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合流

「キミたちは何者かね。この階層に現れるとは優秀な冒険者のようだが、見覚えがないのだけれど。チェック忘れがあるとも思えないのだが」


 フォールが何かを言っているが、どうでもいい。

 彼らは俺の大切な――


「んー。あんたが誰だか知んねえが、俺たちは冒険者じゃないからな。俺たちはそこにいる、土屋さんの大切な――家族だ」


「うん、家族だよ」


 そうだ、贄の島で出会った掛け替えのない家族。


「権蔵、サウワ、ミトコンドリア。どうして、どうやってここに……」


「ふっ、ヒーローが現れるのはピンチだと相場が決まっているだろ」


 袖のないシャツを着こんだ権蔵がニヤリと笑みを浮かべている。ああ、懐かしいな、その少し、いらっとさせるドヤ顔。

 その表情は無視するとして……かなり鍛えていたようだな。

 引き締まった二の腕に薄らと残る傷跡の数々。別れてから一年以上が経つが、あの頃より野性味が増している。


「うっさい。ミトがお兄ちゃんとの接続が切れた、完全に切れた、大ピンチだっ! って騒ぐから、大陸まできたよ」


 胸を張って威張る権蔵の後頭部を即座にはり倒したサウワがにこりと笑い、俺の問いに答える。

 サウワは色々と成長しているな。格好が体に貼り付くような革製の服を着込んでいるので、体型が浮き出ている。

 今が成長期なのだろう。体に女性らしいくびれが現れ、胸部は既に桜を超えている。桜が目を覚ましたらショック受けそうだ……。

 顔も少女の顔から少しだけ大人びている。権蔵と並んでも違和感がないぐらいには。


「びっくりしたんだからね! ミトコンドリアとの接続がなくなって、びっくりして、二人を急かして、島に戻ってきた船の船長に頼んで、びっくりして、大陸まで来たんだから!」


 早口で捲し立てるようにミトコンドリアが説明してくれている。

 ミトコンドリアは縮んだな。本体の木がある場所から動けない筈なのだが、どういうからくりでやってきたのだろうか。

 ミトコンドリアの話から推測するに、船長はあの後、贄の島に寄ったのか。しかし、よくもまた送ることを了承したものだ。生きて帰れたら礼をしないといけないな……じゃない! 今は戦闘中だ。

 彼らとの思わぬ再会に気が抜けていたが、慌てて体勢を整えるとフォールを見据えた。


「土屋さん。あいつらは倒していいのか」


「権蔵、サウワ。かなりの強敵だ。フォールはオークキングを上回る相手だと考えてくれ」


「了解」


「うん、わかった」


「白のタキシードを着ているのはロッディ。迷宮で知り合った仲間だ。ロッディ、この二人とちっこいのは、前に話した贄の島で共に戦った仲間だ」


 二人とは一年以上会っていなかったとはいえ、窮地を共に乗り越えてきた仲間だ、細かい説明なしでも理解をしてくれる。

 権蔵たちとロッディ。共に過ごした時間は同じぐらいなのだが、その親密度にはかなりの開きが生じている。

 ロッディとは信用はしているが、心から信頼するまでには至らなかった。それは、フォールの妹と言う立場を利用する気があったので、俺が必要以上の接触を避けていたからだろう。

 念の為に二人に糸を伸ばし、今までの状況とフォールと三人の注意点を『精神感応』で伝えておく。

 ロッディには贄の島での出来事に関しても話しているので、今の説明で充分伝わった筈。

 他者を巻き込むことは躊躇するが、権蔵とサウワに関してはそんな間柄ではない。彼らとは――桜が聖樹となってから誓ったことがある。


 一つ、困難に遭遇し、この内の誰かが命を落としたとしても決して後悔をしない。


 一つ、桜を元に戻す為に全力を尽くす。


 一つ、家族を助けることを躊躇わない。


 権蔵に言わせると「つまり、俺たち三人の間に遠慮は無用ってこった」とのことらしい。

 二人の実力を把握した上で、まだ圧倒的不利な状態だというのに、この安心感は何なのだろうな。共に過ごした濃密な日々が、経験が、俺の背中を押してくれている。


「あ、お噂はかねがね。権蔵さんとサウワさんですか。こちらの小さい人はミトコンドリアさんですね」


 ロッディが二人と一体の顔を見回し、丁寧に挨拶してくれるのは嬉しいが、状況が状況だからそういうのは後で。


「女の人……桜に密告」


「桜姉さんにちくろうぜ」


 やめなさい、サウワ、権蔵。

 張り詰めていた空気が一瞬にして緩んでしまう。死神の鎌が振り下ろされる寸前だったというのに笑ってしまいそうだよ。

 しかし、あれからフォールが一切手出しをしてこない。見た感じでは、じっとこちらを見据えたまま様子を窺っているようだが。


「どうしたんだ。かかってこないのか?」


「ああ、会話してくれて構わないよ。それぐらいの空気は読める男だからね。積もる話もあるんじゃないのか。こちらは気にしないでくれ」


 さっきまでとは打って変わって上機嫌に見える。

 どういう風の吹き回しだ。何か裏があるのか。


「土屋さん。あいつ結構いい奴じゃないか?」


「話が通じそう」


 この状態だけ見るとそう思えるよな。だが中身は狂人だ。まともな会話が成立するなんて考えるだけ無駄だ。フォール相手の場合は考察するよりも、直接訊いた方が早いか。


「どういうつもりだ?」


「いや、何……僕は嬉しくてね。土屋君という理想的な素体が手に入るだけではなく、新たな素体まで提供してくれるなんて。実験体を吹き飛ばした手際を見る限り、かなりの手練れだろう? そちらの女の子も素質がありそうだ。うんうん、素晴らしい! 今日は何て良い日だ!」


「前言撤回。ありゃ変人だ」


「同じく」


 説明する必要もないようだな。


「じゃあ、二回戦といくか。詳しい話は全てが終わった後で頼むよ。二人とも手伝ってくれるかい?」


「おうさ、任せな」


「ばっちり」


「ミトコンドリアもいるんだからね!」


「私も頑張ります」


「そうだな。三……四人とも頼んだよ。さっさと終わらせて、あれからの島の話でも聞かせてもらおうか!」


 二人があの頃に比べて腕が上がっているのは確かだ。纏う気の質もかなり変わっている。

 ミトコンドリアはコンパクトになってはいるが、ある程度の精霊魔法は扱えるようだ。俺との主従契約により、能力の一端が頭に流れ込んでくる。


「す、すみません、もう一人参加してもいいですか……」


 開けっ放しの扉から体を小さくして覗き込んでいる人物がいる。

 懐かしい面々に驚き動揺していたようだ。こんなに近くに潜んでいた彼女の存在に気づいていなかった。


「ショミミ……どうしてここに。キミの記憶は」


 俺が『同調』を強引に発動させて、俺の記憶を強制的に思い出せなくさせた筈だ。

 彼女の能力では抵抗できない。そう考えていたのだが。


「土屋さん。ショミミがいたからここまでこれたんだぜ。ミトのおかげで土屋さんのいる方角がある程度はわかったけど、細かい位置までは把握できなくてな。大陸に降りてから昆虫人の街に立ち寄って情報収集していたら、バッタ族ってのが土屋さんに助けられたって話を耳にしてな」


 ジョブブとショミミの記憶は捏造したが、他のバッタ族は記憶を保ったままだったな。


「それでね。詳しく話を聞いてみると、ジョブブさんとショミミさんだけ、お兄ちゃんの記憶が無いし、何故かアイテムボックスを所持しているから不審に思ったの」


 権蔵を押しのけサウワが続きを話してくれている。

 後ろで権蔵が不満そうにしながらも、その瞳はフォールに向けられていた。

 フォール側に動きは無い。本当に会話の邪魔をする気が無いようだ。


「それで、お兄ちゃんの贄の島での活躍を話して、バッタ族の人たちも自分たちがどうやって助けられたかを語っている内に……」


「私だけ、全てを思い出しました。兄は何となく懐かしい気持ちにはなるとは言っていましたが、思い出すことは叶いませんでした」


 扉から前へと進み出たショミミ。体の前で合わせた手の指が忙しなく動いている。俺に怒られるのではないかと緊張しているのだろうか。


「逃げろと仰ったのに、戻ってきてしまいました。すみません……でも、私はどうしても、貴方の力になりたいのです!」


 彼女の大きな目に俺の姿が映っている。その真剣な眼差しに俺は否定の言葉を呑み込んだ。


「わかった。ただし、死んでも後悔しないこと。キミを助ける余裕はないからね」


「はい!」


 冷たく突き放したつもりだったのだが、彼女は頬を緩ませ晴れやかな笑みを見せている。


「聞きました権蔵さん。こういうの日本語で何て言うのかしらぁ」


「天然のたらしって言うのよ、サウワちゃん。やーねー」


 近所のおばさん風になじるのをやめろ。俺がいない間に息ぴったりになっているな権蔵とサウワは。それにしても、サウワ……キャラ変わってないか?


「お、そうだ、忘れていた。土屋さんこれ持っておいてくれ」


 権蔵が差し出したのは一本の枝だった。


「これはボクの木の枝だから無くさないでよ!」


 なるほど。本体の枝を切り落として、ミトコンドリアを連れてきたのか。体の一部なので能力も制限されて、こんな小さな姿になっていると。


「土屋が出ていってから、一生懸命頑張って、こうやって移動できるようになったんだからね! えらい? えらい?」


「ああ、お利口さんだ」


 ミトコンドリアの成長があったからこそ、こうやって再び出会えたのだからな。


「んでよ。真面目な話……俺たちが加勢して勝率はどんなもんだと考えているんだ」


「よくて10%ってところかな」


「きっついなそれ。この状況だと土屋さんお得意の罠も仕掛けられないよな」


「お兄ちゃんの主力は罠だもんね」


 二人とも良くご理解していただいている。

 オークキングも尋常ではない相手だったが、あれは罠を張り待ち受けていたから勝てた。あの場でいきなりの戦闘になっていたら間違いなく負けていた。


「周りのやつらも結構なやり手っぽいな」


 フォールだけでも勝ち目が薄いというのに、実験体である彼らも残っている。

 まずは彼らをどうにかしたいところだ。


「土屋さん。兄は私がどうにか時間を稼いでみます。戦って勝つことは無理ですが、時間を稼ぐぐらいなら何とか」


 実力差は圧倒的な開きがある。だが、妹相手にフォールは本気を出すことは無いだろう。さっきの怒りも既に消え失せたようで、今なら会話に持ち込むことも可能か。


「なら……任せた。こっちは出来るだけ早く、彼らとけりをつけて増援に向かうから」


「はい。101、105、108はお任せします。よろしくお願いします!」


 深々と頭を下げるロッディの渦中を思うと、何とも言えない気持ちになる。

 彼女としては殺して欲しくないのだろうが、そんな我儘を言える状況でないことは重々承知している。だから、こうとしか言えないのだろう。


「全力を尽くすよ」


 殺さずに倒すとは言えなかった。実際、そんな余裕があるとは思えない。

 それに、彼は死んで解放されることを望んでいる節がある。生かすか殺すか、どちらの判断が正しいのか、俺には決められない。


「皆、聞いていたな。俺たちはあの白衣の男……フォール以外を相手にする。フォールは妹であるロッディに任せるから。集中していくぞ」


「おうさ」


「了解」


「はい、はーい」


「わかりました」


「兄の事は任せてください」


 全員の返事を聞き、正面からフォールたちを見据える。

 実験体である彼らは魔物へと変貌した状態のまま、荒い呼吸を繰り返し、その目は真っ赤に充血している。理性は戻っていないか。

 フォールは何処からか取り出した椅子に座り、本を読んでいる。余裕だな。

 俺の視線に気づいたようで本を閉じると、椅子と本を近くに現れた闇の渦に放り込んだ。ロッディが使っていた闇属性の魔法と同じ種類か。


「お話はもういいのかい? 次に話す機会は生まれ変わった後になるのだが」


「余計な心配ありがとうよ。だが、あんたを倒せばそんな心配無用だ」


「おー、自信ありげだね。私と実験体の実力を把握しておきながら、その強気。好ましいよ。私に次ぐ最強の生物となるに相応しい」


 そんな未来は来ない、来させるわけにはいかない。

 最高の仲間が合流してくれた。ここで、勝たなければいつ勝てばいいんだ。


「じゃあ、再開しようか!」


 当初の予定通り、実験体である三人には俺たちが突っ込み、少し離れた場所にいるフォールにはロッディが向かっていった。

 ここでロッディが苦戦し、逆境に追い込まれても俺は助けに行く気はない。酷いようだが、彼女に期待しているのは時間稼ぎのみ。

 彼女が倒されるまでに何とかして、この三人を倒さなければ、俺たちに明日は無い。


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