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魔族の娘

「あの、体に痛いところとかありませんか?」


「ああ、大丈夫みたいだ」


 気絶させられた後に何かしらの薬物を投与されたのかもしれないが、破魔の糸を体内に仕込んでいたお蔭で、全く影響を受けていないようだ。

 全身に裂傷の跡や薄ら痣があり、節々が少し痛むが騒ぐほどの違和感はない。


「え、ええと、取り敢えず何か身に纏ってもらえませんか」


 ロッディと名乗った女性が顔を手で覆いながら、恥ずかしそうにそう口にした。

 閉じられている筈の指の間が少し開いていて、そこから瞳が覗いているのは突っ込んだら負けなのだろうか。

 フォールが指示していた通りに実験体の三人組は実行したらしく、俺は一糸纏わぬ全裸状態だ。

 武器や衣類は兎も角、アイテムボックスが無いのが痛い。


 部屋を見回してみるが、俺の衣類やアイテムボックスは何処にもない。ガラスを隔てた向こうにはファンシーな家具が揃っているが、こっちにはパイプベッドと白い妙な光沢のある毛布らしき物体。あとは部屋の隅にあるつい立てで囲まれた空間はおそらくトイレだろう。

 この毛布が編み込まれた物であれば糸を取り出すことも可能なのだが、一枚の皮らしく『糸使い』は発動できなかった。

 取り敢えず、この毛布を腰に巻いておこう。


「お粗末なものを、お見せしました」


「み、見ていませんから、大丈夫ですよ!」


 いや、視線が完全にこっちに向いていたよな。

 まあ、今はそんなことどうでもいいか。聞き出すべきことは他に幾らでもある。


「ええと、現状の確認がしたいから、質問してもいいかな」


「はい、どうぞ。わかることなら何でも答えますよ」


 ニコニコと無邪気に笑っている彼女に裏は無いように思えるが、見た目と内面が異なるのはいい加減学んでいる。

 全てを信じるわけにはいかないが、情報は収集しておくに越したことは無い。


「まずは貴方が何者であるか、教えてもらっていいですか」


 部屋を見る限り恵まれているように見える。数多くのヌイグルミもそうだが、部屋にある家具はどれもデザインが凝っていて高価なようだ。

 こっちの殺風景すぎる部屋とは雲泥の差がある。重要人物なのだろうか。


「もう一度名乗っておきますね。私の名はロッディ。この研究所の職員の一人でした……そして、所長であるフォールの妹です」


 妹ときたか。

 なるほど、この環境にも納得がいく。


「私もこの研究所で多くの実験を繰り返していた一員でした。初めは兄に言われるがまま、実験の手伝いをしていたのです。それが何であるかも知らないままに……ですが、だからといって罪から逃れられるわけでもありません。私の論文や研究が実験体に影響を与えたのは間違いないのですから」


 言っていることを信じるのなら、彼女は実験の内容を知らぬまま兄の手伝いをしていたということか。


「私は全てを知り、兄に詰め寄ったのですが、兄はいつものように優しい笑顔で私を諭すと、この部屋に監禁しました。その日以来、私はこの部屋から出されることなく今もこうしています」


「それはどれぐらいの日数を?」


「一年ぐらいは数えていたのですが、もう何年なのか見当もつきません。50年なのか、100年なのか、それ以上なのか……」


「なっ!?」


 想像と桁が違い過ぎて思わず声が漏れた。気の遠くなるような話だ。

 見た目は多く見積もっても20前後だ。歳を取らないということは彼女も魔族。兄のフォールが魔族なのだから当たり前か。


「逃げようとは思わなかったのかい」


「何度も思いました。腕力はさほどありませんが、闇属性魔法が得意な方なので扱えるなら逃げ出す自信もあります。ですが、この部屋は魔法を封じる細工が施されていて、全く魔法を発動できないのです。それに扉は外からしか開くことができませんし、部屋の前には兄に忠実な実験体が見張りについています」


 この部屋は魔法を封じる仕組みになっているのか。

 俺の能力は『使い系』なのでその影響を受けていないと……魔法使いなら詰んでいた状況。

 糸使いを問題なく発動できているのは、破魔の糸を体内から抜き出した時に確認済みだ。


「この研究所の目的を聞いてもいいかな」


 質問を口にしながら、俺は部屋の壁沿いを歩き部屋の確認をする。


「ここは古代人が強大な力を手に入れる為に、罪なき人々を素体として実験を繰り返した施設です。何十万もの人々が犠牲になっていると、兄が自慢げに話していました……」


 そう言って目を伏せたロッディの仕草が演技だとは思えない。

 ……それでも警戒は解かずに、疑いの目を向けているが。


「魔族へと成る実験に成功した後に、多くの古代人がここで魔族と化し、世界中へと旅立ちました。だが兄は魔族の力だけでは飽き足らず、更なる力を求めたのです。闇を吸収するシステムを編み出し、その身に膨大な闇の力を流し込み……変貌してしまいました。昔は古代人に虐げられている弱者を想う、とても優しい兄でした」


 闇の魔力の源は負の感情だと聞いた。力を得る為に魔力を吸収すると同時に、何十、何百、何万もの負の感情が押し寄せ、フォールは気が触れたということか。

 当たり前だよな。直接、何万もの人の醜い感情やネガティブな意思が流れ込んで来たら、正気でいられる方が不思議だ。

 フォールやロッディの成り立ちは理解した。色々思うところもあるが、結果だけを見るなら狂ったフォールが暴走しているということになる。

 崇高な目的があったらしいが、こうなると迷惑なだけだ。


 人は過程も大切だが、最も重要なのは結果だ。どれだけ苦労しようと努力しようと、結果が全て。大切に思う人を助けられなかったのだから。

 それを考えるとフォールは道を踏み外したのではなく、始めから道を誤っていたのだろう……俺と同じように。

 話を聞きながら壁を弄っているが、材質は鉄製だろうか。軽く叩いてみるが結構な硬度がある。壁もかなり分厚いようだな。


「この研究所は迷宮の下にあるみたいだけど、迷宮の最下層に研究所を作ったってことなのかな」


「それは違います。迷宮も含めて巨大な実験場であり研究室の一部なのです。古代人が生み出した実験体を各層に配置して、その実験結果を得る。そのデータを元に新たな実験の糧とする。昔から迷宮として人々に開放しながら、使えそうな素体を集め、実験データを収集していました。それが、この迷宮の成り立ちです」


 だいたいは予想通りか。

 他に何か聞くべきことはあったかな。こっちと向こうを隔てているガラスの壁を叩いてみたが、分厚さがあまりないような。

 でも、強化ガラスか何かなのだろう。簡単に割れる材質でフォールが製造するとは思えない。


「迷宮は何階層になっているのかな」


「80階層です。階層の大きさは真上にある街とほぼ同じぐらいだと思います」


 かなり大きいな。そりゃ一階層の攻略に何日もかかるわけだ。

 それだけの規模があって、入り組んだ地形で尚且つ罠もあれば、一階層攻略に三日でも早いほうかもしれない。


「ここから逃げ出したとして、地上まで戻る場合は扉に触れたら帰れるのだろうか? 現に5階層からそうやって地上に戻ったのだが」


「それは、難しいと思います。30階層まではそのような仕様にしているのですが、31階層からは戻ることが一切できない仕様になっています。そこまで降りたら最後、地上に戻る術はありません」


 まあ、そんなに上手くはいかないよな。わかっていたんだが、一応聞いておかないと。


「それにこの部屋から抜け出すことは不可能です。このガラスも壁も天井も床も全て魔力が付与されて、普通の鉄とは比べ物にならない強度です」


「つまり……魔力の補強がなければ一般的な素材と変わりない?」


「部屋の材質はそれなりの強度がありますが、このガラスはそうかもしれません」


 質問の意図がつかめないのだろう。ロッディは小首を傾げている。

 その疑問に答えることなく軽く腕を振るうと、俺と彼女を隔てていたガラスに幾重にも線が走り、いとも容易くガラスが切り刻まれた。

 無駄に小さく細断されたガラスの破片が天井の光を反射して、きらきらと輝きながら地面へと降り注ぐ。

 その光の向こうには驚いた表情で硬直しているロッディの姿がある。


「え、いや、え、なんで、鋼鉄よりも硬いガラスが……」


 壁や床、そして天井は元々の強度と厚みがあるのでどうしようもないが、魔力で強化されただけのガラスなら『破魔の糸』の魔力を遮断する効果により強度を無効化できる。

 あとは糸に気を通して操れば、ガラス程度ならご覧の通りだ。


「俺は逃げ出すけど、ロッディ……キミはどうする?」


 大きく見開かれた目には何の感情も見受けられなかったが、一度瞼を閉じ、大きく息を吐き、再び現れた瞳には強い意思の光が宿っていた。


「私も連れて行ってください! この部屋から出れば魔法も使える様になる筈です。決して足手まといにはなりません! 私は兄を止めたいのです! ええと、それに私は、この研究所の見取り図を完全に把握しています」


 それが本当なら、彼女は利用価値がある。

 これだけ丁重に扱われていたのだ、いざという時は人質に取ればフォールも迂闊な真似はできないのではないだろうか。

 今回は仲間を得るのではない。生還する為の同行者を得た……そう割り切ろう。生き延びる為に利用できる者は何でも利用する。

 足枷にしかならない絆はもう必要ない。


「あっ、でもどうやってこの部屋から……ガラスと同じように扉も切り裂けるのでしょうかっ」


 そんな期待に満ちた目で見られても正直困る。

 一応、試しては見るが――

 風を切る音と同時に扉に火花が散るが、薄らと傷が入った程度だ。

 ほら無理だった。ロッディが露骨に残念そうな顔をしているな。


「扉は無理だけど、こういった密室から抜け出すには定番の抜け道が存在するものだよ」


 そう言って見上げた先にあるのは、格子状の蓋が被せてある通気口の入り口だった。

 その大きさは大人一人が通るには問題なさそうだ。蓋の四隅にはボルトのような物があるのも確認済み。

 ここは天井が高いので本来なら飛び跳ねようが届く距離ではない。

 だが俺にはこの糸がある。食道から小腸まで流し込んでおいた破魔の糸は10メートル近い長さ。

 人間の腸はかなり長いので一本流し込んでいただけで、これだけの長さを確保できた。

 糸を天井に伸ばしボルトに絡ませる。ここでボルトが外れなかったらかなり恥ずかしいことになるが……緩められるな。

 さあ、ここからは脱出ゲームの始まりのようだ。


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