぎる台詞を叫び、権蔵と同じモーションをするサウワの額に――おいおい、あれは邪気眼なのか。


「……まさか、サウワまで邪気眼に目覚めたのか……」


 予想外の展開に言葉を失い、一瞬攻撃の手が止まってしまったが、サウワがスキル『邪気眼』を覚えるとは。

 複雑な感情が入り混じり、異様に喉が渇く。

 行動はあれだが、サウワの第三の眼が開くと全身から黒い魔力が炎の様に吹き出した。

 そうだったな。『邪気眼』のスキルは闇属性魔法の威力を向上させる。という説明があった。サウワは元々、闇属性魔法が使えるので相性がいいのは理解できるのだが……妹みたいに思っていたサウワがこうなると、何とも言えない気持ちになるな。


「私が闇属性を供給して――」


 サウワが片膝を突き、手を万歳の形で頭上に掲げると、両手の間に闇属性の魔力の粒子が集約していく。


「俺がそれを討つ――」


 サウワの後ろに回り込んでいた権蔵が腰を落とし、鞘に納まった村正を腰だめに構える。両眼は閉じているが第三の眼は、しっかりと集約する闇の魔力を見つめている。

 闇属性の球はソフトボール程度の大きさを維持しているが、その球に集まる魔力は高まり続けている。それだけではなく、闇の球は時計回りに回転を始め、速度が徐々に増していく。


「おー、これはかなりの威力が期待できそうだ。濃密な魔力を感じ体毛が逆立っているよ」


 フォールは余裕の態度を崩すことなく、ロッディたちへの攻撃の手は緩めず、権蔵たちが何をするのか興味深げに観察している。

 もしあれが撃ち出されても何とかなると判断したのか。

 フォールは距離を取っているとはいえ隙だらけの権蔵たちへ、一切攻撃を加えようとしない。

 受け止めてくれるというのなら願ったり叶ったりだ。圧倒的強者が余裕を見せるのは死亡フラグなのだが、異世界の住民は知らないよな。

 権蔵たちと視線を合わせると小さく頷く。二人なら、やってくれる筈だ。


「ならば、男として期待には応えないとな! 二人の合体技……奥義」


「「闇穿つ咢!」」


 二人が叫んだ技名を少しカッコいいと思った自分が許せないが、大事なのはそこじゃない。

 権蔵はその場で一回転すると、地面に足がめり込む威力で踏み込む。鞘鳴りがするよりも先にサウワの頭上に掲げられた黒球の中心部が凹んだ。

 球の中心部だけがフォールに向かって突き進み、長く円錐状に変形した闇の魔力がドリルのような回転を加えた状態で解き放たれる。

 鼓膜を貫き脳の奥へと響く音は、あの魔法の発射音か。思わず顔をしかめてしまうが、目を逸らすわけにはいかない。

 空気を巻き込み回転により、周辺の景色が歪んで見える。触れてもいないのに地面が抉れ、粉砕された破片が粉となり、黒の巨大な棘を覆っている。


「なっ!?」


 フォールの息を呑む声が聞こえたかと思った時には、黒い棘の先端が闇の衣に突き刺さっていた。

 その速度、威力が予想を超えていたのだろう。余裕の笑みを浮かべていたフォールの頬が引きつり、脂汗を浮かべた状態で防御に専念している。

 闇と闇が激突して接触部の闇が辺りへと霧散し始めた。拮抗しているかのように見えたのだが、僅かながら合体技の威力が上回っているようで、回転を続ける凶悪な棘が徐々に衣へと埋もれていく。


『防御に専念させるな!』


 全員につないでいた糸を伝い『精神感応』で指示を飛ばす。

 ここは一気に行く場面だ。フォールの注意を逸らすことができれば、あの技が食らいついてくれる。


「極鎖!」


 側面にいるロッディから胴体並の太さがある極太の鎖が飛び出し、フォールの脇腹に襲い掛かる。


「はっ、はあああっ!」


 黒い腕の動きが鈍くなったのを見過ごさずに、ショミミは間合いを詰めると、ロッディとは反対側から強烈な蹴りを何発も闇の衣へ叩き込んでいる。

 サウワは今の一撃に相当な魔力を注ぎ込んだようで、その場で荒い呼吸を繰り返していて動ける状態ではない。

 権蔵もかなりの負担があったようだが、少し休憩すれば動けるようだ。

 なら、俺がここでするべきことは。

 糸を操り、アイテムボックスから在庫が乏しくなった武器と丸太を抜き出すと、フォールの上空、後方から次々と投擲を始める。

 フォールは黒い腕を出すこともせず、その魔力による防御のみで凌ぎ切るつもりのようだ。闇の衣は完全なる球体となり、俺たちの一斉攻撃を防いでいる――が、限界に達したようだ。


 ピシリッ


 と、亀裂の入った音が31階層に響き渡る。

 権蔵たちの奥義が突き刺さっている地点から、ひびが広がっていき、その亀裂から魔力が噴き出していく。


「ぐ、ううううう、おおおおおおおっ!」


 フォールの咆哮は闇の衣の崩壊に埋もれ、辺りに魔力が吹き荒れる。

 決壊した闇の衣はその膨大な魔力を破裂させ、強烈な余波を生み出した。


『吹き飛ばされるなっ! 伏せろ!』


 咄嗟にそう伝えるのが限界で、俺は激しい戦いで床にぽっかりと開いていた穴に飛び込むと、ミスリルの鍬を穴の底に突き刺し、体を伏せ糸で固定した。

 爆風と衝撃が頭上を凄まじい勢いで流れていく。体が引っ張られそうになるが、ここは耐えるしかない!

 どれぐらい伏せていたのだろうか、数秒の筈だが俺には数分の長さにも感じられた。


 余波が消えたのを確認すると、俺は穴から勢いよく跳び出し、爆心地を凝視する。

 巨大なすり鉢のように地面が抉れ、その最深部には体から黒い煙を立ち昇らせているフォールの姿があった。

 白衣はボロボロに千切れ、その下に着込んでいたらしきシャツも原形を留めていない。

 左腕と右脚が関節可動域を超えている。折れているな……。

 だが、まだ健在だ。うつ伏せて身動きは無いが、死んではいない。

 取り囲んでいた仲間たちも全員無事のようだ、かなり遠くまで飛ばされている者もいるが、全員の気が感じられる。

 ここで、死亡しているかの確認――なんて愚かな真似はしない。

 アイテムボックスから拳銃を取り出し、『気』を込めて照準を相手の頭頂部へ向ける。そして、引き金を六回引いた。

 強化された弾丸は狙いを違うことなく、フォールの頭へと着弾――はしない。


「しぶといな」


 その寸前で微かに残っている闇の衣が銃弾を防いでいる。

 だが、弱っているのは確かだ。畳みかけるのは今しかない。

 ミスリルの鎌を右手に一気に跳び込もうとした俺の足がぴたりと止まった。

 俺の意思で止めたわけじゃない、生死の境を何度も越えてきた体が、本能が、動くことを許さない。全身から冷汗が流れ出て、止まる気配がない。

 からからに乾いた喉を少しでも潤す為に唾を飲み込む。

 俺の目は一点を見つめたまま、逸らすことができないでいる。その視線の先にいるフォールがゆっくりと顔を上げる。


 その顔には穏やかな笑みも、狂気じみた表情も消え失せていた。

 何の感情の起伏も感じられない能面のような顔。

 そんなフォールが目を閉じ、大きく息を吐くと、頭を左右へ振る。


「慢心していたと言わざるを得ない。まさか、闇の衣を貫かれようとは。惜しかった、故に残念だ。もう少し、あと一歩、その攻撃が届いていればキミたちは生きられた。だが、もう終わりだ。これだけはしたくなかった……こうなってしまうと、全てを……壊さずにはいられなくなるから……」


 彼が何をしようとしているのか、俺にはわかってしまう。

 闇の衣が掻き消されたチャンスを見逃さずに、俺は破魔の糸をフォールの腕に巻きつけ『同調』を最大威力で発動させていた。

 これがずっと隠していた奥の手。『同調』のレベルが10を超えてから使えるようになった能力。

 相手の考えや動きに同調して、先読みを出来る力。これさえあれば、事前に動きを察知して、躱すことも攻撃を加えることも可能だと見込んでいた。

 だが、なまじ相手の力がわかることにより、俺は今後の展開が理解できてしまう。


「実験の成果を見せよう……この体でな」


 ゆっくりと開かれたフォールの目は闇に染まっている。深淵のような漆黒の目から黒い魔力が涙の様に溢れでた。

 上半身に微かに残っていたぼろ布は吹き飛び、その体がむき出しになる。

 肩、肘、胸、手の甲に埋まっている黒い巨大なものは……魔石なのか。

 そこからも目と同様に黒い闇が溢れ出したかと思うと、それは腕へと形成されていく。


『アアア、闇ガ……サアアッ、足掻イテクレ! モガイテクレ! 哀レニ滑稽ニ! 楽シマセテクレエエエエッ!』


 さっきまでの魔力が可愛く思える、尋常ではない魔力を吐き出すフォール。

 この先にあるものは――絶望の二文字。

 これを覆す手は……ない。


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