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最後

「ぐああああっ!」


 首のない筋肉のダルマとかした108の無造作な一振り。

 その軌道を読み、地面にめり込ませておいた丸太に糸を張って気を通し、攻撃を防ごうとしたのだが、そこに何もないかのように腕が振るわれる。

 糸が容易く引き千切れ、殆ど速度を落とすことなく俺に迫る剛腕を斧で受け止めた瞬間――景色が猛スピードで流れる。

 くおおおっ、風圧で顔が痛い! 受けとめると同時に踏ん張ることを止め、力に身を任せて吹き飛ばされたのだが、これ何キロ出ているんだ!


 体がゴム風船のように簡単に浮かされ、風の壁を破壊しながら俺は滑空し続けている。

 斧で防いだというのに、その衝撃は俺の体内を駆け巡り、全身の筋繊維が断裂したかのような痛みを訴えかけてくるが、今はそれどころじゃない。

 このまま地面に叩きつけられたら、死にはしなくてもかなりのダメージを受ける。


 痛む体に鞭を打ち、低空飛行状態のまま斧を地面に叩きつけた。

 柄から手を放しているが糸は繋いでいる。

 このまま、急ブレーキを掛けたら糸を巻き付けてある腕が千切れ飛ぶ。糸を調節して徐々に速度を落としていくしかない。

 神経を集中して鋼糸をバネのように変化させ、吹き飛ぶ威力を緩和させる。

ぐっ、少しは速度が落ちている……このままなら、着地しても――


「ギュルウウウアアアアアッ!」


 地面すれすれを飛行中の俺の真横に跳び込んできた黒い影がある。

 奇声を上げ真っ赤に染まった瞳。変貌した101が追い付いてきたのか。

 背中の翼は飾りではないらしく、吹き飛ばされた俺に追いつく速度で飛んできたようだ。

 肘から先が黒い両刃の刃物のように変形していて、その黒光りする刃が俺の首を刎ねようと、振るわれる。


「おいおい、生きて捕獲じゃなかったのかっ!」


 このまま速度を緩める予定を急遽キャンセルをして、その場で急停止をする。

 俺の首を狙っていた刃は動きについてこれず、空振りをした。


「があっ!」


 だが、刃を躱した代償は安くなかった。勢いを殺しきれていない状態での停止。その負担を受け持つ肩が完全に外れた。

 地面に叩きつけられながらも、取り出した傷薬の蓋を歯で開けると、中身を一気に飲み干す。

 痛みと肩への違和感が消える。ほっと安堵のため息の一つでも吐きたいところだが、それを彼らが許してくれない。


「きっきっきききんんんんーーー!」


 わけのわからない雄叫びを上げて迫るのは、筋肉団子と化した108か。

 この二人、身体能力が異常に上昇しているが、意識が吹っ飛んだのか。まともな会話を全くしていないぞ。


「いやあ、その力は我ながら見事だと自画自賛したくなるが、急激な変化による心の制御がまだまだだね。後、数十、数百年努力すれば理性を保てるかもしれないが」


 俺の心を読んだようなタイミングで、フォールの独り語りが聞こえてきた。

 始めの戦闘位置から強制的にかなり移動しているというのに、律儀について来ているな。目障りこの上ない。

 マッチョは筋肉に顔が埋もれ表情を窺い知ることは出来ない。赤髪は目が赤く染まり、何処かやる気が感じられなかった口元からは牙が伸び、唾液が滴っている。

 意識と理性が吹き飛び、獣のようだな。身体能力は数段階跳ね上がっているが、思考力を失ったのであれば対応――

 風の切り裂かれる音を確認するよりも早く、俺は身をかがめ、更にそのまま伸び上がるようにして、後方へ跳んだ。

 俺の頭があった場所を剛腕が通り過ぎ、さっきまでいた地面には三本の抉られた筋が走っている。


 どうやら、二人は考える暇も与えてくれないらしい。

 逃げる最中に地面に仕込んでおいた鋼糸を跳ね上げ、二人の両足を括りつける。気を全力で通したので、これなら少しはもつか。

 ロッディの様子が気になったので、一瞬だけ彼女に目を向けると、ゴスロリの105は宙に浮いていた。

 スカートから伸びる手に黒の粒子が集まったかと思えば、それは球へと変化し、その球を幾つもロッディに投げつけている。

 それを黒鎖で防いでいるロッディ。防戦一方に見えるが、少しまだ余裕があるようだ。攻めあぐねてはいるが、負けそうな雰囲気ではない。


 3秒ほどだろうか。たったそれだけの時間目を離しただけだというのに、二人は鋼糸から逃れこちらへ向かってきている。

 まともな思考力を失っているのだろう。挟み撃ちにする気もないらしく、二人が正面から突っ込んできているな。ならば。

 俺の前方に鋼糸で制作した巨大な網を配置する。これで全身をくるめば、少しは動きを阻害することができるだろう。


「ギュルアアアアアウッ!」


「きんきっきっきぃぃんーーっ!」


 馬鹿げた身体能力で網など破ればいいと考えていたのだろう。全く避けることなく正面からぶつかっていく。

 網に包まれたが気にした様子もなく、筋肉ダルマが網に手を掛けると全力で引き裂こうとする――が、鋼糸の網はびくともしない。

 赤髪も参戦して黒い刃で切りつけるが、網を切り裂くことができずにいる。

 何度も挑戦しているが無駄な足掻きだ。その網には鋼糸に重ねて破魔の糸も縫い込んであるからな。

 破魔の糸はフォールに対する奥の手の一つなので、見せたくはなかったのだが背に腹は代えられない。死んでは元も子もない。

 一応、鋼糸に沿って糸を這わしているので、誤魔化せているとは思うが。

 兎も角、彼らレベルでも破魔の糸が通用することがわかったのは大きい。これならば、何重にも巻きつけられればフォールすら封じることが可能だと思われる。


「はあ、情けない。そんな物すら破けないなんて」


 囁く声が耳元から聞こえ、熱い吐息が首筋を舐め、俺はおぞましさに総毛立った。

 振り向くより先に鋼糸を背後へ回すが、糸から何かに触れた感覚は伝わってこない。


「いきなり攻撃はどうかと思うよ。まあ、背後に立ったことをまず詫びねばならないけどね。しかし、二人のあの姿はどうだい。そんな網ごときに捕らわれるなんて、最高傑作の名が泣くよ」


 振り返ると、額に手を当てて苦悩の表情を浮かべるフォールがいる。

 かなり距離はある。一瞬の内に間合いを詰め、一瞬の内に距離を取ったということか。やる気になればいつでも殺せるということか。


「さあ、二人は封じた。ロッディもそろそろ決着が付きそうだ」


 視界の隅に見えるロッディを確認する。

 黒鎖が105の両腕と胴体に巻き付いている。後は、止めの一撃を加えればロッディの勝ちという状況だ。


「三人とも駄目じゃないか。やっぱり、力だけを振り回していては勝てるものも勝てないね。頭脳は必須と……うんうん。良いデータが取れたよ。じゃあ、ここからは本気の捕獲作業に移るとしよう」


 フォールが何度も頷くと、すっと右腕を上げ、人差し指と親指を重ね合わせ、ぱちんと指を鳴らした。

 その瞬間、鋼糸の網の中にいた二人の姿が消える。


「えっ」


 思わず間抜けな声が漏れてしまう。

 網が破られた様子はない。だというのに、二人が消えた。どういうことだ。


「はい、収集完了。今度は僕も参加して、二人を捕まえさせてもらうよ」


 そう言って無邪気に笑うフォールの両隣には、101、105、108の姿があった。


「言ってなかったけど、この三人は僕が魔法を発動させると、問答無用で召喚できるから。動きを束縛したところで無意味だよ」


「すみません、逃げられました!」


 俺の隣までやってきたロッディが平謝りしているが、それに応える余裕もない。

 彼らを止めるには再起不能にするしかないということか。

 そして、それだけではなく最大の難関、フォールの戦闘参加表明。

 今ですら、101たちに翻弄されているというのに、ここでの参戦は絶体絶命なんて生温い言葉では表現できない。

 この状況を覆すことは……不可能。


 絶望の二文字が頭を過ぎる。


「まさに万策が尽きたというところかな。いやいや、二人ともよくやったよ。ここまで抵抗したのだから、そこは残念がらずに誇っていい。大いに誇るべきところだ!」


 勝ちを確信しているのだろう。圧倒的強者が余裕を見せて相手を見下す。そんな笑みだ。


 だが俺は――


「まだ諦める気はない」


 足掻く――


「勝ち目はないのだよ。それぐらいは理解できるだろう」


「普通はな」


 生き延びる――


「泥をすすっても、五体が引き裂かれようとも、生きてみせる」


 もう一度、桜に会う――


「立派だねぇ。でもね、土屋君。人は想いだけでどうにもならないのだよ。現実が求める物は力だっ!」


 フォールが叫ぶ。

 それだけで、俺は宙を舞い地面を何度も転がり続ける。

 このまま距離を取ればいいと、抵抗もせずにいた俺の体が唐突に止まった。


「がはっ! ごほごほっ」


 背中に強い衝撃を受け、咳き込み、頭がぼやける。

 敵が回り込んだのかと思ったのだが、そこは扉だった。

 入り口から正反対の場所にある扉。それがこんな近くに……必死で気づいてなかったが、戦いながらこんな場所にまで移動していたのか。

 駄目だとはわかっているが扉に触れてみる。びくともしない。


「土屋さん!」


 駆け込んできたロッディから事前に渡していた傷薬の一つを、口に流し込まれる。

 痛みが消え、意識もハッキリとしてきたが……足掻く時間が少し増えたに過ぎないのか。


「意気込みは立派なのだけど、もう諦めないかい。少々見苦しいよ」


「兄さん。それは違う。兄さんは逆境に負けない土屋さんが羨ましいだけ! 負の感情に負けて見失った自分と照らし合わせて、困惑しているのよ!」


「だ、黙れ……妹であろうとその暴言は許さんぞっ! もういい、お前ら手加減なしだ。生きてさえいればいい。手足の一、二本千切っても構わん!」


 そう命令された101たちが、一歩一歩こちらに歩を進める。

 傷薬のおかげでまだ動ける。俺を庇うようにして構えていたロッディの肩に手を置き、横に並ぶ。

 ここが正念場だ。死の一歩手前と表現した方が正しいか。

 いくしか、やるしかない。できる、できないではない……やるんだ。

 三人が姿勢を低くした、あれは跳び込もうとする前の動作。フォールは怒りを鎮めようとしているようで、こちらを睨みつけてはいるが動く気はない。


 相手が腕をご所望なら、命令に従順な彼らはそこを狙ってくるだろう。ならば、腕一本犠牲にして一人だけでも、何とか葬る。

 瞬きすらせずに三人の動きを凝視していた。全身に力が漲っている、くるっ!

 姿がぶれ、一瞬にして間合いが縮まるが俺はそれを予期していたので、相手が腕を狙うように左腕を突き出し、そこに襲い掛かる敵を頭で描き、右手に握りしめたミスリルの鎌を振り上げようとした――が、その腕は上がらなかった。


「何っ!?」


 視線を腕に落とすと右腕を地面から伸びた黒い手が掴んでいる。

 どういう、こと、はっ、フォールか!?

 フォールに目を向けるとニヤリと口元を歪め、嘲るように笑うやつと目が合った。

 もう、間に合わない――

 俺は左腕に喰らいつこうとする赤髪の咢を眺めながら――


「ゴヒュギャッ!」


 硬い物同士がぶつかった激突音が響いたかと思うと、赤髪と筋肉ダルマとゴスロリが、体をくの字に折り曲げ後方へと吹き飛んでいる姿が目に映った。


「お、これって絶体絶命のピンチに現れたヒーローっぽくないか! さすが、俺! 完璧な登場シーンだな!」


 この声は……いや、あり得ない。彼がここにいるわけがない。


「うるさい。寝言が言えるように、ここで昏倒させる」


 特定の人物に対してだけ口が悪い少女の声がする。

 何度も聞き慣れた、この二人のやり取り……聞き間違えようがない……。


「土屋ー! 寂しかったよーーーっ!」


 俺の首筋に飛び付いてきたのは手の平サイズの緑色をした人型。こんなには小さくなかったがその姿形に見覚えがあり過ぎる。


「何で、皆が……」


 俺が振り返った先には忘れようもない、懐かしい面々。権蔵、サウワ、小さくなったミトコンドリアの姿があった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] フォールを倒すため仲間と別れてダンジョンにもぐって負けそうなときに、別れた仲間たちが強くなってダンジョンの扉を開け主人公を助ける展開が素晴らしいです。
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