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手合わせ

 あれから三日後。

こちらからの無理な申し出を快く承諾してくれたリファーカたち四人組と、待ち合わせの場所で柔軟をしている。

 ちなみにリファーカとは、おっとり系美女聖職者のことだ。

 他の面子は、角切り頭の全身鎧がクロックス。お調子者の男がメルイケ。チームの突っ込み担当をしている女性がミールイ。


 余談なのだが、昔から人の名前を覚えるのが苦手だったのに、一度聞いただけで相手の顔と名前が一致している。おそらく、知力ステータスの高さによる効果だろう。

 ステータス欄の知力は一般的な考えだと頭の良さ。IQをイメージしそうだが、それとは違うようだ。知力が高くなったことによる恩恵として実感しているのは記憶力の高さだ。情報収集をしていたときも、一切メモを取っていないというのに、会話内容を一言一句思い出すことができる。

 意識して集中していると記憶力がかなり上がるようで、ちょっとした天才気分を味わえる。この能力、学生時代に欲しかったな。


 話を戻そう。今日まで二日の猶予があったので、お互いの能力の確認は既に終えている。ジョブブ、ショミミは隠すことなく能力を明かしたが、俺は実力の半分も見せていない。糸使いも隠している。

 彼女たちは戦士、聖職者、射手、盗賊という構成でここに魔法使いが加われば、バランスのいいチームだろう。ただ、魔法使いというのはかなり貴重な存在らしい。

 特にこの町では魔法使いは人気があり、能力が低くてもランクが上のチームに引き抜かれることが多く、ランクの低いチームにいるのは稀だそうだ。

 魔法使いより格は下がるが、風、火、水、土、四大元素の使い系のギフト保持者でも需要が多く人気がある。リファーカのチームでも、射手が風。盗賊が水の使い系を保持しているので恵まれている方らしい。

 まあ、糸使いは……その需要に含まれないだろうが。


「お、もう来ているんだね。悪い悪い、待たせちゃったかな」


「いえ、ちょうど柔軟が終わったところです」


「そうかそうか。早速やろうか。私らは軽く仕事をこなして、体は温まっているから、準備はいらないよ」


 木々の間を抜けてきたベルミケ一行は少し装備品が汚れている。

 彼らとの手合せに選んだのは、外壁から少し離れた場所の小さな森。そこに木も草も生えていない大きめの空き地がある。周辺に木々が密集して他者からの視界も妨げられるので、人の目を気にすることなく戦うことができる。

 町をぐるっと取り囲む黒い壁の近くには魔物が近寄ることが稀で、もし、全員が動けないぐらいのダメージを負ったとしても、余程のことが無い限り命の危険はない。

 念の為に周辺の木々の間に糸を張り巡らせ、誰も立ち入れないようにしておいた。


「みんなも、戦えるよな」


「問題ないぜー」


「はい、いけますよ」


「うん」


 ベルミケの仲間も準備はOKのようだ。

 彼女たちの編成はベルミケが格闘家。逆毛が両手剣を扱う戦士。リファーカより位が高いらしい聖職者。そして魔法使い。

 事前に調べておいた情報によると、ベルミケがメンバーの中で頭一つ実力が抜け出ていて、今の実力でもBランクの中堅と対等に戦えるのではないかと言われている。

 他の三名もBランクとして納得できる実力者らしく、この世界におけるBランクの力を測るには丁度いい相手だ。

 ベルミケたちは木々を背に先頭がベルミケ、逆毛戦士。距離にして5メートル程度離れて聖職者。そして、最後尾に魔法使いという配置。


「こっちも陣形を組むぞ」


 接近戦はジョブブとショミミがメインだ。ショミミはベルミケを担当。ジョブブは逆毛を。

 そして、一時的なチームメンバーとなった、射手であるミールイはジョブブの援護。

 ショミミは身体能力が高いので、余計な手出しをすると邪魔になりかねないので、フォローは俺が回ることにしている。

 盗賊であるメルイケは臨機応変に対応してもらう。一応、回復役である相手の聖職者を牽制する役割は与えているが、メイスと盾を構えているさまが堂に入っているので、接近戦にも長けている可能性が高く、無理はしないように言い含めておいた。

 戦士のクロックスも聖職者に向かってもらう予定。


 問題は相手の魔法使いだが――情報が殆どない。魔法使いの重要性を理解しているようで、極力能力を明かさないように配慮しているようだ。

 火と水が使えるのは確からしいが、その他は不明。噂によると光も扱えるとかどうとか。一応、俺が警戒しつつ、ジョブブとショミミにだけ糸を伝い情報を流すことにしている。

 リファーカは回復に専念してもらう。支援魔法も使えるので、戦闘開始時にジョブブとショミミを優先的に掛けてもらう手筈だ。

 そして俺は後方で指示を担当する。後は状況によって勝手にやらせてもらう。ギルドカードに記載されている能力以外は、相手にもリファーカたちにも晒すつもりはない。


「そっちも、いけるみたいだな。じゃあ、そろそろ始めようか」


「では、武器や魔法の使用に制限はつけませんが、お互い殺しはなしでお願いします」


「わかっているよ。それじゃあ、このコインが地面に落ちたら開始といこうか!」


 ベルミケが短パンのポケットからコインを取り出し、指で上空へ弾き飛ばした。

 くるくると回転するコインに全員の目が集中している。ジョブブとショミミは前屈体勢で、開始と同時に飛び出す構え。

 相手はこちらの出かたを確認してから行動を決める様で、リラックスした体勢で待ち構えている。

 地面にコインが叩きつけられると、リファーカから前衛の二人に支援魔法が飛ぶ。


「いきますよー『全身強化』」


 魔法が発動したらしく、二人の体が淡い光に包まれる。

 ジョブブは向かって右にいる逆毛の少年へ。

 ショミミは強敵であるベルミケへ弾丸のように飛び出していく。


「へえ、速いねっ!」


 ベルミケは目を輝かせ、嬉しそうに声を上げる。

 魔法により身体能力が上昇したショミミの走りに、俺以外のチームメイトは目が追い付かないようだ。ベルミケの瞳はしっかりとショミミを捉えているらしく、時折、急角度の方向転換を交えているというのに、瞳はその動きを追えている。

 ショミミが右後方へ回り込んだというのにベルミケは動こうとしない。死角になっている位置から一足跳びで一気に間合いを詰め、滑り込むような体勢でベルミケの足を払いにいった。


「おっ、いいね」


 軽く飛んだベルミケの足元を、ショミミが足裏を突き出した格好のまま通り過ぎる。サッカーのスライディングを華麗に躱したように見えるな。


「まだっ!」


 ショミミは右腕を地面に突き刺して、強引にブレーキを掛けると逆立ち状態で空中にいるベルミケに、両足で伸び上がるような蹴りを繰り出す。


「うはっ」


 驚きながらも顔をほころばせ、相手の足裏に自分の足裏をぶつけると、衝撃により後方へ大きく吹き飛ばされたように見えた。が、空中で回転すると余裕を持って着地した。


「いいよいいよ。素晴らしい身体能力だね。技も鍛えている。これからに期待だよ」


 親指を立てて突き出し、満足げに大きく頷いている。

 今の攻防で二人の実力差が垣間見えたな。身体能力だけならショミミとベルミケに差は殆どないように思える。だが、鍛え方が違う。

 戦いの勘、磨き上げられた格闘術。戦闘経験で得た技能の錬度が桁違いだ。

 だが、ベルミケは軽く鍛錬をつけてやるつもりのようで、今すぐ倒されるということはないか。暫くは、このまま頑張ってもらおう。

 その前に、


「リファーカ、ショミミの肩に治癒を頼む」


「わかりましたー」


 急ブレーキをかけた際に肩へ過剰な負荷がかかり痛めている筈だ。

 癒しの光に包まれたショミミが軽く腕を回すと、リファーカに軽く会釈をした。

 リファーカは満面の笑顔で、手を振っている。この人は戦闘中でも変わらないな。

 治癒と補助魔法があれば、少々の無理をしても大丈夫だろう。ここは、任せるよ、ショミミ。


「となると、ジョブブか」


 ショミミたちの戦いから、視線をもう一つの戦場へ向ける。

 少し遅れて敵に隣接したジョブブが大きく跳び上がっている。お得意の跳び蹴りが逆毛の顔面に接触する寸前だった。


「おうおう、兄貴の方もやるじゃねえか」


 蹴りに合わせて逆毛が大剣を叩きつける。足裏と大剣の刃が接触するが、靴ごと切り裂かれることはなく、ジョブブは相手の大剣に座り込むような格好になった。

 脚甲の裏にも金属の板が仕込まれているので、刃を防げたようだ。一瞬、足裏から裂けていくグロテスクな映像を頭に浮かべてしまいそうになったが、大丈夫のようだな。


「くううっ、すげえ威力だな」


「それを受け止め、平然と片手で持ち上げている、あんたに言われたくないぞ」


 片手で大剣を操っているだけでもかなりの腕力なのだが、その上にジョブブが乗っかっているというのに、剣先が下りることなく平然と構えている。

 二人は睨み合ってはいるのだが、口元が緩み何処か楽しそうだ。二人とも似たタイプみたいだな。

 その二人がその場から同時に飛び退く。逆毛の居た地面に一本の矢が突き刺さっている。


「楽しそうなところ、ごめんなさいね」


 ミールイが矢を撃ちこんだのか。続けざまに三発連射しているが、その全てを避けるか剣の腹で防いでいる。

 やはり弓は牽制で邪魔してもらうのが一番のようだ。


「無粋だと言いたいとこだが、勝負だからな、何でもありだぜっ」


 こっちは戦力が拮抗しているようだ。ミールイの援護がある分、若干だがジョブブが有利かもしれない。


「あんた、回復職だろ。何で、普通にやりあえるんだよっ!」


「手強いぞっ!」


 別方向から響いてきた大声に反応して顔を向けた。

 両手の短剣で必死に何度も切り込んでいるメルイケの斬撃を聖職者が盾で防ぎ、メイスを叩きつけようとしたところをクロックスが割り込み巨大な盾で受け流している。


「聖職者たるもの、不浄なる者を粉砕する意気込みがなければいけません」


 聖職者の動きに派手さは無いが、無駄のない最小限の動きで攻防に優れた戦いを得意としているようだ。時折、光る球を射出しているが、あれも神聖魔法の一種なのだろう。

 メルイケとクロックスは押され気味だ。ただ、あの聖職者もベルミケと同じように稽古をつけてやるつもりのようで、本気で倒しにかかる気はないように見える。

 戦いを長引かせてくれるのは、こちらとしても有難い。全員の能力を把握するのに役立ってくれる。勝敗は始めから度外視しているので、今のところ戦いを見守るだけで充分か。


 問題は……全く動きのない女魔法使い。とんがり帽子に身長とほぼ同じ長さの無骨な杖。ファンタジーにおける理想的な魔法使いファッション。

 戦いに興味がなさそうにボーっと突っ立っているように見えるが、帽子のつばから覗かれる瞳は俺を常に捉えている。

 俺が妙な動きを見せたら何かしてくるつもりか?

 それとも、俺と同じように指揮を担当しているのかもしれないな。こちら側に魔法使いが居ないので、配慮してくれているのかもしれない。

 やはり、暫くは様子見といくか。




 10分が過ぎた。

 戦局は完全にベルミケチームに傾いている。

 神経を張りつめ全力を出している、こちら側。余裕がある状態で受け手に回っている、相手。どちらの消耗が激しいかは言うまでもない。

 そろそろ、決着が付きそうだ。俺も加勢しないとな。ある程度は能力を披露しておかないと、繋がりが絶たれてしまいかねない。俺と関わりを持つことが有益だと思わせる程度には、活躍しておこう。


 ゲームでもそうだが、一番先に倒すべき相手は回復役だ。

 真っ直ぐに聖職者と戦っているクロックス、メルイケへと向かって行く。

 女魔法使いが反応して、杖の先を俺に向けている。何か魔法を放つのか。視線の隅で確認しながら、走る速度は落さない。

 杖の先端が俺を追うが、今のところ魔法が発動する気配はないので気にしてないように振舞っておこう。


「加勢するぞ」


「すまない、助かる!」


「このオッサン硬すぎだってのっ」


 背中に備え付けていた斧を取り外し、柄を両手で握りしめる。片手でも余裕で扱えるのだが、あえて両手で持つ。


「ほう、ベルミケ期待の新人ですね。確か、土屋くんでしたか」


「胸を借ります」


「はい、よろしくお願いします」


 この状況でも笑みを浮かべられる聖職者には、素直に感心してしまう。

 二人の仲間は動きに精彩を欠いている。疲労が蓄積されていて、限界間近というところか。

 冒険者としては体力が乏しいように感じる人もいそうだが、全力を出しきる戦いを10分近く続けられたのは驚愕に値する。スポーツでも10分間アクセル全開で動くことは、不可能だろう。おまけに、殺し合いではないとはいえ、本物の武器を使用して戦っているのだ。

 気を抜けば大怪我は間違いなし。精神と体力の消耗はスポーツの比じゃない。


「二人とも下がって休憩して――」


「お疲れ様でしたっ」


 俺が退くように指示を出しきる前に、二人はメイスの一撃を受け大きく吹き飛ばされ、地面を派手に転がっていく。


「貴方相手だと集中しないと危ないようなので、退いてもらいましたよ」


 柔和な笑みを浮かべた顔は変わらないのだが、何故かさっきまでと違い背中に冷水を流されたような身震いが発生した。

 雰囲気が変わった。実力の差は想像以上だったようだ。いつでも、簡単にねじ伏せられる状態だったということか。


「さて、あのお二人よりは、私を楽しませてくれるのでしょうね」


 口角が吊り上がり、心底嬉しそうな笑顔を見せてくれた。なるほど、こっちの迫力ある顔が素なのか。


「あー、久しぶりに本気になってやがる。悪い、あっち見学したいから終わらせるぞ」


「おっ、やっと土屋が動いたんだね。ごめんね、私も見学希望だから」


 逆毛とベルミケの呟きを耳が捉え、続いて鈍い音が連続して鳴り響き、広場を満たす。

 気が幾つも萎んでいく……ジョブブ、ショミミとミールイまでも倒されたか。残りは俺とリファーカだけか。


「あらあら。これじゃ、私はどうしようもないですね。降参ですー」


 接近戦が苦手なリファーカは戦わずして負けを認めた。

 となると、たった一人か。ここで、本気を出して全員と戦う展開は熱そうだが、俺はそういったキャラじゃない。


「お仲間が全員やられてしまいましたな。皆さん、この戦いに手は出さないように、宜しいでしょうか」


「わーってるよ。お前さんがマジでやるとこに割って入る気なんてねえよ」


「……バトルジャンキー」


「止めないけど、殺すんじゃないよ!」


 仲間は完全に見学モードだな。少し離れた場所に座り込み、呑気に眺めている。

 目の前の聖職者は邪悪な笑みを浮かべ舌なめずりしているな。キャラ変わりすぎだろ。


「神よ、我が戦いをご覧ください!」


 一人悦に入っている。目が遠くを見ている……危ない人だ。

 仲間の言葉と変貌から連想するに、この聖職者、本気の戦いになると性格が豹変するようだ。気の大きさも、二人と戦っている時より二回りほど大きく見える。

 あまり、手を抜きすぎるのは危険か。それに、本気で俺との戦いを楽しもうと考えている相手に失礼だな。少し、実力を出させてもらおう。


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