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決断

 辿り着くと同時に『偽装』『隠蔽』『気』を発動させて入り口から忍び込む。

 本来なら慎重に事を運ぶべきなのだが、ここは時間との勝負だ。危険を覚悟の上で突っ込んでいく。

 入り口に見張りの一人もいなかったが、異様に長い通路にも誰もいない。

 町長がいるというのに無防備すぎる。権力者がいるというのに見張りの一人もいないというのは不自然だ。

 リンオミの目を間借りしていた時は入り口にも、部屋の前にも屈強な見張りが立っていたのだが、あいつらは帰ったのか。となると、考えられることは……。

俺は足音を忍ばせることもやめて一気に廊下を走り抜けた。

 そして、オールたちが会食をしていた広間へ繋がる扉を開け放つ。


「おっ、何で土屋がここにいるんだ?」


「どうした、血相を変えて」


 逆毛とベルミケがほぼ同時に疑問を口にしている。ドルニとファミファミは口にはしていないが、少し驚いた表情をしている。

 今は返事をする間も惜しい。室内の隅から隅まで視線を走らすが、オールの姿は何処にもない。


「町長は何処に行った?」


「え、あ、いきなりなんだ」


「済まないが急いでいるんだ! 町長は!?」


 質問する者の態度ではないが、ここは時間との勝負だ。


「理由は……後で良いか。町長は少し前にここから出ていったよ。急用ができたらしくてな。私たちにはそのまま朝まで貸切りになっているので好きにし――」


 ベルミケの返答を最後まで聞くことは無く、俺はその部屋にあるもう一つの扉を開く。

 そこは飾り気のない簡素な廊下で、左右と正面に扉がある。何やら音が漏れてくる右手の扉を開けると、そこは厨房だった。

 ぎょっとした顔の料理人の姿が数名見える。当たり前だが、この中に町長はいない。

 扉を閉め、反対側の扉も開くが、そこは従業員の休憩室らしく、雑談する店員らしき男女がいるだけだった。

 相手が何か口にする前に奥の扉へと向かう。その扉だけは半開きの状態で、俺は扉を蹴り飛ばす。

 その扉は外に繋がっている勝手口だったらしく、左右に伸びる裏路地がそこにあるだけだ。糸を伸ばし、建物の屋根に移り周囲を見回すが町長らしき姿は見当たらない。


「遅かったか……」


 俺が戻ってくるのも考慮済みで姿を消したのかどうかは知る術はない。

 ただ、もし把握済みの行動なら追うのは危険すぎる。自分の都合のいいフィールドに誘い込まれる可能性だってあるのだから。

 今できる最善の策は何だ。いや、最善ではない、最悪にならない道はどれだ。

 捕まった村人を見捨てれば何も問題は無いのは、わかりきっている。

 だが、見捨てることができるぐらいなら、こんなにも必死になって探しはしない。


 探すにしても可能性として一番ありうるのは、罪を犯した者を集めている刑務所のような場所だろう。もしくは、地下の迷宮へ直接送られているか。

 扉への転移装置があるぐらいだ、実験体を収納している施設へ直通の装置があっても何らおかしくはない。


「今は無理か」


 走っている間に頭が少し冷えたようだ。今なら感情的にならずに、物事を考えられる。

 苦渋の決断だが、今はそれよりも優先する人たちがいる――ジョブブとショミミだ。村人たちは共に逃避行した仲ではあるが、二人に比べたら優先順位はかなり下がる。

 彼らの周辺に張った糸に変化はないとはいえ、この後も手を出してこないという保証はない。


「一旦、戻ろう」


 今は二人に薬を盛って熟睡させたことが裏目に出ている。

 無防備な彼らを放置しておくわけにもいかない。これ以上後手に回らないように、警戒するに越したことは無い。

 今後どうするかも、部屋に着いてから考えればいい。今は余計な事を考えずに戻ろう。





 自分の部屋の窓から滑り込む。室内に荒らされた形跡はない。

 俺の部屋中と二人の部屋に無断で仕掛けておいた糸には誰も触れていない。二人の気配も存在している。念の為に糸で二人の体を探るが、特におかしな点もないようだ。

 気を抜くのはまだ早い。更に俺たちの居る二階の廊下中に糸を這わせておく。一応、宿屋の入り口や階段にも糸を伸ばし、誰かが触れる度に確認をしておこう。

 ここまでして、ようやく人心地つける。

 窓際から離れ、壁に背を預けると床に直接座り込む。

 心にほんの少しできた余裕に不安が潜り込もうとしてくる。


 村人たちを助け出すのは可能なのか……。

 それどころか、居場所は何処なのか……。


 全て町長が仕組んだことだとしたら、待つのは危険の二文字。そんなことにジョブブ、ショミミを巻き込んでいいのか?

 事情を話せば、二人は迷うことなく俺と行動を共にするだろう。

 だが、二人の実力は俺より劣る。能力が拮抗している相手や、俺以上の能力を持つ相手に対した場合、二人は役に立たないどころか足手まといになる可能性が高い。


 なら、ここで二人と別れてセグバクトインに戻ってもらう方がいい。

 俺と親しくなる者は皆不幸になっていく。

 もう、これは偶然と呼んではいけない。

 偶然だとしても、ここまで重なればそれは必然だ。

 俺は――誰とも深くかかわってはいけなかった。苦難の道へ自ら足を踏み入れておきながら、甘い考えでバッタ族や村人を救ってきた。

 見捨てることができないのであれば、救った後は金でも渡して、それこそ蟷螂団に護衛でも頼めば済んだ話。わざわざ俺が同行する必要は無かった。


 彼らの今後が心配だと自分に言い聞かせていたが、本当は違う。俺は感謝してもらうことに心のどこかで快感を覚えていたのだろう。自覚しないままに。

 持ち上げられる快感に酔っていた。感謝されて嬉しいのは当たり前のこと。俺は助けた人を見守ると称して、結局、物語の主人公気分を味わいたかっただけだ。

 甘い考えは捨てた筈が、この大陸に来てから俺はまた同じ過ちを繰り返している。

 もうやめだ……一人で良い。違う、独りでいるべきだ。

 そう決意した俺は、一睡もできぬまま朝を迎えた。





 朝日の眩しさに目を細めながら、俺たちはエクスペリメント外壁を抜け、足早に進んでいる。


「今日は早朝から少し離れた森で討伐依頼をこなすのですよね」


「ああ、そうなっている」


 ショミミの眩しい笑顔に、嘘をついた心が少し痛む。


「昨日は爆睡したからな。早朝でも元気爆発だぜ」


 二人は昏睡薬で深い眠りに入り、疲れも吹き飛んだようだ。

 まだ日が昇る前に薬の切れる時間となった二人を起こし、俺は町から少し離れた場所の魔物を退治する依頼を受けたと説明して、二人を引っ張り出した。

 この町を出る際に足止めされるかと警戒していたのだが、衛兵はあっさりと俺たちを通した。連絡が行き届いていなかったのか、俺が村人を見捨てないと高を括っているのか……それとも、逃がさない自信があるのか。

 どちらにしろ、町から離れられる内に少しでも距離をとっておこう。


「土屋さん、どうしたのですか。少し顔色が悪いようですが」


「何か朝から難しい顔してるぞ」


 感情は押し殺していたつもりだが、表情に出ていたか。『偽装』を発動させて平然とした顔を作っておくべきだったな。


「二人に真剣な話がある、聞いてくれるか」


 そう切り出すと、二人は顔を見合わせると黙って頷いた。俺の雰囲気が冗談や口を挟むことを拒んでいたのかもしれない。

 ここで、大事な部分を隠して説明しても二人は納得しないだろう。全てを明らかにしたうえで、彼らには引いてもらう。

 俺は包み隠さず、迷宮と町の秘密と、そこから俺が導き出した答えを全て二人に話す。

 時折、神妙な顔で頷き、目を見開いて驚き、ショミミは思わず漏れた声に口元を押さえながらも、黙って最後まで説明に聞き入っていた。


「そこで、二人に頼みたいことがある。二人はこの町から離れて、セグバクトインに戻り暮らしてくれ。そして、二度と俺と関わらないで欲しい」


 苦渋の決断を口にしたのだが二人は驚かず、兄妹で視線を交わすと言葉にせずとも伝わったらしく、小さく頷くとジョブブが口を開いた。


「土屋、俺たちの身を心配してそう言ってくれているのはわかっている。でもな、俺たちは何があろうと、例え死んだとしてもお前を恨まない」


「もし、私たちが捕まり実験体にされたとしても、それは自分の責任です。土屋さんが気にすることではありません」


 そう答えるよな。わかっていたよ。二人なら死を覚悟しても俺についてくると言うことは。でもね、キミたちがそれで良くても、俺が耐えられないんだよ。

 もう、親しい人が不幸になるのは見たくないんだ。


「違うよ。俺は一人ならどうとでもなると言っている。正直に言って、Bランクの彼らとまともに戦うこともできなかったキミたちが居ても、足手まといになることはあっても、役に立つことは無い。ハッキリ言って邪魔なんだよ」


 感情を押し殺して、言い切る。

 これは二人を気遣って突き放すような事を口にしたというのも事実ではあるが、足手まといになり兼ねないというのも、本音だ。

 ジョブブはその言葉に衝撃を受けたようで、小さく呻き声を漏らすと寂しそうに俺を見つめている。

 すまない、ジョブブ。

 隣のショミミに目を向けると彼女は――大きな目に涙を浮かべながらも、俺から視線を逸らさずキュッと口を噤んでいる。

 その姿に心が締め付けられるが、ここで甘い言葉を掛けてはいけない。二人の身を案じるなら突き放す場面だ。


「もう、迷惑なんだ。気持ちは嬉しいが、実力が伴っていない。どうしても力になりたいのなら、セグバクトインで鍛えなおしてからにしてくれ」


 これで止めが刺せただろう。彼らの生存と俺が嫌われること。この二つを天秤にかけるまでもない。これでいい、これでいいんだ。


「い、嫌です! 私はずっと、土屋さんといたいんです! 邪魔だと思ったらその場で切り捨ててください! 敵に捕らわれて土屋さんの足を引っ張るぐらいなら、私はその場で自害します! だから、連れて行ってください!」


 ボロボロと大粒の涙を零しながら、嗚咽交じりにショミミが訴えてくる。

 どうして、どうして、そこまでして俺に構う。俺に恋心を抱いているのは確かなのだろうが、そこまでする必要はない筈だ。

 彼女がいて付き合うことは無いと断言した相手に、何でそこまで献身的な態度が取れる。


「ショミミ……キミはどうし――」


「あれー、二人を逃がすのは勘弁してもらえないかな。二人とも優秀な素体になってくれそうだからね」


 俺の言葉を遮ったのは、軽い口調の男の声だった。


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