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贄の島の実力者

 全力で実験体の三人へ駆け込む俺を挟み込むように、権蔵、サウワが並走している。

 流石だな。俺の走りに平然とついて来ている。少し遅れて、後方にショミミも控えているようだ。


「敵は闇属性魔法の使い手だ。身体能力も俺たちより上回っていると考えてくれ」


「あいよ! ステータスが上でも、戦いようは幾らでもあるしな」


「サウワは、あの強そうな羽生えたのを相手にする。だから、さっさと他の二体片付けて」


 サウワの能力がどれ程上がったのかは知らないが、独りで相手取るには無理があると思えるのだが。

 そう考え権蔵へ視線を移すと、ニヤリと意味深な笑みを口元に浮かべた。


「大丈夫だろ。倒すのは無理だろうが、相手にするだけなら問題はねえんじゃないか」


 相手の実力を把握する権蔵の勘は信用できる。大丈夫と判断したのなら、信用してみるか。


「わかった。くれぐれも無理はしないように」


「お兄ちゃん。無理しないと駄目な相手だと思う」


 ごもっともだな。


「そっちは任せるよ、サウワ」


「我が姿を捉えることは何人にも叶わぬっ!」


 痛々しい言葉を残し、サウワの姿が掻き消えた。

 今の台詞、権蔵がスマホに残していた忍者を題材にした漫画であったような。

 眉根を寄せて権蔵に視線を向けると、目を逸らされた。島を離れる時の不安が的中したようだ。権蔵の中二病が完全に伝染うつっている。

 色々言いたいことはあるが、それも後だ。

 消えたサウワの気配を追うと、薄らと黒の軌跡が目に入った。

 あれがサウワの移動した跡なのだろう。黒の残像が微かに残ってはいるが、俺の目をしてもその動きを完全には捉えきれずにいる。

 闇属性の魔法と『隠蔽』を同時に――それだけじゃないか。あの動きは権蔵の古武術も取り入れているな。


 変貌した101の前には105と108が並んでいるのだが、その二人の間を何の抵抗もされずに通り抜けていった。

 気づかれていないのか。まるで、ゴルホのような隠蔽能力の冴えだ。

 そのまま101の前に滑り込んだサウワは後方へと回り込んだようだが、101には気づかれたようで戦闘へと移行している。

 105のゴスロリ、108の筋肉ダルマもようやくサウワの存在に気づき、振り返ろうとしたがそうはさせない。


「お前らの相手はこっちだ! 水月」


 妖刀村雨を鞘から居合抜きの要領で抜くと、水によりつくられた三日月が飛翔する。二つの三日月がゴスロリと筋肉ダルマへ飛びかかる。

 ゴスロリの方はふわっと宙に浮くと、スカートの裾から伸びた無数の手が編み出した黒い球が迎撃に入る。

 筋肉ダルマは体を黒く染め、正面から水月を受け止めるつもりか。

 ゴスロリの方に向かっていた水月は、何発もの黒球をぶつけられ消滅している。筋肉ダルマは胸の前で腕を交差して、そのまま水月と正面から激突した。

 ざしゅっという耳に残る嫌な音が響き、太すぎる両腕が宙を舞う。水月を防ぐ予定だった腕は無残にも切り落とされ、水月の刃は相手の胸を深く切り裂いている。


「胴体まで両断するつもりだったんだが、まだまだだな」


 残念そうに呟く権蔵。

 かなり厳しい鍛錬を続けていたようだな。水月の威力が桁違いだ。


「だだだいいいいきききききっ!」


 口も顔もないというのに悲鳴のような声を上げる108。すると胸元の大きな傷口が黒く泡立ち見る見るうちに傷口が閉じていく。

 切り落とされた腕の切断面からは、指のようなものが生え始めている。腕まで再生する気か。


「スゲエな、回復力半端ないぞ。再生に限界があるなら何度でも切り落とすが」


「おそらく、限界はないと考えた方がいい。この迷宮には闇が充満している。魔力の供給源は無限に近い可能性がある」


「面倒臭いな……そうだ、あれ貸してくれるか」


「ああ、いいぞ。ほら」


 何かを思いついた権蔵の顔を見て、直ぐに察した。アイテムボックスから目当ての品を渡すと、権蔵は満足そうに一度頷く。

 こんなやり取りをしている間に筋肉ダルマの両腕は完全に再生している。

 ゴスロリの方がちょっかいをかけてくるかと警戒していたのだが、ショミミが間に割り込み相手の注意を引きつけてくれている。

 身体能力と脚の速さで相手の攻撃を躱すことに全力を注いでいる。あの動きを捉え、撃ち落とすのは至難の業だ。

 ショミミ……もう少し、頑張ってくれ。


「よっしゃ、準備万端。いくぜっ、水月改!」


 再び鞘に刃を収めると、渾身の力を込め水月を撃ち出す権蔵。

 形はさっきと同じなのだが、飛翔する速度が前回よりも上回っていた。

 前回痛手を負ったので今回は避けるかと思っていたのだが、同じように胸の前で腕を交差……するだけではなく、脇腹からもう二本腕が生えると同じように防御態勢を取る。

 二重の壁となった腕に水月が突き刺さり、両腕を吹き飛ばすが、二段構えの腕が攻撃を凌ぎ切り、皮一枚残した状態で何とか防いでみせた。


「今回は胸まで届かなかったか……まあ、それでもいけるよな」


「たぶんな」


 だが、俺も権蔵も残念がる素振りすら見せない。

 この展開は――予想の範疇だったからだ。

 何とか繋がっていた腕を振り払い千切って捨てると、再び雄叫びを上げ、腕が再生していく。


「普通にやったらきりがないぞ」


「そうだな。普通にやったら……な」


 権蔵と俺は顔を見合わせると、同時に意地の悪い笑みを浮かべる。


「きき……き……ん……に……」


 四本腕の筋肉ダルマは完全再生した状態でこちらに飛びかかろうとしていたようだが、その両手が地面に突き、膝から崩れ落ちるのを懸命に支えていた。

 プルプルと小刻みに震えている様子が産まれたての小鹿のようだ。


「やっぱ、効き目抜群だな『昏睡薬』」


 俺が渡した『昏睡薬』の小瓶を握りながら、権蔵が感心している。

 あの時、権蔵は水月を飛ばす際に水に『昏睡薬』を混ぜ込んでいたのだ。切断部から昏睡薬が入り込み、薬が一気に回ったのだろう。

 前回の戦いで『精神感応』が通用せず、精神異常系に耐性があると口にしていたので昏睡薬も効かないのではないかと危惧していたのだが、杞憂だったようだ。


「効果があるとわかったら、対応策は決まっているよな」


「まあ、そうなるか」


 アイコンタクトのみで意思の疎通を終えると、俺たちはゴスロリ少女へと向かって行く。

 ショミミが所狭しと駆け回り、彼女のすぐ後ろに連続して着弾している。

 黒球が床を抉り、床の破片が周囲に飛び散り、粉砕された床の粉塵が舞い上がる。


「ショミミ、ご苦労さん。加勢するぜっ」


 権蔵はゴスロリとショミミとの射線上に割り込むと、村雨を鞘から抜く。


「キュリイイイイイイイイイイィ!」


「共通語でOK?」


 奇声を荒げ黒い球を乱発してくるゴスロリに対し、軽口を叩きつつ常人には見えない速度で刃を振るっている。

 一振りする度に水が無限に湧きだす刃から小型の水月らしきものが放たれていた。居合を用いなくても水月を飛ばすことができるようになったのか。威力は落ちているようだが。

 居合状態と比べれば速度威力共に劣るようだが、黒球を掻き消すには充分な威力を伴っているようで、水月一つにつき黒球二つは相殺している。

 下半身から伸びた何十もの手が生み出す闇属性の球よりも、権蔵の水月を生み出す早さが上回っているようで、いつの間にかゴスロリが攻め手から受け手に回り始めていた。

 防御で手一杯の彼女は他に注意を払う余裕もなく、彼女を捉えようとしている無数の糸の接近を容易く許してしまっている。


「悪いね」


 俺は下半身から生えた腕の全てをまとめて縛り上げ、更に彼女本来の両腕にも糸を絡め、首にも糸を巻き付けた。

 ゴスロリは何とか抵抗しようとしているが、動きを完全に封じられてはどうしようもない。顔を上に向け苦しそうに荒い息を繰り返している。

 この状態で権蔵が躊躇いなく村雨を振り下ろせば、そこで話は終わるのだが……それができないのが、権蔵らしさか。人のことは言えないが。


 ゴスロリは黒球を放てなくなったことにより、既に刃から飛び立った水月を防ぐ術がなくなってしまっている。

 このままでは、水月の直撃コースなのだが、権蔵は進行方向を変化させたようだ。

 体を切り裂くはずの水刃はギリギリで軌道を変え、ゴスロリ風の服を浅く切り刻み、千切れた衣類が飛散する。

 ゴスロリ……とはもう呼べない、中に着込んでいたらしい袖のないシャツ一枚の105。

 その姿を見て刀を鞘へと納めると、権蔵は一気に間合いを詰める。

 しかし、器用に絡ませた糸を避け、上着だけを切り刻んだものだ。威力速度だけではなく精密度もかなり上がっているのか。


「すまないな」


 俺は首に巻きつけた糸の力を強めて、首に食い込むまで締め上げた。

 苦しそうに呼吸を続けていた口が、空気を求め大きく開かれる。


「空気はやれないが、水ならたらふく飲みなっ!」


 『妖刀村雨』を所有することにより、権蔵は『水使い』の能力を得ている。その力によりアイテムボックスから取り出した樽に満載された大量の水を操り、大口を開ける105の真上からぶっかけた。

 口内に水が流れ込み全身がびしょ濡れになった105は、一度大きく全身を震わせると全身の力が抜けたようで、糸に支えられた状態で宙に固定される。


「ところで権蔵。昏睡薬を操るだけで済んだよな。何故、大量の水を一緒にぶっかけた」


 昏睡薬と水を混ぜ合わせ、相手に無理やり飲ませる。この考えに至ったのは顔を見ればわかったのだが、こんなにも大量の水は必要なかった筈だ。


「おいおい、相変わらずだな土屋さんは。相手の格好をよく見てみろよ」


 何だ、あの自慢げな顔は。何か見落としがあったのか? 相手を水浸しにすることによるメリットなんて考えつかないのだが。

 訝しみながらも105へと視線を移す。

 気を失い地面に横たわっている105のゴスロリ風上着はどこにもなく、水に濡れ肌に貼り付いた白いシャツのみが……のみが……透けて、下着が薄らと浮かび上がっている。


「おい」


「びしょ濡れの服の上から透けて見える下着……パーフェクトだっ! なっ、土屋さん」


 拳を振り上げ、感動で瞳が潤んでいる権蔵の背中に、取り敢えず蹴りを入れておいた。


「土屋さんはそんな性癖が……」


「ないよ」


 ショミミ、すみませんが、あれと一緒にしないでもらえますかね。

 そんな怯えた目でこっちを見るのを止めなさい。


「遊んでいる暇があるなら、手伝え」


 黒の軌跡が目の前に一本の線を描いたかと思うと、権蔵が前のめりに倒れている。今のはサウワか。

 ということは――

 俺は鋼糸に気を巡らせ、サウワが逃げてきた方向に糸を伸ばす。

 歪にねじれた角が生えた赤髪が見える。101の姿は地球では悪魔と表現するに相応しい外見をしている。

 肘から先が黒い刃と化した腕を振るう度に、権蔵の水月に似た黒の三日月が乱舞する。一振りで三つも飛ばしているので、手数では権蔵を圧倒的に上回るな。

 闇の魔法で作られた三日月を鋼糸が粉砕していく。これが気を通していないただの鋼糸ならば、壊されていたのはこっちの方だったのだろう。

 同時に20本の糸を手足の様に操れる今なら、相殺できる飛び道具など恐れるに足りない。


「おっし、美味しいところはいただくぜ!」


 サウワに殴られたばかりだというのに即座に復活した権蔵が、いつの間にか相手の脇に回り込んでいる。攻撃に集中していた101も不意を突かれたらしく、権蔵の振り下ろす村雨に反応できない。


「もらったっ!」


 水滴が煌めく刃が101の背中を捉えたように見えたが……そういう使い道もあるのか。

 背中から生えた蝙蝠のような羽が、村雨の刃を受け止めていた。


「おいおい、村雨の切れ味に匹敵する翼なのかよ」


 そこで怯むことなく斬撃の雨を降らす権蔵だったが、背中の両翼が自在に伸縮して、その全てを防いで見せている。

 101は先の二人とは格が違うようだ。

 拮抗しているように見える二人から一瞬視線を外し、ロッディの様子を窺うと、何とか会話に持ち込んでいるようだが、徐々に兄であるフォールの表情が険しくなってきている。

 あれは、そろそろ切れるかもしれないな。だとしたら、速攻で決着を付けさせてもらう!


「サウワは右から、ショミミは左から! 権蔵は切り刻まれてもいいから、そのまま引きつけてくれ!」


「はい!」


「俺だけ酷くないかっ!」


 二人は良い返事だ。権蔵はどうでもいい。

 何だかんだ言いながらも権蔵は更に回転速度を上げ、切り上げ、振り下ろし、左右への薙ぎと、縦横無尽に刀を走らせている。

 サウワは右手に黒一色の先が尖った棒……いや、あれは槍なのか。贄の島では一度も見たことが無い武器を、101の脇腹へと突き出す。

 権蔵の攻撃を背中の翼で防いでいた101は、ちらっと横目でサウワの姿を確認すると、黒の刃と一体化した腕で槍を受け止めようとする。

 槍と剣がぶつかり合う直前、サウワの武器は予想外の動きを見せた。

 何と、槍が湾曲すると剣を避けたのだ。そして、まるで意思を持つ蛇の様に、刃に巻き付きながら肩口まで伸びると、その右肩に先端を突き刺した。


「ちっちっちっ、残念だったわね。それは魔法だっ」


 サウワのニヒルな笑みを浮かべたドヤ顔と、口の前で無意味に指を振る動作が権蔵に重なる。もう、取り返しのつかないところまで中二病に侵食された……。

 痛々しさに対する突っ込みは後でゆっくりするとして、あの槍のような武器はロッディの鎖の様に闇属性魔法で作り出した物だったのか。


「ガルグウウウアアアアアア!」


 右肩に潜り込んだ槍状の闇魔法を引き抜くために、左腕と同化していた闇の刃を解除した手で穂先を掴む。

 そのまま、渾身の力を込めて引っこ抜きたいのだろうが、そんな無防備な姿を晒すと――


「たああああああああっ!」


 弾丸のような勢いで飛び込んできたショミミの足裏が顔面に直撃した。

 充分な助走と、バッタ族の中でも随一の脚力を保有しているショミミの蹴りの威力が融合した一撃は、蹴りとは思えない重厚な炸裂音を響かせる。

 衝撃により空気が弾け、顔の付近で何かが爆発したかのように101の顔が大きく仰け反る。

 それは――充分すぎる隙だ。

 俺は四本の鋼糸を合わせ、中心部が空洞となった一本の鋼糸を作り上げると、無防備となっている翼の付け根辺りに、深々と差し込む。

 そして、鋼糸の中心部に流し込んでおいた『昏睡薬』を、もう一本の鋼糸で注射の要領で押し込み、直接相手の体内に注入した。


 衝撃で霧散していた意識を取り戻した101がその場で体を回転させ、サウワの槍も俺の鋼糸も吹き飛ばすが、時すでに遅し。

 全身に薬の効果が行き渡ったのだろう、真っ逆さまに地面へと墜落し、ピクリとも動かなくなった。

 人を超えた強さを得たとはいえ、元が人間だったからこそ『昏睡薬』の効き目が抜群だった。これで、ロッディの望みも叶えられた筈だ。彼らを殺さずに倒せたからな。

 この手段がフォールにも通用すればいいのだが、効くかどうかも怪しい。それに飲ませる余裕もおそらくないだろう。


「みんな、ここからが本番だ、生き延びるぞ!」


 そう口にすると、全員が微かに口元を緩ませると大きく頷いた。

 残るは――フォールのみ。


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