表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/139

能力戦

「私は実力のわからぬ相手に小手調べは致しません。全力でいかせてもらいます。様子を窺おう等と考えているのであれば、痛い目を見ますよ」


 仲間相手には手を抜いていたというのに、本気スイッチが入ったらこうなるのか。

 こういう場面で20%の力で相手するよ。というのは死亡フラグなのだが、流石に全力を出すのは躊躇われるな。

 聖職者がメイスをゆっくり振り上げている。動きが鈍重で隙だらけだが、誘っているのか?

 攻撃が届く間合いではないが、何か企んでいる可能性はある。だが、ここはあえて跳び込む選択肢を選ばせてもらう。


 斧を肩に担いだ状態で一気に間合いを詰め、相手が振り上げきるより早く懐に飛び込み、斧を素早く振り下ろそうとしたところで斧の軌道を変え、横合いから跳び込んできた盾に叩きつけた。

 鈍い音と痺れる感覚が手の平に伝わる。俺は上空から降ってくる風を切る音が何であるかを確認することなく、即座に後方へ跳び退く。


「ふむふむ、良い動きです。レベルが三桁直前だというのにレベル30程度の身体能力だと聞いていたのですが。噂とは当てになりませんね」


 感心してくれるのは嬉しいが、こういう場面で話すときは普通手を止めるよな!

 メイスの振り下ろしを躱すと、間髪入れず横合いから盾で殴りかかってくる。どうやら、盾は防御のみでなく攻撃にも利用する戦闘スタイルのようだ。

 俺より少し身長が高く、腕も長いようだ。斧の方がリーチはあるというのに、攻撃の間合いはさほど変わりがない。


「聖職者なのに見事な戦闘術ですねっ!」


「我が教団では、身を守る術を学ばされますから! 皆、この程度は戦えますよっ」


 メイスのスイング速度が徐々に上がってきているな。完全に避けきっているのに、風圧で髪がなびいている。

 時折、フェイントも織り交ぜてくる厭らしさ。剣と違いメイスは、斧で受け止めても衝撃が伝わってくるので、弾くよりも躱すことに集中している。

 武器に重量があるので切り返しといった動作ができず、攻撃後に隙が生じているのだが、攻撃的な盾が割り込んで邪魔してくる。

 ちょくちょく攻撃を差し込んでいるのだが、盾で受け流すか止められてしまう。


「さて、まだ実力を隠しておくつもりでしょうか。ならば……死んでも怨まぬようにお願いします。その場合、成仏させるのみですが。『全身強化』」


 補助魔法か。リファーカがジョブブたちに掛けていた魔法。

 かなり身体能力が上がるということか。


「天国へ導いて差し上げますよっ」


 聖職者らしくありながら、意味合い的には間違っている言葉を吐く。

 さっきまでとは比べ物にならない速度で鉄塊が唸りを上げ、俺に迫る。

 斧の刃がメイスの先端に激突して、大きく吹き飛ばされる斧。

 地面を斧が滑り、見学モードのベルミケたちの足元で動きとめる。


「凄まじい威力だな」


「やれたと思ったのですが、凌ぎますか」


 あ、口角が更につり上がった。口が半開きになり剥き出しになった白い歯が見える。笑顔が狂気の沙汰だな。子供が見たら号泣するぞ。


 さて、手持ちの武器はなくなった。アイテムボックスには山ほど武器がある。ミスリル製農具もあるので、幾らでも予備はあるのだが……彼らの前でアイテムボックスから取り出すところを見せるわけにもいかない。


「これは、困ったな」


「涼しげな顔で攻撃を避けながら言っても、説得力がありませんがっ」


 威力は大したものだが、目で追える程度の速度なら避けるのに支障はない。フェイントが厄介ではあるが、ほぼ毎日、権蔵と手合せしていた日々は伊達じゃない。

 居合なんて全く見えないレベルだったからな。一対一で相手に集中できる状況なら、この程度の攻撃は脅威にならない。

 ただ、攻め手がない。懐にホルスターに収納した拳銃があるが、これもあまり人目に晒さない方がいいだろう。

 冒険者カードに記載されているギフトなら、見せても問題が無いか。いずれ、広まるだろうし。

 公開しているギフトは次の7つ。


『消費軽減』『気』『糸使い』『斧術』『隠蔽』『木工』『夜目』


 木工、夜目はこの戦闘で使いようがない。

 消費軽減、斧術、気は現在進行形で使用中だ。

 となると、隠蔽もこの状況で発動させても効果は激減。

 残りはまだ彼らには見せていない『糸使い』を利用するか。だが、強い能力だというイメージは持たれないようにしないとな。

 俺は斧を片手に持ち替え左手を空け、左手の指から糸を伸ばしていく。

 人差し指、中指、薬指から伸びた白い糸は、聖職者の両手首と胴体を狙い進んでいった。


「なっ、糸!?」


 驚愕しながらもメイスで一本を弾き、もう一本も盾のスイングにより巻き起こされた風により流される。

 最後の一本だけが相手の胴へと巻き付くことに成功。


「それで、これからどうするのですか。こんな細い糸が巻き付いたところで痛くも痒くもないのですが」


 巻き付いた糸を摘みながら、少し戸惑った笑顔が俺に向けられる。

 気を通して強化しているとはいえ、相手の実力なら引き千切ることは容易だろう。元が唯の糸だからな。


「ところで、ええと……失礼ですがお名前を伺っていませんでした。教えてもらっても大丈夫でしょうか?」


「そう言えば、名乗っていませんでしたね。失礼しました。ドルニと申します、以後お見知りおきを」


「では、ドルニさんは恋人や奥さんいますか?」


「いえ、おりません。生涯独身を貫いております。私は不浄なる者との戦いと信仰にこの身を捧げると誓いましたからね」


 『同調』が効いているので、質問に素直に答えてくれている。いや、この人なら発動させてなくても、笑顔で答えてくれそうだな。


「あいつら戦闘中に何やってんだ……」


「お見合いみたい……」


「二人とも余裕があるわね」


 ドルニの仲間でもある観客の三名が、半ばあきれたように小声で会話をしている。

 確かに戦闘中にする、問答じゃないよな。


「それがどうしたのですか?」


「いえ、じゃあ……女性に対して免疫なさそうだなと」


 そこで俺は『精神感応』を発動させる。この大陸で相手の考えを読むのは、闇に侵食される可能性があるので自重しているが、送り込むことは問題が無い。

 『精神感応』を上げることにより追加された新たな能力――脳内に思い描いた映像を鮮明に相手に伝える力!


「へっ……な、なんと、は、は、は、破廉恥な! いけません、女性がそんなことをしては! そ、そこは排泄物を出すあ……ひいいいっ」


 権蔵のスマホに残っていたアダルトな映像を、知力ステータスの高さにより完全に記憶して、見た映像と全く同じ内容をドルニに放映している。

 権蔵はかなりの量のアダルトな作品を保存していて、それも性行為をしている場面だけ編集してまとめていた。ちなみにジャンル分けも完璧。

 その中から、特に強烈な物をチョイスしている。日本人のエロにかける情熱は尋常じゃない。そういった情報が乏しい世界の住人に、この映像の衝撃度は計り知れない。

 奇声を上げながら武器も盾も放り出し、目を閉じて蹲るドルニ。


「神よ! 私はこんなものに屈し……な、その得体の知れない道具をどうするのですか……おおおおおっ」


 口からは懺悔の言葉と、悲鳴のようなものが交互に発せられている。


「ドルニどうしちまったんだ!? 急に身悶えして喚き出しているが」


「たぶん……幻覚の一種を見せられている」


「嘘っ、ドルニは精神抵抗力が異様に高かったわよね。魔物の幻覚で全滅しかけた時も、唯一耐えたドルニが、あの動じることのないドルニが、あんなに苦しそうに……苦しそう……何か、少し、口元ニヤついてない?」


 流れについていけていない、この場にいる人々。彼らからしたら、意味不明な光景だろう。


「ドルニさん、負けを認めてくれますか。そうしたら、それを消してあげますよ」


「な、なんと、これは幻覚の一種なのですか。こ、これ以上、不浄なものを見続けるわけには。神への想いが揺らいでしまいかねません。もちろん、負けをみ、おおおおっ、こ、こんなことが。い、いや、もちろん……そんな激しく攻めては……負け、負けを……認めたら、これが見られなくなるので?」


 あ、ああ、そういうことか。

 元からむっつりだったのか、これが切っ掛けで目覚めてしまったのかは定かではないが、続きが見たいと暗に言っている。

 ならば、こう答えるのが男としての優しさだろう。


「負けを認めてもらえるのであれば、後程、夜にでも再びお見せしますよ」


「そうですか……うおおおおっ、これ以上、おぞましい幻覚を見せられては精神がモチマセン。マイリマシタ」


 芝居下手だなドルニさん。後半、棒読みにも程がある。

 取り敢えず、精神感応によるアダルト放映会は切っておいた。


「さて、どうしましょうか。皆さんも戦っていただけるなら、お相手を願いたいのですが」


 三人が顔を見合わせて、小声で相談している。

 もめているようなので、体がなまらないように柔軟体操をして待っておく。

 どうするか悩んでいるようだな。そういや、皆の様子は。

 後方に振り返ると、倒された仲間たちはリファーカが介抱していて、全員の傷も癒え、意識もしっかりしているようだ。


「あー、すまん、待たせちまったな。俺とベルミケは辞退するぜ」


「ドルニが耐えられなかった幻覚を防ぐ自信が無いし、そんなの受けたくもないからね。ただ、この子――ファミファミは戦いたいんだって」


 ベルミケに促されて、女魔法使いが一歩前に進み出る。

 ファミファミという名前なのか。可愛らしい名前だな。


「幻覚魔法……興味がある……魔法使いとして戦ってみたい」


 感情の起伏がない話し方だが、爛々と輝く瞳が口に代わって雄弁に語っている。

 本当は幻覚魔法ではないのだが、唯一実力を見せていないファミファミが相手をしてくれると言っているのだ。断る理由は無い。


「じゃあ、やりましょうか」


「幻覚魔法を掛けて欲しいけど……こっちも魔法を使わないと……フェアじゃない……」


 杖を天高く掲げ、精神を集中しているのだろうか、杖の先をじっと見つめている。

 贄の島で、現地人の姉妹に化けていた転生者モナリナとモナリサの火属性、水属性魔法と、サウワの闇属性魔法は見たが、それ以外の魔法は初めて見るが。

 どうやら準備が整ったようで、杖の先端が俺に向けられる。


「避けてね」


 ファミファミがそう呟くと同時に、杖の先に風の渦が発生する。細長い竜巻が天高く伸びる様は、まるで龍が風を纏い天へと昇っていくようだ。って、感心している場合じゃないなこれ!


「ちょっと、ファミファミやり過ぎいいいいぃ!」


「うおおおおおっ、皆何かに掴まれっ!」


「何で最大威力の風魔法を使うのですかっ!」


 暴風が吹き荒れ、風が叫びを上げている最中、風に掻き消されないよう怒号が飛び交っている。

 俺なら耐えられるが、仲間はこれを喰らうと冗談抜きでヤバそうだ。

 砂煙や草木を巻き込み吹き荒れる風で、視界は完全に遮られている。今なら誰に見られる心配もないか。

 アイテムボックスから黒く染められた糸を取り出す。『破魔の糸』魔王のローブを逆錬金の釜に放り込んで取り出した糸。

 その糸は魔法や状態異常を防ぎ、異様なまでの強度を有する。ただし、普通の人間なら触れるだけで精神を削られ気絶する。

 『糸使い』を10まで上げ、精神力が高い今の俺なら自在に操ることができるが。


 竜巻は俺に向かい進行を続けている。威力が高い分、速度が遅いようで、大人が早足で歩く程度だろう。

 その竜巻の根元に魔王の糸を伸ばし、竜巻の風に乗り、渦を巻いて上空へと伸びてく最中、突如、風が止む。

 今までの暴風が嘘のように消え去るが、大地や木々に残された爪痕が魔法の威力を物語っていた。周りが冷静さを取り戻す前に破魔の糸を回収しておく。

 魔法使いの少女も自分のしでかしたことに気づいたようで、無表情なまま頭を拳でこつんっと叩いて、小首を傾げている。


「やってしまったものはしょうがない……人間切り替えが大切」


 暴風でぼさぼさになった髪型のベルミケたちが、半眼で冷たい視線を注いでいる。

 ファミファミは全く動じていないように見えるが、顔に一筋の汗が流れ落ちたのを見逃さなかった。


「さあ、次はそっちの番……幻覚どんと来い……お菓子の家とかがベスト」


 これは話を逸らそうとしているな。何と言うか、いい加減で危なっかしい子だ。

 たまにこういったキャラを漫画や小説で見かけることがあるが、実際に経験すると迷惑以外の何ものでもないな。

 一度お灸をすえてやった方がいいのかもしれない。


「ベルミケさん。この人の苦手なものって何ですか?」


「あっ、そういうことね」


 俺の意図を読み取ってくれたようだ。ベルミケが悪い笑みを浮かべている。


「その子、ゴキブリ族が苦手なのよ。それも特に昆虫の特徴が残っている越者なんて、ほいっと」


 ベルミケが高く飛ぶと、足元に巨大な氷が突き刺さっている。

 放ったのはファミファミのようだ。


「余計な事を言わない……猫とか犬でもいい……さあ、早く幻覚魔法を」


 この子は何でそんなに魔法を喰らいたがるのか、理解に苦しむ。

 一応足下に糸は這わしているので、いつでも『精神感応』は発動できるのだが。


「ファミファミさんは魔法マニアなのですよ。知らない魔法や見たこともない魔法を見ると、こうやってせがむ癖がありまして。見るだけならまだしも、その身で体験したがるのですよ。戦闘中に魔物の使う魔法を見て突っ込んで瀕死になったことも、一回や二回では……本当に迷惑しているのです」


「まあ、そんな問題児だから、上に引き抜かれずに俺たちのチームにいるんだがな。魔力はかなり強いってのによ」


 そういうことなのか。あの竜巻が平均的な魔法使いの威力だとしたら、Bランクの認識を変更しなければならないと考えていた。このチームはBランクでありながら、その実力はもっと上のランクのようだ。


「みんなうるさい……さあ、早く……幻覚を……早く……幻覚」


 危ない薬の禁断症状が出ている患者みたいだ。表情が変わらないのが、不気味過ぎる。

 ここは今後も考慮して、ご要望に応えておくか。

 二度とそんなことをせがまないように、強烈な印象を焼き付けておこう。


「じゃあ、いきますよ」


「よし……きた」


 脳内で正確な映像を思い出しイメージする。そして、『精神感応』を発動させる。


「あ……お菓子の家だ……わんことにゃんこも……幸せ……ん、なんか……カサカサって音が……へっ……この黒くてテカテカしているのは……ゴキブリ族ううううううぅ!?」


 ファミファミの要望とベルミケの意見も取り入れてみた。

 ちなみにゴキブリ族として友情出演を願ったのは、ゴフリグ隊長である。

 現在、ゴフリグ隊長が百人に分身して、お菓子の家を蹂躙している最中。小型ゴフリグ隊長も数十匹増やして、ファミファミの体に這わしておく。

 あ、ファミファミが小刻みに痙攣している。少々やり過ぎたか。

 これでベルミケのチームがどの程度の実力か把握できた。問題は彼女たちに全てを打ち明けて協力体制とするか、このまま黙っておいて囮として利用するか。どちらを選ぶか、慎重に決めないとな。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ