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考察

「五階層到達を祝って、かんぱーーーい!」


「乾杯!」


 ジョブブの音頭に合わせて、ジョッキをぶつけ合う。勢いよくやり過ぎて、少し中身が零れたが、こういうのはノリが大切だ。


「あれからさ、直ぐに勧誘が絶えなくて、断るのも一苦労だったぜ」


「何チームから誘いを受けたのか、思い出せませんよ」


 野菜ジュースを煽りながら兄妹が愚痴を口にした。

 俺は直ぐにその場を離れたから勧誘されなかったが、二人はうんざりするぐらい誘われたそうだ。

 全部断ったそうだが、それでもしつこく、少し前に何とか振り切って夢追い亭に滑り込んだらしい。


「ったく、俺たちは土屋のチームから離れる気はないってのにな」


「そうですよ。それどころか、あの勧誘してきた男、許せませんよっ! あんなレベルだけが高い無能な奴なんか捨てて、こっちにこいよ。とか言っていたのですよ! 思わず蹴り飛ばしそうになりましたっ」


「俺が止めたから良かったけど。ショミミ、ここは犯罪行為に厳しい町なんだから、迂闊な行動は控えるように。わかったか」


「はーーい」


 兄らしさを見せ、ショミミに反省を促しているジョブブを眺めながら、今の会話を頭で反芻している。

 あれだ、俺は多分二人と違って勧誘されないな。むしろ、俺が居なくなったタイミングを見計らっていたのだろう。レベルの高さは冒険者としての格でもあるらしく、基本レベルの高い相手に強い態度が取れない。

 俺のようにレベルだけは異様に高く能力が低い相手は、チームに招き入れても扱いに困るのだろう。


「土屋さんは情報収集をしていたそうですが、何かわかりましたか?」


「まあ、それなりにはね」


 実際はかなり重要な情報を得ることができた。

 気の良い旅人を装い、話術と『精神感応』と『同調』による、心への直接攻撃により情報収集は順調だった。

 気になる情報が幾つかあった。

 まずは、この町の法についてだ。

 罪を犯した場合、衛兵により即座に捕縛され拘留され、軽い罪であれば罰金と奉仕活動を強要される。それを拒否した場合、問答無用で町から追放という流れ。

 強姦、暴行、脅迫、殺人となると罪が確定すれば追放、死刑となる。

 かなり凶悪な犯罪者は公開処刑となるのだが、それ以外は人知れず刑が執行され、追放の場合は見送りも許可されず、死刑に至っては死体もその場で処理されるそうだ。

 つまり、追放者も死刑囚も、執行後の姿を見た者がいないということ。地下に送り込み実験の素材になっていたとしても、誰も不審には思わない。


 これだけなら、人体実験の是非に目を瞑れば、犯罪者を再利用しているだけだと言われると、納得しそうな人もいるかもしれない。

 だが、問題はそれだけではない。

 この町、行方不明者の数が異様に多い。それも、新しくこの町にやってきた人たちの確率が高すぎる。罪を犯していない善良な住民が結構な数で消えているのだ。

 表向きは、殺人犯が紛れ込んでいたやら、迷宮から逃げ出した魔物が暴れ、それに巻き込まれたと言われているが、死体は衛兵に運ばれてその後は不明だ。

 この町に流れ込んできた住民なので身元引受人もおらず、誰もそれ以上は関わろうとしない。


 そして、もう一つ、気になる実験体の供給源がある。

 それは――冒険者だ。

 この町では冒険者は優遇されている。冒険者であれば宿屋の宿泊費ですら割引が効く。

 町のあらゆる買い物もランクが上がれば上がるほど割引率が上がり、特典も増える。

 ランク上昇のメリットが大きく、ギルドでもランク上げを推奨している。

 冒険者としてランクが高ければ高い程、住民は尊敬し、対応も過剰なまでに親切になる……そう、過剰なまでに。

 この夢追い亭でも、ランクがDになったことを伝えると、お祝いと称して食べきれない程の食事が運ばれ無料だという話だ。

 街中の人が冒険者を敬い、称賛する。それが、この町の常識であり、日常。


 多くの者が冒険者を目指し、散っていく。危険な職業だ、死が隣り合わせなのだ死者も多くて当然。

 だが、CDEFGランクまでは死亡率がそれ程でもないのだ。

 Bを超えた辺りから、一気に死亡率が上がる。この情報は冒険者たちから直接聞きだした情報なので間違いはない。

 特にBランクに上がったばかりの冒険者チームが、一か月も経たないうちに迷宮で全滅したという話を何度も耳にした。

 冒険者内では『Bランク一か月の壁』と呼ばれているらしい。それを超えた者は順調に今も迷宮探索を続けている。


 Bランクといえば、町長である魔族と会い直接話ができるランク。

 状況証拠のみだが、魔族と会い実験体として見初められた冒険者が連れ去られたと考えるのは、深読みしすぎだろうか。

 ランクとレベルの高い冒険者となれば、実験体としても良い素体となる。


「土屋、祝いの席だというのに、何でしかめっ面してんだ! 私たちだって五階層突破するのに二か月以上かかったっていうのに! もっと喜べよぉ」


 猫耳が特徴的な獣人、ベルミケが俺の頭を小脇に抱え、拳で頭をぐりぐりと押してくる。他にも、聖職者の男性。逆毛の十代半ばに見える少年。如何にも魔法使いといった格好をしている少女がいる。彼女のチームメンバーも揃い済みだ。

 俺たちの活躍を聞きつけたベルミケは、チームの面々を率い祝賀会に乱入してこの状態だ。

 かなりの勢いで酒を浴びるように飲んでいたので、完全に酔いが回っている。

 他の面子もかなり酔っぱらっているのには理由がある。ベルミケのチームは、本日をもってBランク入りを果たしたからだ。

 彼女たちも祝いの宴を開いていて、俺たちを見つけ丁度いいと一緒に祝う流れとなった。


「あんたらなら、直ぐにBランクに到達するだろうけど、そん時は、わたひらは、Aランクひゃー!」


 ベルミケの呂律が怪しくなってきている。

 憧れのBランクに達したベルミケのチーム。今までの苦労が報われた喜びが止めどなく溢れ出している。

 少し前の自分なら、心から彼女たちを祝うことができたのだろうが、今の俺は『偽装』スキルを生かした笑みを貼り付けることしかできない。

 どうする……彼女たちを利用して、町長の企みを暴くきっかけにするか。それとも、俺の推測を明かして協力関係となるか。

 どちらにしろ、彼らの実力がどの程度か知る必要があるな。


「町長にお会いするのは、いつ頃になるのですか」


「えひょへぇー。らしふぁー、にひゅうかんひょ?」


「ええと、二週間後ですか?」


「ひょうひょう!」


 頭を激しく上下に揺らし、正解を動きで伝えてくれている。かなり酔っぱらった状態で、そんな動きをしたら……。


「うぷっ……あふぁん、げんひゃいらぁぁ」


「馬鹿、ここで吐くな! ちょっと外連れ出すぞ!」


 ベルミケが仲間に担がれ外に運送されていく。

 二週間後か。確か、魔族と会ってすぐに行方不明になった冒険者はいない。全て、迷宮の中で消息不明になっている。

 慌てる必要はないが、暢気に構えている余裕もない。


「はぅぅ、ごめんよ。流石に酔いが冷めたわ。飲み過ぎは駄目だな、本当に」


 出すものを出しきってスッキリしたのだろう。天井を仰ぎながら水を口にしてる。


「ベルミケさん。いつでもいいので、一度、俺たちと手合せを願えませんか?」


 そのままの体勢で瞳だけが俺に向けられた。

 縦長の瞳孔が俺を射抜くが、黙ってその視線を受け止める。


「ふうぅぅん。冗談ってわけじゃなさそうね。みんな、今の話を聞いた?」


「俺は構わないぜ」


「私も大丈夫ですよ」


「うん……いいよ」


 全員が腕を上げ同意を示している。

 ノリのいい人たちで助かる。これで実力を測り、戦力として使えるなら協力を頼もう。もし、役に立ちそうになければ……悪いが囮になってもらう。

 事情は話さずに陰から見守りながら、危なくなったら手を貸す。もしくは、誘拐犯の不意を打つ。敵を欺くには、まず味方からとも言うしな。


「ということで、いいよ。いつでも勝負してやろうじゃないか……といいたいが、チーム戦を望むなら、そっちは人数が少なすぎるな。ランクが上で4対3だと虐めにしか見えないよ」


 腕を組みながら鼻から息を吐く、ベルミケ。まだ頬が赤いのは酒がまだ残っているからだろう。

 正直、今の実力なら、このまま戦っても勝てる自信はある。俺の能力を知らない相手なら初戦では有利に事を運べる。

 相手はBランクになったある程度有名なチームだ。向こうの情報はある程度得ている。全員がどういった能力かは把握済みだ。

 だが、今回は彼女の言い分を聞き入れた方がいい。Bランクの相手をDランクが人数差でも劣っているのに勝ってしまえば、彼女たちのプライドはボロボロになるだろう。


 それにより、関係が悪化するだけならまだしも、恥をかかされたことを妬まれて命を狙われる可能性だってないとは言えない。

 昨日まで仲良かった人が、ちょっとした切っ掛けで目の敵にしてくる。日本で一度経験した時は結構きつかった。

 せめて、人数を合わせておくぐらいはしておいた方がいいか。丁度、当てもある。


「わかりました。あと二人……もう少し人数を増やしても構いませんか」


「いいよいいよ。二、三人多いぐらいじゃないと、こっちも本気出せないからね」


 まだ酔いが抜けていないのもあるだろうが、ベルミケさんの相手の実力を見抜く能力は曖昧なようだ。それとも、こちらの実力を把握した上で、そこまでの自信があるのか。


「では、人数を集めて数日中にまた連絡させてもらいますよ」


「あいよー。私らも夢追い亭を拠点にしているから、仕事を受けてない時は夜ここにいるからねー」


 話がまとまったので、その後は雑談続けて良い空気のままお開きとなった。

 ショミミとジョブブが部屋に戻ったのを確認すると、俺は気配を殺し、そっと自分の部屋から出ると、夢追い亭の外に歩み出る。

 こういう時、冒険者ギルドが24時間営業なのは助かる。まずは、共に戦ってくれる人を探さないといけない。

 共闘を頼む相手は決まっているので、受付で訊ねてみよう。個人情報の漏えいは禁止されているのなら、ギルド内の冒険者や迷宮入り口の衛兵や診療所で情報を集めればいいだけの話。

 冒険者ギルドの扉を開け、いつもの総合受付に向かう途中で何とはなしにホール内を見回すと――目当ての冒険者たちがいた。


「あら、先日は迷宮で危ないところを助けていただき、ありがとうございましたー」


 いち早く気づいた白い法衣を着こんだ女性が、目尻を下げ柔和な笑みを見せると、深々と頭を下げる。

 他の三人も彼女につられるように会釈をする。

 第五階層でミノタウロスに追い詰められていた、四人組の冒険者。彼らが目的のチームだ。


「こんな時間にどうしたのですか?」


「ちょっと人探しを頼もうと思ったのだけど……目的は達したよ」


 そう答えた俺の意図が掴めなかったのだろう、頬に人差し指を当てて首を傾げている。

 彼女たちなら俺に恩があるので、頼みごとを聞き入れてくれるだろう。それに、ランクが上の冒険者と手合せできるのは、彼女たちにもメリットがある筈だ。

 これで、人数は揃うだろう。後は相手の能力を見抜いて、苦戦を演じて負けるだけか。失礼な話だが、これが一番穏便に事を進められる。


 話がまとまったら、全員で一度迷宮探索をしてチームプレイを磨くのもありかもしれないな。これが普通の冒険なら少しは楽しめたのかね。

 計算なんてせずに、純粋に冒険者としての人生を送りたいという望みが無い……訳ではない。だが、今は優先順位が違う。彼女に再び会うという目的の方が、俺にとって大切なのだ。


「全てが終わったら、権蔵やサウワ、それに桜と一緒に冒険者するのもいいな。ジョブブとショミミも一緒に」


 いつになるかわからないが、その夢を叶える為にも、今はやるべきことをやろう。


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[良い点] >「全てが終わったら、権蔵やサウワ、それに桜と一緒に冒険者するのもいいな。ジョブブとショミミも一緒に」 あかん、フラグにしか聞こえない……
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